2022/11/26 更新

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イガワ ケンジ
伊川 健二
Scopus 論文情報  
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Citation Countは当該年に発表した論文の被引用数

所属
文学学術院 文化構想学部
職名
教授

学歴

  • 1999年04月
    -
    2003年03月

    東京大学   大学院人文社会系研究科   日本文化研究専攻 博士課程  

  • 1997年04月
    -
    1999年03月

    東京大学   大学院人文社会系研究科   日本文化研究専攻 修士課程  

  • 1995年04月
    -
    1997年03月

    東京大学   文学部   歴史文化学科 日本史学専修課程  

  • 1993年04月
    -
    1995年03月

    東京大学   教養学部   文科三類  

学位

  • 2006年04月   東京大学   博士(文学)

  • 1999年03月   東京大学   修士(文学)

  • 1997年03月   東京大学   学士(文学)

経歴

  • 2021年04月
    -
    継続中

    国際日本文化研究センター   共同研究員

  • 2018年04月
    -
    継続中

    早稲田大学   文学学術院   教授

  • 2013年09月
    -
    2017年03月

    成城大学   共通教育研究センター   非常勤講師

  • 2011年09月
    -
    2012年08月

    ロンドン大学   東洋アフリカ研究学院   客員研究員

  • 2009年08月
    -
    2011年08月

    大阪大学   大学院文学研究科   准教授

  • 2011年02月
    -
    2011年03月

    グローニンゲン大学   客員准教授

  • 2003年04月
    -
    2006年03月

    独立行政法人日本学術振興会   特別研究員(PD)

  • 2017年07月
    -
    継続中

    早稲田大学   早稲田ラテンアメリカ研究所   研究所員

  • 2020年04月
    -
    2022年03月

    学習院女子大学   大学院国際文化交流研究科   非常勤講師

  • 2020年09月
    -
    2020年11月

    国際基督教大学   教養学部 アーツ・サイエンス学科 歴史学デパートメント   非常勤講師

  • 2018年09月
    -
    2020年09月

    早稲田大学   文学学術院   教務 研究推進担当主任

  • 2017年04月
    -
    2018年03月

    早稲田大学   文学学術院   准教授

  • 2015年04月
    -
    2017年03月

    立教大学   文学部   兼任講師

  • 2015年04月
    -
    2017年03月

    立正大学   文学部   非常勤講師

  • 2013年09月
    -
    2017年03月

    聖学院大学   人文学部   非常勤講師

  • 2013年09月
    -
    2016年08月

    つくば国際大学   産業社会学部   非常勤講師

  • 2014年10月
    -
    2016年03月

    国立民族学博物館   共同研究員

  • 2013年05月
    -
    2014年03月

    大阪大学   大学院文学研究科   招へい准教授

  • 2011年08月
    -
    2013年03月

    大阪大学   大学院文学研究科   招へい准教授

  • 2008年04月
    -
    2009年03月

    東京大学   大学院人文社会系研究科   研究室研究員

  • 2001年12月
    -
    2003年03月

    東京大学   史料編纂所 特殊史料部門   リサーチアシスタント

  • 2000年04月
    -
    2002年03月

    東京大学   史料編纂所 古文書・古記録部門   リサーチアシスタント

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所属学協会

  • 2005年04月
    -
    継続中

    スペイン史学会

  • 1999年11月
    -
    継続中

    日本古文書学会

  • 1994年11月
    -
    2020年05月

    歴史学研究会

 

研究分野

  • 日本史

研究キーワード

  • 南蛮

  • 天正遣欧使節

  • 日本中近世対外関係史

論文

  • 国性爺合戦にみる異国観

    伊川健二

    WASEDA RILAS JOURNAL   ( 9 ) 1 - 9  2021年10月  [査読有り]

  • 戦国時代の多様な対外関係

    伊川健二

    歴史評論   ( 852 ) 67 - 75  2021年04月  [招待有り]

  • 天正遣欧使節の史料学

    伊川健二

    WASEDA RILAS JOURNAL   8   357 - 363  2020年10月

  • フロイス史料研究事始

    伊川 健二

    多元文化   8   232 - 211  2019年02月

  • 一六世紀の東アジアにおける非公式貿易の具体像

    伊川 健二

    文学研究科紀要(早稲田大学)   63   407 - 422  2018年03月

  • 環シナ海域と中近世の日本

    伊川 健二

    日本史研究   ( 583 ) 55 - 75  2011年03月  [招待有り]

    CiNii

  • 『ウルバーノ・モンテ年代記』にみる天正遣欧使節と織豊期の日本(2・完)

    伊川 健二

    東京大学日本史学研究室紀要   ( 14 ) 37 - 65  2010年03月

     概要を見る

    論文Article

    CiNii

  • 『ウルバーノ・モンテ年代記』にみる天正遣欧使節と織豊期の日本(1)

    伊川健二

    東京大学日本史学研究室紀要   ( 13 ) 1 - 21  2009年03月

     概要を見る

    論文Article

    CiNii

  • 日持海外弘法伝説の成立

    伊川 健二

    立正史学   125   65 - 81  2019年03月  [招待有り]

  • 附録 東洋文庫所蔵フロイス『日本史』写本について

    岡本 真, 伊川 健二

    多元文化   8   192 - 189  2019年02月

  • 茨城県南地域ゆかりの史料にみる前近代異国観の諸事例

    伊川 健二

    つくば国際大学研究紀要   22   71 - 88  2016年03月  [査読有り]

     概要を見る

    本稿は,平安時代末期から江戸時代にかけて成立した,茨城県南地域との関わりがある史料のな<br />
    かで,当該期の異国観を垣間見ることができる6点について,時系列にそって紹介および分析をし<br />
    たものである。第1章は,中世前期以前に成立した『将門記』と『沙石集』で,前者には渤海から<br />
    契丹への王朝交替への言及があり,後者には天竺渡航を志した明恵の伝説などが収められている。<br />
    第2章では中世後期とりわけ南北朝時代の『神皇正統記』および『法雲寺史料』を検討する。両者<br />
    は,ともに小田治久の密接な関与が背景にある点で共通し,前者は治久が北畠親房を小田城へ招き,<br />
    後者は法雲寺の創建を助成し,実質的な開山といえる復庵宗己を招請した。近世の関係史料はほか<br />
    にも散見するなか,『東韃地方紀行』と『訂正増訳采覧異言』を取りあげる。日本の伝統的な異国観<br />
    として,世界を天竺・震旦・本朝に分割する三国観があるが,この時期になると,こうした枠組み<br />
    を超えた知識が流入し,世界のほぼすべてを網羅することになる。その一方で,情報源に着目する<br />
    と,三国観のうち天竺の情報は震旦(中国)を経由して日本へ入ってきたと考えられる点で,二元<br />
    的であるのに対し,『訂正増訳采覧異言』の世界観は西洋・漢土・本朝の書物に基づく点で三元的な<br />
    視覚で構成されたものといえる。

    DOI CiNii

  • 日本中世史研究から見るモンゴル帝国時代

    伊川 健二

    JFE21世紀財団アジア歴史研究報告書(2010年度助成)「モンゴル帝国と中世グローバル化の研究」     27 - 32  2013年04月

  • 大英図書館所蔵史料からみる近世の大坂

    伊川 健二

    東京大学日本史学研究室紀要   ( 別冊「中世政治社会論叢」 ) 181 - 192  2013年03月

  • Image of the Franciscans in Namban Screens

    IGAWA Kenji

    日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」アジアをめぐる比較芸術・デザイン学研究―日英間に広がる21世紀の地平―研究報告論文集     58 - 65  2013年03月

  • The Conditions of Regional Exchanges between Southeast and East Asia in the Sixteenth and Seventeenth Centuries

    IGAWA Kenji

    Osaka University Research Project of History Education, Working Paper Series   ( 8 ) 175 - 182  2012年12月

  • The Encounter between Europe and Japan

    IGAWA Kenji

    Acta Asiatica   ( 103 ) 77 - 94  2012年08月

  • 聖ペドロ・バウティスタと織豊期の日西関係

    伊川 健二

    待兼山論叢 文化動態論篇   ( 44 ) 25 - 46  2010年12月

     概要を見る

    San Pedro Bautista (1544-97) was a Franciscan monk who was<br />
    crucifi ed in Nagasaki in 1597. He was sent as an ambassador to Japan<br />
    in 1593 by the governor of the Philippines, D. Gómes Pérez das Mariñas<br />
    (1539-93), in order to resolve a difficult negotiation with Toyotomi<br />
    Hideyoshi (1536-98). According to the catalogue compiled by Robert<br />
    Streit, Bibloitheca Missionum 4 (Freiburg: Herder, 1964), there are 32<br />
    extant letters from Bautista. The data of these letters is included in table<br />
    form of this article.<br />
    After his audience with Hideyoshi at Nagoya, Bautista travelled fi rst<br />
    to Kyoto and then to Nagasaki. His letters reported the progress of his<br />
    negotiations and were sent primarily to the governor of the Philippines.<br />
    This paper focus on his suggestions concerning limited trade between<br />
    Japan and the Philippines, which later developed into the Shuinsen<br />
    commercial system. His suggestions can be divided into three.<br />
    The fi rst concerned the identifi cation of Japanese ships going to the<br />
    Philippines in order to avoid pirate attacks. According to a chronicle,<br />
    Bautista suggested that Toyotomi Hideyoshi, who he described as the<br />
    Japanese emperor, should prohibit piracy and smuggling. To demonstrate<br />
    that a ship was engaged in legitimate trade, the emperor should give it a<br />
    permit that had been stamped and signed. The second suggestion related<br />
    to permission for ships which were sailing to the Philippines to export<br />
    wheat and other goods. The third suggestion concerned protection for<br />
    Spanish ships and their cargo that had been shipwrecked. In response to<br />
    this point, Hideyoshi replied that anyone who might come to Japan from<br />
    Philippines should arrive unharmed. When the San Felipe was stranded<br />
    at Tosa, Bautista asked for protection for the ship, crew and cargo based<br />
    on this reply.<br />
    In his important study, Iwao Seiichi argued that Bautista’s first<br />
    suggestion marked the origin of the shuinjo, specialized licenses issued<br />
    for trade. Although the exact format of the document is not clear, his<br />
    first suggestion does relate closely to the Shuinsen trade system as<br />
    46<br />
    both compelled ship crews to hold identifi cation documents in order to<br />
    avoid pirate attacks. Therefore this paper concludes that Bauista’s fi rst<br />
    suggestion did provide a model for the shuinsen trade system.

    CiNii

  • 『戊子入明記』に描かれた遣明船

    伊川健二

    古文書研究   53   62 - 79  2001年05月  [査読有り]

    CiNii

  • 中世後期における外国使節と遣外国使節

    伊川健二

    日本歴史   ( 626 ) 19 - 35  2000年07月  [査読有り]

    CiNii

  • 諸国王使をめぐる通交制限

    伊川健二

    遥かなる中世   ( 18 ) 69 - 87  2000年03月

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書籍等出版物

  • Horizons médiévaux d'Orient et d'Occident, Regards croisés entre France et Japon

    IGAWA, Kenji( 担当: 共著,  担当範囲: "Medieval Japanese Views on Foreign Countries" (pp.101-120))

    Éditions de la Sorbonne  2022年10月 ISBN: 9791035108410

  • Cruces y áncoras : la influencia de Japón y España en un Siglo de Oro global

    折井, 善果, Zamora Calvo, María Jesús( 担当: 共著,  担当範囲: LA «OBEDIENCIA≫ DE LA PRIMERA EMBAJADA DE JAPÓN EN EUROPA)

    Abada Editores  2020年10月 ISBN: 9788417301743

  • 東西中世のさまざまな地平 : フランスと日本の交差するまなざし

    江川, 温, Smith, Marc H, 田邉, めぐみ, Wijsman, Henri Willem( 担当: 共著,  担当範囲: 中世日本人の異国観)

    知泉書館  2020年06月 ISBN: 9784862853172

  • 東アジア海域から眺望する世界史 : ネットワークと海域

    鈴木, 英明( 担当: 共著,  担当範囲: 16世紀前半における中国島嶼部交易の不安と安定)

    明石書店  2019年10月 ISBN: 9784750349077

  • 近代人文学はいかに形成されたか : 学知・翻訳・蔵書

    甚野, 尚志, 河野, 貴美子, 陣野, 英則( 担当: 共著,  担当範囲: 近代における天正遣欧使節の再発見)

    勉誠出版  2019年02月 ISBN: 9784585200680

  • 世界史のなかの天正遣欧使節

    伊川, 健二( 担当: 単著)

    吉川弘文館  2017年10月 ISBN: 9784642083256

  • 日本銃砲の歴史と技術

    宇田川, 武久( 担当: 共著,  担当範囲: 鉄砲伝来伝説の系譜(29-50))

    雄山閣  2013年09月 ISBN: 9784639022763

  • イタリア史料の収集および整理による中近世移行期日本史像の再検討

    伊川 健二( 担当: 単著)

    平成22年~24年度 日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究B、課題番号:22720244)  2013年03月

  • 大航海時代の東アジア : 日欧通交の歴史的前提

    伊川, 健二( 担当: 単著)

    吉川弘文館  2007年12月 ISBN: 9784642028714

  • 洋学史研究事典

    青木, 歳幸, 海原, 亮, 沓澤, 宣賢, 佐藤, 賢一(学術博士), Tanaka-van Daalen, Isabel, 松方, 冬子, 洋学史学会( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 天正遣欧使節(p.14) 訂正増訳采覧異言(p.135))

    思文閣出版  2021年09月 ISBN: 9784784219377

  • 日本中世史入門 : 論文を書こう

    秋山, 哲雄, 田中, 大喜, 野口, 華世( 担当: 共著,  担当範囲: 外国との関わりを考える)

    勉誠出版  2021年03月 ISBN: 9784585222804

  • わたしの「もったいない語」辞典

    中央公論新社, 逢坂, 剛( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 南蛮 ―平安以来、幅広い用例(200-201))

    中央公論新社  2018年01月 ISBN: 9784122065222

  • グローバルヒストリーと戦争

    秋田, 茂, 桃木, 至朗( 担当: 共著,  担当範囲: ポルトガル人はなぜ種子島へ上陸したのか(247-69))

    大阪大学出版会  2016年04月 ISBN: 9784872594379

  • 日明関係史研究入門 : アジアのなかの遣明船

    村井, 章介, 橋本, 雄, 伊藤, 幸司, 須田, 牧子, 関, 周一( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 天与清啓(142-7)、戊子入明記(219-24)、遣明使節が起こした暴行事件(303-7))

    勉誠出版  2015年10月 ISBN: 9784585221265

  • 日本中世史入門 : 論文を書こう

    秋山, 哲雄, 田中, 大喜, 野口, 華世( 担当: 共著,  担当範囲: 外国との関わりを考える(299-319))

    勉誠出版  2014年04月 ISBN: 9784585220794

  • 日本・スペイン交流史

    坂東, 省次, 川成, 洋( 担当: 共著,  担当範囲: フィリピンと日本、日西関係の黎明(56-68)、豊臣秀吉とスペイン(69-83))

    れんが書房新社  2010年12月 ISBN: 9784846203771

  • Elusive pirates, pervasive smugglers : violence and clandestine trade in the Greater China Seas

    Antony, Robert J.( 担当: 共著,  担当範囲: At the Crossroads: Limahon and Wako in Sixteenth-Century Philippines)

    Hong Kong University Press  2010年 ISBN: 9789888028115

  • Alessandro Valignano S.I. : uomo del Rinascimento, ponte tra Oriente e Occidente

    Tamburello, Adolfo, Üçerler, M. Antoni J., Di Russo, Marisa( 担当: 共著,  担当範囲: Descriptions of Japanese Society in Valignano's Writings)

    Institutum Historicum Societatis Iesu  2008年 ISBN: 9788870413656

  • The East Asian "Mediterranean" : maritime crossroads of culture, commerce and human migration

    Schottenhammer, Angela( 担当: 共著,  担当範囲: Travels of Embassies in Fifteenth to Sixteenth Century East Asia)

    Harrassowitz  2008年 ISBN: 9783447058094

  • 日本中世内乱史人名事典 下

    佐藤, 和彦, 樋口, 州男, 錦, 昭江, 松井, 吉昭, 櫻井, 彦, 鈴木, 彰( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 大内義弘(33-4)、絶海中津(51-2))

    新人物往来社  2007年05月 ISBN: 9784404034496

  • 日本中世内乱史人名事典 上

    佐藤, 和彦, 樋口, 州男, 錦, 昭江, 松井, 吉昭, 櫻井, 彦, 鈴木, 彰( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 永楽帝(262-3)、肥富(267)、洪武帝(269)、尚巴志(271-2)、祖阿(273)、中山王察度(277-8)、大内弘世(314-5))

    新人物往来社  2007年05月 ISBN: 9784404034496

  • The Portuguese presence in Japan in the 16th and 17th centuries : 1st International conference : 5th and 6th December, Museu Nacional de Arte Antiga (National Museum of Ancient Art), Lisbon-Portugal

    Antunes, Cátia, Colla, Elisabetta, Correia, Pedro, Frutuoso, Eduardo, 伊川, 健二, 岸本, 恵実, Koiso, Kioko, 岡, 美穂子, Ribeiro, Madalena, 清水, 有子, Sousa, Lúcio de, Takizawa, Osami, 山本, 博文( 担当範囲: Portuguese Father Francisco Vieira S.J. and State Affairs in 16th Century Asia)

    Tipografia Lobão  2005年12月 ISBN: 9892001095

  • 伊奈のむかし : 伊奈町の歴史を語る72章

    伊奈町史編纂専門委員会, 伊奈町(茨城県)( 担当: 分担執筆,  担当範囲: たけのこ先生という和尚(148-150))

    伊奈町  2003年03月 ISBN: 4901162713

  • 日本歴史大事典 4

    朝尾, 直弘( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 戦国期市場・流通法令年表(232)、中世外交使節一覧(237-9)、中世日本・東アジア交流年表(240-5)、中世アジア地図(251))

    小学館  2001年07月 ISBN: 4095230010

  • 日本歴史大事典 2

    朝尾, 直弘( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 朝貢(1069))

    小学館  2000年01月 ISBN: 4095230010

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Misc

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受賞

  • 日本歴史学会賞

    2001年07月   日本歴史学会  

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • ルイス・フロイスによる日本情報に関する総合的研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(C)

    研究期間:

    2019年04月
    -
    2022年03月
     

    伊川 健二, 岡本 真

     概要を見る

    初年度の計画は、本研究に関する既存の情報の整理であり、そのため3つに大別される活動をおこなった。
    第1に、国際シンポジウムの実施(共催)である。計画ではより小規模のワークショップを実施する予定であったところ、スーパーグローバル大学創成支援事業(SGU)にもとづく国際シンポジウム等開催助成の交付が確定したため、この予算を主軸として、本研究からも費用の一部を負担する形式でおこなわれた。シンポジウムの名称は「国際シンポジウム 南蛮史料研究の新地平」であり、令和2年1月11日に早稲田大学戸山キャンパス33号館3階 第1会議室にて開催され、ノヴァ大学リスボン(研究計画調書には「リスボン新大学」と記載)をはじめ、登壇者を含めて国内外から89名の参加者を得、本研究が意図する協力関係の起点としての役割として充分な機会となった。
    第2に、フロイス関係書籍のデータベース化である。この作業は、大学院生1名を雇用し、研究代表者において基本となる情報を提供する形式により進められた。データベースの内容は、ルイス・フロイス書簡の刊行状況(未邦訳を含む)、原史料の架蔵状況などであり、それらの刊本の早稲田大学中央図書館における所蔵の有無などをあわせて確認した。これらの内容は、来年度にさらに調査を継続した上で、最終年度に刊行予定の報告書での公開を検討している。
    第3に、東京大学史料編纂所収蔵史料に含まれる、フロイス関係の原本・写本情報の把握・調査である。同所には、日本学士院の依嘱により1954年以降に蒐集した、在外日本関係史料のマイクロフィルムが収蔵されている。そのなかから本研究に関連すると思われるものを、既刊の目録およびデータベースをもとに、ピックアップする作業を実施した。その他、本研究に関係する既刊書籍の収集にも努めた。

  • イタリア史料の収集および整理による中近世移行期日本史像の再検討

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 若手研究(B)

    研究期間:

    2010年
    -
    2012年
     

    伊川 健二

     概要を見る

    本研究は、中近世移行期の日本に関係する文献史料をイタリア各地において捜索し、ローマ(ヴァチカンを含む)、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノにおける調査を実施するなかで、従来の関連研究のなかでは確認されていないと思われる文献を含めた一連の史料を確認した。これらの史料情報の多くは、大英図書館における同様の情報とともに、報告書として刊行した。

  • 中近世日朝交流史の学際的研究

    大阪大学文学研究科  共同研究

    研究期間:

    2010年07月
    -
    2011年03月
     

    伊川 健二

  • 15-17世紀の日本における使節・商人・宣教師と国際交渉

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 特別研究員奨励費

    研究期間:

    2003年
    -
    2005年
     

    伊川 健二

     概要を見る

    平成17年度は、前2年間における研究情報の蓄積を前提として、その公表にむけた作業を中心に研究作業をおこなった。
    下記11「研究発表」に記載のほか、スペイン史学会月例会、対外史研究会などにおいて口頭報告をおこなった。12月にはリスボン国立古美術館(Museu Nacional Arte Antiga)における「日本に関するポルトガルシンポジウム(Presenca no Japao)」に出席をし、報告をおこなった。その概要は「研究発表」図書欄に記載の「A Presenca Portuguesano Japao nos seculos XVI e XVII」において英文で公表をしている。
    上記シンポジウム出席のため、ポルトガルに渡航をし、リスボンのトーレ・ド・トンボ国立文書館、ヴィラ・ヴィソーザ(Vila Vicosa)のドン・マヌエル2世図書館において文献調査をおこなった。前者においては香料貿易・初期中葡関係史料の複写、後者においてはイエズス会士書簡の古刊本を閲覧した。このほかミラノにおいても文献調査を予定していたが、調査予定機関がすべて休業中であったため、実施には至らず、関係書籍の購入、ジェノヴァ・パヴィアの踏査に終止した。
    本年度は博士学位申請論文『大航海時代の三国世界』を執筆、提出した。従前から作成を継続してきたアジア関係欧文史料データベースのうち、日本に関係する既刊史料を「日本関係既刊欧文書簡一覧」として末尾に付した。

  • 信仰の世界地図――長崎26聖人信仰の視覚化とその伝播をめぐって――

    公益財団法人サントリー文化財団  2020 年度 サントリー文化財団 研究助成「学問の未来を拓く」

    研究期間:

    2020年08月
    -
    2022年07月
     

  • 最新の研究成果にもとづく大学教養課程用世界史教科書の作成

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(A)

    研究期間:

    2011年04月
    -
    2014年03月
     

    桃木 至朗, 秋田 茂, 荒川 正晴, 飯島 渉, 飯塚 一幸, 伊川 健二, 市 大樹, 内野 花, 栗原 麻子, 堤 一昭, 中村 武司, 杉本 淑彦, 三成 美保, 中村 薫, 中村 薫

     概要を見る

    本計画は、全国の高校・大学教員と協力し、歴史学各分野の最新の研究成果について、(1)教員用(高大両方)の解説・教材・用語集を作成する。(2)各高校や他大学の教養教育の状況も踏まえて、最終的には大学教養課程向けの世界史教科書を作成する、などを目標とした。成果として各種解説などを収めた報告書を計6冊刊行し、計画終了直後には教科書『市民のための世界史』も刊行したほか、全国歴史教育研究協議会や神奈川・北海道など各地の高校教員組織、福岡大・東南アジア学会などの大学・学会、堺市など自治体、さらに韓国・中国やアメリカの専門家との交流といったさまざまな相手との歴史教育をめぐる共同研究や討議を推進した。

  • 前近代東アジアの外交と異文化接触-日明関係を軸とした比較史的考察-

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(B)

    研究期間:

    2010年04月
    -
    2014年03月
     

    村井 章介, 小島 毅, 堀川 貴司, 伊藤 幸司, 橋本 雄, 岡本 弘道, 須田 牧子, 関 周一, 中島 楽章, 榎本 渉, オラー チャバ, 豊島 悠果, 山崎 岳, 岡本 真, 西尾 賢隆, 手島 崇裕, 米谷 均, 伊川 健二

     概要を見る

    古代日本の遣唐使に比べて、日本の伝統文化の形成期にあたる室町時代の遣明使に関する研究は少なく、まだ基礎的な部分もおぼろげなままである。
    そこで本研究課題において、おもに遣明使の中国での活動に重点を置きながら、歴史学的な基礎研究を行った。具体的には、遣明使となった僧侶の残した入明記を精読し、中国でのフィールドワークと突き合わせ、他国・他地域から中国への朝貢使節との比較も視野に入れながら、遣明使の歴史的特性を明らかにすることに一定程度成功した。

  • アジアをめぐる比較芸術・デザイン学研究―日英間に広がる21世紀の地平―

    日本学術振興会  頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム

    研究期間:

    2011年09月
    -
    2012年08月
     

    藤田治彦

  • 朝鮮漢文学と中近世の日本

    大阪大学文学研究科  共同研究

    研究期間:

    2011年07月
    -
    2012年03月
     

    合山林太郎

  • 都市社会構造と観光活動

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(C)

    研究期間:

    2010年
    -
    2012年
     

    三枝 暁子, 山崎 有恒, 伊川 健二, 城下 賢一, 浅野 啓介

     概要を見る

    本研究は、都市社会に発現する観光としての生産・消費など全般的な活動を具体的に解明するとともに、観光活動が都市社会構造全体のなかで、どのような位置を占めるか、京都を中心とした都市をフィールドに設定して中世~近現代のそれぞれについて検討した。その結果、寺社を中心とした空間と観光活動との関連について複数の時代にわたって解明した。また、訪問者の遺した史料を多く発掘し、その観光活動の内容を明らかにするとともに、観光を受け入れ側についても行政文書などの発掘・活用を行って解明を図った。

  • モンゴル帝国と中世グローバル化の研究

    JFE21世紀財団  アジア歴史研究助成

    研究期間:

    2011年01月
    -
    2011年12月
     

    堤一昭

  • 21世紀を生きる市民のための世界史教科書作成

    大阪大学文学研究科  共同研究

    研究期間:

    2010年07月
    -
    2011年03月
     

    堤一昭

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講演・口頭発表等

  • 国性爺合戦にみる異国観

    伊川健二  [招待有り]

    第十二屆東亞人文學論壇   (國立臺灣大學(遠隔開催))  國立臺灣大學文學院  

    発表年月: 2020年11月

    開催年月:
    2020年11月
     
     

     概要を見る

    『国性爺合戦(Kokusen’ya kassen)』は、正徳5年(1715)に大坂竹本座で初演された浄瑠璃、すなわち人形劇の名称である。その主人公は、国姓爺(Koxinja)とも呼ばれた鄭成功(ZHENG Chenggong)である。本報告では、この作品にみられる異国観について、テキストから読み取れる像と、中国側の歴史史料などとの比較の観点から検討する。従来、ナショナリズムに近い印象で捉えられたこともある世界観は、作品を詳細に読み解くことで、それとは違ったものにみえてくるのではないだろうか。東アジアの激動を、それに近い時期の日本がどのように受け止めたのかについて考えてみたい。

  • 天正遣欧使節の史料学

    伊川 健二

    国際シンポジウム 南蛮史料研究の新地平   (早稲田大学戸山キャンパス33号館3階 第1会議室)  早稲田大学総合人文学研究センター「トランスナショナル社会と日本文化」研究部門  

    発表年月: 2020年01月

  • 寧波とリャンポー

    伊川 健二  [招待有り]

    全球视野下的浙江与日本文化交流史国际学术研讨会   (寧波大学人文与伝媒学院104室)  寧波大学人文与伝媒学院、寧波大学浙東文化研究院、寧波大学浙東文化与海外華人研究院、スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点、早稲田大学総合人文科学研究センター 角田柳作記念国際日本学研究所  

    発表年月: 2019年09月

  • 西村天囚と南蛮の時代

    伊川 健二  [招待有り]

    歴史シンポジウム 種子島と東アジア海域   (種子島あらきホテル)  名桜大学総合研究所, 西之表市  

    発表年月: 2019年03月

  • パンフレットと稿本にみる天正遣欧使節像の受容

    伊川健二  [招待有り]

    日文研共同研究会「西洋における日本観の形成と展開」第5回 共同研究会   (国際日本文化研究センター 第1共同研究室) 

    発表年月: 2022年10月

    開催年月:
    2022年10月
     
     
  • 地域に生き世界に伸びる 天正遣欧使節

    伊川 健二  [招待有り]

    大阪大学歴史教育研究会 第118回例会   (大阪大学豊中キャンパス 待兼山会館2階会議室)  大阪大学歴史教育研究会  

    発表年月: 2019年01月

     概要を見る

    天正遣欧使節は、日本の出身者でありながら16世紀のヨーロッパを訪れ、じつはその任をインドで終えた、伊東マンショを中心とした一団である。彼らがはじめてヨーロッパを訪れた日本人であるとの説明があるが、事実ではない。彼らの歴史的意義ははじめてであることではなく、日欧文化の対話の記録をヨーロッパにとどめたことにあるだろう。また、彼らが持ち帰った知識は、当時の日本に若干の影響を与えるとともに、明治以降に南蛮ブームを引き起こすことになる。また、その記憶は禁教の時を経て、各地域の関心を醸成することになる。限られた時間ではあるが、天正遣欧使節のグローバルな側面とローカルな側面を具体的な素材に即して概観し、日本史と世界史の接続について考えてみたい。

  • 天正遣欧使節をめぐる各国大使の動向

    伊川 健二  [招待有り]

    2018ソフィアシンポジウム『天正遣欧使節とフェリペ2世』   (上智大学四谷キャンパス国際会議場(2号館17階))  上智大学・キリシタン文化研究会  

    発表年月: 2018年12月

  • 世界史のなかの天正遣欧使節

    伊川 健二  [招待有り]

    平成30年度 第136回 懐徳堂 秋季講座 新しい世界史の探求 前近代世界   (大阪大学中之島センター10F 佐治敬三メモリアルホール)  懐徳堂記念会  

    発表年月: 2018年11月

     概要を見る

    天正遣欧使節は、天正一〇年正月二八日(一五八二年二月二〇日)に長崎を出発し、マカオ、ゴア、セントヘレナ、リスボン、マドリードなどを経て、ローマに至り、天正一八年六月一七日(一五九〇年七月一八日)にふたたび長崎の地を踏んだ使節である。巷にあふれる解説のなかには、彼らヨーロッパを訪れた最初の日本人と位置づけるむきもあるが、事実とは異なる。使節一行に先立つこと約三〇年、ベルナルドと名づけられた日本人がローマの地を踏んでいるし、名も知れぬ奴隷たちがヨーロッパへ輸送されていたからである。 それでは、天正遣欧使節の意義はどこにあるだろうかと考えてみると、昨年刊行された拙著では「数百年来の日欧における情報蓄積の歴史に浮かぶ浮島」と位置づけてみた。彼らは最初にヨーロッパを訪れた日本人ではないが、ヨーロッパ貴族や聖職者たちと対話をし、その記録が詳細に現在に伝えられた日本人としては、最古の例とみなして差支えない。講演の前半では、彼らがヨーロッパに遺した足跡を、日欧文化交流の様子を伝える史料をひもときながらたどることにしたい。 他方、彼らが帰国した日本では、すでに豊臣秀吉による伴天連追放令が出されており、キリシタンたちをめぐる環境は厳しさを増していく。天正遣欧使節がふたたび日本で注目されるようになるのは、明治になり岩倉使節団がヴェネツィアを訪れて以降のことである。彼らは同地の現在国立文書館とよばれている施設で、天正・慶長両遣欧使節に関係する古文書を見学し、教会で碑文に接する。この訪問を契機にイタリアと日本で研究が進められていく。明治から昭和初期にかけて、東京と京都で研究が深化し、ヴェネツィアやポルトガルを訪れる日本人が散見するようになる。そのひとりが西村天囚である。講演の後半では、明治時代に使節一行の存在が再発見されていく過程をふりかえる。

  • フロイス史料研究事始

    伊川 健二

    早稲田大学多元文化学会 2018年度春期大会・大会シンポジウム   (早稲田大学戸山キャンパス 36号館3階382教室)  多元文化学会  

    発表年月: 2018年07月

  • 天正遣欧使節の歴史的意義

    伊川 健二

    第50回ルネサンスルネサンス研究会   (学習院女子大学 7号館3階 734教室)  ルネサンス研究会  

    発表年月: 2018年07月

  • THE PLACES OF AUDIENCE BETWEEN MONARCHES AND MISSIONS IN THE SIXTEENTH CENTURY

    IGAWA Kenji

    THE TWENTY-SECOND ASIAN STUDIES CONFERENCE JAPAN   (University Hall (Honkan), Room 204, International Christian University)  Asian Studies Conference Japan  

    発表年月: 2018年06月

     概要を見る

    Japan in the 16th century was a place where many missions arrived from foreign countries and many Japanese missions departed to other countries. In the first half of the 16th century, tributary missions were sent from Japan to Beijing. They attended to the ceremony of audience in the Imperial palace. Missions to Seoul, whose senders are unknown, had sometimes recorded their experiences. Above all, the audience between the Pope of Rome, Gregorio XIII and the king of Spain, Felipe II, and the first Japanese mission sent to Rome lent the period a gorgeous topic. When the Japanese mission to Rome went back to Japan, the Viceroy of India sent a mission together with them. That mission had an audience with Toyotomi Hideyoshi. The Spanish governor in Manila also sent missions to Hideyoshi. During the Korean invasions, Ming China and Chosǒn Korea intended to negotiate with Hideyoshi through diplomatic missions. In the previous research, such missions were analyzed separately. This presentation attempts, however, to collect the examples of foreign missions and classify them from the viewpoint of the purpose of their sending, the places of audience and the ceremony. The sixteenth century was obviously a turning point of interregional relations centering Japan. The conditions for a new regional order in the early modern period will be clarified through the analysis of them.

  • 日本僧旅行記にみる天竺と浙江の「天竺」

    伊川 健二  [招待有り]

    “东亚汉文境外行纪研究”国际学术研讨会   (浙江工商大学日本文化楼202室)  浙江工商大学东亚研究院  

    発表年月: 2018年06月

  • 13世紀の日本人の外国人観

    伊川 健二

    国際シンポジウム「ユーラシア史研究への新しい視角」   (早稲田大学戸山キャンパス39号館6階第七会議室)  私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「近代日本の人文学と東アジア文化圏 ―東アジアにおける人文学の危機と再生」  

    発表年月: 2017年11月

  • Medieval Japanese Views on Foreign Countries

    IGAWA Kenji  [招待有り]

    CULTURAL EXCHANGE IN THE MIDDLE AGES: FROM DIALOGUE TO THE CONSTRUCTION OF CULTURES   (The Museum Yamato Bunkakan)  Ménestrel: Médiévistes sur le net : sources, travaux et références en ligne  

    発表年月: 2017年11月

     概要を見る

    中世日本の交渉範囲は、継続的には中国大陸、朝鮮半島、琉球、16世紀半ば以降はイベリア両国、さらには偶発的にはインドネシアも含まれる。とはいえ、必ずしも広大とはいえない。しかしながら、同時期の日本人が訪れ、または訪れることなく、語り、描いた外部地域の範囲は、もう少し広い。たとえば、中国を訪れた僧は、ムスリム商人との筆談を経て、ペルシャ語詩文を入手し、玄奘三蔵の情報が日本へ流入した結果、未知なるシルクロードやインドが具体的に描かれる。その媒体もさまざまで、文学、絵画、旅行記などに大別できる。本報告では、これらの具体例を概観し、それらの虚実の交錯をひもとき、さらには可能な限りの体系化を試みることで、中世日本人の外国観を総括する。

  • 天正遣欧使節の歴史的意義

    伊川 健二

    早稲田大学史学会大会 公開講演会   (早稲田大学戸山キャンパス33号館3階 第1会議室)  早稲田大学史学会  

    発表年月: 2017年10月

     概要を見る

    岩倉使節がヴェネツィアを訪問して以来、日本における天正遣欧使節研究が本格化する。現在までに多くの刊行物が公にされ、国内外を問わず、一大情報群を形成している。その多くは一行の旅程や具体的史料の紹介などであり、彼らの渡航の意義を必ずしも念頭においてはいない。ヨーロッパを訪れた最初の日本人と位置づけるむきもあるが、事実とは異なる。 使節一行に先立っこと約30年、ベルナルドと名づけられた日本人がローマの地を踏んでいるし、名も知れぬ奴隷たちがヨーロッパへ輸送された。しかしながら、彼らは彼の地でどのように生きたかは明らかではないばかりか、帰国してその見聞を持ち帰ることもなかった。天正遣欧使節は、記録に残り、かつ帰国している点で、先行する彼らとは本質的に性格と異にしている。本講演では、彼らを、ヨーロッパで文化交流の記録を残して帰国したはじめての日本人と位置づけ、その具体像を探る。

  • 中世の紀州と唐船・鉄砲・航海図

    伊川 健二  [招待有り]

    紀州地域学共同研究会 研究集会   (和歌山県立博物館 2階 学習室)  紀州地域学共同研究会  

    発表年月: 2017年09月

  • Simplified discussion about “Tanegashima”, where is the place of the encounter between the Portuguese and the Japanese

    IGAWA Kenji

    15th International Conference of the European Association for Japanese Studies   (Bloco 1, Piso 0, Sala 0.05, Univercidade Nova de Lisboa)  the European Association for Japanese Studies, Univercidade Nova de Lisboa, Universidade dos Açores  

    発表年月: 2017年09月

     概要を見る

    The first contact by the European, which was probably the Portuguese merchant, to the Japanese archipelago in the middle of the sixteenth century attracts many researchers inside and outside Japan. A Portuguese captain, António Galvão (1490-1557) described his image of the approach of the Portuguese merchants to Japanese waters. Three Portuguese saw an island in thirty two degrees during their drifting. Galvão explained that the island was one of "os Japões," or the Japanese archipelago. The year of their navigation was 1542. On the other hand, a Japanese zen monk, Bunshi Genshō (1555-1620) recorded a similar but different story. A great ship was discovered at a village of Southern Tanegashima. An elderly person of the village communicated with the Chinese captain in writing, and understood that the crew included "Sei-nanban," which means probably Portuguese, merchants. The year of their conversation was 1543. Despite of many other sources related to this topic, they have to be cut in this small presentation to simplify the argument. How should we consider these similar but different texts? Some researchers discuss that they express the same navigation, stressing similarities. However can we ignore some differences among two texts? They are extremely essential, for instance the year of arrival, the place. Besides them, Galvão did not mention their landing the island in the thirty two degrees. The main topic of Bunshi's record is gun introduction. The text includes their landing Tanegashima and stay. In a word, it will be more appropriate to understand that these two navigations are completely different. I would like to reconsider the concrete image of the first encounter between the Portuguese and the Japanese with these texts and issues, because it is a landmark to think about the change from medieval period to early modern.

  • じつは複雑な鉄砲伝来の話

    伊川 健二

    2017年度 第1回ランチセミナー   (早稲田大学戸山キャンパス33号館3階 第1会議室)  早稲田大学総合人文科学研究センター  

    発表年月: 2017年05月

  • 中国島嶼部交易の平和と戦争

    伊川 健二  [招待有り]

    多文化社会学研究会「東アジアから眺望する世界史」   (長崎大学文教キャンパス 総合教育研究棟12階演習室8)  多文化社会学研究会  

    発表年月: 2017年03月

  • 17世紀前後のラテンアメリカにおける日本人移民について

    伊川 健二  [招待有り]

    イベリア・ラテンアメリカ文化研究会・スペイン史学会共催研究会   (関西学院大学上ヶ原キャンパス 大学院棟 101教室)  イベリア・ラテンアメリカ文化研究会・スペイン史学会  

    発表年月: 2016年07月

  • SOME EXAMPLES OF TRADE TRADITION IN THE SIXTEENTH CENTURY JAPAN

    IGAWA Kenji

    THE TWENTIETH ASIAN STUDIES CONFERENCE JAPAN   (Session 9: Room 204, International Christian University)  Asian Studies Conference Japan  

    発表年月: 2016年06月

     概要を見る

    The middle of the sixteenth century was a turning point in the interregional relations centering on Japan. Needless to say, it was the time of the well-known wokou-activities. Further, around this time official contact between Japan and Ming China was terminated after the last Japanese tribute envoys returned to Japan in 1550. Although the ‘King of Japan’ had nominally continued to dispatch his envoys to the King of Korea, it was substantially carried out by the Sō family of Tsushima island. Outside Japan maritime ban system had been held around this period in Choseon Korea, Ryūkyū Kingdom, as well as in the Ming China which had great influence on the relationship with other countries. This maritime ban system, especially that of the Chinese empire legally meant that leaving the country was prohibited for costal inhabitants. At the same time, historical sources also prove that the entry to the empire was also strictly controlled. In this context the Ryūkyū Kingdom is also often mentioned as an “ocean state” with extensive trade relations as Ryūkyū had frequently sent ships to China, Japan, Korea and other Southeast Asian regions. However, on the other hand it did rigidly prohibit emigration of Ryukyuan people and also restricted the entry of foreign trade ships; a fact which is overlooked in previous research. Thus, this paper aims at focusing on the maritime ban system of Ryūkyū and that of Korea as first. Now, if we look at Japan, we can see that it didn’t establish this kind of ban-system. There is no example whether a similar system existed in Japan, but we know from the sources that no one from those seventeen ships that arrived from outside of Japan in the first half of the sixteen century were banned because of this reason. What was the reason for that? As another core question I would like to examine the situation in the 16th century Japan as well.

  • ルソン壺交易と日比通交

    伊川 健二  [招待有り]

    公開シンポジウム「貿易陶磁と文献史料から東アジア・東南アジアの歴史を考える—16世紀・17世紀を中心とした海域におけるヒト・モノの流れ」   (立教大学池袋キャンパス 太刀川記念館3階多目的ホール)  アジア地域研究所「21世紀海域学の創成」プロジェクト  

    発表年月: 2015年11月

     概要を見る

    ルソン壺とは、織豊期を中心に日本へ輸入された褐釉四耳壺であり、史料上は真壺などと表記される。その交易の様子は、フランチェスコ・カルレッティ『世界旅行記』や『組屋文書』など、日欧双方に記録されている。その数は決して多くはないが、豊臣秀吉が集中的に購入する様子や、その金額、壺の用途などが具体的に記されている。研究史をひもとくと、ルソン壺は単に一交易品たるにとどまらず、日比通交交渉上も大きな要因とされていたことが指摘されている。 こうした文献上の諸問題を整理し、日比関係におけるルソン壺の役割を明確化することで、考古学における知的蓄積との対話の場を提供したい。

  • 天正・慶長遣欧両使節を通じた日欧文化交流

    伊川 健二

    第65回日本西洋史学会大会   (富山大学五福キャンパス共通教育棟C11教室)  日本西洋史学会大会  

    発表年月: 2015年05月

     概要を見る

    天正・慶長遣欧両使節は、日本史にいう中近世移行期に、日本人がローマを最終目的地として派遣された計画である点において共通し、その行程および関係史料の研究、出版物等は枚挙にいとまがない。他方、これら、とりわけ前者を分析的な研究対象としたものはほとんど存在しない。 そこで本報告では、両使節をヨーロッパにおける日欧人の直接対話の最初期の事例としてとらえ、ヨーロッパの日本認識にどのような変化をもたらしたのかを考察したい。これらの機会には、日本人も旅の記録を残したことがしられているが、散逸等により詳細は定かではない。 以上を前提に、日欧の直接関係が成立する以前のヨーロッパにおける日本情報を比較材料として、使節たちがもたらした情報が、同時期のヨーロッパ情報にどのような影響を与えたについて検討していく。

  • Some Cases about Cultural Conversations between Western and Japanese Knowledge in the Sixteenth Century

    IGAWA Kenji

    Christian Missionaries and East Asia in the Early Modern Period   (Conference Room 1, 3rd floor, Bldg.33, Toyama Campus, Waseda University) 

    発表年月: 2015年03月

  • 大英図書館が所蔵する前近代日本関係史料について

    伊川 健二  [招待有り]

    第51回研究会「グローバルヒストリーのなかの近代歴史学」   (立教大学池袋キャンパス14号館6階D602教室)  立教大学 日本学研究所  

    発表年月: 2014年12月

  • EARLY CATHOLIC MISSIONARY WORK IN JAPAN AND JAPANESE MISSIONS TO ROME

    IGAWA Kenji

    Aristotelian Traditions and Japan’s Christian Century   (Room 237, 2 gōkan, Gakushuin Women’s College)  The Japanese Society for Renaissance Studies  

    発表年月: 2014年07月

  • Museo Nazionale d'Arte Orientale 'Giuseppe Tucci'

    IGAWA Kenji

    The Encyclopedia of Asian Design, Asian Design Collections   (Machikaneyama kaikan, Osaka University) 

    発表年月: 2014年07月

  • EARLY CATHOLIC MISSIONARY WORK IN JAPAN AND JAPANESE MISSIONS TO ROME

    IGAWA Kenji

    THE EIGHTEENTH ASIAN STUDIES CONFERENCE JAPAN   (Session 27: Room 215, Sophia University)  Asian Studies Conference Japan  

    発表年月: 2014年06月

     概要を見る

    The early Catholic missionary work in Japan between the late sixteenth and the early seventeenth century created, by the means of great effort, the conditions for the dispatch of two Japanese missions to Rome. The first one was prepared by the Jesuit Alessandro Valignano, while Date Masamune, a daimyo of the Sendai region, and the Franciscan Luis Sotelo were dispatched in the second mission. According to the available historical sources, it is confirmed that some Japanese people had stayed in Europe already before these two visits. However, these missions were indeed the first official contacts with Rome and other European regions. Through the textual practices triggered by these missions, many within the European elite acquired knowledge about the habits, geography, and true state of the missionary work in Japan. In this sense, these were indeed the first cultural conversations between Japan and Europe. Unfortunately, only a few sources about these missions are today available in Japan. The Christian persecutions by Toyotomi Hideyoshi and the Tokugawa shogunate are considered the main causes of this sorry condition. Nonetheless, some sources written in later period by early modern Japanese scholars of Western studies are still available and represent a precious tool to understand how Europe was perceived by the Japanese and which textual practices were enacted to undertake such a representation. The main purpose of this paper is to understand these two Japanese missions from the perspective of a cultural and textual conversation between Japan and Europe, devoting special attention to compare the first and the second mission.

  • 大航海時代のなかの支倉遣欧使節団

    伊川 健二  [招待有り]

    メキシコ歴史文化講演会シリ-ズ   (メキシコ大使館別館5階 Espacio Mexicano)  メキシコ・日本アミーゴ会  

    発表年月: 2014年05月

     概要を見る

    1540年代前半にポルトガル人が来日し、継続的な日欧関係が始まる。1571年のマニラ市建設以降、マニラ=アカプルコ間にガレオン貿易が確立し、交易品の調達・売却のためアジア域内交易が行われた。支倉遣欧使節団はスペインの強い影響下にあったフランシスコ会の関与により派遣され、その往復行程はこうした環境に規定されていた。他方、マニラ市建設以前のフィリピンにおそらく倭寇だと思われる日本人、中国人がしばしば来航、居住し、同地の首長が彼らと交易をしていた。また、豊臣秀吉へ派遣された最初のフィリピンからの大使フアン・コーボはペルー出身であり、この前後にリマやメキシコに日本人自由民や奴隷がいたことも近年の研究で明らかにされつつある。支倉遣欧使節団の派遣を可能たらしめた国際環境について概観したい。

  • 天正・慶長両遣欧使節の時代と文献史料

    伊川 健二  [招待有り]

    スペイン・ラテンアメリカ美術史研究会 研究発表会   (早稲田大学戸山キャンパス39号館2階美術実習室)  スペイン・ラテンアメリカ美術史研究会  

    発表年月: 2014年04月

  • 慶長遣欧使節とスペイン

    伊川 健二  [招待有り]

    平成25年度図書館カレッジ「スペインの歴史と旅」   (神奈川県立図書館 新館1階 多目的ホール)  神奈川県立図書館  

    発表年月: 2013年11月

  • ルイス・ソテロ、支倉常長の書簡からみた使節行

    伊川 健二

    歴史シンポジウム『慶長遣欧使節団 来西400年の歴史』   (セルバンテス文化センター東京)  セルバンテス文化センター ・スペイン史学会  

    発表年月: 2013年10月

  • FROM WOKOU 倭寇 TO ORDERLY TRADE IN CHINA SEA REGION

    IGAWA Kenji

    Eighth International Convention of Asia Scholars   (The Venetian Macao Resort Hotel)  International Convention of Asia Scholars  

    発表年月: 2013年06月

  • 南蛮屏風におけるフランチェスコ会修道士のイメージ

    伊川 健二

    (独)日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」   (大阪大学大学院文学研究科第1会議室) 

    発表年月: 2013年03月

  • 日明通交における通交制限と島嶼部交易

    伊川 健二  [招待有り]

    第1回アジア未来会議「世界の中のアジア:地域協力の可能性」   (センタラ グランド アット セントラル プラザ ラップラオ バンコク)  公益財団法人渥美国際交流財団(関口グローバル研究会)  

    発表年月: 2013年03月

  • Islands Trade in the Chinese Empire: Contradiction of the Maritime Ban System

    IGAWA Kenji

    Maritime Perspective in Eurasian and Indian Ocean World History: towards a Global Hisotry   (Peterson Hall, Indian Ocean World Centre, McGill University, Montreal)  Indian Ocean World Centre, McGill University  

    発表年月: 2013年02月

     概要を見る

    My recent principal interest is trade between Japan and East and Southeast Asian regions in the later half of sixteenth century. In the seventeenth century, we can image extensive trade exchanges from East Asia to Southeast Asia easily. Japanese Shuinsen, trade ships sent from Japan, had been to Southeast Asian towns to trade, bringing the permission of Tokugawa Shogunate. After efforts and negotiations of central authorities around the end of sixteenth century, trade system got systematized in spite of following movements. Wokou, pirate groups consisted of several ethnicities, was still active in circum China sea region, and the Society of Jesus had kept their network centering Macau even after the Edict against Christianity in Japan. The Spanish governor in Manila had sometimes planned to trade with Japan or others in this region. However the state in sixteenth century is more complicated. The Chinese maritime bans system had been in force. In the first half of sixteenth century, Portuguese ambassador was rejected to begin public commercial relations with the Chinese court. Japanese tributary envoys had sometimes been unable to get access to the imperial capital because of their regulation for the tributaries. Ryukyu had driven wokou from their territory, and the Jesuit Luis Frois wrote that people in Korean peninsula had killed the crew of a Portuguese ship. Although Frois concluded that it was because they were barbarous, it does not express the essence of this incident. Obviously for some reasons, it happened because of the maritime bans system of this period. Then, how was this contradiction, between the exchanges and maritime bans, solved? Strictly speaking, the regional exchanges themselves were not axiomatic in this period. The answer to this quite complicated contradiction will be given by focusing on Chinese islands and Japan in the middle of sixteenth century. Especially Chinese islands will be a subject comparison with Portuguese ports in Indian ocean.

  • The conditions of regional exchanges between Southeast and East Asia in the sixteenth and seventeenth centuries

    IGAWA Kenji

    SECOND CONGRESS OF THE ASIAN ASSOCIATION OF WORLD HISTORIANS   (LG Convention Hall, EWHA CAMPUS COMPLEX, EWHA WOMANS UNIVERSITY)  the Institute of World and Global History, Ewha Womans University  

    発表年月: 2012年04月

     概要を見る

    In the 17th century, we can image extensive trade exchanges from East Asia too Southeast Asia easily. Japanese Shuinsen, trade ships sent from Japan, had been to Southeast Asian towns to trade, bringing the permission of Tokugawa Shogunate. Wokou, pirate groups consisted of several ethnicities, was still active in circum China sea region, and the Society of Jesus had kept their network centering Macau even after the Edict against Christianity in Japan. The Spanish governor in Manila had sometimes planned to trade with Japan or others in this region. On the other hand, in this period, the Chinese maritime bans system had been in force. In the first half of 16th century, Portuguese ambassador was rejected to begin public commercial relations with the Chinese court. Japanese tributary envoys had sometimes been unable to get access to the imperial capital because of their regulation for the tributaries. Ryukyu had driven wokou from their territory, and the Jesuit Luis Frois wrote that people in Korean peninsula had killed the crew of a Portuguese ship. Although Frois concluded that it was because they were barbarous, it does not express the essence of this incident. Obviously for some reasons, it happened because of the maritime bans system of this period. Then, how was this contradiction, between the exchanges and maritime bans, solved? Strictly speaking, the regional exchanges themselves were not axiomatic in this period. The answer to this quite complicated contradiction will be given by focusing on Japan in the middle of 16th century.

  • IMAGE OF THE FRANCISCANS IN NAMBAN SCREENS

    IGAWA Kenji

    Approaching Art and Design from Asia: Questions of Method, Between Art and Design   (Room: G2, Russell Square: College Buildings, School of Oriental and African Studies)  Japan Research Centre, School of Oriental and African Studies, University of London  

    発表年月: 2012年03月

  • A TENTATIVE ASSUMPTION ON THE RELATION BETWEEN PIRACY AND TRADE CENTERING ON EARLY MODERN JAPAN

    IGAWA Kenji

    International Workshop “Globalizing Violence, Emerging Modernity: Piracy and Anti-Piracy Campaigns in Eurasia, c. 1600-1900”   (Gakushuin Women’s College) 

    発表年月: 2011年12月

     概要を見る

    To survey the relations between piracy and trade in circum China sea region is a complicated issue. It requires multiple perspectives in many senses. We need understand both of official and unofficial relations, before and after the great changes around the 17th century, and each countries China, Korea, Ryukyu, sometimes Taiwan, Philippines and Japan. I do not think that I can give suitable conclusion in this occasion. However it can be a suggestion to consider like following. According to my understanding, the reason why the latter term wokou arose in 16th century was the decline of tributary system of Ming China. Violent incidents by Japanese envoy to Ming China had gotten remarkable since the latter half of 15th century. At least, Siamese envoy was warned by Chinese court on their violence, too. Concerning Ming Japan relation, it followed greater incident called Ningbo no ran, or envoy’s violence in Ningbo. Thus official relations and unofficial one had linked each other. Tributary envoys themselves included the element of violence. In latter period, we can find even one similar to pirate ships. From the latter half of 16th century to the former half of 17th century, quietening down wokou activity, including Toyotomi Hideyoshi’s invasion to Korean peninsula, was a top priority issue of each government. Tokugawa shogunate established their so called Japan centered order with prohibiting piracy. Ming and Qing China had watched sea powers carefully and changed their policy. Chosun dynasty had kept contact with China and prepared their guard for wokou. As proceeding researches have clarified, the Japanese centered order had permitted trade in four points. Smuggling trade had been continued, too. I suppose that the profits could repress piracy indirectly, because one of the main causes of piracy can be poverty. In other words, the profits might be brought to sterile area. This point of view will provide a presupposition to consider what we might call the peace in the 18-9th .century circum China sea region.

  • The Concrete Image of Smuggling Trade in 16th Century East Asia

    IGAWA Kenji

    International Workshop, Tribute, Trade, and Smuggling  

    発表年月: 2011年11月

  • Islands Trade in the Chinese Empire: Contradiction of the Maritime Ban System

    IGAWA Kenji

    The Third European Congress on World and Global History   (New Academic Building 104, London School of Economics and Political Science)  European Network in Universal and Global History  

    発表年月: 2011年04月

     概要を見る

    Until the 16th century, it was too difficult to shuttle between Japan and Southeast Asia directly, as Francisco Xavier reported. Before 17th century-Shuinsen trade, the existence of relay points was an essential condition to hold maritime routes from Southeast Asia to East Asia. It means that considering islands trade in China or the Philippines is not only understanding them, but trying to explain why the circum China sea region network was held in the difficult periods.

  • 環シナ海域と中近世の日本

    伊川 健二

    日本史研究会 大会個別報告   (京都大学吉田キャンパス本部構内 法経第4教室)  日本史研究会  

    発表年月: 2010年10月

  • 環シナ海域と中世後期の日本

    伊川 健二

    日本史研究会 大会準備会   (日本史研究会事務所(京都市上京区))  日本史研究会  

    発表年月: 2010年07月

  • 16世紀の日本と環シナ海域

    伊川 健二

    大阪大学歴史教育研究会 第42回例会   (大阪大学大学院文学研究科第1会議室)  大阪大学歴史教育研究会  

    発表年月: 2010年05月

  • 鉄砲伝来が歴史学の一論点を形成する事情ならびに私見について

    伊川 健二

    大阪歴史学会 中世史部会例会   (城北市民学習センター(大阪市旭区))  大阪歴史学会  

    発表年月: 2010年01月

  • スペイン、メキシコ、フィリピン間の当初の関係に関する研究の現状について

    伊川健二  [招待有り]

    御宿 友好400年   (メキシコ大使館内ホール「エスパシオ・メヒカーノ東京」)  スペイン大使館、メキシコ大使館、フィリピン大使館、セルバンテス文化センター東京  

    発表年月: 2009年09月

  • 世界史から考えるキリシタンの世紀

    伊川健二  [招待有り]

    世界史から考えるキリシタンの世紀   (西海市西海総合福祉センター)  西海市、西海市教育委員会  

    発表年月: 2008年11月

  • 鉄砲伝来の史料と論点

    伊川健二

    日本銃砲史学会 第371回例会   (早稲田大学 各務記念材料技術研究所)  日本銃砲史学会  

    発表年月: 2008年08月

  • 書評『歴史のなかの移動とネットワーク』

    伊川健二

    メトロポリタン史学会 第4回書評会   (首都大学東京 5号館(人文棟) 1階143号室)  メトロポリタン史学会  

    発表年月: 2008年06月

  • Limahon and Wako in the Sixteenth-Century Philippines

    IGAWA Kenji  [招待有り]

    Symposium of Piracy and Maritime Security in the South China Sea   (Ballroom E, Horizon Resort & Spa Sanya)  National Institute for South China Sea Studies  

    発表年月: 2008年03月

  • 観光地のなかの日伊関係小史

    伊川健二

    東京大学駒場博物館ギャラリートーク   (東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 駒場博物館1階 美術博物館展示室)  東京大学総合文化研究科・教養学部 駒場博物館  

    発表年月: 2007年05月

  • The Commercial Networks used by the Wako

    IGAWA Kenji

    59th Annual Meeting of the Association for Asian Studies   (New Hampshire, 5th Flloor, Boston Marriott Copley Place)  The Association for Asian Studies  

    発表年月: 2007年03月

     概要を見る

    This paper develops new perspectives for exploring the history of the wakô in the sixteenth century. In this period, the term refers to cosmopolitan groups of pirates who, though predominantly Chinese, were based in the Japanese archipelago and sailed between East and Southeast Asia. Scholarship on the wakô remains underdeveloped because of the dominance of state-centered histories. Most studies focus on diplomatic relations between Japan, China, and Korea, and as a result rely almost entirely on Chinese and Korean sources. In contrast research into Japan-Southeast Asian relations uses mainly European sources. To properly understand the activities of these trans-border bands of seafarers who raided and traded extensively in East and Southeast Asia, it is necessary to use both European and Asian sources together. This paper will explore the historical image of the wakô as it appears when European sources, such as Jesuit letters, are read in conjunction with Chinese sources like _Chouhaitubian_. According to Chinese works, the wakô invaded along the Chinese coast from Shandong to Guangdong. However, European sources tell us that these same wakô continued on to the Philippines, the Straits of Melaka, and the Spice Islands. Thus commercial networks that flourished in the seventeenth century were already in use by the wakô a century before. Along these routes the wakô maintained a two-sided character, moving between trade and piracy.

  • 伊東マンショ未紹介史料をめぐる多角的考察

    伊川健二

    史学会 第104回大会   (東京大学本郷キャンパス 法文二号館一番大教室)  史学会  

    発表年月: 2006年11月

     概要を見る

    伊東マンショは、いうまでもなく天正年間に日本とローマを往復した天正遣欧使節の正使である。彼が草した書簡は、すでに二○件が知られているが、平成一五年度に報告者がフィレンツェ国立文書館において行った調査により、新たにトスカーナ大公フランチェスコ一世へ宛てたスペイン語文書簡(以下、フィレンツェ書簡)を見出すに至った。使節一行は、ローマへの往路にのみフィレンツェへ立ち寄っているが、当該書簡は日本への帰途インドのゴアにおいて返書として草されている。本報告においては、翻刻・訳文など当該書簡に直結する諸事実の整理に加え、周辺事情を概観することで、その特質にせまりたい。 周辺事情の一点目は、他の伊東マンショ書簡との比較である。伊東マンショ書簡は、和文と欧文がともに、しかも個別に書かれているもの、和文と欧文が並行して書かれているもの、欧文のみのものに分類できる。管見のところ、和文・欧文混在型の書簡はイタリア滞在中に記されたものに限定される。使用言語もイタリア滞在中はイタリア語、ローマ教皇に宛てたものはラテン語、その他のものはポルトガル語スペイン語で書かれる傾向にある。ゴア帰還後に書かれたフィレンツェ書簡がスペイン語文のみで書かれていることは、右の点と揆を一にしている。同書簡には花押が付せられていないが、バルセロナ滞在時に草された二件の書簡を境界として、それ以後の書簡には付せられていない。 このように伊東マンショ書簡一般の傾向に合致するフィレンツェ書簡が、他の書簡と異なる点は、作成の経緯である。多くの場合、使節一行と現地諸勢力との交信は、彼らの滞在中を契機にはじまっている。ところが、フィレンツェ書簡は一五八六年七月付フランチェスコ一世書簡に対する返書であることが明記されている上、それ以前に交信をした形跡はない。一五八六年七月には、使節一行はすでに喜望峰に達している。この段階で、フランチェスコ一世のメディチ家が書簡を送ったことから、同家が日本を含むインド地域との交信に並々ならぬ関心を持っていたことが推測できる。フィレンツェには比較的早い段階の日本を含む世界地図が現存するのみならず、メディチ家の後援により世界をめぐった商人フランチェスコ・カルレッティは長崎に来航している。 これらの点に加え、使節の一連の動きのなかでの、フィレンツェ書簡のもつ意義などについても検討していきたい。

  • Valignano's Descriptions of Japanese Society

    IGAWA Kenji  [招待有り]

    Convegno Internazionale: Alessandro Valignano S.I., uomo del Rinascimento, ponte tra Oriente e Occidente   (Teatro Marrucino, Chieti)  Fondazione Casa di Risparmio della Provincia di Chieti  

    発表年月: 2006年10月

    開催年月:
    2006年10月
     
     
  • Um Padre Portugues Francisco Vieira S. J. e o Estado de Coisas na Asia no Seculo XVI

    IGAWA Kenji

    Congresso Internacional, A Presença Portuguesa no Japão nos Séculos XVI e XVII   (Museu Nacional de Arte Antiga, Lisboa)  Historiographical Institute, the University of Tokyo  

    発表年月: 2005年12月

  • トスカーナ大公宛伊東マンショ書簡をめぐる小考察

    伊川健二

    対外関係史研究会   (東京大学史料編纂所小会議室)  対外関係史研究会  

    発表年月: 2005年11月

  • 日欧通交の黎明

    伊川健二

    スペイン史学会 第113回定例研究会   (青山学院大学渋谷キャンパス総研ビル3階第11会議室)  スペイン史学会  

    発表年月: 2005年04月

  • 日欧通交の黎明

    伊川 健二

    倭寇の会 能古島合宿   (割烹旅館 潮騒(福岡、能古島))  倭寇の会  

    発表年月: 2005年03月

  • 『入明記』にみえる五島・北九州

    伊川健二

    科学研究費補助金プロジェクト(課題番号:12309001)  

    発表年月: 2001年03月

  • 『壬申入明記』にみえる遣明船

    伊川健二

    倭寇の会 室津合宿   (YH浄運寺(兵庫、室津))  倭寇の会  

    発表年月: 2000年04月

  • 日明通交システムの再検討

    伊川健二

    史学会 第97回大会 研究発表   (東京大学)  史学会  

    発表年月: 1999年11月

  • 『戊子入明記』にみえる遣明船

    伊川健二

    日本古文書学会 第32回大会 研究発表   (大阪市立大学杉本キャンパス 学術情報総合センター10階会議室)  日本古文書学会  

    発表年月: 1999年10月

  • 諸国王使をめぐる通交制限

    伊川健二

    中世史研究会 9月例会   (東京大学史料編纂所2F大会議室)  中世史研究会  

    発表年月: 1999年09月

  • 『鉄炮記』にみえる遣明船

    伊川健二

    歴史学研究会 中世史部会9月例会   (東京大学史料編纂所2F大会議室)  歴史学研究会  

    発表年月: 1999年09月

  • 書評酒井紀美『中世のうわさ』5章・6章

    伊川健二

    歴史学研究会 秋合宿   歴史学研究会  

    発表年月: 1997年11月

  • 日明通交の展開をめぐる室町幕府機構の変遷

    伊川健二

    対外関係史研究会   (東京大学史料編纂所2F大会議室)  対外関係史研究会  

    発表年月: 1997年10月

  • 室町幕府外交の諸段階

    伊川健二

    歴史学研究会 卒論発表会   歴史学研究会  

    発表年月: 1997年07月

  • 室町幕府外交の諸段階

    伊川 健二

    中世史研究会 6月例会   (東京大学史料編纂所2F大会議室)  中世史研究会  

    発表年月: 1997年06月

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学内研究費(特定課題)

  • 天正遣欧使節のパンフレット情報収集にむけての基礎的研究

    2018年  

     概要を見る

    2018年8月26日から9月6日におこなわれたヴェネツィアおよびミラノ出張に際しては、関連パンフレットの調査を実施し、複写を入手した。ヴェネツィアでは、8月27日から29日の3日間、マルチャーナ国立図書館(Biblioteca Nazionale Marciana)およびコッレール美術館(Museo Correr)(図書館部門)においてパンフレットの調査をおこない、8月30日、31日の両日はヴェネツィア国立公文書館(Archivio di Stato di Venezia)において天正・慶長両遣欧使節関係の古文書の調査を実施した。同館での調査成果の一部は、論文「近代における天正遣欧使節の再発見」、とりわけ68頁の図版などに反映させた。ミラノでは、9月3日にミラノ国立公文書館(Archivio di Stato di Milano)で天正遣欧使節に関する古文書調査を、ブライデンセ国立図書館(Biblioteca Nazionale Braidense)ではパンフレットの調査をおこなった。9月4日にはトリヴルツィアーナ図書館(Biblioteca Trivulziana)において1件のパンフレットの調査をおこなった。

  • 16-17世紀日本に関する南欧語書籍情報の系統化にむけての研究

    2018年  

     概要を見る

    2018年7月7日の研究発表「フロイス史料研究事始」(多元文化学会)では、先行研究、あるいはポルトガルなどで刊行された目録などの関係情報を整理し、写本、翻刻、邦訳を対照させる際の問題点を指摘した。2018年8月16日から8月26日におこなわれたリスボン出張に際しては、ルイス・フロイス『日本史』の写本を所蔵するポルトガル国立図書館(Biblioteca Nacional de Portugal)、アジュダ図書館(Biblioteca da Ajuda)、海外領土史文書館(Arquivo Historico Ultramarino)における調査を実施し、複写を入手した。また、ポルトガル国立図書館では、上記のほか2冊の天正遣欧使節に関わるパンフレットを調査し、複写を入手した。論文「フロイス史料研究事始」(『多元文化』8)は、上記の現地調査の内容を踏まえ、リスボン所在の6件の写本と翻刻本、そして邦訳の対応関係を表にして、多くの研究者に理解可能な形式で提示したはじめての成果とすることができた。

  • グローバリゼーションの史的起源に関する国際的研究

    2017年  

     概要を見る

    The main purpose of this research was toattend 15th International Conference of the European Association for JapaneseStudies at the New University of Lisbon (30 Aug. – 2 Sep. 2017,) and exchangeopinion about the origin of ‘globalization.’ My topic was ‘Simplifieddiscussion about “Tanegashima”, where is the place of the encounter between thePortuguese and the Japanese,’ in a panel entitled ‘Interconnecting (hi)stories:Reconsidering Japan and Maritime Asia in Sixteenth and Seventeenth Centuries,’organised by KAWATO Takashi. The ‘the encounter between the Portuguese and theJapanese’ happened in the middle of 1550’s. The Portuguese maritime expansion tothe Orient confronted the final stage with this connection. In this sense, itcan be considered as the origin of ‘globalization.’ However some problems arestill left without solving. Can we really interprete it in this way? How wasthe concrete image of their encounter? As issues for the future, I intended toshare knowldge about this topic.A small literature search at ArquivoNacional Torre do Tombo followed the attendance to the Conference. Althoughthis archives open great amout of document in public on their internet site,some documents about the seedtime of Macao are not yet.

 

現在担当している科目

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担当経験のある科目(授業)

  • 文化構想学部 選択基礎演習 2 南蛮史料学へのいざない

    早稲田大学・文化構想学部  

    2021年09月
    -
    継続中
     

  • 日本史学演習1-2 近世日本と対外交流

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2021年09月
    -
    継続中
     

  • 日本文化史ゼミ

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年04月
    -
    継続中
     

  • 日本列島の人類史 天正遣欧使節とその時代

    早稲田大学・文学部  

    2018年10月
    -
    2019年01月
     

  • 多元文化論系演習(海域文化交流史) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第1期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2018年06月
    -
    2018年07月
     

  • INTENSIVE STUDIES 12: Real and Image: Interregional Relations in Premodern Japan

    School of Culture, Media and Society, Waseda University  

    2017年10月
    -
    2017年11月
     

  • 全学共通教育 教養科目 歴史文化論Ⅰ 日本史を見直す 国際化時代の教養としての前近代日本通史

    成城大学・共通教育研究センター  

    2015年04月
    -
    2017年01月
     

  • 史学講義33 中世日本と世界

    立教大学・文学部  

    2015年04月
    -
    2015年07月
     

  • Centre for the Study of Japanese Religions Seminar: Catholic Missionaries and Medieval Japan -Come loro hanno scritto sul Giappone-

    Centre for the Study of Japanese Religions, School of Oriental and African Studies, University of London  

    2012年03月
    -
     
     

  • ERASMUS MUNDUS Euroculture

    University of Groningen  

    2011年03月
    -
     
     

     概要を見る

    March 7, THE ENCOUNTER BETWEEN EUROPE AND JAPAN, ARRIVAL AND INNOVATION OF GUN IN 16TH CENTURY #1#2
    March 16, ANOTHER UPRISING AGAINST THE SPANISH EMPIRE IN THE AGE OF EGMONT
    March 21, THE FOUR PORTS IN NAGASAKI, THE SCENE OF DUTCH-JAPANESE RELATIONS

  • 歴史的地域社会論Ⅰ講義 外国人による日本見聞録とその周辺

    大阪大学・大学院文学研究科・文学部  

    2010年04月
    -
    2010年07月
     

  • 外国語学部専攻後期科目 日本文化論a 諸外国人の日本観史

    大阪大学・外国語学部  

    2010年04月
    -
    2010年07月
     

  • 全学共通教育科目 日本の歴史 アジアのなかの日本中世史

    大阪大学・共通教育センター  

    2009年10月
    -
    2010年01月
     

  • 日本列島の人類史 天正遣欧使節とその時代

    早稲田大学・文学部  

    2021年09月
    -
    継続中
     

  • 多元文化論系演習(アジア地域文化交流) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第8期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2021年09月
    -
    継続中
     

  • 基礎講義 じつは複雑な鉄砲伝来種子島(オンライン)

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年04月
    -
    継続中
     

  • 比較文化演習ⅡA 日欧文化の交流と比較

    学習院女子大学・大学院国際文化交流研究科  

    2020年10月
    -
    2021年01月
     

  • 日本史学演習1-2 近世日本と対外交流

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2020年10月
    -
    2021年01月
     

  • 多元文化論系演習(アジア地域文化交流) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第6期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2020年10月
    -
    2021年01月
     

  • 日本列島の人類史 天正遣欧使節とその時代

    早稲田大学・文学部  

    2020年10月
    -
    2021年01月
     

  • 日本対外交流史

    国際基督教大学・教養学部  

    2020年09月
    -
    2020年11月
     

  • 多元文化論系演習(海域文化交流史) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第5期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2020年06月
    -
    2020年07月
     

  • 歴史と文学 前近代日本人の異国観

    早稲田大学・文化構想学部  

    2020年05月
    -
    2020年07月
     

  • 日本史学演習1-1 近世日本と対外交流

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2020年05月
    -
    2020年07月
     

  • 比較文化演習ⅠA 日欧文化の交流と比較

    学習院女子大学・大学院国際文化交流研究科  

    2020年04月
    -
    2020年07月
     

  • 日本史学演習1-2 近世日本と飲酒文化

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2019年10月
    -
    2020年01月
     

  • 必修基礎演習41

    早稲田大学・文化構想学部  

    2019年10月
    -
    2020年01月
     

  • 多元文化論系演習(アジア地域文化交流) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第4期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2019年10月
    -
    2020年01月
     

  • 多元文化論系演習(海域文化交流史) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第3期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2019年06月
    -
    2019年07月
     

  • 日本史学演習1-1 近世日本と飲酒文化

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2019年04月
    -
    2019年07月
     

  • 日本史学演習1-2 近世日本と飲酒文化

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2018年10月
    -
    2019年01月
     

  • 多元文化論系演習(アジア地域文化交流) ルイス・フロイス『日本史』を日本語でよむ・第2期

    早稲田大学・文化構想学部  

    2018年10月
    -
    2019年01月
     

  • 日本史・世界史再発見 ポルトガル人はなぜ種子島へ上陸したのか(オムニバス)

    早稲田大学・文化構想学部  

    2018年04月
    -
    2018年07月
     

  • 日本史学演習1-1 近世日本と飲酒文化

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2018年04月
    -
    2018年07月
     

  • 必修基礎演習4

    早稲田大学・文化構想学部  

    2018年04月
    -
    2018年07月
     

  • 歴史と文学 前近代日本人の異国観

    早稲田大学・文化構想学部  

    2018年04月
    -
    2018年07月
     

  • 日本史学演習1-2 琉球史料を考える

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2017年10月
    -
    2018年01月
     

  • 日本列島の人類史 南蛮貿易時代の原典史料へのいざない

    早稲田大学・文学部  

    2017年10月
    -
    2018年01月
     

  • 多元文化論系演習(アジア地域文化交流) アレッサンドロ・ヴァリニャーノ『東インド巡察記』を日本語でよむ

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年10月
    -
    2018年01月
     

  • 模擬授業 じつは複雑な鉄砲伝来の話

    奈良県立畝傍高等学校  

    2017年09月
    -
     
     

  • 日本史・世界史再発見 ポルトガル人はなぜ種子島へ上陸したのか(オムニバス)

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年04月
    -
    2017年07月
     

  • 日本史学演習1-1 琉球史料を考える

    早稲田大学・大学院文学研究科  

    2017年04月
    -
    2017年07月
     

  • 歴史と文学 中世日本人の異国観

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年04月
    -
    2017年07月
     

  • 多元文化論系演習(海域文化交流史) ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』を日本語でよむ

    早稲田大学・文化構想学部  

    2017年04月
    -
    2017年07月
     

  • 入門演習G2

    立教大学・文学部  

    2016年10月
    -
    2017年01月
     

  • 専門科目 B群 共通専門科目 日本史特講6

    立正大学・文学部  

    2016年10月
    -
    2017年01月
     

  • 日本史の研究(中世史特論)

    聖学院大学・人文学部  

    2013年09月
    -
    2017年01月
     

  • 共通科目 日本史

    つくば国際大学・産業社会学部  

    2013年09月
    -
    2017年01月
     

  • 歴史学のフロンティア グローバルヒストリーと戦争(オムニバス)

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2016年04月
    -
    2016年07月
     

  • 専門科目 B群 共通専門科目 日本史特講5

    立正大学・文学部  

    2016年04月
    -
    2016年07月
     

  • 専門科目 B群 共通専門科目 日本史特講8

    立正大学・文学部  

    2015年10月
    -
    2016年01月
     

  • 歴史学のフロンティア グローバルヒストリーと戦争(オムニバス)

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2015年04月
    -
    2015年07月
     

  • 専門科目 B群 共通専門科目 日本史特講7

    立正大学・文学部  

    2015年04月
    -
    2015年07月
     

  • 歴史学のフロンティア グローバルヒストリーと戦争(オムニバス)

    2014年04月
    -
    2014年07月
     

  • 特別授業 大英図書館が所蔵する日本関係史料概説

    学習院女子大学  

    2014年01月
    -
     
     

  • 歴史学のフロンティア グローバルヒストリーと戦争(オムニバス)

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2013年09月
    -
    2014年01月
     

  • 全学共通教育 教養科目 歴史文化論Ⅰ 日本史を見直す 前近代日本史の再検討

    成城大学・共通教育研究センター  

    2013年09月
    -
    2014年01月
     

  • 歴史的地域社会論Ⅳ講義、日本史学講義、日本史講義、日本史特殊講義 日本史からみる内と外

    大阪大学・大学院文学研究科・文学部  

    2011年04月
    -
    2011年07月
     

  • 全学共通教育科目 日本の歴史 アジアのなかの日本中世史

    大阪大学・共通教育センター  

    2011年04月
    -
    2011年07月
     

  • 動態論共通科目 人文学と社会(オムニバス)

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2011年04月
    -
    2011年07月
     

  • Seminar: ANOTHER UPRISING AGAINST THE SPANISH EMPIRE IN THE AGE OF EGMONT

    University of Vienna  

    2011年03月
    -
     
     

     概要を見る

    March 29, ANOTHER UPRISING AGAINST THE SPANISH EMPIRE IN THE AGE OF EGMONT

  • 外国語学部専攻後期科目 日本文化論b 日本人の外国観史

    大阪大学・外国語学部  

    2010年10月
    -
    2011年01月
     

  • 全学共通教育科目 日本の歴史 アジアのなかの日本中世史

    大阪大学・共通教育センター  

    2010年10月
    -
    2011年01月
     

  • 特別授業 江蘇省みやげ話

    中央大学杉並高等学校  

    2010年11月
    -
     
     

  • 動態論共通科目 人文学と社会(オムニバス)

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2010年04月
    -
    2010年07月
     

  • 歴史的地域社会論IV演習 日本史関連文献講読

    大阪大学・大学院文学研究科  

    2009年10月
    -
    2010年01月
     

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委員歴

  • 2021年04月
    -
    継続中

    日本古文書学会  理事・運営委員長(事務局長)

  • 2020年03月
    -
    継続中

    西之表市史 中世史部会  専門部会員

  • 2012年10月
    -
    2014年09月

    スペイン史学会  委員

  • 2001年05月
    -
    2002年05月

    歴史学研究会  中世史部会運営委員会 副委員長

  • 2000年04月
    -
    2002年03月

    茨城県伊奈町(現:つくばみらい市)  町史編纂協力員

  • 2000年05月
    -
    2001年03月

    歴史学研究会  中世史部会運営委員会 会計

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メディア報道

  • 早稲田の日本史研究― 世界の中の日本―

    インターネットメディア

    2021年03月

  • ワールドワイド オブ タカラヅカ

    新聞・雑誌

    宝塚クリエイティブアーツ   歌劇1130号  

    pp.148-151  

    2019年11月

  • 史書を訪ねて

    新聞・雑誌

    執筆者: 本人以外  

    読売新聞社   夕刊 読売新聞  

    p.5  

    2019年06月

  • 友の会会員プロフィール

    会誌・広報誌

    執筆者: 本人以外  

    科学博物館後援会   国立科学博物館ニュース第200号  

    p.11  

    1985年11月

  • 大学日本史への誘い ~鉄砲伝来種子島の真実~

    インターネットメディア

    2020年07月

  • にっぽん!歴史鑑定 #209 「鉄砲伝来の真実」

    テレビ・ラジオ番組

    BS-TBS   にっぽん!歴史鑑定  

    2019年08月

  • にっぽん!歴史鑑定 #166 「天正遣欧少年使節の悲劇」

    テレビ・ラジオ番組

    BS-TBS   にっぽん!歴史鑑定  

    2018年07月

  • この著者に注目! 日欧間の情報交流を複眼で捉える

    新聞・雑誌

    執筆者: 本人以外  

    歴史街道通巻357号  

    p.114  

    2017年12月

  • 西方見聞録

    新聞・雑誌

    執筆者: 本人以外  

    朝日新聞社   朝日新聞 第2長崎版  

    p.34  

    2006年12月

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学術貢献活動

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