2024/04/25 更新

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タジマ テルヒサ
田島 照久
所属
文学学術院
職名
名誉教授
学位
博士(文学) ( 早稲田大学 )

経歴

  •  
     
     

    1997年早稲田大学文学部教授

  •  
     
     

    1993年同教授

  •  
     
     

    1988年同助教授

  •  
     
     

    1986年早稲田大学商学部専任講師

  •  
     
     

    1985年同助教授

  •  
     
     

    1980年明星大学専任講師

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学歴

  •  
    -
    1978年

    その他(海外の大学等)   哲学研究科  

  •  
    -
    1971年

    早稲田大学   第一文学部   哲学科  

所属学協会

  •  
     
     

    日本医学哲学・倫理学会

  •  
     
     

    中世哲学会

  •  
     
     

    日本宗教学会

研究分野

  • 宗教学

研究キーワード

  • 宗教哲学、宗教民俗学、キリスト教思想研究、キリスト教祝祭研究、キリスト教図像学研究、禅思想研究

 

論文

  • エックハルトの人間本姓理解ーインマヌエルという観点からー

    田島照久

    フィロソフィア   ( 103号 ) (1) - (22)  2016年03月

  • ドイツ神秘思想の依拠する神論の伝統(承前)

    田島照久

    早稲田大学大学院便学研究科紀要   60輯   39 - 54  2015年02月

  • ドイツ神秘思想の依拠する神論の伝統

    田島照久

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   第59輯   21 - 37  2014年02月

  • 映し込まれた永遠—「魂の根底」と「始原」をめぐるエックハルトの場所論

    田島照久

    上智大学哲学会編『哲学論集』   第42号   25 - 52  2013年10月

  • エックハルトの用いた一つの比喩ー「能所の一」と「能作の一」をめぐってー

    田島照久

    フィロソフィア   ( 100号 ) 25 - 52  2013年03月

  • 永遠の第一の単一なる今(primum nunc simplex aeternitatis)—マイスター・エックハルトの永遠理解—

    田島照久

    フィロソフィア (早稲田大学哲学会)   98   1 - 21  2011年03月

  • 永遠の第一の単一なる今—中世における時間意識—

    田島照久

    エクフラシス(ヨーロッパ文化研究)   1   164  2011年03月

  • マイスター・エックハルトの「反復語法」と異端審問判定

    田島照久

    宗教研究   367   233 - 234  2011年03月

  • マイスター・エックハルトの「本質的始原論」—その構造と論理射程—

    田島照久

    フィロソフィア   98   166 - 167  2011年03月

  • 「禅林句集」解説

    田島照久

    岩波文庫 足立大進編『禅林句集』 の解説     413 - 466  2009年04月

  • ヨハネス・タウラーの救済論的司牧戦略—エックハルト断罪以後という観点から—

    田島照久

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   54   3 - 19  2009年02月

    CiNii

  • 「神秘の葡萄搾り機」図像(1)

    田島照久

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   53   5 - 16  2008年03月

    CiNii

  • マイスター・エックハルトの思想−神の荒野と一者神論

    田島照久

    上智大学中世思想研究所編 『中世と近世のあいだ 14世紀におけるスコラ学と神秘思想』 知泉書館     125 - 144  2007年06月

  • 諸宗教共存に向けてのキリスト教自己相対化の研究

    田島照久

    平成16年度〜平成18年度科研費基盤研究(C)(2)研究成果報告書     1 - 148  2007年05月

  • キリスト教の修道制と禁欲

    田島照久

    宗教研究   351   174 - 175  2007年03月

  • ドイツ神秘思想とテオーシス

    田島照久

    『日本独文学会研究叢書35号 ドイツにおける神秘思想の展開』     1 - 16  2005年10月

  • 危機としての現代ー危機のありか、宗教の観点から

    人文知の可能性、日本学術会議哲学系公開シンポジウム提題レジュメ集     178 - 181  2005年09月

  • ヨハネス・タウラーの墓標板(Grabplatte)の図像モティーフ

    フィロソフィア   93   1 - 29  2005年03月

  • “Mystik als Selbstrerativierung dea Graubens” ,

    Teruhisa Tajima

    The Book of ABSTRACTS ,XIXth World Congress of the International Association for the History of Religions     266  2005年03月

  • abegesheidenheit und samadhi (deutsch)

    The Book of Abstracts,XIXth World Congress of the International Association for the History of Religions     265 - 266  2005年03月

  • 信仰の自己相対化としての神秘思想

    第19回国際宗教学宗教史会議世界大会 発表要旨     298  2005年03月

  • 「禅林句集」考

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   第50輯・第1分冊   3 - 18  2005年02月

  • ドイツ神秘思想とテオーシス

    日本独文学会秋季シンポジウム    2004年10月

  • キリスト教の現代におけるヨーロッパ土着化問題、キリスト教洗礼図像から見たキリスト教の新たな身体理解の試み

    田島照久

    祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題   平成13年度ー15年度科学研究費補助金(基盤研究C(2)研究   1 - 41  2004年05月

  • DIE BRENNENDE KERZE (deutsch)

    田島照久

    祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題   平成13年度ー15年度科学研究費補助金(基盤研究C(2)研究   42 - 60  2004年05月

  • 教会暦に基づく習俗

    田島照久

    祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題   平成13年度ー15年度科学研究費補助金(基盤研究C(2)研究   61 - 94  2004年05月

  • 民間習俗

    田島照久

    祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題   平成13年度ー15年度科学研究費補助金(基盤研究C(2)研究   95 - 134  2004年05月

  • ヨハネス・タウラーの生涯と事蹟

    田島照久

    田島照久著『ヨハネス・タウラー説教集』解説Ⅰ     263 - 290  2004年04月

  • ドイツ・ミュスティークとキリスト教のテオーシス

    田島照久著『ヨハネス・タウラー説教集』解説Ⅱ     290 - 316  2004年04月

  • タウラーと東方教会の人間神化(テオーシス)思想

    宗教研究/日本宗教学会   第76巻 ( 335 )  2003年03月

  • 神論の経歴

    宗教学における歴史的解釈と類型論・構造論的解釈の再検討   平成12-14年度科学研究費補助金(基盤研究A(1)研究成果   122 - 136  2003年03月

  • gruntのミュスティーク—ヨハネス・タウラーのテオーシス思想

    哲学世界/早稲田大学文学研究科哲学専攻   ) ( 第25 ) 1 - 21  2002年12月

  • シンポジウム「中世哲学と現代—<神>なき神」意見

    中世思想研究/中世哲学会   第44号  2002年09月

  • グレゴリオス・パラマスとエックハルトにおけるテオーシス思想

    宗教研究/日本宗教学会   第75巻 ( 331 ) 157 - 158  2002年03月

  • 危機としての現代−危機のありか、宗教の観点から

    第11回日本学術会議哲学系公開シンポジウム    2001年12月

  • 鶴岡賀雄『十字架のヨハネ研究』

    宗教研究   第75巻 ( 328 )  2001年06月

  • キリスト教における「神化(テオーシス)思想」について

    宗教研究/日本宗教学会   第74巻 ( 327 ) 132 - 134  2001年03月

  • 白一色の世界

    飯田利行著『高校生と正法眼蔵随聞記』,邑心文庫p.241-p.244    2001年01月

  • テオーシス思想とエックハルト

    宗教研究/日本宗教学会   73 ( 323 ) 87 - 89  2000年03月

  • 神輪の経歴─エックハルトの「区別なきもの(indistinctum)」からクザーヌスの「非他なるもの(non-aliud)」へ─

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   第46輯第1分冊   17 - 34  2000年02月

  • もう死んでもいいのですかありがとう

    朝日新聞   2月10日夕刊  1998年02月

  • エックハルト論述集

    朝日新聞   1月13日夕刊  1998年01月

  • 大モンゴル禅人宰相 那律楚材

    朝日新聞   1月20日夕刊  1998年01月

  • 無名の順礼者

    朝日新聞   1月27日夕刊  1998年01月

  • タウラー写本と墓石板

    創文/創文社   ( 392 ) 22 - 26  1997年10月

  • 位格的合一の形而上学——エックハルトのnatura humana論——

    田島 照久

    フィロソフィア/早稲田大学哲学会   ( 85 ) 43 - 68  1997年03月

    CiNii

  • ドイツ=カタログ

    朝日出版社    1997年03月

  • 神秘主義

    田島照久

    AERA MOOK 11 宗教学がわかる    1995年12月

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書籍等出版物

  • 『中世における信仰と知』 「マイスター・エックハルトの本質的始原論」

    上智大学中世思想研究所編

    知泉書館  2013年03月 ISBN: 9784862851512

  • 『ヨーロッパ中世の時間意識』 「ドイツ神秘思想における時間把握—マイスター・エックハルトの瞬間論」

    編者:甚野, 益田, 分担執筆

    知泉書館  2012年05月 ISBN: 9784862851338

  • ドイツ神秘主義叢書4 『タウラー説教集』

    田島照久

    創文社  2004年04月 ISBN: 4423396106

  • 『マイスター・エックハルト研究−思惟のトリアーデ構造esse・creatio・generatio論』

    田島照久

    創文社  1996年02月 ISBN: 4423170957

  • 岩波文庫 『エックハルト説教集』

    田島照久

    岩波書店  1990年

Works(作品等)

  • ドイツのフライブルク、エルツァッハ、オッフェンブルク、フィリンゲンのファストナハトの現地調査

    その他 

  • スイスのズールゼー、キュスナハト、バーゼル、チューリッヒの民間習俗現地調査

    その他 

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • 「神と人間の一致」についての研究―キリスト図像とドイツ神秘思想からの考察

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(C))

    研究期間:

    2010年
    -
    2012年
     

    田島 照久

     概要を見る

    本研究では、キリスト教成立以来語られてきた「神と人間が一致する」というギリシア教父のテオーシスの言説に注目し、「神人合一」を説くドイツ神秘思想の教説を、教義上神であると同時に人であるとされるイエス・キリストを画いた「キリスト図像」と比較して、その意味を探った。その結果種々の「キリスト図像」が、キリストの人間の身体と不可分なペルソナに焦点を当てた受肉理解であるのに対して、エックハルトの受肉理解は人間的ペルソナ否定において、位格的結合の可能性と実現が万人に開かれた救済論的メッセージであることが確認された。またエックハルトの主張と異端判定理解との間には明らかな乖離があることが明確になった。

  • 諸宗教共存に向けてのキリスト教自己相対化の研究-習俗・図像・神秘思想の観点から

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(C))

    研究期間:

    2004年
    -
    2006年
     

    田島 照久

     概要を見る

    本研究は現代の課題である「諸宗教共存」へ向けてこれまでは必ずしも知られていなかったキリスト教の「自己相対化の営み」に、ヨーロッパにおけるキリスト教土着化の同化・異化の観点から、以下の2点を踏まえて光を当てることを試みたものである。
    1.祝祭・民間習俗の中で用いられている「キリスト図像」を広く収集し、その図像モティーフを解析し、さらにその中で、「神秘思想」と密接に関係する「キリスト図像」を選び出し、そのような「キリスト図像」の指し示す「キリスト理解」を手がかりにして「神秘思想」における「キリスト論」を詳細に検討すること。
    2.さらに、以上のような作業から浮かび上がるキリスト教の「自己相対化の理論」を「諸宗教共存」という現代的課題へ向けて明確に跡づけすること。
    以上の点を踏まえて検討した結果、中世ドイツのドミニコ会士、マイスター・エックハルトの「キリスト論」およびヨハネス・タウラーの思想がキリスト教の「自己相対化の営み」の好例と判断することができた。マイスター・エックハルトの「キリスト論」、ヨハネス・タウラーの思想および「ヨハネス・タウラー墓標板(Grabplatte)の図像モティーフ」に関しては研究;期間中に研究成果を公開することができた。また研究最終年度である2006/2007年度は宗教民俗学、図像学領域の調査として、オーストリア、スロヴァキア、オランダにおいて現地調査、資料収集を行うことができた。
    とくにドイツ神秘思想の研究領域では、ドイツ神秘思想を東西のキリスト教に分裂する以前のキリスト教信仰の根本動機ともいえるテオーシス(人間神化)思想の伝統に位置づける研究をまとめることができた。これらの研究は学会シンポジウム等で発表し、それに基づく意見交換を他の研究者と交わす機会も持つことができた。

  • 祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(C))

    研究期間:

    2001年
    -
    2003年
     

    田島 照久

     概要を見る

    本研究では、キリスト教による再解釈によってゲルマン的民間習俗が現在のキリスト教文化圏とくにドイツ語文化圏に残存している状況を、調査を通じてうかびあがらせ、さらに教会暦のうちに取り込まれたゲルマン的要素をキリスト教の祝祭の調査分析を通じて明らかにすることができた。さらにキリスト教の現代におけるヨーロッパ土着化の姿を神学思想面および図像学的側面から跡づけることも試みることができた。
    平成13年度はキリスト教文化圏の中に公然として残存しているゲルマン的習俗の代表とも言うべきファストナハト(謝肉祭)について現地調査と映像資料の収集を中心的に行った。2月にドイツのアレマン地方の古習俗の残存するエルツァハの伝統的仮面行列、さらにフライブルク市の「バラの月曜日の大仮面行列」、オッフェンバッハの「魔女集会」などを現地調査することができた。
    平成14年度は春から初夏にかけて行われる、「春祭り」、「五月祭」、「聖ゲオルゲ騎乗」などの伝統的習俗を、ハスラッハ、ニュルティゲン、オクセンハウゼンで現地調査した。さらに夏から秋にかけてドイツ、スイスの各地で行われている「ワイン祭り」をとくにライン河、モーゼル川地域を中心に調査した。この調査ではドイツで最古の「ワイン搾り機の中に立つキリスト像」をモーゼル川河畔の村エディガー・エラーの聖マルティン教会で調査することができた。
    平成15年度は北ドイツ、オーストリアを中心とした民間習俗調査を実施した。ツェレ、ゴスラールでは木組み家屋の銘文の調査、オルデンブルクでは「マリア生誕市」、ゴスラールでは年一度の町祭りなどを調査した。オーストリアではザルツブルク、アルプバッハ、レッヒ、サン・アントンで民俗資料の収集を兼ねて民間習俗の現地調査を行った。
    以上の現地調査によって得られた成果は「宗教民俗学資料データベース」(責任者田島照久)に加えWeb上で一般公開をすでに一部行っている。神学思想面からの成果としては、「キリスト洗礼図」をめぐる「キリスト教のヨーロッパ土着化」と見られる現代的シンクレティズムといえるものを確認できたので、研究成果のひとつとして報告書にまとめた。

  • ドイツ神秘思想のマリア論―処女降誕をめぐるマリア図像と神の子の誕生論―

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(C))

その他

  • ドイツ神秘思想の本質をキリスト教のうちで定位しなおし、現代の諸宗教対立解消の指導的提言として再解釈しようと考えている。

 

特別研究期間制度(学内資金)

  • ①ドイツ神秘思想研究 ②キリスト教教会暦 ③キリスト教図像学研究

    2009年04月
    -
    2010年03月

    ドイツ   美術史中央研究所

    イタリア   ヴェネチア大学

特定課題制度(学内資金)

  • エックハルト思想におけるテオーシスの伝統-「神の像」・「受肉」理解をめぐって

    2017年  

     概要を見る

    本研究は、ドイツ神秘主義を、ギリシア教父以来の「テオーシス」(人間神化)思想として捉えなおし、東方正教会とは異なる独自のテオーシス理解があることを明確にしようとしたものである。「テオーシス」は古来「神の受肉」と対応させて受け取られてきた。神が人となったのは、われわれを神にするためである、とアタナシウスは言う。「魂の内における神の子の誕生」の教説を「ヨハネ福音書」で説かれている「イエスを通じてわたしたちは神の子らとなった」ということの自覚に至る目覚めの体験として位置づけた。その研究成果は教友社から田島照久・阿部善彦編『テオーシス 東方・西方教会における人間神化思想の伝統』として出版をした。

  • ドイツ神秘思想におけるテオーシスの伝統-キリスト変容図を手がかりにして

    2016年  

     概要を見る

    本研究では、ドイツ神秘主義が説く「魂の内における神の子の誕生」の教説を、ギリシア教父以来の「テオーシス」(人間神化)思想として捉えなおし、東方正教会とは異なる独自のテオーシス理解があることを明確にしようとするものである。「テオーシス」思想とは神の本性に与り、「神の似姿」を成就し人間存在を完成することを目指すギリシア教父以来の思想伝統である。「この方が人となられたのは,われわれを神とするためである」と「テオーシス」は古来神の受肉と対応させて受け取られてきた。ローマカトリック教会の内で唯一テオーシスの伝統を受け継ぐ13世紀のエックハルトの思想を受肉の理解を中心に詳細に分析検討することができた。

  • ドイツ神秘思想におけるマリア論―エックハルトの神の子の誕生論と離脱論―

    2015年  

     概要を見る

     本研究は、きわめて思弁的であるといわれるドイツ神秘思想の救済論もその根底にマリア論の枠組を持っていることをMariologieの伝統を踏まえて明らかにしようとするものである。「魂の内における神の子の誕生」の教説は、ドイツ神秘思想の代表的思想家マイスター・エックハルト(ca.1260-1328)のドイツ語著作中で繰り返し説かれる最も中心的なテーマであるが、本年度は「ドイツ語説教2」のテキスト分析を通して、「離脱」(abegescheidenheit)が聖母マリアの「処女懐胎」を生起すべき精神的徳目とされ、「魂の内における神の子の誕生」の教説が展開されていることを明らかにした。

  • 「神の場所(コーラ)」に関する研究―現代における「神概念」構築の可能性に向けて―

    2013年  

     概要を見る

     18世紀の啓蒙思想以来、世俗化があらゆる生活の隅々にまでいきわたり、科学的知見が共通の認識基盤となっている現在、われわれが伝統的、もしくは古典的な「有神論」と呼んでいる、超越的で不変な、全知・全能、博愛の存在者という概念を形成していた存在論的・宗教的範疇の伝統的な統一は決定的に破壊されたと言ってよいであろう。 本研究ではこうした現代における神論の無意味、不可能性に対して、神を語ることの無意味が、まさに神論の基礎になるというコンセプトの下に新たな神論の可能性への試みとして、プラトンによって語られた「場(コーラ)」をてがかりにして、「神の場」という問題をドイツ神秘思想家マイスター・エックハルトの「始原論」および西田幾多郎の「絶対無」といった思想から新たに考察することを試みるものであるが、本年度2013年度は「神を語ることの無意味」を「絶対主体性」の問題として展開している中世の思想家マイスター・エックハルトの中心思想「離脱の教説」と西田幾多郎の「絶対無」思想の根底にある禅の「三昧思想」について比較考量を行った。 その研究成果は2014年2月1日(土)上智大学中世思想研究所主催の筆者の講演「マイスター・エックハルトの離脱の教説と仏教の三昧思想」で公開された。 エックハルトのドイツ語著作集の内で主題的に説かれている離脱の教説は、魂の内における神の子の誕生が生起するための魂の在り方としてまた、論述『離脱について』では恩寵の内で人を神本来の姿と同じものにすることができるような最高にして最善の徳として説かれていると同時に、同じ論述『離脱について』で、離脱が一性に立つ不動性としても説かれている。そうした離脱の教説をmedium, meritumの否定というエックハルトの恩寵論から基礎づけた上で、この不動性が知恵に基礎づけられているものであることを明らかにし、そのうえで仏教の三昧思想を採り上げ、禅宗における定慧一等という独自の三昧思想および後得智としての分別智という観点から離脱の不動性について解釈を試みたものである。

  • 人間と神との一致の表出-キリスト図像とドイツ神秘思想の観点から

    2009年  

     概要を見る

    本特定課題研究は、キリスト教成立以来語られてきた「神と人間が一致する」という言説に注目し、「神人合一」を説くドイツ神秘思想の教説と、教義上神であると同時に人であるとされるイエス・キリストを画いた「キリスト図像」を手がかりにしてその意味を探ることを目的としたものである。「神と人間の一致」という教義がドイツ神秘思想によってどのように解釈されたか、また図像学上ではどのように視覚化されていったのかを、宗教哲学、図像学(イコノグラフィー)および図像解釈学(イコノロジー)の固有な分析理論を用いて考察し、そこから得た知見を相互に照らし合わせ「神と人間の一致」とはキリスト教にとってどのような意味を持つのかを総合的に考察することをめざすものである。 本特定課題研究では、もともとは、文字を読めない人々のために絵画テキストとして登場したキリスト教図像を手がかりにして「神と人間の一致」というテーマを図像学的に探るという方法を採るが、これまでの申請者の調査結果により、きわめて特殊な二種類のタイプのキリスト図像があることが明らかになっている。 一つは「神秘の葡萄搾り機図像」(葡萄搾り機の中でキリストが梁を背負って立ち、五つの傷口から血を噴き出している図像)であり、もう一つは「薬剤師キリスト図像」(薬局の内に立ち薬剤を調合するキリスト図像)である。2009年度は特別研究期間適用者であることもあり、イタリア各地のキリスト図像現地調査、また研究受け入れ先であるドイツ・ミュンヘンの美術史中央研究所の文献資料および同研究所併設のフォトテークで上記の二種類のタイプのキリスト図像に関する資料および研究文献を集中収集、またバイエルン国立図書館所蔵の写本資料の解読をすることができた。 ドイツ神秘思想領域の研究はドイツ神秘思想の中心的思想家であるマイスター・エックハルト(ca.1260-1328)のラテン語主著『ヨハネ福音書注解』を中心に詳細に検討を加え、「神と人間の一致」思想の基礎をなすエックハルトの「本質的始原論」の構造を、ディートリヒ・フォン・フライベルクの「本質的原因論」と比較したうえで、その独自性を明確にすることができた。とくにこれまで指摘されることのなかった、エックハルトの全論理を支える‘in quantum’という特殊語法を指摘、解明することができたことは大きな収穫であった。ドイツ神秘思想領域のこうした学術成果は、夏に出版される『信仰と知性』(仮題、K.リーゼンフーバー教授退職記念論文集)のなかで公表される予定である。ドイツ神秘思想領域においても、キリスト図像領域においても予定通りの研究成果を上げることができたと考える。

  • 祝祭・民間習俗・図像の観点から見たキリスト教のヨーロッパ土着化問題

    2003年  

     概要を見る

    本研究はドイツ文化圏のキリスト教において現在教会暦に従って行われている祝祭の現状を現地調査し、キリスト教祝祭のうちに取り込まれたゲルマン的習俗の要素を浮かび上がらせるとともに、キリスト教教義による再解釈によって民衆の生活に残存、ないし保存されることが可能となっている民間習俗をドイツ、スイス、オーストリアの村や町で調査しこれらの観点から、キリスト教のヨーロッパにおける土着化の姿を認識しようとするものである。 オーストリア、北ドイツを中心に実地調査を行った。オーストリアは民間習俗が今でも民衆の生活に内に深く根付いた形で残存しているチロル地方のアルプバッハを調査した。その結果他の地方とは異質の「精霊やらい」の習俗等が残されていることが判明した。 またドイツではプロテスタント信者が多いとされている北ドイツのハンブルク、ブレーメン、リューベック、ツェッレの秋季習俗、とくに14年度秋に行ったライン・モーゼル河畔の現地調査との比較からワイン祭を中心に調査を行った。さらにゴスラールやツェッレの家屋銘文の調査、また近年の研究でドイツ中世の神秘思想家マイスター・エックハルトの生地とされるに至ったチューリンゲン地方のタムバッハも調査した。これらの現地調査によって収集した映像資料は「宗教民俗学資料データベース」(管理責任者 田島照久)のうちに加え、インターネットによる一般公開を目下準備中である。 ドイツ語文化圏における降誕祭習俗は豊富な資料を収集しえたが、必ずしもゲルマン習俗とは関係のないアメリカの降誕祭習俗も短期間でサンプル数も少なかったが比較習俗の観点からニューヨークを中心に現地調査をおこなうことができた。

  • ヨハネス・タウラーの神秘思想研究

    2000年  

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     ヨハネス・タウラーの神秘思想を理解する上でこれまでなされてきたヨーロッパにおける研究は、アウグスチヌスやトマスそして師のエックハルトといったローマン・カトリックの思想系譜からの解明であった。しかしそもそも神秘思想の核となる「合一思想」の源泉は4世紀のニカイア公会議の論争となったイエス・キリスト理解にまで遡る。すなわち「人間神化(テオーシス)」の問題である。今研究ではタウラーの合一思想が初期ギリシア教父たちのテオーシス思想に直接つらなる思想系譜であることを、タウラーの説教の分析、解釈から明らかにできたと考える。 又同じドイツ・ミュスティクの系譜でありながら、師マイスター・エックハルトとは異質の言語によるタウラーの合一思想を「痛み」、「渇き」といった感覚言語に焦点を定めて解明を行った。 さらに年来進めていたタウラーの説教の翻訳もその実質的作業を完了する事ができた。

  • マイスター・エックハルトにおける「無」の概念について

    1998年  

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     エックハルトの『ドイツ語著作集』及び『ラテン語著作集』より「無」に言及されている箇所を抜き出し、検討を加え、存在論的文脈および認識論的文脈に大分し、「無」概念の意味内実の検討と分類とを行った。 その結果 esse 概念の端的な否定としての「無」の概念が被造物の存在(esse)の帰属性に即して語られていることが明確となり、そこに介在する論理の構造も取り出すことが出来た。更に「欠如としての無」の概念内実から、無の克服の方向が、新プラトン主義的「―」(unum)概念の連関においてとらえられていることが資料分析の結果明らかとなった。そしてこのことが無を無化する即ち被造性の克服という救済論的文脈に沿って展開されていることを跡づけた。 以上、「無」概念がエックハルトにおいては超越、欠如、否定といった意味内実で用いられていることを明確にしえたと考えている。

  • キリスト教のヨーロッパ土着化の研究

    1997年  

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    現代聖書学のいわゆる歴史批判的方法による成果は『福音書』の成立に関わる歴史的文脈を明らかにしてきた。そうした聖書研究の中でも、カルフォルニアの「イエス・セミナー」は最近「The Five Gospels」という英語福音書を刊行した。この英語福音書の特色は、セミナーの専門分野研究者(フェロー)の討論と投票とによってイエスの言葉として伝えられている福音書の記述を真偽判定して4色の色分け印刷としたところにある。 本特定課題研究では、この資料を用いつつ、イエスの「山上の説教」のマタイによる記述「心の貧しき者」は本来のイエスの言葉では「貧しき者」であったという仮説を立て、これを「共観福音書」の内で立証しつつ、イエスの教えとは根本的に異なる「心の貧しき者」という徳目が、中世キリスト教の内では、中心的テーマとなっていったことを、13世紀のマイスター・エックハルトのテキストに沿って実証し、キリスト教のヨーロッパ土着化の例として提示した。研究成果の発表1998年1月22日 「キリスト教のヨーロッパ的変容―中世における貧の霊性―」、『東西における知の探究―峰島旭雄教授古稀記念論集』(北樹出版)所録。

  • ヨーロッパのアジア化ルネッサンスの問題

    1995年  

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    本研究は,戦後ヨーロッパ特に1960年代1970年代に一種の思想的ブームとなった禅(Zen-Buddhismus)が,キリスト教による受容の新たな段階を迎えて,ある種のシンクレティズム的文化現象を呈していることに注目し,そこに現代のキリスト教の抱える課題を明確に浮かび上がらせることを意図したものである。 キリスト教が人類の宗教史に持ちこんだ最大のものは「身体性」をめぐる問題であった。それは端的には「受肉(incarnatio)」という神学的問題として展開されていったが,一方で知性(intellectus)が神の似像(imagodei)であるという中世ヨーロッパ的キリスト教の形態は身体の対極としての精神という領域へと深く傾斜をとっていった。イエスの身体に基づく具体的な教えと癒しとが,すぐれて精神的,内面的救いの問題へと再解釈されていったのである。 しかし今世紀2度の未曽有の世界規模の大戦を経験したヨーロッパはそこに「あえぐ肉としての実存」に直面せざるを得なかった。現代のヨーロッパ的キリスト教の抱える最大の課題の一つが身体性の再評価である。そうした状況の中で身体性獲得への視座を得る試みは,「受肉」に代表されるキリスト教本来の問題領域へとキリスト教自身が回帰すること,その意味で東アジア的言語系を用いてなす「ヨーロッパのアジア化ルネッサンスの問題」としてとらえることが出来るであろう。本研究では,ユング,メルロ=ポンティ,カール・ラーナーを手がかりにし,「洗礼論」に注目した上で,更にイコノロジーの観点から「イエス洗礼図」を時代的に分析した。そこからイエスを浸す水線の下降傾向が身体性忘却の方向をとっていることを確認。イエスの腹部こそが洗礼における中心であるとの結論を得た。ここから東洋的思惟とのシンクレティズムが展開されていく。論文では易経,北京白雲観の身体図,道教テキストにおいて下丹田(腹)がいかなる意味を担っていたか克明に跡づけ,洗礼が「下丹田の水域へとプネウマ(気息)によって深く沈みゆくこと」という意味づけに到達するまでを追った。

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