千葉 清史 (チバ キヨシ)

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所属

社会科学総合学術院 社会科学部

職名

教授

プロフィール

1995 03. 京都大学文学部卒業 1999 03. 京都大学大学院文学研究科修士課程修了 2005 03. 京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得中退 2001 10. ボン大学(ドイツ)哲学部 修士課程 入学 2002 10. ボン大学(ドイツ)哲学部 博士課程 編入 2012 03. ボン大学(ドイツ)博士課程 修了(学位:哲学博士Doktor der Philosophie) 2012 10.~2016 03. 山形大学人文学部 准教授 2016 03.~2018 03. 早稲田大学社会科学総合学術院 准教授 2018 04.~ 早稲田大学社会科学総合学術院 教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 社会科学総合学術院   大学院社会科学研究科

学歴 【 表示 / 非表示

  • 2002年10月
    -
    2012年03月

    ボン大学(ドイツ)   哲学部   哲学科  

学位 【 表示 / 非表示

  • ボン大学(ドイツ)   博士(哲学)

経歴 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    京都大学 大学院文学研究科 思想文化学専攻

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    Deutsche Gesellschaft fuer Philosophie (ドイツ哲学会)

  •  
     
     

    UK Kant-Society

  •  
     
     

    東北哲学会

  •  
     
     

    関西哲学会

  •  
     
     

    日本哲学会

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研究分野 【 表示 / 非表示

  • 哲学、倫理学

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • カント哲学、形而上学、認識論、数学/論理学の哲学

論文 【 表示 / 非表示

  • Ist der Raum aktual-unendlich?: Über den Raum als "eine unendliche gegebene Größe"

    Kiyoshi Chiba

    Natur und Freiheit: Akten des XII. Internationalen Kant-Kongresses     1461 - 1468  2018年11月  [査読有り]

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    In the “Antinomy of Pure Reason”, Kant rejects die actual infinity – the not only non-infinite, but also magnitude given as a whole – at least regarding the spatiotemporal world. However, there are some passages where Kant seems to affirm the actual infinity regarding something cognizable; the famous passage is the following from the “Transcendental Aesthetics”: “The space is represented as a infinite given magnitude” (B39); cf. also “Über Kästners Abhandlungen” (AA20, 419-422). There are, however, also passages which suggest that even the space can be merely potentially infinite; cf. e.g. Opus Postumum, AA22: 45.
    In this paper, I defend the claim that within Kantian framework, even the space be merely potentially infinite. In Section 1, I criticize the actual-infinity interpretation of space by showing that (1) it cannot be validate by an appeal to the “horizon” (e.g. by Charles Parsons) (2) it contradicts Kant’s arguments in the “Antinomy of Pure Reason. In Section 2, I construct my own potential-infinity interpretation.

  • 超越論的観念論と反応依存性:その反-懐疑論的帰結

    千葉清史

    思想   ( 1135号 ) 143 - 159  2018年11月

  • 「物自体」とア・プリオリ:冨田恭彦氏のカント批判によせて

    千葉 清史

    アルケー   ( 26 )  2018年06月

  • 野家氏のご批判に対する応答

    千葉 清史

    東北哲学会年報   ( 34 ) 65 - 67  2018年05月

  • アーサー・ダントの「歴史の物語論」と反実在論

    千葉 清史

    東北哲学会年報   ( 34 ) 49 - 61  2018年05月  [査読有り]

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • Kants Ontologie der raumzeitlichen Wirklichkeit: Versuch einer anti-realistischen Interpretation der Kritik der reinen Vernunft (Kantstudien-Ergaenzungshefte, Band 168)

    Chiba, Kiyoshi( 担当: 単著)

    Walter de Gruyter  2012年02月 ISBN: 9783110280807

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    本書の中心的問いは次のものである:イマヌエル・カントの『純粋理性批判』における「超越論的観念論」はいわゆる実在論であるのか、それとも観念論であるのか? この問題は、カント哲学を古来から現代にまで至る「実在論論争」に位置づけるにあたって、極めて重要である。
    「超越論的観念論」と呼ばれる以上、それが一種の観念論であることは自明であるように思われよう。しかしながら、現代哲学に通底する「観念論」一般に対する否定的評価のために、今日では、カントの超越論的観念論を一種の実在論として解釈する試みが優勢である。こうした傾向に抗して、本書は、超越論的観念論の観念論的解釈を擁護し、さらに、カント的観念論の具体的内実ならびにその現代的意義を明らかにする。具体的には以下の考察が行われる:
    第I部:従来のカント解釈においては、「実在論/観念論」の対立についての十分に正確な規定が欠けていた。本書は、現代分析哲学における「実在論論争」に注目し、とりわけ、マイケル・ダメットによって整備された「実在論/反実在論」の区別に依拠することによって、まずは、論争の中心となる実在論的/観念論的(反実在論的)解釈の相違の本質点を明らかにする。
    第II部:以上の概念的整備のもとで、『純粋理性批判』の内在的検討に基づき、超越論的観念論の観念論的(=反実在論的)解釈を擁護する。具体的には次のことが論証される:《超越論的観念論は実在論である》という想定とは両立し得ず、観念論的にしか適切には理解され得ないようなカントの議論が存在する(「純粋理性のアンチノミー」ならびに第一版「第四誤謬推理論」)。一方で、観念論的解釈は、一見すると実在論的解釈を示唆するテクスト箇所(「超越論的感性論」、第二版「観念論論駁」ならびにカントの自由論)は観念論的解釈と両立する。この証示を通じて、まずは、実在論的解釈に対する観念論的解釈の釈義的優位性が立証される。
    第III部:以上の考察の結論は、超越論的観念論は何らかの意味での観念論(=反実在論)である、ということにとどまる。今や、カント的観念論の具体的内実を画定し、それが今なお考慮に値する立場であることが示されるべきである。とりわけ以下の二点が考察される:
    (1)《対象は、我々がそれが我々によって知覚されている限りにおいてのみ存在する》といった極端に主観主義的な観念論をカントが採っていないことは確かである。しかしながら、それではカントの立場はどのようなものなのか? 従来の観念論的解釈はこの問題に十分な解決を与えられ得なかったが、それは、この問題を精密に扱うための理論的道具立てが欠けていたことによる。本書は、とりわけ現代の直観主義数学・論理学の成果ならびにクリスピン・ライトの「超-主張可能性(superassertibility)」に依拠しつつこれらをさらに洗練させたものを分析道具として用い、時空的現実についてのカントの観念論的存在論を擁護可能な立場へと再構成する。
    (2) カントは時空的現実(「現象」)のみならず、その基礎にある「物自体」もまた認めている。現象と物自体の関係はカント解釈における難問の一つであるが、以上の考察の成果を用いれば、それについての整合的で見通しの良い理解が得られる。《現象の基礎には物自体がある》いうカントの主張の根拠を検討し、この主張の観点から、時空的現実についての観念論的存在論がどのような制約を受けることになるかを解明する。さらに、どのような観念論/反実在論的立場においても「物自体」のようなものの想定は必須である、という一般的結論が得られる。

受賞 【 表示 / 非表示

  • 早稲田大学リサーチアワード(国際研究発信力)

    2017年01月   早稲田大学  

  • Kant Preis fuer das akademische Jahr 2009/2010

    2010年07月   ボン大学哲学部哲学科  

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    2009/2010年度にボン大学哲学部哲学科に提出された博士論文のうち、最も優秀なものに与えられる賞(賞金3000ユーロ)

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 反応依存性理論を用いたカント的実在論の展開

    研究期間:

    2020年04月
    -
    2023年03月
     

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    L. アライスとT. ローゼフェルトは、カントの「超越論的観念論」を、色をはじめとする二次性質とのアナロジーを用いることで実在論的に解釈することを提案した。彼らの解釈はカント解釈としては非常に説得的ではあるものの、いまだ「カント解釈としての正しさ」を追求する段階にとどまっている。本研究は、彼らの解釈を着手点としつつも、狭義の「カント解釈」を超えて、そのような解釈方針のもとでカントに帰されるような「カント的実在論」を、現在においても理論的魅力を持ち得るような哲学的立場として彫琢することを目指す。そのために本研究は、今日の分析形而上学・価値論等において提起されている「反応依存性」理論を援用する

  • 地球温暖化問題におけるシェリングのパラドクスと世代間利他主義の特質に関する研究

    研究期間:

    2019年06月
    -
    2022年03月
     

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    地球温暖化対策は、将来世代のための世代間利他主義に基づく行為である。そこで、本研究では、脳科学、哲学における自然主義的利他主義理解、徳倫理学における実践に基づく道徳形成といった諸研究を踏まえて、世代間利他主義の特質、世代内利他主義との異同を明らかにする。そのうえで、超長期の問題を扱うことのできる新たな選好や効用関数を検討する。本研究は、利他主義を一貫して実証的に考察し、将来世代の選好や効用関数を、現在世代によるパターナリスティックなものと見なす立場に立つ

  • 〈経験的改訂を容れる「ア・プリオリ」概念〉を用いたカント的超越論哲学の組み換え

    基盤C

    研究期間:

    2018年04月
    -
    2021年03月
     

  • 《経験的改訂を容れる「ア・プリオリ」概念》を用いたカント的超越論哲学の組み換え

    研究期間:

    2017年04月
    -
    2020年03月
     

     概要を見る

    [千葉] 2018年度までの研究成果を総括し、L. BonJourによる分析認識論における「ア・プリオリ」研究がカントの超越論哲学のプログラムにどのように寄与しうるか、ということを論じる講演を2019年5月にドイツのボン大学で行なった(招聘講演)。8月には、カントの超越論哲学を反応依存性理論として理解する可能性についての研究発表をUK Kant Societyの2019年度大会で行なった。それと並行して、カント的超越論哲学の方法論的基礎の問題に取り組んだ。その成果の一端は2019年11月に開催された日本カント協会大会で発表された。また、さらなる考察の成果を、2021年公刊予定の『現代カント研究』第15巻に投稿する予定である。[田原]「ア・プリオリ」概念の特徴である普遍性と必然性とが、倫理学においてどのように説明・正当化されうるかという問題設定、ならびに、R. Forstが超越論的論証によって人権の普遍性を擁護しているという研究成果を昨年度から引き継ぎ、さらにそれを以下のように展開した。Forstが人権を正当化する論証とCh. Korsgaardが道徳的規範を正当化する論証には、両者とも部分的に超越論的論証が含まれることを指摘し、この論証が現代カント主義的倫理学において特徴的方法となっていることを明らかにした。この研究ではとくに、この両者の超越論的論証による普遍性の正当化に焦点を当て、その正当化においては、カント倫理学における道徳法則の普遍性の正当化とは異なり、経験からの独立が要求されないという点を重点的に検討した。また、今までの研究成果を公開し、意見交換を行うべく、2020年2月1日には鵜沢和彦氏、辻麻衣子氏、中野裕考氏を招聘した公開講演会「超越論的演繹」を、同2月28日には蝶名林亮氏を招聘した公開講演会「倫理におけるア・プリオリ」を開催した。認識のア・プリオリな構造を探求するカント的超越論哲学に歴史性の契機を取り入れる道を模索することが、当初考えていた本研究の目標の一つであり、分析認識論における「経験的改訂を容れるア・プリオリ」はそのための着手点を与えるはずのものであった。しかし、これまでの千葉の研究の結果、「経験的改訂を容れるア・プリオリ」は当初の目標には完全には適合しないことがわかってきた。とはいえ、それが歴史性に関わる含意を全く持たないというわけではない。「経験的改訂を容れるア・プリオリ」は、我々がア・プリオリに知られることがらがそのものが歴史的である、という帰結を持つものではないにせよ、それについての我々の認識が歴史的に変転しうる、という可能性を拓く。そこで、当初の計画を若干変更して、こうした限定的な意味での歴史性を受け入れるものとして、カント的超越論哲学を組み替える、という目標に変更することにした。千葉は、この目標のために(C.S. Jenkinsに代表される)今日の自然主義的「ア・プリオリ」論が有意義となるのではないか、との着想を得、その考察に着手した。(この研究は2020年度も継続する。)田原は、2018年度の成果によってア・プリオリと超越論的論証とを関連付けるという着想を得たゆえに、2019年度の研究においてForstとKorsgaardの議論をまとめて論じることが可能になった。この着想に基づき研究をスムースに進展させるため、当初の予定を若干変更し、2019年度にこの両者をまとめて論じる際の観点を2018年度から変更・拡張せずに、普遍性に限定した。その結果として、当初の予定では2019年度に集中的に研究する予定であったア・プリオリのもう一つの特徴である必然性について、継続的研究が必要となった。千葉・田原による分析認識論・実践哲学における「ア・プリオリ」概念研究の成果を総合し、本研究の最終目標:(ア・プリオリに知られることがらについての我々の認識は歴史的に変転しうる、という意味での)歴史性を取り入れることができるようなカント的超越論哲学の枠組みの構築を試みる。千葉は、『純粋理性批判』におけるカントの哲学的考察の方法論的基礎についての研究を継続しつつ、今日の自然主義者らによる「ア・プリオリ」研究を検討していく。諸個別科学による経験的探究の成果を超越論哲学的考察に取り込むこと(そしてそれによって超越論哲学そのものを否定するのではないこと)はいかにして可能であるのか、ということを解明することが最も重要な課題となることであろう。田原は、ForstとKorsgaardの研究を引き続き行う。2020年度には、「目的によって正当化されない当為(Sollen, ought)」というカント的意味での必然性の説明・正当化を、この両者がどのように継承しているのかを明らかにすることを目指す。その後、この必然性についての研究を、前年度までの普遍性についての研究と統合し、それをカント的「ア・プリオリな道徳法則」の現代的継承のひとつの展開としてまとめる。このまとめの際には、この両者による普遍性、必然性の説明・正当化を「経験からの独立性/経験への依存性」という観点から検討することが重要な課題となるはずである。また、本年度には、2019年度に予定されていたが2020年4月に延期され、また新型コロナ感染リスク回避のためにさらに延期となった、Martin Sticker氏(ブリストル大学)ならびにNicholas Stang氏(トロント)大学を招聘した公開シンポジウムを開催し、また、国内研究者を招聘しての研究会も数回開催する予定である

  • アンデス比較文明論

    研究期間:

    2014年06月
    -
    2019年03月
     

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    本研究では、世界遺産ナスカの地上絵が描かれているペルー南海岸ナスカ台地で現地調査を実施した。その結果、新たな動物の地上絵を約90点発見するとともに、約1000点の地上絵の分布および利用年代を明らかにした。さらに、動物の地上絵は移動ルート上の道標であったが、後に儀礼場としての役割を担ったことを学際的な研究によって明らかにした。また地上絵を保護・保存するために、オリジナルの地上絵を残した状態で、可視性の高い地上絵を実現する方法を確立した。本研究成果の学術的意義は、ナスカの地上絵の分布と時期を把握するだけでなく、それぞれの地上絵の利用目的を解明することができた点である。また地上絵を支えた社会の展開を1500年以上にわたって解明するとともに、それを先史アンデス社会の展開のなかに位置づけることができた点を挙げることができる。本研究の社会的意義は、ナスカの地上絵の保護活動に寄与できた点である。ペルー文化省と地上絵の保護に関する特別協定を締結した上で、本研究で発見した42点の動物の地上絵を保護するために、現地に遺跡公園を設立・公開した

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講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • Secondary Quality Analogy and Response-Dependence: How Realistic can Transcendental Idealism be?

    Chiba, Kiyoshi

    UK Kant Society Annual Conference 2019: Problems of Kant's Philosophy   (ブリストル大学)  UK Kant Society  

    発表年月: 2019年08月

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    The so called “metaphysical two-aspect interpretation” of Transcendental Idealism by Lucy Allais and Tobias Rosefeldt has, as Rosefeldt recently expressed, a remarkable congruity with the contemporary “response-dependence” theories. They both appeal to an analogy with secondary qualities such as color, and aim at securing a form of realism while acknowledging some mind-dependent aspects of properties in question. I show in my presentation that such interpretations of Transcendental Idealism are committed to one of two types of response-dependence theories, which are respectively represented by Mark Johnston and Philip Pettit, and are thereby confronted with following dilemma: Either they ascribe to Kant the Johnston-type response-dependence theory and as a result fails to validate realism they purports; or they ascribe to Kant the Pettit-type theory and as a result is committed to the problematic assumption of isomorphism between appearance and things in themselves.

  • Laurence Bonjours Kritik an Kants Theorie der apriorischen Erkenntnis: Was für einen Beitrag leistet die analytische Epistemologie für die kantische Philosophie, und umgekehrt?

    Chiba, Kiyoshi  [招待有り]

    Workshop: Professor Dr. Kiyoshi Chiba   (ボン大学)  Internationales Zentrum fuer Philosophie NRW  

    発表年月: 2019年05月

  • アーサー・ダントの「歴史の物語論」と反実在論

    千葉 清史

    東北哲学会 第67回大会   東北哲学会  

    発表年月: 2018年10月

  • 歴史記述における相対主義/実在論:特にアーサー・ダントの物語論に則して

    千葉 清史

    「古代アメリカの比較文明論」A03・A04班合同研究会   (専修大学)  科研「古代アメリカの比較文明論 A03班・A04班  

    発表年月: 2018年07月

  • カント的「観念論」の擁護

    千葉 清史

    関西哲学会学会 第70回大会   (大阪体育大学)  関西哲学会  

    発表年月: 2017年10月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 「表象が対象に関わるのはいかなる根拠に基づくか」とはどのような問いであるか

    2019年  

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    本研究は、「表象が対象に関わるのはいかなる根拠に基づくのか」というイマヌエル・カントの問いは何を意味するのか、ということを、現代の分析哲学の諸議論の対比において明らかにすることを試みた。とりわけ集中的に取り組んだのは、カント哲学におけるデカルト的懐疑の重要性を否定する最近の解釈者(L. Allais, J. Forster, T. Rosefeldt等)に抗し、デカルト的懐疑の克服という認識論的問題設定が件の問いの重要な背景的想定をなす、ということを示すことである。その成果の一端は、2020年1月26日に法政大学で開催されたカント研究会第331回例会で発表された。

  • 新たな超越論哲学の基礎としての、経験的改訂を容れる「ア・プリオリ」概念の彫琢

    2016年  

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    In this research, I have examined the ideas of “empirically defeasible a priori” in the current analytical epistemology, especially those developed by Laurence BonJour’s In Defense of Pure Reason (1998) and Albert Casullo’s A Priori Justification (2003). The main outcomes are: (1) The primary content of the “a priori” is the independence of experience. According to this, the concept of “empirically defeasible a priori” seems to be inconsistent. Against such an appearance, it can be shown that the “empirically defeasible a priori” can be coherent, even respectable for traditional apriorists (such as Kantians). (2) The central apprehension of opponents to the a priori in general, that a priori justifications cannot be reconciled with naturalism, has not yet been wiped out sufficiently, even by the detailed arguments by BonJour and Casullo; some further defense of the reality of a priori justifications are necessary. (3) BonJour’s idea that a priori justifications are based on “rational insights” deserves further development, thought it still has some insufficiencies and unclarities many critics have pointed out. My hypothesis is that this idea can be enriched in combination with the Kantian so called “transcendental” strategy.

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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委員歴 【 表示 / 非表示

  • 2017年04月
    -
    2019年03月

    カント研究会  世話人