Updated on 2026/04/06

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SAKURAMOTO, Kaori
 
Affiliation
Faculty of Letters, Arts and Sciences, School of Culture, Media and Society
Job title
Assistant Professor(without tenure)
 

Syllabus

 

Internal Special Research Projects

  • 『南方録』における禅と中国杭州 ―鳥窠禅師の問答譚を起点に―

    2025  

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    『南方録』は江戸元禄期に福岡黒田藩武士の立花実山が編纂した茶の湯の理論書である。その体裁は、千利休が語った茶の湯の教えを、弟子とされる南坊宗啓が聞き書きした形式である。 『南方録』七巻のうち、「覚書」10 の話には、ある人が利休に茶の湯の極意について質問し、利休が「夏ハイカニモ涼シキヤウニ、冬ハイカニモアタ丶カナルヤウニ、炭ハ湯ノワクヤウニ、茶ハ服ノヨキヤウニ」と答えたという問答がある。また、同席していた大徳寺百七世の住持である笑嶺宗訢が、この問答を見て利休の答えは、「カノ諸悪莫作、諸善奉行ト、鳥窠ノコタヘラレタル同然ゾトノ玉ヒシ也」というように、鳥窠禅師が答えた故事と同じことだと言う。これは、先学の指摘では、鳥窠と白居易の有名な問答に準えて作った話であり、その典拠について『指月録』や『五灯会元』だと指摘されている。 本研究では、立花実山が『南方録』「覚書」10 の話に、なぜ鳥窠禅師問答譚を引用したのか、その理由と典拠について検討した。まず、『南方録』「覚書」10にみえる鳥窠禅師問答譚について、大乗寺本『正法眼蔵』と比較した。次に、『南方録』以外の実山著作にみえる鳥窠禅師問答譚を精査し、とりわけ『南方続録 壺中炉談』の「鳥窠の白居易に答へて、諸悪莫作、衆善奉行といはれしたくひ也。三才の童も是を知て、八十の茶人も行ふ事あたハざるべし」という表現は、『正法眼蔵』および『景徳伝灯録』における中国杭州を舞台とする鳥窠禅師と白居易の問答を参照していることを指摘した。また『正法眼蔵』にみえる鳥窠禅師問答譚を調査し、そこでは「諸悪莫作、衆善奉行」の七仏通戒偈を示しつつ、「前仏ヨリ後仏ニ正伝ス。後仏ハ前仏ニ相嗣セリ」というように、師弟間における系譜すなわち師資相承を述べていることを確認した。 これらの検討から、『南方録』における鳥窠禅師問答譚には、『正法眼蔵』の禅があり、そこでの師資相承を重要視していることと、『正法眼蔵』の鳥窠禅師問答譚の典拠は『景徳伝灯録』であることを明らかにした。

  • 『南方録』と中国思想

    2024  

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    『南方録』は、江戸元禄期に立花実山が千利休に仮託して編纂した、茶の湯の理論書である。その構成は、「覚書」「会」「棚」「書院」「台子」「墨引」「滅後」の七巻からなる。「台子」では、名物道具の置き合わせや飾り方について、「カネワリ」という規式によって図像化し、説明している。それは、格式の高い点前道具の一つである台子の上板中央に縦の線を引いて陽の「カネ」とし、そこから左右に引いた等分の線を、陰と陽の「カネ」として、その上に道具の配置をするものである。また、「墨引」冒頭部では、「カネワリ」について、天地順行や陰陽の理論に基づくと述べられている。先学の研究によれば、この「カネワリ」の根拠は、中国思想の陰陽五行説に拠っているという。また、宮本武蔵『五輪書』に「かね」の語があることから、「カネワリ」の典拠は『五輪書』にあると指摘されてきた。しかし、「カネワリ」が何に基づいているのか、踏み込んだ研究は行われていない。本研究では、『南方録』独自の理論である「カネワリ」について、その理論の背景を検討した。まず、近世における「かね」の用例を精査し、「かね」の語を『五輪書』だけでなく、江戸前期の吉田光由の著書『新編塵劫記』、実山の儒学の師である貝原益軒の『養生訓』にあることを確認した。次に、『南方録』における「カネワリ」についての陰陽の理論と、貝原益軒の著作にみえる陰陽論とを比較した。その結果、貝原益軒の著作『養生訓』『自娯集』『大疑録』における春夏・秋冬の順行や、天地間の二気論が、『南方録』「墨引」で述べられる陰陽論に影響を与えていると明らかにした。これらの考察から、『南方録』における「カネワリ」の「かね」の語は、宮本武蔵『五輪書』に由来する可能性は低いと考えられる。また『南方録』における「カネワリ」の陰陽五行説の背景には、貝原益軒の著作にみえる陰陽論からの影響があると結論づけた。