2024/05/28 更新

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ヨシダ ヒロシ
吉田 裕
所属
法学学術院
職名
名誉教授
学位
文学修士 ( 早稲田大学 )
ホームページ

学歴

  • 1972年04月
    -
    1975年03月

    早稲田大学大学院文学研究科仏語仏文学専攻  

  • 1968年04月
    -
    1972年03月

    早稲田大学   第一文学部   仏語仏文学専攻  

所属学協会

  •  
     
     

    成城大学フランス語フランス文化研究会

  •  
     
     

    日本フランス語フランス文学会

  •  
     
     

    早稲田大学比較文学研究室

研究分野

  • 文学一般

研究キーワード

  • 批評、詩、仏語・仏文学、文学一般(含文学論・比較文学)・西洋古典

 

論文

  • コラム 人類学から捉えた「移動」論

    吉田裕

    機 328号   ( 328 ) 6 - 7  2019年07月

  • 吉本隆明論―三つの主題とその行方(2)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 62 ) 85 - 148  2024年02月

    担当区分:筆頭著者

  • 吉本隆明論―三つの主題とその行方(1)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 61 ) 65 - 154  2023年02月

    担当区分:筆頭著者

  • 水の誘惑―『挟み撃ち』は『外套』と何を共有するか?

    吉田裕

    早稲田大学法学会百周年記念論文集 第五巻 人文編   第五巻   303 - 326  2022年12月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者

  • 「生き生きとした気持ち悪さ」のゆくえ-倉田比羽子覚え書

    吉田, 裕

    ポスト戦後詩ノート   ( 22 ) 12 - 13  2022年10月

    担当区分:筆頭著者

  • ヘーゲルは自分がどの程度まで正しいのか分かっていなかった ――バタイユのヘーゲル論再考

    吉田 裕

    AZUR   ( 23 )  2022年03月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

    DOI

  • レヴィナスという鏡-『実存から実存者へ』を読むバタイユ

    吉田 裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 60 ) 55 - 92  2022年02月

    担当区分:筆頭著者, 最終著者, 責任著者

  • 安部公房論-六〇年代三部作・もう一人の自分、誰でもない者、そして無数の「彼」へ

    吉田 裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 59 ) 47 - 78  2021年02月

  • 空間の輻輳に関する試論VII(最終回 第11章 重なり合う人影たち 第12章 つながり合う世界へ)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 58号 ) 111 - 164  2020年02月

    担当区分:筆頭著者

  • コラム ブルトンとバタイユ-最後の邂逅

    吉田裕

    短刀の葡萄酒   ( 1 )  2019年09月

  • 空間の輻輳に関する試論VI(第10章 揺れ動き重複する空間)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 57 ) 47 - 91  2019年02月

  • イマージュの経験-バタイユ『ラスコーの壁画』を読む

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 19 ) 149 - 171  2018年03月  [査読有り]

     概要を見る

    1 芸術論としての『ラスコー』<br />
    2 マカロニから錯綜する描線へ、そしてシルエットへ<br />
    3 死の不可能性からイマージュへ<br />
    4 揺れ動くものへ<br />
    5 洞窟空間との共鳴

  • バタイユと三島由紀夫-すれ違いとオリジナリティと

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 54 ) 1 - 22  2018年03月

     概要を見る

    1 バタイユの翻訳、70年の以前と以後<br />
    2 三島のバタイユに対する共感<br />
    3 三島のバタイユ理解はどこまで妥当か?<br />
    4 「神」と天皇<br />
    5 今日という時代Ⅰ・バタイユ『マネ』<br />
    6 今日という時代Ⅱ・三島『豊饒の海』

  • 空間の輻輳に関する試論Ⅴ(第9章 風景の変成)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 56 ) 93 - 148  2018年02月

     概要を見る

    1 無用なものの出現―赤瀬川原平<br />
    2 反転する地勢―荒川修作とマドリン・ギンズ<br />
    3 結ばれ解かれる空間―クリスト&ジャンヌ=クロード<br />
    4 多層化する街角―フェリチェ・ヴァリニ<br />
    5 スクリーンの上の複数性―蓮實重彦

  • 北村透谷論-日本近代初期における「私」の意識の形成と挫折

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 53 ) 1 - 29  2017年03月  [査読有り]

     概要を見る

    前年の透谷論を増補したもの<br />
    1 無弦の大琴<br />
    2 恋愛、そして実世界から社界へ<br />
    3 粋と侠<br />
    4 虚無思想をいかにして越えるか<br />
    5 内部世界<br />
    6 宮と部屋と書斎<br />
    7 無形の社界<br />
    8 国民と詩人<br />
    9 蝶の行方

  • 風景の編成-フェリチェ・ヴァリニを参照しつつ

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 18 ) 99 - 119  2017年03月  [査読有り]

     概要を見る

    1 過剰さは何処へ行ったか<br />
    2 文学及び絵画において<br />
    3 図像の浮上 フェリチェ・ヴァリニ<br />
    4 多重化する空間 石元泰博+吉増剛造<br />
    5 都市の風景を攪乱するもの 赤瀬川原平<br />
    6 交叉し波打つ空間 荒川修作<br />
    7 結ばれ解かれる空間 クリスト&ジャンヌ=クロード

  • 空間の輻輳に関する試論Ⅳ(第8章 彷徨う舞台)

    吉田裕

    人文論集 /早稲田大学法学会   ( 54 ) 57 - 119  2017年02月

     概要を見る

    第8章 彷徨う舞台<br />
    1 俳優への着目、劇構造の変化、劇場空間の変化<br />
    2 肉体とその反復 唐十郎と状況劇場<br />
    3 重なり合い離反する言葉たち 鈴木忠志と早稲田小劇場<br />
    4 時代の刻印の下に 清水邦夫・蜷川幸雄と現代人劇場・櫻社<br />
    5 劇場からの脱出 寺山修司と天井桟敷<br />
    6 死骸の流れる川

  • 詩人の行方-透谷試論

    吉田裕

    LEIDEN   ( 10 ) 26 - 31  2016年11月

  • バタイユの構図:労働、死、エロティスム、そして芸術

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 17 ) 59 - 75  2016年03月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

     概要を見る

    1 エロティスムからの問いかけ<br />
    2 動物から人間へ<br />
    3 芸術、違反行為としての<br />
    4 芸術と歴史の終わり<br />
    5 絵画と文学、あるいは絵画から文学へ

    CiNii

  • 村上春樹におけるバタイユの影

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 52 ) 52 - 66  2016年03月

  • 空間の輻輳に関する試論Ⅲ(第6章 われわれの時代と社会で 第7章 都市と想像力)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 54 ) 57 - 119  2016年03月

     概要を見る

    第6章 われわれの時代と社会で<br />
    1 三島由紀夫、美から「文化防衛論」へ<br />
    2 「英霊の声」と美の消失<br />
    3 古井由吉『杳子』と重さの集まる場所<br />
    4 空間は波打ち食い違う <br />
    5 後藤明生『挟み撃ち』と橋の氾濫<br />
    6 揺れ動く外套<br />
    7 柄谷行人『マルクスその可能性の中心』<br />
    8 中心のさまざまな不在<br />
    第7章 都市と想像力<br />
    1 渋谷論(ふたたび吉増剛造および石元泰博)<br />
    2 セグメント化・ステージ化(吉見俊哉)<br />
    3 重なり合うが境界のない空間(吉本隆明)<br />
    4 外から内へ、内から外へ

  • コラム エロティスムの位置について

    吉田裕

    詩の練習   ( 22 )  2015年10月

  • 空間の輻輳に関する試論Ⅱ(第3章 マネをめぐる二つの考察、第4章 小説の冒険 第5章 映像の冒険)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 53 ) 113 - 167  2015年03月

     概要を見る

    第3章 マネをめぐる二つの考察<br />
    1 バタイユの経済学とマネ<br />
    2 《オランピア》は何を示すか?<br />
    3 麻酔と痺れ、そして疲労へ<br />
    4 フーコーによるマネ、三つの問題系<br />
    5 《フォリ・ベルジェールの酒場》の示すもの<br />
    6 マネ以後<br />
    第4章 小説の冒険<br />
    1 時間芸術の中に現れる空間性<br />
    2 小説はパロディから立ち上がる<br />
    3 カフカの『審判』<br />
    第5章 映像の冒険<br />
    1 ベンヤミンの映画論<br />
    2 剥離するイマージュ「マルホランド・ドライブ」<br />
    3 移行<br />
    4 相互浸透

  • 死者の二つの送り方 -バタイユとマルロー

    吉田 裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 16 ) 107 - 123  2015年

    CiNii

  • コラム 断片的記述

    吉田裕

    詩の練習   ( 16 ) 18 - 21  2015年01月

  • 書評 大森晋輔『ピエール・クロソウスキー』

    吉田裕

    週刊読書人   ( 3067 ) 4  2014年11月

  • Deux lectures de Manet : Bataille et Foucault

    Hiroshi YOSHIDA

    Cahier Bataille   ( 2 ) 127 - 142  2014年10月

  • 歩行は何処へ行ったか-秋山駿についての遅ればせの試論

    吉田裕

    LEIDEN   ( 6 ) 27 - 41  2014年07月

  • 死を死者のものに-バタイユ『死者』

    吉田裕

    ジョルジュ・バタイユ『『死者』とその周辺』、書肆山田、2014の解説論文     191 - 242  2014年06月

  • 伝説の終わり? -バタイユと「刻み切りの刑」の写真

    吉田 裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 15 ) 61 - 78  2014年03月  [査読有り]

     概要を見る

    1 エンブレムとしての図像<br />
    2 『エロスの涙』は誰が書いたのか?<br />
    3 「刻み切りの刑」の3つの例<br />
    4 いつ、どのようにして写真の存在を知り、それを入手したか<br />
    5 補遺・見つめる男

    CiNii

  • 輻湊する空間-建築・映画・小説

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 50 ) 37 - 56  2014年03月

  • 空間の輻輳に関する試論Ⅰ(第1章 テキストの外から、そしてテキストの外へ 第2章 写真の不思議)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 52 ) 21 - 67  2014年03月

     概要を見る

    第1章 テキストの外から、そしてテキストの外へ<br />
    1 異質な空間<br />
    2 村上春樹「象の消滅」と「パン屋再襲撃」<br />
    3 川上弘美「夏休み」と『センセイの鞄』<br />
    4 村上龍「コンビニにて」<br />
    5 多和田葉子『変身のためのオピウム』<br />
    6 三崎亜紀『となり町戦争』<br />
    第2章 写真の不思議<br />
    1 バルト『明るい部屋』<br />
    2 ディディ=ユーベルマン『イメージの前で』<br />
    3 吉増剛造の二重露光写真

  • 歴史の裂け目から-アンジェイ・ワイダの『灰とダイヤモンド』

    吉田裕

    LEIDEN   ( 4 ) 12 - 20  2013年08月

  • 思想の姿について(吉本隆明追悼)

    吉田裕

    LEIDEN   ( 2 ) 18 - 25  2012年07月

  • コラム「アセファル」と私たちの時代

    吉田裕

    詩の練習(バタイユ・アルトー特集号)   ( 3 ) 8 - 11  2012年05月

  • エロティスムと文学

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 50 )  2012年03月

  • 剥離する映像(イマージュ)-デヴィット・リンチ『マルホランド・ドライブ』

    吉田裕

    現代文学   ( 83 ) 40 - 55  2011年07月

  • 翻訳ポール・ヴェルレーヌ詩二篇「アルチュール・ランボーに」

    ポール・ヴェルレーヌ

    LEIDEN   ( 1 ) 28 - 29  2011年07月

  • バタイユのニーチェ論とその曲がり角

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 49 )  2011年03月

  • 芸術からアートへ : アートの公共性をめぐって

    北山 研二, 吉田 裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 12 ) 1 - 18  2011年

    CiNii

  • L'Hyper-spatialité du Japon contemporain et ses écrivains

    吉田裕

    Les Études françaises au Japon, tradition et renouveau     95 - 106  2010年09月

  • 書評 岩野卓司『ジョルジュ・バタイユ』

    吉田裕

    図書新聞   ( 2974 )  2010年07月

  • 今日の日本における空間の輻輳と作家たち

    吉田裕

    危機の中の文学、中山・赤羽・北山・佐々木・吉田の共編著     151 - 169  2010年06月

  • ベルクソンを読む小林秀雄(2)『感想』

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 46 )  2010年03月

  • 死と歴史をめぐる二重奏-ヘーゲルを読むバタイユⅠ

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 11 ) 53 - 72  2010年03月

    CiNii

  • 死と歴史をめぐる二重奏-ヘーゲルを読むバタイユⅡ

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 48 )  2010年03月

  • 過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅱ

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 10 ) 35 - 52  2009年03月

  • 過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅲ

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 47 ) 135 - 173  2009年03月

  • 過剰さとその行方(経済学・至高性・芸術)Ⅰ

    吉田裕

    AZUR /成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 9 ) 97 - 112  2008年03月

  • 二つのマネ論-バタイユとフーコー

    吉田裕

    人文論集 /早稲田大学法学会   ( 46 ) 73 - 98  2008年03月

  • 「呪われた部分」はどこへ行ったか-バタイユ的経済学のゆくえ

    吉田裕

    談 /TASC機関誌   ( 80 ) 39 - 54  2007年12月

  • コラム 幸福な身体

    吉田裕

    プレクサス/「プレクサス」舎   ( 6 ) 5 - 6  2007年11月

  • コラム 輻輳する空間 絵画と文学の間

    吉田裕

    プレクサス/「プレクサス」舎   ( 6 ) 33 - 34  2007年11月

  • 戦争の影

    吉田裕

    「アセファル・その内と外」、シンポジウム報告集(神田、吉田、古永、江澤、細貝との共著)     21 - 36  2007年05月

  • ベルクソンを読む小林秀雄Ⅰ-『感想』以前

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 43 )  2007年03月

  • 書評 丸本隆編『初期オペラの研究』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 45 )  2007年02月

  • 同意と拒否-築山登美夫詩集『異教徒の書』を読む

    吉田裕

    COTO   ( 13 ) 34 - 38  2007年01月

  • 結社「アセファル」をめぐって

    吉田裕

    ちくま学芸文庫『聖なる陰謀』解説     477 - 500  2006年04月

  • Le sacrée et la communauté--Autour d'Acéphale (1936-1939)

    Hiroshi YOSHIDA

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 7 ) 83 - 97  2006年03月

    CiNii

  • バタイユの受容ー吉本隆明の場合

    吉田裕

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 42 ) 65 - 89  2006年03月

    CiNii

  • 小林秀雄ノートⅣ

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 44 )  2006年02月

  • Haiku et la concience des choses

    Hiroshi YOSHIDA

    Revue des Sciences Humaines / Université de Lille 3   ( 282 ) 63 - 72  2006年02月

  • 『眼球譚』論

    吉田裕

    るしおる/書肆山田   ( 59 ) 90 - 100  2005年12月

  • 書評 赤嶺盛勝詩集『夢のかけらⅡ」

    吉田裕

    沖縄タイムス/沖縄タイムス社   ( 20240 ) 20 - 20  2005年06月

  • 翻訳 ピエール・ギヨタ「釈明」(抄訳)

    ピエール・ギヨタ

    みすず/みすず書房   47 ( 4 ) 12 - 20  2005年05月

  • 書評 酒井健著『バタイユ・魅惑する思想』

    吉田裕

    図書新聞/図書新聞社   ( 2720 )  2005年04月

  • 内的体験をめぐってⅢ(最終回)

    吉田裕

    AZUR/ 成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 6 ) 115 - 127  2005年03月

    CiNii

  • サド論をめぐって-バタイユからクロソウスキーへⅡ

    吉田裕

    るしおる / 書肆山田   ( 56 ) 64 - 76  2005年03月

  • 小林秀雄ノートⅢ

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 43 )  2005年02月

  • コラム 身体と虚体

    吉田裕

    プレクサス/ 「プレクサス」舎   ( 4 ) 32 - 33  2004年10月

  • コラム 痛みと身体

    吉田裕

    プレクサス/「プレクサス」舎   ( 3 ) 6 - 6  2004年05月

  • 内的体験をめぐってⅡ

    吉田裕

    AZUR/成城大学フランス語フランス文化研究会   ( 5 ) 89 - 105  2004年03月

  • 西東三鬼論

    吉田裕

    日本現代詩歌研究/日本現代詩歌文学館   ( 6 ) 117 - 131  2004年03月

  • 小林秀雄ノートⅡ

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 42 ) 53 - 83  2004年02月

  • 書評 星野恒彦句集『邯鄲』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 42 )  2004年02月

  • コラム 揺らめく身体

    吉田裕

    プレクサス/「プレクサス」舎   ( 2 ) 3 - 3  2003年10月

  • 書評 二つの言語-米須興文『文学作品の誕生』について

    吉田裕

    間隙/間隙出版販売   ( 21 ) 12 - 15  2003年07月

  • 透明と身体

    吉田裕

    プレクサス/「プレクサス」舎   ( 創刊 ) 8 - 8  2003年06月

  • 内的体験をめぐってⅠ

    吉田裕

    AZUR/成城大学仏語仏文化研究会   ( 4 ) 55 - 69  2003年03月

  • バタイユからクロソウスキーへ『ディアナの水浴』をめぐって

    吉田裕

    るしおる/書肆山田   ( 49 ) 70 - 75  2003年03月

  • 小林秀雄論-ドストエフスキー論の問題(1)

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 41 ) 21 - 49  2003年02月

  • 吉田一穂における詩と俳句の問題

    吉田裕

    俳句文学館紀要/俳人協会   ( 12 )  2002年10月

  • バタイユの図書館

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 40 )  2002年02月

  • エクスターズの探求者

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 39 ) 217 - 287  2001年02月

  • 謎を解くこと、謎を生きること-バタイユ『有用性の限界』をめぐって

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 38 ) 147 - 174  2000年02月

  • 書評 高山旭編著『百年後のあなたへ-マリーナ・ツヴェターエワの叙情詩』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 38 )  2000年02月

  • 死者ノ勝利-バタイユ『死者』

    吉田裕

    るしおる/書肆山田   ( 33 ) 60 - 69  1998年03月

  • 星々の磁場-バタイユ『青空』

    吉田裕

    ユリイカ/青土社     196 - 205  1997年07月

  • バタイユ主要著作解題(『眼球譚』『マダム・エドワルダ』『大天使のように』『不可能なもの』『C神父』『空の青』『死者』の項目担当)

    酒井健, 吉田裕, 和田康

    ユリイカ/青土社     279 - 296  1997年07月

  • バタイユ・ポリティック

    吉田裕

    Booby Trap /ブービー・トラップ編集室   ( 22-25 )  1996年12月

     概要を見る

    のち人文論集第36号(1998年2月)に、修正の上で一括掲載。

  • 書評 ボードリヤール/吉本隆明著『世紀末を語る』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 34 )  1996年03月

  • バタイユ・マテリアリスト

    吉田裕

    Booby Trap /ブービー・トラップ編集室   ( 17-19 )  1995年04月

  • 書評 張承志(岸陽子訳)『黒駿馬』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 33 )  1995年02月

  • 書評 塚原史『終末のソリチュード』

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 32 )  1994年02月

  • ニーチェの誘惑-バタイユはニーチェをどう読んだか

    吉田裕

    Booby Trap /ブービー・トラップ編集室   ( 8-16 )  1993年05月

  • 色彩から明暗へ-星野恒彦句集『麦秋』を読む

    吉田裕

    人文論集(31)/早稲田大学法学会→貂49号/貂の会   ( 31 )  1993年02月

  • ジュネット覚え書

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 30 ) 205 - 217  1992年02月

  • 吉田一穂論-「白鳥」を読む

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 30 )  1992年02月

  • 淫蕩と言語とーバタイユ「聖なる神」をめぐって

    吉田裕

    なだぐれあ(6ー8)→『聖女たち』/書肆山田    1989年11月

  • 出奔する狂女たち-一葉試論

    吉田裕

    文学/岩波書店   56 ( 7 ) 20 - 45  1988年07月

  • 書評 竹田青嗣著『世界の背理』

    吉田裕

    図書新聞/図書新聞社   ( 592 )  1988年05月

  • 心的なものの行方-吉本隆明『神的現象論』を読む

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1986年11月

  • 誌の源泉を求めて-啄木試論

    吉田裕

    文学/岩波書店    1986年09月

  • 歴史の挫折と夢-バルト『エクリチュールの零度』と『ミシュレ』

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1985年10月

  • Une signification caracteristique dans la poesie de Paul Valery : la superposition d'effets de sens

    吉田 裕

    フランス語フランス文学研究   46   68 - 83  1985年

    DOI CiNii

  • 自然から意識へ-吉本隆明『共同幻想論』を読む

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1984年06月

  • 歴史のなかの記述-ブランショの三つのサド論

    吉田裕

    人文論集/早稲田大学法学会   ( 22 )  1984年02月

  • テロルの回路-一ナロードニキの回想録から

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1983年09月

  • 歴史はいかに現れるか-武田泰淳『司馬遷』と「蝮のすえ」

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1983年05月

  • 誌と歴史-堀川正美詩集『太平洋』

    吉田裕

    散/散の会   ( 3 )  1983年02月

  • 表出する人間-吉本隆明『言語にとって美とは何か』を読む

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1982年04月

  • 言葉から詩へ-リルケ『マルテの手記』

    吉田裕

    散/散の会   ( 1 )  1981年08月

  • 「物語」についての覚え書

    吉田裕

    『吉本隆明とブランショ』/弓立社    1981年08月

  • 批評から文学へーブランショの批評

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1980年03月

  • 知を越えてー思想の後半の過程・吉本隆明の場合

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1979年04月

  • 書くとは何かーブランショの小説作品

    吉田裕

    早稲田文学/早稲田文学会    1978年02月

  • 思想の位置ー吉本隆明について

    吉田裕

    蒼生/早稲田大学文学部文芸科研究室   ( 12 )  1976年12月  [査読有り]

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書籍等出版物

  • 洞窟の経験 : ラスコー壁画とイメージの起源をめぐって

    吉田, 裕, 福島, 勲, 吉本, 素子, 郷原, 佳以, 鈴木, 雅雄, 西山, 達也( 担当: 共著,  担当範囲: イマージュの経験-バタイユはラスコーに何を見たか?)

    水声社  2020年12月 ISBN: 9784801004948

  • 翻訳 移動する民 : 「国境」に満ちた世界で

    Agier, Michel, 吉田, 裕( 担当: 単訳)

    藤原書店  2019年08月 ISBN: 9784865782325

  • 詩的行為論(増補改訂版)

    吉田, 裕( 担当: 単著)

    書肆山田  2018年05月 ISBN: 9784879959683

  • 翻訳 『死者』とその周辺

    ジョルジュ・バタイユ著( 担当: 単訳)

    書肆山田  2014年06月 ISBN: 9784879958976

  • バタイユ-聖なるものから現在へ

    吉田裕

    名古屋大学出版会  2012年11月 ISBN: 9784815807139

  • 共著 詩と絵画—ボードレール以降の系譜

    丸川誠司編( 担当: 共著,  担当範囲: 二つのマネ論-バタイユとフーコー)

    未知谷  2011年12月 ISBN: 9784896423600

  • Les Études françaises au Japon, tradition et renouveau

    Jean René, Klein et, Francine Thyrion( 担当: 共著)

    Presse universitaire de Louvain  2010年09月 ISBN: 9782874632242

  • 共著 危機の中の文学

    中山真彦, 赤羽研三, 北山研二, 佐々木滋子, 吉田裕共編著( 担当: 共編者(共編著者),  担当範囲: 今日の日本における空間の輻輳と作家たち)

    水声社  2010年06月 ISBN: 9784891767853

  • 共著 これからの文学研究と思想の地平

    松澤和宏, 田中実編( 担当: 共著,  担当範囲: テキストの外から、そしてテキストの外へ)

    右文書院  2007年07月 ISBN: 9784842100890

  • 共著 アセファル・その内と外

    神田浩一, 吉田裕, 古永真一, 江澤健一郎, 細貝健司( 担当: 共著,  担当範囲: 戦争の影)

    2007年05月

  • バタイユの迷宮

    吉田裕

    書肆山田  2007年05月 ISBN: 9784879957016

  • 翻訳 聖なる陰謀-アセファル資料集

    吉田裕, 江沢健一郎, 神田浩一, 古永真一, 細貝健司( 担当: 共訳)

    筑摩書房(ちくま学芸文庫)  2006年04月

  • 翻訳 物質の政治学(バタイユ・マテリアリストⅡ)

    吉田裕( 担当: 単訳)

    書肆山田  2001年01月 ISBN: 4879955027

  • 翻訳 異質学の試み(バタイユ・マテリアリストⅠ)

    吉田裕( 担当: 単訳)

    書肆山田  2001年01月 ISBN: 4879955019

  • 翻訳 ニーチェの誘惑

    吉田裕( 担当: 単訳)

    書肆山田  1996年07月 ISBN: 4879953830

  • 翻訳 聖女たち

    吉田裕( 担当: 単訳)

    書肆山田  1993年07月 ISBN: 4879953091

  • 歴史はいかに現れるか

    吉田裕

    私家版  1992年12月

  • 詩的行為論

    吉田裕

    七月堂  1988年06月

  • 幻想生成論

    吉田裕

    大和書房  1988年02月 ISBN: 447972026x

  • 吉本隆明とブランショ

    吉田裕

    弓立社  1981年08月

  • 共著 日本近代文学研究資料叢書「吉本隆明・江藤淳」

    共著吉田裕( 担当範囲: 思想の位置)

    有精堂  1980年04月 ISBN: 9784640300874

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講演・口頭発表等

  • ラスコーの曙光から

    日本フランス語フランス文学会秋季大会ワークショップ8   (名古屋大学)  日本フランス語フランス文学会  

    発表年月: 2017年10月

     概要を見る

    1940年に発見されたラスコーの先史時代洞窟壁画が、戦後の思想家・芸術家にどのような衝撃をもたらしたかを、シャール、バタイユ、ブランショを通して検討する。吉田はバタイユの『先史時代の芸術・ラスコー・芸術の誕生』について報告「バタイユにおけるイメージの生成」を行った。

  • 風景の変成―フェリーチェ・ヴァリーニの場合

    吉田裕  [招待有り]

    成城大学フランス語フランス文化研究会総会   成城大学フランス語フランス文化研究会  

    発表年月: 2016年07月

  • マネはバタイユによってどのように読まれたか:聖なるものの行方

    日仏文化講座:美術を哲学する—現代フランス思想とイメージ  

    発表年月: 2015年01月

  • アンチモダンの系譜と行方

    日本フランス語フランス文学会秋季大会ワークショップ  

    発表年月: 2010年10月

  • 芸術に公益があるのか

    日本公益学会第11回全国大会でのシンポジウム「公益と経営哲学」  

    発表年月: 2010年09月

  • ヘーゲルを読むバタイユ

    AZUR11号 合評会  

    発表年月: 2010年06月

  • 現代日本における空間の輻輳と作家たち

    日本におけるフランス研究、ルーヴァン大学、ベルギー  

    発表年月: 2009年05月

  • 『バタイユの迷宮』を巡る討論

    バタイユ・ブランショ研究会『バタイユの迷宮』書評会  

    発表年月: 2009年05月

  • シンポジウム「化 世羅 世螺」

    NPO法人アート・プレゼンス主催第一回国際アートフェス2008 in NUMATA  

    発表年月: 2008年08月

  • 輻輳する空間——絵画と文学の間を行き来しながら

    NPO法人アートプレゼンス主催第一回芸術家会議  

    発表年月: 2007年10月

  • 二つのマネ論——バタイユとフーコー

    詩と造形芸術:二つのポイエーシスの対話  

    発表年月: 2007年09月

  • 戦争の影

    シンポジウム「アセファル、その内と外」、バタイユブランショ研究会  

    発表年月: 2006年05月

  • バタイユの受容-吉本隆明の場合

    吉田裕

    早稲田大学比較文学研究室月例発表会  

    発表年月: 2005年05月

  • 俳句と物の意識

    俳句とフランス現代詩に関する国際シンポジウム   川那部保明  

    発表年月: 2003年12月

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Misc

 

特定課題制度(学内資金)

  • 歴史の中のバタイユ――宗教・革命・芸術・エロチスムの視点から

    2007年  

     概要を見る

     今年度最大の収穫は、『バタイユの迷宮』を刊行できたことである。新著の刊行は、『バタイユ・マテリアリストⅠⅡ』(2001年)より6年ぶりのことであるが、かなり大部なこの書物(309ページ)により、中期のバタイユの宗教的探求――バタイユの中でもっとも重要な部分――についてまとめるという、年来の課題に切りをつけることが出来た。これまでの著書と併せ、1945年頃までのバタイユの、思想的(哲学、社会学、政治)および宗教的な探求の厚みをほぼとらえることが出来るようになったと考える。 その次の段階は、時期で言えば、第二次大戦の終了以降、彼の年齢として40代後半以後の後期をとらえることである。この時期については、経済学と芸術論(おもに絵画論)が重要だが、今年はこれらの主題に触れることが出来た。一方では、彼の『マネ』を中心にした下記のいくつかの論考がその成果である。だが、他方で私にとって重要なのは、この主題はたんに取り残したいくつかの主題の一つであるのではなく、人間は自分の産み出す過剰なエネルギーをどのように使うかという、彼の思考の根本に対する現代的な回答を担っていることが明らかになってきたことである。過剰なものは、現代において、諸芸術の中にもっとも鋭く現れるとバタイユは考えたように思われる。そのことを証明するために、「過剰さとその行方」という主題を設定して考察を開始した。この論文は、彼の経済学(エコノミー)から出発して、至高性に関する考察を経て、おそらくマネ論やラスコーの壁画論、そしてカフカを中心とすることになる彼の文学論にまで、延長される予定である。第一回をすでに書き終えており、2008年3月にAZUR誌に掲載される。

  • 20世紀の文化と思想の中のジョルジュ・バタイユ

    2006年  

     概要を見る

     2004年より従事していたマリナ・ガレッティ編のバタイユと結社アセファルに関わる資料集の翻訳を、『聖なる陰謀』の標題で、ちくま学芸文庫から刊行した。共訳者は、江澤健一郎、神田浩一、古永真一、細貝健司の4名である。そして、この刊行に伴い、バタイユ・ブランショ研究会のなかで、シンポジウムを開催し、訳者5名がそれぞれの発表を行った。これは5月20日に慶応大学で開催された日本フランス語フランス文学会の活動の一環として行われた。さらに、この発表を、報告集「アセファル――その内と外」としてまとめた。この作業により、1935年から44年にかけての、バタイユのもっとも混迷した時期を、ひとつの視点から読み通す作業を完了することが出来た。 これを受けて、吉田個人は、バタイユ研究を総括する作業に入り、『バタイユの迷宮』として刊行する予定である。この書物の中心に置かれるのは、『眼球譚』、『内的体験』、『死者』に関する論考である。『眼球譚』論では、これまで行われてきたような精神分析的な解釈ではなく、小説作品の空間の生成という観点から論じた。『内的体験』論では、供犠、瞑想、エクスターズ――これまで一緒くたに論じられてきた傾向がある――を、ある探求の過程として位置づけることを行った。『死者』論においては、これまで比較的論じられることの少なかった、この短いが激烈な作品を、死あるいはエロチスムに関する、バタイユの思考のひとつの頂点として読み取ることを提案した。 さらに、これらの作品が書かれた背後にある、社会学的、宗教的、経済学的な探求についての論考を収める(「エクスターズの探求者Ⅰ,Ⅱ」、「聖なるものと共同体」、「謎を解くこと・謎を生きること」)。バタイユに於けるこうした領域は、断片的にしか言及されることのなかった部分であるが、それを総合的・系統的に分析し提示した。 収録した論文は、一番古いものは、1998年発表であるが、かなりの変更を加えた。私にとっては、この書物は、バタイユ論の一区切りであるが、次には、バタイユに於ける芸術の問題――それは同時に1945年以後のバタイユの問題でもある――に考察を進めたいと考えている。

  • ジョルジュ・バタイユの思想、行動、およびその時代

    2004年  

     概要を見る

    バタイユの政治的実践的活動を思想を明らかにする仕事を『バタイユ・マテリアリスト』の表題でまとめた後、2004年から、宗教的思想と活動をたどる作業に本格的に取りかかった。彼の宗教観の基盤は、社会学的な知見の渉猟から始まったが、それを「エクスターズの探求者」でまとめた上で、彼のこの方面のもっとも重要な著作である『内的体験』を解読する作業に入った。この作業は自分としては、宗教的探求者としてのバタイユのまとめのつもりである。その結果(キリスト教、ニーチェ、戦争、言語との関係を主題とした)を「内的体験をめぐって」の表題で、成城大学フランス文化研究会の機関誌「AZUR」に連載し、2005年に「Ⅲ」で完結させた。 それに伴い、バタイユの最初期の小説である「眼球譚」について、一つの定説となっているロラン・バルトの読み方を批判し、文学テキストとはどんなものであるかについての自分の考えを、「『眼球譚』論」として示した。 以上の2点に、これまで書いたいくつかのバタイユ論を加え、一冊にまとめる仕事を継続中である。 また、1999年にフランスで、バタイユの宗教的実験の場であった結社「アセファル」に関わる重要な資料集が出版され、2003年来、訳者代表として4人の若い研究者とその後半部分を翻訳する仕事に従事してきたが、2006年、『聖なる陰謀』の表題で刊行することが出来た。そこに解説論文「アセファルをめぐって」を掲載した。 さらに比較文学的関心もあり、バタイユの日本への受容について調査を行い、早稲田大学比較文学研究室の「月例研究会」で「バタイユの受容・吉本隆明の場合」の表題で口頭発表を行い、後にそれを論文としてまとめ「比較文学年誌」に発表した。

  • ジョルジュ・バタイユの思想および行動と彼の時代

    2003年  

     概要を見る

     バタイユの政治的行動をたどる仕事を終えて、それを『バタイユ・マテリアリスト』の標題で、書肆山田から2冊本で出版した後、もう一つの枢要な主題、宗教的活動をたどる仕事に取りかかった。その最初は、彼の最初期からあった宗教的関心をたどることで、「エクスターズの探求者」の標題で「人文論集」に発表した。ついで、彼の宗教的関心の頂点というべき戦争中の探求を検討する仕事に取りかかった。これについては、『内的体験』を徹底的に読むことを試みることにし、「内的体験をめぐって」の標題で「AZUR」に連載を始めて、今年度は2回目を秋に提出したところである。この仕事により、民族学の知識、精神分析、キリスト教、またエロチスムが渾然となっている、彼の宗教意識をある程度まで解きほぐし得たと考える。次回(第3回)には、共同体、および戦争という視点から『内的体験』を検討し、それによってこのテーマに一応ピリオドを打つつもりでいる。 またこの主題に関わる研究活動としては、次のものがある。フランスで1999年にバタイユのこの時期の書簡と文書を集めた重要な資料集が出版されたが、これを若い研究者4名と一緒に翻訳中である。これはバタイユ研究のための基礎的な文献になるに違いないものである。さらに、バタイユに対する批判的な視点を獲得するために、バタイユを彼より10才ほど若い作家クロソウスキーと比較する仕事も始めていて、その最初の成果を「バタイユからクロソウスキーへ――『ディアナの水浴』をめぐって」として発表した。

  • バタイユと社会学

    1999年  

     概要を見る

     1999年度は、特定課題研究の援助に加えて、パリ大学との研究者交換協定に則って、98年9月から99年8月までパリに滞在する機会を持ち、研究をいっそう深めることが出来た。研究者としては、バタイユの初期の文献的研究に業績を上げているJean=Pierre Bouler氏、バタイユの美術への関心について著作のあるVincent Teixeira氏の知遇を得て、多くの示唆と刺激を得た。また、国立図書館で、彼の書簡の手稿を読み、画家マソンとの共作の多くのリトグラフの入った稀覯本を調べることが出来た。加えて、パリに留学中の若い研究者数人と読書会を持つ機会に恵まれ、そこで1939年から1943年ぐらいの間に書かれたバタイユの未完の論考『有用性の限界』を訳することが出来た。これは哲学的思想的考察と社会学的関心がバタイユ特有のやり方で入り交じり、この時期のバタイユの思索の深さと拡がりを示す好例となる著作である。この翻訳は、出版の予定である。なお、この翻訳の解説を、私が担当し、読書会での討論を経て、「謎を解くこと、謎を生きること」の標題でまとめた。この解説は、かなり長いものであるので(400字詰め原稿用紙で90枚)、論文として、まず「人文論集」に発表した。(ただ残念ながら、この翻訳は、翻訳権の関係で、出版することが出来なかった)

  • ジョルジュ・バタイユ研究

    1997年  

     概要を見る

    1990年頃からバタイユについての研究を続けていて、ここ数年は、とりわけ1920年代から30年代にかけてのバタイユの政治的な思想と行動を明らかにすることを目的とする研究を行った。この時代は、ロシア革命以後の社会主義革命運動の変質、そしてその反動のようなファシスムの勃興というふうに、左右が激しく対立しあった時代であった。フランスもまたその坩堝の一つであり、34年の右翼の暴動から36年の人民戦線の成立に至るまで、さまざまの政治的思想的潮流が渦巻いた。バタイユは、この時期には思想家というよりも、ほとんど左派の活動家と言わねばならないような姿を残しているが、それを正確に捉えることは難しい。というのは、彼はどこかの大組織に属していたわけではなく、小グループの中におり、独立した思想を持っていたからだ。これをとらえるためには、彼の言動をいきなり思想的に定式化するのでなく、まずそれを彼の時代と社会の現場に置いてみる必要があった。 すなわち、バタイユの傍らには「民主共産主義者サークル」を率いていたボリス・スヴァリーヌがおり、その背後には、次第に溝を深めていくとは言え、トロツキーの存在があり、トロツキーと対立するスターリニスムの問題があった。またバタイユは最後には、民兵組織を構想するに至るが、その時、同様のことを考えている小グループがほかにないわけではなかったようだ。加えるに、彼よりもかなり年下であったが、シモーヌ・ヴェイユの存在は、彼にとって大きな意味を持ち続けた。そうした錯綜した現実の中にまず彼を置いてみようとして、かなり細部にわたる探索を行わねばならなかった。それが、今回の研究である。

  • ジョルジュ・バタイユ研究

    1996年  

     概要を見る

     前年度までは、バタイユの全体を、そのニーチェ論を読みつなぐことでたどろうとしたが、それを、対象とした論文の翻訳を加えて、七月に書肆山田から『ニーチェの誘惑』という表題のもとに刊行することができた。そのあと、今度はバタイユを、より具体的な場で読む仕事に取りかかっている。その最初の一歩として、彼が活動を始めた1920年代後半から30年代はじめ頃に焦点を当てる仕事を行った。 そこで明らかにしようとしたことは二つある。ひとつは、事実関係の確認である。 この仕事は簡単なようだが、いくつかの翻訳を除いて、日本語では十分にはなされていない。この時期は、ことにアンドレ・ブルトンとの論争が問題になるが、バタイユの側からは、敵意があまりに高じたせいか、逆に直接名指しで批判するということを行っていないため、関係を見抜くことが難しい。この関係付けを行うことが、当初の目的であったが、それはかなりなしえたと思う。 もう一つは思想的な問題である。バタイユは多くの場合、死と結び合わされる。この結びつけは間違っていないが、しばしば死の問題だけに抽象され、限定されることがあり、それでは不十分ではないのか、という疑問があった。バタイユの死の思想の中にはなにかほかのもの、現実的なものが進入してくるような気配がある、という印象があって、それをもっとも初期の段階で探ってみようとした。 その結果最初期のバタイユは、死の探求をほとんど物質性の探求と同一視していることがわかった。死の経験は、物質の経験として現れている。これが彼の小説をエロチックで暴力的なものとし、また反対側で当時のマルクス主義の唯物論およびシュルレアリストたちをイデアリストと批判する根拠になっていて、さらにその経験が内的体験の様相にまで延長されているらしいこともわかってきた。 最初期のバタイユについてのこの考察は、「バタイユ・マテリアリスト」の表題で、清水鱗造氏の雑誌「ブービー・トラップ」の17号(1995年4月)から21号(96年8月)に書き継ぎ、改稿して法学部人文論集の96年度号に同じ題で発表の予定である。以後は上記でとらええた立場によって、政治的活動から宗教的探求にわたる中期のバタイユの幅広い活動をとらえることを試みたい。

  • ジョルジュ・バタイユ研究

    1995年  

     概要を見る

    ジョルジュ・バタイユに関する研究を,しばらく前から続けているが,1995年度は,バタイユの最初期に関する検討を行った。1897年生まれのバタイユがものを書き始めるのは,1920年代の後半,シュルレアリスムおよびアンドレ・ブルトンとの関わりと抗争においてである。 この関係の中には,単に文学と学術におさまらないさまざまの要素が絡んでくる。精神分析学の理解のしかた,トロツキーの追放に象徴される左翼運動の混迷などである。バタイユは,ブルトンとの論争に全精力を集中する。シュルレアリスムについてバタイユはのちに,自分は内部の的だったと言っている。つまり理性あるいは必然性を越えた不可思議で偶然のものへの関心は同じくするが,それでも決定的に異なるところがあるというのだ。この違いがはっきりと見えてくるのは,1929年のブルトンからのアンケートに対するバタイユの回答「イデアリストの糞ったれどもにはうんざりだ」であろう。ここでバタイユの反イデアリスムすなわちマテリアリスムが明瞭になる。この前後の論文(未発表のものが多くある)をたどっていくと,彼が精神分析学や社会学を援用しながら,また当時のマルクス主義を批判しながら,物質性を問い,明らかにしようとしていることが見えてくる。物質性へのこの関心は,これを以降姿を変えながらも,バタイユの行程を最下部から支配することになる。 バタイユのこの最初の立脚点を確かめえたことが,1995年度の成果である。

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