2024/04/16 更新

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ツボイ ヨシハル
坪井 善明
所属
政治経済学術院
職名
名誉教授
学位
社会学博士 ( パリ大学社会科学高等研究院大学 )
法学修士 ( 東京大学 )
社会学博士(EHESS)パリ大学社会科学高等研究院

経歴

  • 1997年
    -
     

    早稲田大学政治経済学部教授

  • 1988年
    -
    1997年

    北海道大学法学部教授

  • 1982年
    -
    1988年

    北海道大学法学部助教授

学歴

  •  
    -
    1982年

    パリ大学社会科学高等研究院大学院   社会科学研究科   社会学  

  •  
    -
    1972年

    東京大学   法学部   政治  

所属学協会

  •  
     
     

    日本政治学会

  •  
     
     

    アジア政経学会

  •  
     
     

    東南アジア史学会

研究分野

  • 政治学

研究キーワード

  • Political Science

受賞

  • 渋沢・グローデル賞

    1988年  

 

論文

  • 「半分の満足」のなかで−戦後30年のヴェトナム

    『世界』   no.741   285 - 312  2005年06月

  • Future Development of Japan-Vietnam Relations

    COE-CAS Working Paper   VOL.19  2005年05月

  • Corruption in Vietnam

    COE-CAS Working Paper   VOL.20  2005年03月

  • ヴェトナムの過去・現在

    日仏会館   『日仏文化』71号   26 - 35  2005年03月

  • Government,Party,Military and Business Relation in Vietnam:Focusing on a Comparison with China.

    COE-CAS Working Paper   VOL.18  2005年02月

  • 学会報告「日本における東南アジア研究の現状」

    「フランス語圏東南アジアセミナー」シンガポール    2003年10月

  • 学会報告「ヴェトナムにおける幸福感」

    「カルチュラル・アイデンティティと各国の文化政策セミナー」ハンブルグ    2003年10月

  • 学会報告「グローバリゼーション、国家、共同体−ヴェトナムの場合」

    日仏クロック、早大国際会議場    2003年09月

  • yosakoiソーラン祭り

    長谷川岳, 坪井善明

    岩波書店    2002年06月

  • アンコール遺跡と社会文化発展

    連合出版    2002年04月

  • ベトナム−ドイモイの15年

    岩波講座東南アジア史第9巻「開発」の時代と「模索」の時代   9   231 - 256  2002年03月

  • ヴェトナム現代政治

    坪井善明

    東京大学出版会    2002年02月

  • 文化遺産と政治

    『開発と文化4 開発と民族問題』岩波書店   170頁-200頁  1998年01月

  • 躍動アジア ヴェトナム

    アジア文化交流協会   280頁+54頁  1997年07月

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共同研究・競争的資金等の研究課題

  • 東アジアにおける歴史和解のための総合的研究

    研究期間:

    2015年04月
    -
    2019年03月
     

     概要を見る

    1. 国際シンポジウムを3回開催した。①6月「中国の憲政への道:内藤湖南から学ぶこと」提題者:賀衛方(北京大学)、②12月「和解学創成へ向けて」提題者:バラク・クリシュナ(ケンブリッジ大学)、新井立志(国際トレーニング大学院)、南基正(ソウル大学)、張隆志(中央研究院)、趙眞九(高麗大学)、李成鏞(オタゴ大学)、柴田理愛(オタゴ大学)。③3月「国際人権法と台湾:台湾を学び、台湾とつながり、アジアを変えていく」提題者:呉豪人(輔仁大学)。2.海外でのシンポジウムにプロジェクトとして参加し、研究報告を行った。①6月、最上が、ローマでの国際研究集会で招待講演を行った、②9月「グローバルな記憶空間としての東アジア」(韓国西江大学)に梅森が参加し、報告を行った。③3月、ワシントンDCにおけるUSJIウィークにて、梅森と浅野がパネルを組んで報告を行った。コメンテーターとして、マイク・モチヅキ(ジョージワシントン大学)、楊大慶

  • 帝国の遺産と東アジア共同体

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2006年
    -
    2009年
     

    梅森 直之, 毛里 和子, 若田部 昌澄, 本野 英一, 長與 進, 岡本 公一, 工藤 元男, 李 成市, 天児 慧, 坪井 善明, 深川 由起子, 劉 傑, 篠田 徹, 大日方 純夫, 安在 邦夫, 後藤 乾一, 黒田 一雄, 園田 茂人, 平野 健一郎

     概要を見る

    東アジア共同体をめぐる研究に、史料・歴史認識・方法論の面から貢献した。まず、早稲田大学所蔵の旧社会党文書のデータベース化を進め、戦後民主主義思想におけるアジア認識の特質を明らかにした。また、韓国成均館大学と共同で、東アジアにおける歴史認識の共有を主題とする国際シンポジウムを開催し、その報告集を作成した。最後に変動するアジアをとらえるための方法論に関して共同研究を進め、その成果を『アジア学のすすめ』として出版した

  • 知的装置としての世界遺産

    研究期間:

    2000年
    -
    2001年
     

  • ベトナム北部の宗教施設と村落構成に関する総合学術調査

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1999年
    -
    2001年
     

    重枝 豊, 内海 涼子, 坪井 善明, 上野 邦一, 片桐 正大, 宇於崎 勝也, 根上 彰生

     概要を見る

    本研究に関連するまとまった論考は少ないが、ベトナム考古学院院長ハ・ヴァン・タン編著の『Chua VIETNAM(ベトナム仏教寺院)』(1993年)で仏教史や各寺院および寺院での祭事などが整理されている。調査対象の選定にあたっては、ハ・ヴァン・タン教授とトン・チュン・ティン氏(ベトナム考古学院副院長)のアドバイスを随時受けた。最終的に、ベトナム北部の寺院28ケ所、ディン(村落守護神を祀る村の集会所)13ヶ所、その他宗教施設13ヶ所で実測調査を実施した。宗教施設の中で寺院は、ベトナムの複雑な信仰形態の影響が最もよく示すと同時に、伝統的な建築技術や様式を保持していることが明らかとなった。この点に着目して、仏教寺院と村落の関係を軸にして調査・研究を進めた。ベトナム北部の宗教施設の建築技術・意匠、技術者(大工)集団、村落の歴史、祭事、宗教施設に関わる大工などについて総合的に明らかにすることを調査・研究の目的とした。建築技術、意匠、技術者につ

  • インドシナ3国の伝統的村落における居住環境と土着技術の比較研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1998年
    -
    2000年
     

    平山 善吉, 小杉 孝行, 坪井 善明, 上野 邦一, 盛合 禧夫, 片桐 正大

     概要を見る

    ベトナム・ラオス・カンボジアの3国はこれまで旧仏領インドシナとして植民地支配を受け、その後独立・内戦・東西対立とその解決後、市場原理の導入を経てきた。この地域の伝統的村落は独立後変貌を遂げてきた。そこで、定点的・比較検討的に居住環境と土着技術に絞り,、調査・研究するのが目的である。調査研究方法は、伝統的村落選び、居住環境と土着技術の変化を総合的・学術的に調査・研究し、比較検討を行ってきた。共通テーマは人文と自然の諸学と地域研究を包摂するもので、立地と地形、家宅配置と近隣耕地、近隣森林と家畜放牧、屋敷地共住と親族組織、村人大工と農閑期作業、煉瓦製法、伝統織機、養蚕などのテーマである。特に、カンボジア西北部のシェムリアップ州北スラスラン村の高床住宅、トンレサップ湖沿岸の杭上住宅、ベトナム北部バクニン省ティエンソン県ディンバン社を中心とした地域のディン(亭)、土間式住宅の調査をおこなった。カンボジア

  • アンコール遺跡と社会文化発展

    研究期間:

    1989年
    -
    2000年
     

  • 現代ヴェトナムにおける政治決定メカニズムの全容解明

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1998年
    -
    1999年
     

    坪井 善明

     概要を見る

    -現代ヴェトナムにおける政治決定メカニズムを、ヴェトナム共産党組識(政治局、常任委員会、中央委員会、総会、地方組織)と政府組織(中央政府、地方行政組織)双方の分析、及びその相互関係の機能の仕方を分析した。-ヴェトナム共産党の党員となる選出過程、及び党員の義務と特権の具体的分析を歴史的に行った。-また、ヴェトナム共産党の大衆団体、とくに祖国戦線の政治的役割(国会議員候補者の推薦過程で祖国戦線のスクリーニングが決定的役割を果たすこと)をかなりな程度解明することができた。-現在進行中の政治改革・行政改革が市場経済移行プロセスという経済改革と、いかに連動しているのか、いないのかを検討した。-現代ヴェトナムの政治決定メカニズムを、ヴェトナムの歴史に遡って、集団指導のあり方(村落の長老会議の伝統)等、ヴェトナム社会のもつ歴史的特質にも光を当てた。-ヴェトナムが影響を受けた(旧)社会主義国の旧ソ連、中国、東欧諸国、キューバ

  • 熱帯アジア(東南アジア・インド)の遺跡調査による新発掘・保存修復方法論の構築研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1996年
    -
    1998年
     

    石澤 良昭, ラオ キムリアン, 坪井 善明, 上野 邦一, 中尾 芳治, 盛合 禧夫, ラオ キム・リアン, 片桐 正夫, UMESH Pawank, CHUCH Phoeun, NIKOM Musiga, 宮本 康治, 古山 康行, 丸井 雅子, 遠藤 宣雄, ラオ・キム・リァン

     概要を見る

    調査・研究活動1. アンコール遺跡管理事務所会議:現場における協力体制(車輌・宿泊・労働者などの手配および下生えの除去など)の確認、調査期間中の観光客の誘導、遺跡現況の情報聴取。2. 考古班: (1)バンテアイ・クデイ寺院本体および周辺調査の実施。(2)周辺に放置されたままの建築部材の調査および現況部材配置図の作成 (3)現場写真撮影および写真資料のデーターベース化に向けて基本資料収集の実施 (4)考古発掘の実施:クデイ寺院前柱殿の東側基段および北塔門付近の2箇所にトレンチを入れ、建設当時の整地層および廃絶後の堆積層の確認、基礎地業における基本的な知見の確認、層位的発掘の実施により出土遺物の収集と分析考察 (5)前身遺構の丸柱穴の再確認と発掘3. 建築班: (1)クデイ寺院建築構造物の現状把握のため、遺跡本体の平板測量による図形化作業の実施 (2)図形資料により遺構の構造・建築手法、様式、劣化状況などの再確認 (3)遺跡本体の立断面実施調査(4)周辺放置

  • カンボジア・アルコールトム遺跡学術調査

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1993年
    -
    1995年
     

    石澤 良昭, CHEUCH Phoun, ラオ キムリャン, ANG Choulean, 遠藤 宣雄, 中山 淑, 坪井 善明, 盛合 禧夫, 重枝 豊, 浅井 和春, 片桐 正夫, 上野 邦一, 中尾 芳治, 伊藤 延男, CHRISTOPHE P, ROS Borath, 牛川 喜幸, SOEUNG Kong, CHHIM Roeun

     概要を見る

    1.発掘・考古調査・研究(1)Banteay Kdat遺跡内の発掘調査:第16次調査の継続であるが、前柱殿南側にあるラテライト柱積み遺構の解明およびその遺跡と前柱殿との建築年代の関係の考察が主要テーマ。両遺構の間を発掘し、その裏付けをとった。(2)成果:(A)前柱殿とラテライトはほぼ同時代。(B)柱穴跡の検証からラテライト遺構は木造瓦葺であると推察される。(C)復元想像図の作成。(D)バイヨン寺院時代と同じ褐釉陶器片、瓦などが多数発掘。(3)アンコール時代の大規模窯跡調査および新窯跡7カ所の発見。1995年8月の調査ではRun Ta EK村に4基の窯跡とVaken村に1基を確認したのであった。1996年3月の調査ではRUN Ta EK村ではさらに7基の窯跡が新しく発見され、Vaken村でもう1カ所、そしてPhum Bos(Srok Sothikon)、さらにPre Rup遺跡に近接した1カ所も発見された。後者2基については未踏査であるが、その他については表面採取などにより窯跡であることを確認した。しかし、Run Ta EK村の場合、1995年8月調査次に露

  • 多元主義的政治体制における社会主義政党の比較研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1987年
    -
    1988年
     

    田口 晃, 川人 貞史, 中村 研一, 坪井 善明, 古矢 旬, 荒木 俊夫

     概要を見る

    1950年代から60年代にかけて、西ヨ-ロッパの社会民主主義諸政党は、完全雇用と福祉国家を政策の中心にすえ、混合経済の下でその理念をかなりの程度達成することに成功した。多くの国々で、これらの政策目標はひとり社会民主主義のみのものでなくなり、保守政党もそれに合意するにいたった。この意味で社会民主主義は体制のコンセンサスを形成するうえで決定的役割をはたすこととなった。しかし、(1)70年代後半は以降深刻化した経済的危機(2)経済成長の過程でもたらされた社会構造の変化(3)エコロジ-問題の深化等によって生まれた社会経済的諸条件の変化は、社会民主主義の伝統的政策目標や政党と支持基盤との関係に根本的な再検討をせまることとなった。本研究においては、社会民主主義政党の新しい対応を(1)経済運営(2)民主化の新しい試み(3)エコロジ-運動への対応という側面から個別に検討を加え、それぞれの社会民主主義の歴史的伝統、経済的困難性の程度と態様、国民

  • 宗教とアジア社会

    研究期間:

    1987年
    -
     
     

  • フランス第5共和制における公法等の進化と変化

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1984年
    -
    1985年
     

    深瀬 忠一, 伊藤 大一, 坪井 善明, 瀬川 信久, 中村 睦男, 保原 喜志夫

     概要を見る

    「フランス第5共和制における公法等の進化と変化」と題する本総合的研究は、昭和59年度および60年度にわたる2年間に、「研究計画」記載の方針にしたがい、1.既に北大法学部所蔵のフランス関係図書を補充する貴重な最新の資料・文献の収集、2.総論的概観と各論的検討の共同研究会の実施(特にB.Jeanneau教授の貢献とよび国内他大学研究者の協力)による研究討議の推進、3.共同研究成果をまとめ出版する計画のもと、実質的準備が進んでいる。既に印刷発表された成果も多いが、昭和64年に全成果を集成して出版予定の文献は、「フランス第5共和制の多角的・総合的研究」の画期的な基本文献となろう。1について特記すべきは、昭和59年度に坪井助教授(当時)が在仏中収集した政治関係文献、昭和60年度保原教授の現地収集の労働法関係文献が、図書に充実度を加えたことである。2についてはB.Jeanneau教授との一連の共同研究が断然本研究を前進させた。そのテーマを挙げれば、第5共和制の

  • インド洋世界から日本までのアルメニア商人の活動(16世紀から現在まで)

     概要を見る

    アルメニア人は1498年のバスコダ・ガマの渡来以前にインドに定住しており、ポルトガル人がインドに来た時には、同じキリスト教徒として色々な協力をしている。フランシス・ザビエルもアルメニア人宣教師とコンタクトしている事が歴史資料から明らかにされている。16世紀・17世紀のイスラム教のムガール帝国でも、アルメニア人は優遇されていて(特にアクバール帝統治期)、アクバール帝の妃の一人はアルメニア女性であった。また、17世紀のムガール帝国では、外来のヨーロッパ人にアルメニアの女性を妻として提供する習慣が残っており、イギリス東インド会社を1612年に設立したウィリアム・ホーキンズはアルメニア女性を妻としていた。インドにおけるアルメニア人の居住区は17世紀以降発展し、1666年にはマドラスに、1690年にはカルカッタに勢力を伸ばした。1688年にはイギリス東インド会社とアルメニア人コミュニティの間に協定が結ばれて、アルメニア商人はイギリス東イン

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特定課題制度(学内資金)

  • ホーチミン(1890-1969)の「共和国」思想の現代ベトナム社会主義共和国への適応の可能性

    2013年  

     概要を見る

    2013年9月と12月にハノイの人文社会科学アカデミーでDang Xuan Thanh教授(2013年10月までは北東アジア研究所副所長、11月からは中国研究所所長)のチームと共同研究を行った。この間、1992年憲法の改正論議が続き、「2013年憲法」(2013年11月28日国会採択、2014年1月1日実施)として採択されたが、国民への意見開示を求めたところ、2700万通の意見が寄せられ、その多くにホーチミンが提唱した「ベトナム民主共和国」への国名変更を求める要請があった。つまり、ベトナム国民の中にも、現行の「ベトナム社会主義共和国」よりも、ホーチミンが構想した「民主共和国」の方が好ましいという意見があることが明らかになったのである。 討論の主要な論点は、次の三つに絞られた。1.ホーチミンが構想した「共和国」(Republic)の内容を政治思想、比較政治論から精査する、2.1945年9月2日の独立宣言から68年、ベトナム国民、特に政治的なリーダーや知識人が「共和国」をどのように受容してきたのか、3.今後のベトナムの政治体制の変革に、ホーチミンの「共和国」構想をどう生かすべきか。 1.の論点に関して言えば、フランスや米国の「共和国」思想を、どのようにホーチミンが理解して、アジアの地でどのような政治体制を構築しようとしたのかというホーチミン思想の精査の側面と、アジアで「共和国」を掲げている中国、北朝鮮(朝鮮人民民主挙倭国)、シンガポール等の比較政治の観点から、アジア諸国での「共和国」の受容の仕方の比較研究の側面に分かれて、研究発表が行われた。 2.の論点に関して言えば、憲法改正の軌跡をたどることで、ベトナムの国民が自国の政治体制の枠組みとしての「共和国」理解の変遷をたどるというアプローチが紹介された。特に、グエン・シ・ズン国会事務局次長は、「単に皇帝(王)が統治するという中国から学んだ伝統的な王朝支配の構造から、皇帝を廃し人民が主体の政治体制に変わったという意味での「共和国」理解だけでなく、そのやり方で民主的な政治体制を作るという「民主」と「共和」を一体のものとして構想している「民主共和国」という構想こそホーチミンのものだ。というのも、当時の南ベトナムは単なる「ベトナム共和国」という国名でしかなかったので、インパクトが弱く、実質独裁体制になってしまった。」という指摘があった。 3.の観点に関して言えば、市場経済を導入して、実質上「社会主義」が経済体制から変革していて、それを政治体制の平和的な変革に結び付けるためには、「共和国」の概念の方が「民主主義」よりもベトナムの文脈ではより適合的ではないかという論議がDang Xuan Thanh教授からなされた。しかし、問題は共産党の一党支配をどのように変革するのか、そのプロセスがまだよく見えないという指摘もあった。

  • 国際開発論―開発という政治文化―

    2003年  

     概要を見る

     本研究では、理論的な観点と現場からの観点の二つから精力的に研究・調査を行った。 このプロジェクトは1997年から政治経済学部政治学科の2年生用のコア科目として展開している「国際開発論」の教科書を制作するために計画されたもので、従来の経済学的観点から論じられてきた途上国の開発問題を、政治学の観点から見直そうとするものである。 理論的な面では、アマルティア・センに代表される「人間開発」という新たな視点がある。これは1990年代初頭からUNDP(国連開発計画)によって採択され、数多くの途上国で実施されている開発手法である。すなわち、従来の経済学視点は、モノに着目した経済成長を中心とする発想であるが、その開発手法と全く観点が異なる。「人間界発」論は経済成長だけでなく、ヒトに着目し人間自身の「開発」をその中心的な課題としている。この場合、「人間」として想起されるのは、現在まで「人間」としての存在を無視されていたような、最貧層の教育を受けられず文字も読めない女性がプロト・タイプとして設定されている。従って、そのような存在が「人間」として生存できる「教育を受ける権利」や医療や保健などの社会福祉を享受し、自らの寿命を生き切る条件作りも大切なファクターとしている。英国、フランスなど欧州の大学院レベルでの「開発教育」を参照しながら、理論面の充実を行った。 現場からの観点としては以下の3カ国でフィールド調査を行った。アマルティア・センの理論的なバック・グランドとなったインド(2002年1-3月)、そして私の研究フィールドのヴェトナム(2002年3月、2004年3月)、そして経済成長が著しく、同時に国内の貧富の格差が増大している中国(2002年9月)である。現場で実際に問題になるのは何か、ガヴァナンス(統治能力)とは何か、腐敗や汚職を防ぐ組織や方法はなど、現場から汲み上げた視点を理論的な問題と組み合わせて論じる構成になっている。この研究成果は、『国際開発論:政治学の観点から』という題の単行本として2006年2月の刊行を予定されている。

  • 20世紀におけるアジアの意味―ガンジー・毛沢東・ホーチミン―

    2000年  

     概要を見る

     20世紀はアジアにとっては欧米列強の植民地からの民族解放・独立国家樹立をめざす世紀であった。その中で、特にインドのガンジー、中国の毛沢東、ヴェトナムのホーチミンを取り上げた。というのも、この3人の指導者は単に祖国の植民地解放のリーダーだっただけでなく、世界の被抑圧に苦しむ多くの人々にとって、その思想、その視点の置き方、その活動方法などで、示唆に富む教えを含んだ文字通りの世界的なリーダーの役割をになったからである。そして、かれらの思想と行動は、彼等が生まれ育ったアジアの地の伝統に根付いて形成されたのである。その点で『20世紀におけるアジアの意味』を代表する人物である。 ガンジーでは「非暴力」について詳しく論じられる。ヒンドゥー教の中のバクチの思想から由来していること、具体的に圧倒的な軍事力を有するイギリスの植民地権力に対して「暴力」を対置するより「非暴力運動」の方が、現実的に実効があったことなど、思想史や政治史の観点からも論じられる。殊に、インドに直接に研究出張した時の、研究者やガンジーと運動を共にした人へのインタビューで得た知見も加えられている。毛沢東は「農民主体の革命」のオリジナリティに焦点が当てられている。当時の中国の9割以上をしめていた農民を革命に参画させない限り、中国革命は成就しないと思い定めた毛沢東はマルクス・レーニン主義の正統から見れば異端な運動を繰り広げる。長征を行った根拠地は延安にも足を運んで資料収集と中国人研究者との討論の成果も取り入れられている。ホーチミンは『小国の大国に対する闘い』の側面に重点が置かれている。ヴェトナム戦争で大国アメリカに勝利したことによって、少数者の異議申立ての運動が世界各地で繰り広げられることになったのである。公民権運動、ウーマン・リブ、先住民族、ホモセクシャルなど多様な少数者が声をあげたのである。 この研究成果は、2002年1月『早稲田大学アジア太平洋研究選書』の一冊として、早稲田大学出版部より刊行予定である。