2024/04/23 更新

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ホシノ ウツル
星野 映
所属
附属機関・学校 グローバルエデュケーションセンター
職名
講師(任期付)
学位
博士(スポーツ科学) ( 2019年03月 早稲田大学 )

所属学協会

  •  
     
     

    日本スポーツ社会学会

  •  
     
     

    日本仏学史学会

  •  
     
     

    体育史学会

  •  
     
     

    日本体育・スポーツ・健康学会

  •  
     
     

    日本武道学会

  •  
     
     

    スポーツ史学会

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研究分野

  • スポーツ科学
 

論文

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書籍等出版物

  • 新時代のスポーツ教育学―Neo Sport Pedagogy and Andragogy―

    小野雄大, 梶将徳( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 第13章1-3節)

    小学館集英社プロダクション  2022年08月 ISBN: 4796878947

    ASIN

  • フランス柔道とは何か : 教育・学校・スポーツ

    星野, 映, 中嶋, 哲也, 磯, 直樹, 小林, 純子, 有山, 篤利( 担当: 共編者(共編著者))

    青弓社  2022年06月 ISBN: 9784787235060

 

現在担当している科目

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他学部・他研究科等兼任情報

  • スポーツ科学学術院   スポーツ科学部

特定課題制度(学内資金)

  • 柔道のグローバル化と「再日本化」をめぐる日仏関係史研究

    2023年  

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    柔道は、その日本固有性を切り離しつつスポーツとしてグローバルに拡大してきた。他方で、近年フランスを中心として国際柔道連盟などでは、他のオリンピックスポーツとの差異化もあって柔道が持つ日本発祥の文化としての側面も強調するようになっている。こうした柔道のグローバルな拡がりに伴う「脱日本化」と「再日本化」の過程を、国際柔道界の「2つの中心」たる日本とフランスの関係史から明らかにしようと試みた。 フランスは、日本に先んじて柔道の国際的な組織化の中心にあり続けてきたが、そこでは国際的な議論とフランス国内の柔道をめぐる方針が相互に連関してきた。近年の柔道の「再日本化」も同様であり、柔道の教育的価値の強調や、漢字を使った道徳規範の提示などは、いずれもフランス国内で普及したものを国際柔道連盟に採用したのである。こうした国際的な議論の場におけるフランスの姿勢は、柔道に限られたものではない。フランスは国際的なスポーツの歴史において、自らの普遍主義モデルを推進し続けてきたのであった。日仏のスポーツをめぐる関係については、1928年に東京と満洲・大連で実施された日仏対抗陸上競技が、日本で行われた最初の日仏対抗スポーツ大会として注目される。同年にアムステルダムで開催されたオリンピック大会では陸上競技・三段跳びの織田幹雄が日本代表として初めて金メダルを獲得するなど、日本にとっては欧米中心に国際スポーツ界に進出しゆく時代だった。一方のフランスは、第一次世界大戦で失墜した国家の威信を取り戻す手段の1つとして、国際スポーツ界でのイニシアチブを握ろうと試みた。そこでフランスの普遍主義モデルの推進は加速していくことになる。その1つが国際的なスポーツの組織化であり、日仏対抗競技はその顕著な例であった。近年の国際柔道の「再日本化」にも、近代スポーツの歴史におけるフランスの姿勢を明確に見て取ることができるのである。

  • 武道の教育に関する日仏比較史研究

    2021年  

     概要を見る

     本研究では、主に柔道に焦点を当てて日本とフランスの武道を通じた教育に関しての歴史事象を比較した。日本では大正期以降に「武道は技の稽古による教育」であるという考え方が定着していった。第二次世界大戦後に新たなスポーツとして柔道が普及したフランスでは、1980年代以降に子どもの教育に適したスポーツとしての柔道がフランス柔道連盟(FFJDA)主導で推進されていった。なかでもFFJDAが掲げた「柔道の8つの道徳規範」は、漢字とフランス語の両方で表記され、教育的な価値を明示するものとなった。現在は国際柔道連盟(IJF)においても「8つの道徳規範」が採用され、その「教育的価値」や「日本由来」という柔道の特徴を示す一要素となっている。

  • 第一次世界大戦後の日仏スポーツ交流に関する歴史学的研究

    2020年  

     概要を見る

     本特定課題研究では、第一次世界大戦後のスポーツを介した日仏両国の交流について、二国を取り巻く国際的なスポーツをめぐる諸条件と関連付けながら考察した。 一次大戦後はスポーツ・ナショナリズムの萌芽期であり、国家の威信を取り戻したいフランスは、国際スポーツ大会の開催を主導した。他方で、日本にとっては競技で結果を残し国際進出を強めようとしていく時期であった。1928年の日仏対抗競技は国際スポーツ界の文脈における両国の、こうした思惑が一致したことで実現可能になったと考えられ、試合に臨む両国の姿勢が大きく異なっていたことが明らかとなった。