2024/04/18 更新

写真a

クニヨシ ミズホ
国吉 瑞穂
所属
人間科学学術院 人間科学部
職名
助手
 

特定課題制度(学内資金)

  • 岩手県内における移住宣伝活動とブラジル移民の出身地との関連性−地図を活用した分析

    2023年  

     概要を見る

    本研究では、1899(明治32)年~1940(昭和15)年の海外旅券下付表、「移民取扱人ヲ経由セル海外渡航者名簿」と「伯剌西爾渡航者名簿」をもとに岩手県からのブラジル移住者の数、移住者の年齢、出身地、家族構成を整理してデータベースを構築した。岩手県からのブラジルへの移住者数は約2,200名であり、この数は岩手県の海外移住者総数の8割を占めている。記録の上では岩手県のブラジル移住は1918(大正7)年に始まっている。最盛期は1930(昭和5)年~1934(昭和9)年であり、この5年間だけで286家族1,855名、単身移住者22名を輩出している。これらの数字を、1940年当時の岩手県地図に反映させ、分布図を作成した。移住者輩出地域に着目すると、突出しているのは盛岡市(13家族)、金ケ崎町(12家族)、花巻町(現花巻市)11家族、愛宕村(現奥州市)12家族であり、県南地域に集中している。県北地域では田山村(現八幡平市)7家族、金田一村(現二戸市)5家族、沿岸地域では宮古町(現宮古市)7家族、釜石市6家族とまとまった数のブラジル移住者が出ているが、それ以外は1~3家族にとどまっている。岩手県内の宣伝活動(海外移住奨励活動)は、1913(大正2)年~1940(昭和15)年までの岩手日報新聞記事、拓務省発行の拓務時報を元に主催、内容、聴講者数などを時系列的に整理した。宣伝活動は県内全域に行われ、内容は映画会、講演会(ブラジル成功者、拓務省関係者等)、移住相談会であった。岩手県海外移住組合が1930(昭和4)年に設立されて以降、記録が確認できたものの中で最も頻度が多かったのは1833(昭和8)年~1934(昭和9)年であった。上記に上げた以外の県内ほぼ全域から1~2家族のブラジル移住者が出ていることを鑑みると、宣伝は一定程度、岩手県人のブラジル移住決断に影響を及ぼしたと考えられる。しかしもっとも大きい影響を及ぼしたのは、当時時局匡救事業の一環として1932(昭和7)年9月に開始されたブラジル移住者への船賃、支度金支援制度であった。