長坂 真澄 (ナガサカ マスミ)

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所属

国際学術院 国際教養学部

職名

准教授

ホームページ

http://researchers.waseda.jp/profile/en.e5d2652e16ef1c1d29b1e943d2e9cd0c.html

兼担 【 表示 / 非表示

  • 文学学術院   文化構想学部

学歴 【 表示 / 非表示

  • 2009年10月
    -
    2013年09月

    トゥールーズ大学博士課程   École Doctorale Allph@ (Arts, Lettres, Langues, Philosophie, Communication)   ERRAPHIS (Équipe de Recherche sur les Rationalités Philosophiques et les Savoirs)  

  • 2009年10月
    -
    2013年09月

    ヴッパータール大学博士課程   Kultur- und Geisteswissenschaften   / Philosophie  

  • 2007年04月
    -
    2013年03月

    京都大学大学院   文学研究科   思想文化学専攻 博士課程  

  • 2008年10月
    -
    2009年09月

    ヴッパータール大学   Kultur- und Geisteswissenschaften   / Master Philosophies française et allemande dans l'espace européen (ERASMUS MUNDUS)  

  • 2008年02月
    -
    2008年09月

    ルーヴァン・カトリック大学   Philosophie   / Master Philosophies française et allemande dans l'espace européen (ERASMUS MUNDUS)  

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学位 【 表示 / 非表示

  • 京都大学   文学修士

  • フランス、トゥールーズ大学/ベルギー、ルーヴァン・カトリック大学/ドイツ、ヴッパータール大学   哲学修士

  • ドイツ、ヴッパータール大学   Dr. phil. des.

  • フランス、トゥールーズ大学   哲学博士

経歴 【 表示 / 非表示

  • 2019年04月
    -
    継続中

    早稲田大学   国際教養学部   准教授

  • 2016年04月
    -
    2019年03月

    群馬県立女子大学   文学部 総合教養学科   准教授

  • 2014年04月
    -
    2016年03月

    大阪大学   人間科学研究科   特別研究員PD(日本学術振興会)

  • 2013年10月
    -
    2015年09月

    トゥールーズ‐ジャン・ジョレス大学   ERRaPhiS (Équipe de recherche sur les rationalités philosophiques et les savoirs)   協力研究員

  • 2010年04月
    -
    2010年10月

    ヴッパータール大学   哲学科   リサーチ・アシスタント

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    レヴィナス協会

  •  
     
     

    日本現象学会

  •  
     
     

    表象文化論学会

  •  
     
     

    日本倫理学会

  •  
     
     

    日本哲学会

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研究分野 【 表示 / 非表示

  • 哲学、倫理学

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 宗教哲学

  • 現象学

論文 【 表示 / 非表示

  • レヴィナスと経験論

    長坂真澄

    レヴィナス研究   ( 3 ) 2 - 16  2021年08月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者, 最終著者, 責任著者

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    本提題は、レヴィナスの語る、他なるものの「経験」を、フッサールの経験論反駁と両立しうる「形而上学的経験」として提示することを試みるものである。この目的のため、本提題は、後期シェリングの形而上学的経験論が、いかなる意味において、カントの経験論反駁と両立するものであるかを示した上で、これと同型の論拠を、レヴィナスの「可傷性」概念が可能にすることを明らかにする。かくして、レヴィナスによる、反省の反省されるものに対する遅れについての言説を、経験論へと遡行することなく解釈する道が開かれる。

  • L'imagination, racine commune de la sensibilité et de l'entendement? Lecture croisée de Kant et le problème de la métaphysique et de la Critique de la faculté de juger

    Masumi Nagasaka

    L'Imagination. Actes du 37e Congrès de l'ASPLF (Rio de Janeiro, 26-31 mars 2018)     425 - 436  2020年08月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者, 最終著者, 責任著者

  • Le schématisme transcendantal dans l’arithmétique : la lecture richirienne de Frege

    長坂真澄

    Meta: Research in Hermeneutics, Phenomenology, and Practical Philosophy   XI ( 2 ) 659 - 678  2019年12月  [査読有り]

     概要を見る

    本論考は、リシールによる算術の基礎についての考察の特徴を明らかにするものである。カントの算術をめぐる議論に対するフレーゲの批判にもかかわらず、リシールは、フレーゲによる算術の論理学的基礎付けの試みのうちに、カントのいう量の超越論的図式としての数概念を読み取ろうとする。本論考は、まず、背景となる議論として、カントとフッサールにおける数概念の違い、リシール現象学とフッサール現象学の違いを確認した上で、リシール「遺伝と数」におけるフレーゲ『算術の基礎』の読解の要点を浮かび上がらせる。

  • 想像力が向かう無限とその痕跡 ―カント『判断力批判』のデリダによる読解から― / Imagination that Envisages the Infinite and the Trace of the Infinite: From the Derridean Reading of Kantʼs Critique of Judgement

    長坂真澄

    京都ユダヤ思想   ( 10 ) 35 - 64  2019年06月  [査読有り]

     概要を見る

    本論考は、独断的に超越を措定する形而上学でも、あらゆるものを主観に基づける構築主義でもない哲学を示す概念として、カント『判断力批判』の「痕跡」概念に着目する。痕跡は、主観が恣意的につくりだすものでも、独断的に措定される外部を指し示すものでもなくして、何らかの超越(実無限)を喚起する。デリダは『絵画における真理』所収の「パレルゴン」において、「痕跡」概念に言及しつつ、カント哲学を無限についての現象学として捉える可能性を示唆している。本論考は、この可能性をカント崇高論のうちに見出すことを試みる。

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • ハイデガー事典

    ハイデガー・フォーラム( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 現象学の神学的転回と存在-神-学)

    昭和堂  2021年06月 ISBN: 9784812220078

  • ハイデガー : 存在の問いと歴史

    Derrida, Jacques, 亀井, 大輔, 加藤, 恵介, 長坂, 真澄( 担当: 共訳)

    白水社  2020年05月 ISBN: 9784560098042

  • マルク・リシール現象学入門 : サシャ・カールソンとの対話から

    澤田, 哲生( 担当: 共訳,  担当範囲: 第I部III、第II部II)

    ナカニシヤ出版  2020年02月 ISBN: 9784779514272

  • 宗教事象事典 / DICTIONNAIRE DES FAITS RELIGIEUX

    長坂真澄( 担当: 共訳,  担当範囲: PLURALISME)

    みすず書房  2019年05月

     概要を見る

    R・アズリア、D・エルヴュー=レジェ編
    増田一夫 伊達聖伸 鶴岡賀雄 杉村靖彦 長井伸仁 編訳
    https://www.msz.co.jp/book/detail/08798.html

  • Bergson Jankélévitch Levinas

    Flora Bastiani( 担当: 共著)

    Éditions Manucius  2017年01月

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Misc 【 表示 / 非表示

  • 超越の不在と弁証法:松田智裕『弁証法、戦争、解読:前期デリダ思想の展開史』書評

    長坂真澄

    表象   ( 15 ) 206 - 210  2021年05月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者

    書評論文,書評,文献紹介等  

  • 宮﨑裕助著『ジャック・デリダ 死後の生を与える』書評

    長坂真澄

    図書新聞   ( 3480 )  2021年01月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者

    書評論文,書評,文献紹介等  

  • 自然・言語・歴史 : 『存在と時間』の限界と彼方――峰尾公也著『ハイデガーと時間性の哲学 : 根源・派生・媒介』に寄せて

    長坂真澄

    現象学年報   ( 36 ) 139 - 143  2020年11月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者, 最終著者, 責任著者

    書評論文,書評,文献紹介等  

  • 亀井大輔著『デリダ 歴史の思考』書評

    長坂真澄

    図書新聞   ( 3405 )  2019年06月  [招待有り]

    書評論文,書評,文献紹介等  

  • ジャック・デリダ著/湯浅博雄、大西雅一郎訳『信と知―たんなる理性の限界における「宗教」の二源泉』書評

    長坂真澄

    週刊読書人   ( 3174 ) 4  2017年01月  [招待有り]

    書評論文,書評,文献紹介等  

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受賞 【 表示 / 非表示

  • 第4回宗教哲学会奨励賞

    2017年03月   宗教哲学会  

    受賞者: 長坂真澄

     概要を見る

    『宗教哲学研究』第29号掲載の論文「レヴィナスにおける主体の脱領域化―カントを背景に」による。

  • 研究奨励賞

    2014年11月   日本現象学会  

    受賞者: 長坂真澄

     概要を見る

    発表「アポリアの始まり――若きデリダのフッサール『算術の哲学』読解――」(『現象学年報』第30号に掲載)による。

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 想像力と無限――フランス現代思想におけるカント哲学の現象学的再構築

    研究期間:

    2018年04月
    -
    2022年03月
     

    長坂真澄

    担当区分: 研究代表者

  • 現代フランス現象学におけるシェリングの哲学史解釈の継承の究明

    若手・アーリーキャリア支援

    研究期間:

    2020年04月
    -
    2021年03月
     

    担当区分: 研究代表者

  • 独仏近現代哲学における理論と実践の不可分性についての研究

    研究基盤形成

    研究期間:

    2020年04月
    -
    2021年03月
     

    担当区分: 研究代表者

  • 現代の独仏現象学におけるカントおよびシェリング哲学の受容についての研究

    研究期間:

    2019年06月
    -
    2020年03月
     

    長坂真澄

    担当区分: 研究代表者

     概要を見る

    本研究は、20世紀前半のドイツの現象学を批判的に吸収し発展した現代のフランス現象学、さらにそれを逆輸入する近年のドイツ現象学を対象とする。現代の現象学は、自らが古典的な形而上学ではないことを主張するが、その論拠として、カントおよび後期シェリングによる存在神学批判の議論を採り入れている。本研究は、カント、シェリングの哲学を、現代の現象学者がいかに学び、それを通していかに自らの現象学を存在神学的ではないものとして提示しているかを探究することを目的とする。

  • 現代フランス現象学におけるカント批判哲学の継承についての研究――「図式」をめぐって

    研究期間:

    2017年04月
    -
    2018年03月
     

    長坂真澄

    担当区分: 研究代表者

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講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • 想像力と事実 ――歴史概念の新たな相貌――

    長坂真澄  [招待有り]

    ワークショップ「デリダのハイデガー講義を読む」  

    発表年月: 2021年08月

    開催年月:
    2021年08月
     
     

     概要を見る

    本発表は、デリダの講義原稿『ハイデガー:存在の問いと歴史』を手がかりに、ハイデガー『存在と時間』において展開される歴史の概念を、カント、へーゲル、ニーチェ、フッサールにおける歴史概念の変遷を背景に、明らかにしようとするものである。ハイデガーは歴史性を時間性に根ざすものとして捉えることを要請するが、この要請は、超越論哲学が構想した歴史概念を背景にしてこそ理解できるものとなる。〈理念としての歴史〉から〈想像される歴史〉への転換は、超越論的想像力に依拠することにより、本来的な歴史性への道を確保する。

  • 普遍的歴史の理念とアペイロン(無限定的なもの)としての個 ――数学的命題の発生を導きの糸とするフッサールの歴史論――

    長坂真澄  [招待有り]

    早稲田超域哲学研究会  

    発表年月: 2021年08月

    開催年月:
    2021年08月
     
     

     概要を見る

    本発表は、フッサール「幾何学の起源」において展開される「普遍的な歴史」の理念がいかなるものであるかを提示した上で、歴史に普遍的なア・プリオリを求めることに、いかなる妥当性があるのかを、論じるものである。この目的のため、本発表は、この歴史の理念を、普遍的に妥当する数学的命題の発生の歴史の可能的構造として、明らかにする。その上で、歴史という綜合の働きに先んずるアペイロンが、それ自体としては理解不可能であること、終極の設定(Endstiftung)によってこそ、歴史が可能になることを論じる。

  • En-deçà de l’idée platonicienne de "participation" : L’empirisme du dernier Schelling à partir de sa lecture d’Aristote

    Masumi Nagasaka

    La Participation : de l'ontologie aux réseaux sociaux, Congrès ASPLF (Association des sociétés de philosophie de langue française), en ligne  

    発表年月: 2021年05月

    開催年月:
    2021年04月
    -
    2021年06月

     概要を見る

    本発表は、シェリング『啓示の哲学』序論におけるアリストテレス読解を提示した上で、そこからいかにシェリングの形而上学的経験論が構想されるにいたるかを提示するものである。シェリングは、プラトンのメテクシス(分有)概念に対するアリストテレスの批判を評価する。シェリングは、アリストテレスの「純粋形相」としての「不動の動者」は目的因であるとし、ここに、存在神学に陥らない形而上学を見いだす。同時に、シェリングは、目的因としての神には満足せず、規定可能なものの経験に先行する、盲目的存在の経験を語ろうとする。

  • レヴィナスと経験論

    長坂真澄

    レヴィナス協会  

    発表年月: 2020年09月

     概要を見る

    本提題は、レヴィナスの語る、他なるものの「経験」を、フッサールの経験論反駁と両立しうる「形而上学的経験」として提示することを試みるものである。この目的のため、本提題は、後期シェリングの形而上学的経験論が、いかなる意味において、カントの経験論反駁と両立するものであるかを示した上で、これと同型の議論を、レヴィナスの「可傷性」概念が可能にすることを明らかにする。かくして、レヴィナスによる、反省の反省されるものに対する遅れについての言説を、経験論へと遡行することなく解釈する道が開かれる。

  • 宮﨑裕助『ジャック・デリダ 死後の生を与える』合評会

    長坂真澄  [招待有り]

    脱構築研究会  

    発表年月: 2020年06月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 現代フランス現象学におけるシェリングの哲学史解釈の継承の究明

    2020年  

     概要を見る

        This research clarified how Schelling's reading of Aristotle is related to the contemporary French phenomenology of, among others, Levinas. More precisely, by employing Schelling’s interpretation of Aristotle in the introduction to Philosophy of Revelation, in which Schelling develops his own notion of “empiricism”, the research showed how this concept of empiricism is related to Levinas’s phenomenology and how this relationship makes this a novel rendering of French phenomenology.     To this aim, the investigation took the following steps: First, it began by clarifying Plato’s basic thoughts on “participation” (methexis), that of ideas shared by sensible things, based on Plato's texts, including the Meno, Phædo, Republic, Phaedrus and Timaeus. Second, by following Schelling's interpretation of Aristotle’s Metaphysics, this study elucidated Aristotle’s critique of Plato’s concept of “participation” as having an analogous structure to Kant's critique of ontotheology. Next, it demonstrated how Schelling's “metaphysical empiricism” differs from what he calls the “empiricism” of Aristotle. Finally, by illuminating how Levinas's phenomenology shares the structure of “metaphysical empiricism”, this research showed that contemporary French phenomenology, while differing from Husserlian phenomenology qua eidetics, also avoids returning to English empiricism. 

  • 独仏近現代哲学における理論と実践の不可分性についての研究

    2020年  

     概要を見る

        This research clarified what lays in the common root of theory and practice on the hither side of the opposition of the two by taking as a guide Derrida's lecture manuscript Theory and Practice.    To this aim, the research took the following steps: First, it began by clarifying Aristotle's discussions concerning four causes, developed in Physics and Metaphysics, and his discussion regarding the question of techne (art) as one of five approaches to the truth, explained in Nicomachean Ethics. Second, the investigation elucidated, by explicating Heidegger’s Question Concerning Technique and Science and Meditation, how Heidegger interprets Aristotle’s teachings to answer the question of techne situated on the hither side of the theory/practice opposition. Third, it explained how Derrida examines Heidegger's interpretation to uncover its potential unity with Derrida’s reading of Kant, developed around the opposition of theoretical and practical reason. Next, the question of the common root of theory and practice was clarified by focusing on aesthetic reflective judgements, based on Kant's Critique of Judgement. From the above, fifth and finally, it established how this common root is related to techne.

  • 現代の独仏現象学におけるカントおよびシェリング哲学の受容についての研究

    2019年  

     概要を見る

        This research clarified how contemporary phenomenologists have inherited the Kantian and Schellingian critique of ontotheology and how, in doing so, they present their phenomenology as non-ontotheological. This process was guided by the readings of Kant and Schelling as deployed by Courtine, Richir and Tengelyi and examined whether or not one can recognize the Kantian and Schellingian heritage in the work of Derrida and Levinas, philosophers of the preceding generation of these authors. The research concluded four points.    First, the research clarified, through a Derridian reading of Kant’s Critique of Judgement, the possibility of interpreting Kantian philosophy as a phenomenology thinking about the actual infinite beyond our cognition. Second, by studying Richir’s reading of Frege’s critique of Kant’s transcendental schematism, the research clarified in what form Richir inherits this Kantian idea. Third, this research showed how Richir adopts the Kantian conception of ‘actuality preceding all possibilities’ and the Schellingian idea of ‘unprethinkable being’, and in doing so, inherits their critique of ontotheology. Finally, this research returned to work by Levinas and explored whether the seed of Richir’s conception can be recognized in Levinas. The result confirmed that the late Levinas concept of affection ‘in immemorial past’ describes an actuality that precedes all possibilities and, therefore, implies a non-ontotheological phenomenology.

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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担当経験のある科目(授業) 【 表示 / 非表示

  • History of Metaphysics and of its Critique

    Waseda University  

  • Considering Theory and Practice

    Waseda University  

  • Philosophical Questioning in Everyday Life

    Waseda University  

  • History of Metaphysics and of its Critique

    Waseda University  

  • Considering Theory and Practice

    Waseda University  

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委員歴 【 表示 / 非表示

  • 2020年11月
    -
    継続中

    日本現象学会  委員

  • 2019年09月
    -
    継続中

    日仏哲学会  理事

  • 2019年
    -
    継続中

    日本哲学会  編集委員

  • 2018年07月
    -
    2018年08月

    JFPS (Japanese Federation of Philosophical Societies)  Bid Committee of the Project of Hosting the 25th World Congress of Philosophy (WCP 2023) in Tokyo

  • 2018年07月
    -
    2018年08月

    日本哲学系諸学会連合(JFPS: Japanese Federation of Philosophical Societies)  世界哲学会議 (WCP: World Congress of Philosophy) 招致委員会委員

社会貢献活動 【 表示 / 非表示

  • What is beauty? What does it mean that I find something beautiful?

    早稲田大学  オープンキャンパス模擬講義 

    2019年08月
     
     

  • 事実と客観性をめぐる哲学的考察

    前橋商工会議所  まちなかキャンパス 

    2018年06月
     
     

     概要を見る

    事実とは、個人の想像による創作物ではなく、他者と共有される客観性を持つものである――そのように私たちは考える。しかし、客観的な事実とは何だろうか。本講座では、事実と客観性をめぐって哲学的に考察する。

  • 事実とは何か。 それはいかにして獲得されるか。

    群馬県立女子大学  オープンキャンパス模擬授業(高校生対象) 

    2017年07月
     
     

     概要を見る

    人は言う――「これこれの事実があった」、「それは事実を歪曲している」、 「事実はこうである」等々。あたかも唯一の真なる事実が存在するかのように。 そのような事実を私たちは前提せずにはいられない。さもなくば、あらゆるものが 相対的となってしまう。とはいえ、純粋な事実はそもそも存在するか。 それは誰によって、いかにして捉えられ、記述されうるというのか。 本講義では、フッサール『幾何学の起源』(1936)を手がかりとして、 事実と呼ばれるものについて考察する。

  • 人間は有限な存在か

    群馬県立女子大学  公開講座  (群馬県立女子大学) 

    2016年10月
     
     

     概要を見る

    日々、私たちは様々な限界に囲まれつつ生きています。物理的、知的能力の限界、病、老い、そして死。カントは、人間を有限なものとして規定しました。ハイデガーは、人間が死にうる存在であることのうちに、有限性の本質を捉えました。他方、フッサールのように、人間が世代を通じて無限の課題を引き継ぎ、担いうると考えた哲学者もいます。この講座では、人間は有限な存在なのか、あらためて考えてみたいと思います。

学術貢献活動 【 表示 / 非表示

  • Philosophy in Japan: Beyond the Limits of Translation

    Bid Committee of the Project of Hosting the 25th World Congress of Philosophy (WCP 2023) in Tokyo, JFPS (Japanese Federation of Philosophical Societies)  

    2018年08月