土屋 礼子 (ツチヤ レイコ)

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所属

政治経済学術院 政治経済学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 政治経済学術院   大学院政治学研究科

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    一橋大学   社会学研究科  

学位 【 表示 / 非表示

  • 一橋大学   博士(社会学)

経歴 【 表示 / 非表示

  • 2010年04月
    -
    継続中

    早稲田大学   政治経済学術院   教授

  • 2005年
    -
    2010年

    大阪市立大学文学研究科教授()

  • 1998年
    -
    2005年

    大阪市立大学文学部助教授()

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    日本マス・コミュニケーション学会

  •  
     
     

    日本社会学会

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • 政治学   政治史、政治コミュニケーション史

  • 社会学   歴史社会学、社会言語学、メディア史

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • メディア、マスコミュニケーション、ジャーナリズム、宣伝、広報

論文 【 表示 / 非表示

  • OWIホノルル製作の宣伝ビラと『朝鮮自由報』について

    土屋礼子

    インテリジェンス   ( 20 ) 44 - 58  2020年03月  [査読有り]

  • 新聞雑誌の登場と文・文学の近代

    土屋 礼子

    日本「文」学史   第三冊   438 - 449  2019年05月

  • 日中戦争期のアジアにおける英国の対外宣伝とプレスアタッシェ

    土屋 礼子

    インテリジェンス   ( 19 ) 116 - 127  2019年03月  [査読有り]

  • 占領期の翻訳通訳局(ATIS)によるインテリジェンス活動

    土屋 礼子

    インテリジェンス   ( 17 ) 110 - 123  2017年03月  [査読有り]

  • 占領軍G-2歴史課と旧日本人グループ

    土屋 礼子

    インテリジェンス   ( 16 ) 39 - 51  2016年03月  [査読有り]

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 近代日本メディア人物誌・ジャーナリスト編

    土屋 礼子( 担当: 共編者(共編著者))

    ミネルヴァ書房  2018年01月

  • 日本メディア史年表

    土屋 礼子( 担当: 編集)

    吉川弘文館  2018年01月

  • 広告の夜明け:大阪・萬年社コレクション研究

    土屋 礼子( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 萬年社コレクションにみるアジアの新聞と広告)

    思文閣出版  2017年12月

  • 講座明治維新 第11巻 明治維新と宗教・文化

    土屋 礼子( 担当: 分担執筆,  担当範囲: 新聞と世論の形成)

    有志舎  2016年03月

  • 占領期生活世相誌資料Ⅲ メディア新生活

    土屋 礼子( 担当: 編集)

    新曜社  2016年03月

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Misc 【 表示 / 非表示

  • メディア史の新たな地平をひらく 20世紀メディア研究所の20年

    土屋礼子

    新聞研究   ( 830 ) 48 - 51  2020年12月

  • 『メディア史年表』の目指すところ

    土屋 礼子

    新聞研究   ( 803 ) 52 - 55  2018年06月

    書評論文,書評,文献紹介等  

  • 『日本メディア史年表』刊行記念対談・メディア史の切り拓くもの

    土屋 礼子

    本郷   ( 134 ) 2 - 15  2018年03月

    その他  

  • アジアの中の岸田吟香

    土屋 礼子

    岡山蘭学の群像2    2017年04月

    講演資料等(セミナー,チュートリアル,講習,講義他)  

  • 近代日本語における識字とメディア

    土屋 礼子

    近代の日本語はこうしてできた 国立国語研究所第7回NINJALフォーラム     46 - 56  2017年03月

    研究発表ペーパー・要旨(全国大会,その他学術会議)  

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 明治初期大新聞・小新聞の語彙変遷に関する数量的分析

    重点領域研究

  • 明治初期大新聞・小新聞の語彙変遷に関する数量的分析

    重点領域研究

  • 日露戦争期の大衆紙における広告の数量分析

    基盤研究(C)

  • 近代日本における視覚情報メディアの流通と文化変容

    基盤研究(C)

  • 明治初期大新聞・小新聞の語彙変遷に関する数量的分析

    特定領域研究(A)

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講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • 近代日本のジャーナリズムにおける大衆化/民衆化

    土屋礼子  [招待有り]

    東アジア藝文書院・ジャーナリズム研究会第四回研究会/国際WS  

    発表年月: 2020年09月

  • 朝鮮戦争における宣伝ビラについて

    土屋礼子

    20世紀メディア研究会  

    発表年月: 2020年06月

  • 明治初期の小新聞と政党機関紙ー『改進新聞』を中心に

    土屋 礼子

    大衆文化と文明開化研究会第二回  

    発表年月: 2019年11月

  • Teaching History of Journalism and Media for the Future

    土屋 礼子

    3rd International Forum for Yuelu Media and Culture Development, Hunan University, China  

    発表年月: 2019年11月

  • Media between Imperialism and Nationalism in Northeast Asia

    土屋 礼子  [招待有り]

    Competing Imperialisms in Northeast Asia: Contested Histories and Histories of Contestation, at Queen's University Belfast  

    発表年月: 2019年09月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 日中戦争をめぐる国際報道と宣伝戦

    2019年  

     概要を見る

    日中戦争に関するプロパガンダとイメージに関する研究を推進する一環として、2019年10月1日から11月9日まで早稲田大学会津八一記念博物館で、日中友好協会と共催の特別展示「イメージの中の日本と中国の近代~ラップナウ・コレクションから~」を開催し、そのために組織した研究グループによる記念シンポジウムで研究発表を行った。 また、1920年代から1940年代の中国における日本と英国による宣伝と国際報道に関する資料調査を行い、帝国主義とメディアとの関係のなかで、日中戦争の宣伝戦を位置づける研究を、4月に早稲田大学で行われた国際シンポジウム、および9月に英国のクィーンズ大学ベルファストで行われた国際シンポジウムで発表した。

  • 20世紀前半における中国報道ネットワークの研究

    2014年   山本武利, 加藤哲郎, 小林聡明

     概要を見る

    本研究では、20世紀前半の東アジアの都市を拠点とし、中国報道を展開した日本及び欧米のメディア組織と記者たちのネットワークと活動を明らかにすべく、まず当時の二大紙・朝日及び毎日において昭和初期に設立された東亜調査会(毎日)及び東亜問題調査会(朝日)の活動と、関係した東亜部の記者たちの戦前・戦中及び戦後の動向を、土屋礼子が論文にまとめた。また、そうした記者の一人である尾崎秀実が処刑されたゾルゲ事件に関し、加藤哲郎は米国CIAの反共活動網を明らかにする資料を発掘し公刊した。山本武利は、中国共産党の対日宣伝や諜報に協力した野坂参三の活動に関する新史料を発見し発表した。一方、小林聡明は米国のVOAやVUNCをめぐり、沖縄を要としたアジアにおける放送ネットワークにおける、1950年代までの各国の対共産情報戦略の付置を明らかにした。

  • 昭和前期の日本における東アジア報道関係の組織と人脈

    2013年  

     概要を見る

    本研究の目的である、1920年代後半から1940年代までにおける日本の主要新聞社及び通信社における東アジア報道関係の組織、およびそこに所属した記者たちの動向については、取材報道組織として大陸各地の支局と連動していた部署の人員を、大正期から1930年代まで『日本新聞年鑑』などの名簿を用いてその推移を明らかにした。その結果、以下の点が明らかになった。一般に日本の新聞社では中国及び東アジア関係部署の地位は高くなく、外報部・外信部の片隅に据えられていた東アジア関係の記者と部局は、1920年代から1940年代にかつてなく注目され、拡大した。彼ら「支那通」と呼ばれた記者たちは、満州事変前までは「支那部」「支那課」に属していたが、事変以降はそれらは「東亜部」「東亜通信部」と名称を変更し、さらに新しい「支那通」第三世代というべき記者たちが増大した。彼らは共産主義の影響下にある中国の政治経済的な変化と将来の方向性を論じることが求められると同時に、排日運動と日本の中国侵略と格闘しなければならなかった。彼らは軍や外務省と情報や意見を交換するだけでなく、和平工作に参画することも要請された。ゾルゲ事件で逮捕された尾崎秀実もこの第三世代に属していたが、九州出身者と東亜同文書院卒業生が多い「支那通」記者の中では、岐阜県で生まれ台湾で育ち、東京帝大卒という異色の経歴だった。 他方、新聞社のインテリジェンス機関というべき、毎日新聞社の「東亜調査会」(1929年創設)および朝日新聞社の「東亜問題調査会」(1934年創設)については、そのの活動は新聞紙面とは関係はないとされ、アジア関係の出版物を編集刊行するだけでなく、官僚や軍部、財界などの要人との懇談会や、政府への建議などが主要な活動であった。その最大のテーマは、日中関係の改善であり、汪兆銘による親日政権の樹立が最大の関心事であった。議会による民主主義不全の中で、政党政治を立て直すのではなく、議会も政党も飛び越えて、直接権力者たちに協力し、密着し自らの利益にも結びつけようとした。両調査会の出版物は戦後、占領軍によって没収され禁書の類となって顧みられず忘れられた。

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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