2022/09/28 更新

写真a

ハラ カツミ
原 克
所属
教育・総合科学学術院 教育学部
職名
教授

兼担

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学歴

  •  
    -
    1982年

    立教大学   文学研究科   文学研究科ドイツ文学専攻  

学位

  • 文学修士

所属学協会

  •  
     
     

    (Carl Einstein Gesellschaft) カール=アインシュタイン学会

  •  
     
     

    阪神ドイツ文学会

  •  
     
     

    日本ドイツ文学会

 

研究分野

  • ヨーロッパ文学

論文

  • 帝国アウトバーンあるいは第三帝国のピラミッド(三)----広報誌『道路』における修辞法のディスクール分析

    早稲田大学教育学部 学術研究---外国語・外国文学編「複合文化特集」   ( 54 ) 45 - 57  2006年02月

  • 『シェル給油機のバラード』から<血と大地>のイデオロギーへ---1920年代末から1930年代における、ガソリンスタンド表象のディスクール分析

    早稲田大学ドイツ語学・文学会 ワセダ・ブレッター   ( 12 ) 81 - 99  2005年03月

  • 帝国アウトバーンは高速で走ってはならない(二)---ナチスイデオロギーとしての「速度制限」のディスクール分析

    早稲田大学教育学部 学術研究---外国語・外国文学編 「複合文化特集」   ( 53 ) 35 - 49  2005年02月

  • 『黄金仮面』カーチェイス事始

    至文堂「國文學解釈と鑑賞」『江戸川乱歩と大衆の二十世紀』     101 - 108  2004年07月

  • 帝国アウトバーンあるいは民族のテーマパーク(一)---広報誌『道路』における<ドイツの風景>のディスクール分析

    早稲田大学教育学部 学術研究---外国語・外国文学編 「複合文化特集」   ( 52 ) 5 - 19  2004年02月

  • バベルの電波塔、あるいは消極的リスナーの誕生---1920年代前半、<ラジオ受信者>のディスクール分析

    立教大学文学部ドイツ文学科ASPEKT   ( 35 ) 17 - 37  2002年

  • 『悪魔の霊液』あるいは起き上がる死体---19世紀前半、死体安置所のディスクール分析

    至文堂 國文學   46 ( 6 ) 34 - 48  2001年

  • Schreibtisch, Tintenfaβ oder gescheitertes Schreibzeugals Schlachtfelder des Diskurses- Versuch (]E88DB[)ber Kafkas "Der Prozeβ"

    Aspekt   /28,46-65  1994年

  • On the Anti-hermeneutik of Gochen H(]E88D8[)risch

      /93,12-22  1994年

  • オントゼミオロギー探索の臨界点としてのニューメディア考-ヨヘン・ヘーリッシュの反=解釈学の展望

    ドイツ文学(日本独文学会)   /93,12-22  1994年

  • 新ベルリン空間論-中央衛生局、墓地、埋葬料金表

    ドイツ文学論集(神戸大学ドイツ語教室)   /21,81-106  1992年

  • 炎上する図書館、あるいはふたりの凡庸な筆耕生-ホフマン、フローベール、カネッティに見る〈書かれたもの〉の系譜

    ドイツ文学論集(神戸大学)   /20,1-43  1991年

  • 習字教本と処刑装置-近代的著者像の系譜学

    ドイツ文学論集(神戸大学)   /19,101-128  1990年

  • Wannsee Renshi-ein moderuer literarischer Versuch?

    Bochumer Jahrbuch zur Ostasienforschung (Bochum)   /1988,95-118  1988年

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書籍等出版物

  • ポピュラーサイエンスの時代----二〇世紀の暮らしと科学

    柏書房  2006年03月

  • 『悪魔の発明と大衆操作---メディア全体主義の誕生』

    集英社新書  2003年

  • 死体の解釈学---埋葬におびえる都市空間

    廣済堂出版  2001年

  • モノの都市論---二〇世紀をつくったテクノロジーの文化誌

    大修館書店  2000年

  • The Double at the writing desk

    1995年

  • 書き物机にむかうドッペルゲンガー-1800年前後のエクリチュールをめぐるメディア環境

    探求ドイツの文学と言語(東洋出版)(共著)  1995年

  • Gconology of the written knowledge

    1993年

  • 書物の図像学-炎上する図書館・亀裂のはしる書き物机・空っぽのインク壺

    三元社  1993年

  • Schreibbuch und Hinrichtungsapparat als Ordnungen des Diskurses-Zur Genealogie der Autorschaft

    Literarische Problematisierung der Moderne (indicium, M(]E86CE[)nchen)(共著)  1992年

  • "Bebuquin" als poetologischer Versuch in der (]E88CE[)bergangsphase vom Symbolismus zur Avantgarde

    Bayrenther Beitr(]E88D2[)ge zur Literat(]E87CD[)rwissen-schaft 12 (Peter Lang, Frankf(]E87CD[)rt)(共著)  1988年

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受賞

  • ドイツ語学文学振興会奨励賞

    1985年  

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • 20世紀科学イメージとしての原子力エネルギー表象 現代社会の神話としての科学表象

    研究期間:

    2012年04月
    -
    2015年03月
     

     概要を見る

    20世紀は科学の時代ではなく「科学神話」の時代である。本研究ではこうした科学情報の神話構造を問題設定の基盤として「原子力エネルギー表象」が誕生・発生・普及・浸透・再生産する社会的表象構造を暴きだすことを目指した。その際原子力エネルギー表象と市民社会の日常生活に浸透した科学表象の直接的関係については単著『白物家電の神話』によって、情報処理機械と人間精神の関係については単著『OL誕生物語』によって、各種機械仕掛け表象とモダンライフの関係については連載『モノ進化論』によって、それぞれ原子力エネルギー表象が発信する直接的・間接的科学神話の構造を分析した

  • 20世紀科学イメージとしての原子力エネルギー表象 現代社会の神話としての科学表象

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(C))

    研究期間:

    2012年
    -
    2014年
     

     概要を見る

    本研究は20世紀に於ける「原子力エネルギー表象」の仮構性を表象文化論的に解明することを目指した。分析方法としては、「近代の科学神話」という枠組みの中で、とりわけ「原子力エネルギー」をめぐる大衆的科学表象に特化し、ポピュラー系科学雑誌に現れた「テキストの語り口」「図像的演出」に焦点を当て、原子力エネルギー表象が、より広範な科学信仰・進歩信仰を成立させてきた表象基盤構造と根本において同期性・根幹的連動性を有することを批判的に明らかにした。その分析作業を通じて、原子力表象・安全信仰が単独で生起してきたわけではないことを具体的に解析することにより、21世紀に求められるべき科学と大衆の新たな関係性をめぐる理論的視座を総体的な科学表象批判の観点から提言することを目指した。
    その結果、当該の原子力エネルギー表象もひとり20世紀初頭原子物理学の学的言説によるばかりではなく、より広義に於ける数理的・数値計測的課題についての学的・非学問的言説などが起動させるとりわけ「数学的合理性」表象の前言説的枠組みによっても極めて密接且つ錯綜した複合的表象関係をもつことが分かった。
    そこで本来の研究目的を果たすためにも本年度は数理的機能原則による「情報処理機器」をめぐる前言説的諸条件の実相に焦点を当てた研究活動・執筆活動を行った。具体的成果としては単行本・単著『OL誕生物語』(講談社)ならびに18本の「モノ進化論」分析等によって達成された。
    猶、一般財団法人「日本再建イニシアティブ」(理事長船橋洋一)主催の研究会「ライフスタイル革命委員会」に於いて(主題「ポスト3.11福島原発事故」)本研究の問題設定の視点から研究成果を一年間に亘り随時発信した。

  • 暴動する反近代としての〈過剰な食〉―規範の逸脱をめぐる複合文化学研究

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(B))

    研究期間:

    2004年
    -
    2007年
     

     概要を見る

    各人がそれぞれのフィールドにおいて近代の飲食行為を文化現象として考察した。
    福田は、おもにフランスと日本において、共に食べることに価値を見出す<共食の思想>の在り方を、歴史的な社会的背景をふくめ学際的に考察した。とくに、日仏の文学作品における共食の表象を研究し、それぞれの社会で、個人にとっての飲食の意味を重要視する<個食の快楽>が、<共食の思想>にあらがいながら形成されてきたことを明らかにした。ロアルド・ダール『チャーリーとチョコレート工場』(1964)は、2005年にティム・バートン監督によって映画化された。神尾は、子供向けのファンタジーとして読まれているダールの原作から表向きはいわば排除されていたチョコレートのセクシュアルな意味合いは、バートンの映画で回帰する。本研究では、この回帰のプロセスをチョコレートの表象の変化として考察した。桑野は、ロシア・アヴァンギャルドと社会主義リアリズムにおける飲食の表象を比較した結果、後者は豊かな飲食のイメージを捏造しているのに対し、前者では独特の日常生活観や革命観も関連して飲食の表象が乏しいことが改めて確認した。後藤は、ラテンアメリカの「喰人」表象が西欧とラテンアメリカの関係性において、今日のポストコロニアル的なものへと変化していったことを明らかにした。高橋は、わたしたちの社会の変容にとって重要なキー概念としての歓待の概念を研究した。歓待の概念は人類と生活世界(Lebenswelt)についての新たな視点の基礎となるものである。現在、高橋は歓待の哲学的な基礎について考察を行っている。原は、「お袋の味」言説を起点に、大量生産消費文化と家族制度イデオロギーという視点から20世紀米国の食をめぐる表象構造を批判的に分析した。
    以上の研究から、近代における飲食の問題性が学際的に浮き彫りになった。

  • ベルリンの墓地・埋葬形式

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    申請者は、ドイツ語圏における近代化のプロセスと表象活動との関連性をテーマに研究を進めてきた。研究対象は<マス・群衆>をめぐる近代化のプロセスである。というのも、近代的な政治解剖学は、人間の身体各部位に関して分節化してくると、「計算しつくされた身体と生命の管理」というマニュアル化された支配の体系になるからだ。「バイオ権力」の問題系列である。バイオ権力は健康について、個人的なできごととしてではなく、集合的な健康保全統制システムの問題として語る。そして、このシステムの対象はつねに先ず都市空間全般である。ここに、近代化プロセスの研究の第二段階として都市空間を語る必然性があった。この第二段階の端緒として、上記テーマで、十八世紀末以降におけるベルリンの墓地・埋葬形式をとりあげ、公衆衛生・死生観という角度から、近代化の過程をエピステモロジカルに分析した。ベルリンは都市空間として、公衆衛生はバイオ権力の発動形態として、また埋葬形式は衛生問題の具体的かつ本質的事例として、上記の研究目的にもっとも適しているからである。上記補助金の援助により、ベルリン国立図書館など公的機関より第一次資料を入手、分析し、埋葬に関する衛生的観点の成立とは近代的な政治解剖学がマス・群衆を標的に都市空間的に発動されたものであるという事態を確認できた。そこでの分析結果は、1996年度後半よりすでに学術雑誌、新聞等において連載枠を確保し継続的に発表し、ひとり申請者が専有することなくまた学会のみならずより広い言論界へとフィードバックし、一般の読者にも公表している

  • ベルリン中央衛生局と都市空間-近代的〈バイオ権力〉の発動の場としての公衆衛生

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    本研究では、申請者自身の先行研究に立脚しつつも、墓地・埋葬形式というこれまでのテーマと隣接した都市現象のフィールドに視点を拡大し、言説・表象の近代化プロセスをより体系的に検討することをめざした。このため具体的には、ベルリンにおける公衆衛生問題の典型として、<一八八三年ベルリン衛生博覧会><公設市場の設置><ミルクと中央衛生局><ゴミ収集システム>という四事例を選び、1840年から1945年までの期間において、それぞれ(a)数値的、空間的変容、(b)法的、行政的規制、(c)文化的慣習、(d)宗教的、経済的付加価値、(e)メディアによる伝達のされ方、(f)そうした情報が、同時代の生命観・衛生観をめぐるディスクールへのフィードバックのされ方を体系的に追った。そうすることで、数値的な具体的データが、ついには理念的あるいは文化的無意識のレベルに吸引されていくダイナミズムをさぐり、単に数値データにとどまらず、生命および健康問題をイメージ化し、図像化する表彰プロセスまで視野にいれることができた。これまでの先行的な検討作業を通じて、申請者は公衆衛生という「専門的」言説を通して、生命と死をめぐり新しい言説の枠組みが「総体的・総合的」に都市空間をおおっていくプロセスを、単に歴史的・社会学的視点からではなく、表象の近代化という大きなフィールドから分析、評価できた。それにより、ベルリン都市空間と近代という限定的な問題定立にとどまらず、都市の分析を表象一般というより広範な問題領野に関連づけることができ、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ミラノ等を対象とし、<固体>の近代化と<マス・群集>の近代化を体系的に捉えることが可能となり、そこでの分析結果は、単著書『モノの都市論』(大修館書店)刊行という形で、ひとり申請者が専有することなくまた学会のみならず広く言論界へとフィードバックし、一般の読者にも公表している

  • ベルリン中央衛生局と都市生活者―近代的〈バイオ権力〉の生成と伝播

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    本研究の目的は、都市技術・社会衛生学という視点からバイオ権力の発動の場としての都市空間ベルリンの諸相を研究すること。それとの関連で、ベルリンと他の都市との間に形成された都市技術をめぐる情報ネットワークをディスクール分析することであった。墓地・埋葬形式・公衆衛生というテーマと隣接した都市現象のフィールドに視点を拡大し、言説・表象の近代化プロセスをより体系的に検討することをめざすため、具体的には、第一に、ベルリンにおける公衆衛生問題の典型として、<死体公示所><食肉加工所><ミルクと中央衛生局><ガス供給システム><給水塔>といった都市現象を選び、1840年から1945年までの期間において、それぞれ(a)数値的、空間的変容、(b)法的、行政的規制、(c)文化的慣習、(d)宗教的、経済的付加価値、(e)メディアによる伝達のされ方、(f)そうした情報が、同時代の生命観・衛生観をめぐるディスクールヘのフィードバックのされ方を体系的に追った。そうすることで、数値的な具体的データが、ついには理念的あるいは文化的無意識のレベルに吸引されていくダイナミズムをさぐるのを目的とした。とりわけ初年度の本年は<死体公示所>を中心的に扱った。その結果、わけても近代的な公衆衛生概念が成立してくる契機として、衛生問題をもっぱら個人レベルで取り扱う、いわば近代初期の個人的衛生概念との比較検討が重要であることが判明してきた。その具体的アイテムは<死体安置所>である。生前埋葬、死の到来の確定といった従来の死をめぐる個人的な問題群が、公衆衛生のタームに変換されてゆく過程を浮かび上がらせることができた。さらに、こうした衛生概念の変容が、狭義の専門的言説として存在していたばかりでなく、同時代のさまざまな言説と連動しあって、価値のネットワークとして機能している様子を、教養市民層をターゲットにした「百科事典」あるいは「小説」といった各種出版物を広範に検索してディスクール分析を行った。以上の結果の一端を、論文紀要に発表するとともに、『國文學』誌を通じて広く一般読者にも発表還元した

  • ベルリン中央衛生局と都市のメディア環境-近代的<バイオ権力>の生成と伝播

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    本研究の目的は、都市技術・社会衛生学という視点からバイオ権力の発動の場としての都市空間ベルリンの諸相を研究すること。とりわけ19世紀ベルリンのメディア環境において形成された、衛生をめぐるディスクールの連鎖を分析することであった。近代的な政治解剖学が人間の身体各部位に関して分節化してくると、「計算しつくされた身体と生命の管理」(フーコー)というマニュアル化された支配の体系、つまり「バイオ権力」の問題系列が生成する。バイオ権力は健康について語るが、しかし個人的なできごととしてではなく、集合的な健康保全統制システムの問題として語る。ここに近代化プロセスの研究として都市空間を語る必然性がある。この端緒として、十八世紀末以降におけるベルリンの墓地・埋葬形式を起点とし、公衆衛生・死生観という角度から近代化の過程をエピステモロジカルに分析してきた。わけても次の二点が重要だった。(1)上記テーマと隣接した都市現象にさらに視点を拡大し、言説・表象の近代化プロセスをより体系的に研究していくこと。(2)とりわけ19世紀ベルリンのメディア環境において形成されてきた、生死・健康・衛生イメージの情報ネットワークに焦点をあてること。しかもそれらを狭義の科学史・技術史・社会史として扱うのではなく、都市生活者の価値の体系を構成するに到る広義な言説の枠組みとして分析する。その結果、18世紀以来「公衆衛生」という公共的枠組みで捉えられ始めていた死体のイメージも、19世紀大量情報消費社会の黎明期、情報発信メディアという技術環境において、更に増幅されていく過程があぶり出された。メディアによる伝達のされ方を追うことにより、そうした情報が同時代の生命観・衛生観をめぐるディスクールへのフィードバックのされ方を明らかにすることを得た

  • 江戸川乱歩と大衆の20世紀をめぐる総合的研究

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    従来の読み物的評論主導による固定化された乱歩像の氾濫に対して本研究では根本的な異議を唱え、厳密な研究的態度の確立を目指して、この三年間共同で研究を続けてきた。従来、通俗ものと貶められてきた昭和初年代の長編小説群を再評価し、それらと昭和戦前期の社会・世相・読者との関わりを探り、その意義・価値を再評価した。また戦中期・戦後期の少年ものに関しても、時代の激変との関係、乱歩の作家的生涯上への位置づけ、公教育やマスコミ・ジャーナリズムとの関係を考察し、従来のマニアックな少年ものへのアプローチを排した。また大衆社会や大衆と乱歩作品との濃厚な関係への考察も、本研究で力を注いだことのひとつである。従来の乱歩評論がとかく思いつきの列挙になりがちであったのに対して、本研究では厳密な研究的アプローチをめざした。それによって、研究の蓄積と前進とが図られると考えたからである。当初、本研究は、立教大学が引き受けることになった乱歩資料・旧蔵書とどのように関わっていくべきか、というところに端を発し、2004年の乱歩展、国文学解釈と鑑賞の別冊特集号の刊行を最初の成果として、その後は各メンバーが個々に独自の関心に基づき研究を持続してきた。それらの一部は同時提出の報告書に見られるとおりである。さて今後の展望だが、2006年6月に立教大学に乱歩蔵書・資料の公開と保存と研究を核とする大衆文化研究センターが設立された。共同研究のほうは2006年度で研究期間が終わったが、今後もセンターとの密接な連携の下で、さらに本研究の方向性はいっそう拡大・発展させていく必要がある

  • 20世紀科学啓蒙雑誌の表象分析-現代社会の神話としての科学イメージ

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    本研究は20世紀の日米独の科学啓蒙雑誌に表出された「科学イメージ」の表象分析を通じ、大衆社会が獲得するに至った科学技術観が「現代社会の神話」として機能する様相を析出することを得た。具体的には当該国の科学ジャーナリズムを対象とし、そこに登場する先端科学技術情報や家電品・日用品情報の表象分析を行い、単に科学史・技術史・社会史としてではなく「大衆化した科学情報」という媒介項を提出することにより、都市生活者の価値の体系を構成するに至る広義な言説の枠組みとして分析するという理論的可能性を提示した

  • 20世紀科学イメージの表象分析-現代社会の神話としての科学表象

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    20世紀は科学の時代ではなく「科学神話」の時代である。本研究ではこうした科学情報の神話構造を暴きだすことを目指した。身体と科学の関係については身体表象三部作(各単著『美女と機械』『気分はサイボーグ』『身体補完計画』)によって、情報処理機械と人間精神の関係については単著『サラリーマン誕生物語』によって、家電品とモダンライフの関係については単著『白物家電の神話』によって、科学技術と大衆の総覧的関係については単著『20世紀テクノロジーと大衆文化2』によって、それぞれ科学神話の構造を分析した

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特定課題研究

  • 近代的公共性誕生のトポスとしての都市騒音をめぐる言説の表象分析

    2021年  

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     騒音の歴史を通して日本の近代をあぶりだす。本課題研究の狙いはこれであった。 騒音というのぞき穴を通して、一九世紀末から二〇世紀前半にかけて、東京などの近代的都市空間を舞台に、都市空間と近代権力、国家と社会と身体、公共性と私人性(プライバシー)といった問題系列が、どのように一般大衆のあいだに具体的なすがたで現象したのかを探った。そこから人びとはなにをどのように感受し認識してゆき、最終的にはあたらしい価値の体系に転移してゆくことになったのか。こうした問題系列がとりわけポピュラー系科学言説を介して、社会の文化資本と化してゆく経緯を具体的テーマに即して論じた。

  • ユーザー人間論・・・・世界認識の媒介項としての日用品の表象機能と社会的連関性

    2019年  

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    本研究は世界認識の媒介項としての日用品の表象機能と社会的連関性の仮構性を表象文化論的に解明することを目指した。市民的想像力のうちわけても「近代的騒音現象」とのアフォーダンス的接触により意識的あるいは社会的無意識として形成されてゆく心象体験・身体表象をあぶりだす日用品に焦点をあてた。所期の研究課題は「騒音表象とモダンライフ表象の批判的検証」であるが、およそ応用科学的かつ社会的概念としての「騒音」は上位概念であり、その論理構造・表象構造を総体性に於いて把握するためには承前的作業として個別の製品・道具・装置(電動サイレン・時鐘・時鐘・拍子木等)に特化して、それらと人間との各機能別な関係性をそれら装置が使用される社会的文脈に於いて研究分析する必要があった。その意味で本年度の「研究成果」は必然的に個別の製品等に特化した論考になった。

  • 騒音表象とモダンライフの神話構造科学イメージの社会的機能の批判的検証

    2018年  

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    本研究は21世紀に於ける「騒音表象」と「市民的想像力」の仮構性を表象文化論的に解明することを目指した。市民的想像力のうちわけても「近代的騒音現象」とのアフォーダンス的接触により意識的あるいは社会的無意識として形成されてゆく心象体験・身体表象に焦点をあてた。所期の研究課題は「騒音表象とモダンライフ表象の批判的検証」であるが、およそ応用科学的かつ社会的概念としての「騒音」は上位概念であり、その論理構造・表象構造を総体性に於いて把握するためには承前的作業として個別の製品・道具・装置に特化して、それらと人間との各機能別な関係性をそれら装置が使用される社会的文脈に於いて研究分析する必要があった。その意味で本年度の「研究成果」は必然的に個別の製品等に特化した論考になった。

  • 騒音表象と市民的想像力 科学イメージの社会的機能の批判的検証

    2017年  

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    本研究は近代都市空間における騒音に焦点をあて騒音対策に係わる科学技術を介して、近代的社会関係性の変遷をたどり近代的主体という幻想ならびに人間機械論の基本問題を析出すことをめざした。近代が生みおとした「交響楽的側面」および「騒音的混乱」、それに対して講じられた社会的・科学的措置・騒音対策の歴史的系譜のなかから、この問題領域と連関するかたちで輪郭をととのえてきた人間・近代的精神のありよう、都市空間や社会構造のありようを批判的に分析・抽出することが可能になった。

  • 21世紀科学イメージの表象分析 原子力とメイド・イン・ジャパン表象の批判的検証

    2015年  

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    本研究は21世紀に於ける「原子力エネルギー表象」と「市民的想像力」の仮構性を表象文化論的に解明することを目指した。市民的想像力のうちわけても「製品化された日用品・道具・装置」とのアフォーダンス的接触により意識的あるいは社会的無意識として形成されてゆく心象体験・身体表象に焦点をあてた。分析方法としては、「近代の科学神話」という枠組みの中で、とりわけ各種製品(所謂「モノ」)との関連についての市民的日常生活という文脈に於ける科学全般表象さらに原子力エネルギーをめぐる大衆的科学表象に特化し、ポピュラー系科学雑誌に現れた「テキストの語り口」「図像的演出」に焦点を当て、科学技術表象ならびに原子力エネルギー表象と大衆社会に於ける近代的市民生活が、より広範な科学信仰・進歩信仰を成立させてきた表象基盤構造と根本において同期性・根幹的連動性を有することを批判的に明らかにした。その分析作業を通じて、近代工業表象・進歩信仰が単独で生起してきたわけではないことを具体的に解析することにより、21世紀に求められるべき科学と大衆の新たな関係性をめぐる理論的視座を総体的な科学表象批判の観点から提言することを明示した。

  • 記号体験装置としての帝国アウトバーン〈バイオ権力〉と〈速度〉のディスクール分析

    2005年  

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    上記特定課題受給者は、当該年度以下の研究成果を挙げた。1930年代以降中部ヨーロッパにおけるモータリゼーションの加速的進行により、<速度>体験という日常的身振りが文化的係数として、それ以降の市民社会における身体表象・自然表象にいかなる影響を与え、それまで近代的<バイオ権力>という言説の枠組みに絡め取られてきた身体像・自然像とどう関わってゆくかを明らかにすることを目的とした本研究は、特に1930年代以降、速度術の初源的な意味で権力論的な意味を獲得した<速度>が、政治的言説においてだけなく市民社会の日常的身振りを規定していった表象論的経緯を以下のトピックにおいて明らかにした。一つは、ナチスドイツによって建設された<帝国アウトバーン>。もうひとつは、そこに不可欠の構成要素として組み込まれた<自然風景>というエコロジカルなスキームである。方法論的要諦は、これらをそれぞれ単に歴史的出来事として捉えるのではなく、それらを巡る各種言説をも含んだ表象現象として捉えることであった。具体的には、1930年から1945年までの期間において、それぞれ(a) 数値的、空間的変容、(b) 法的、行政的規制、(c) 文化的慣習、(d) 軍事的・経済的付加価値、(e) メディアによる伝達のされ方、(f)そうした情報が、同時代の世界表象・身体表象をめぐるディスクールへのフィードバックのされ方を体系的に追った。そうすることで数値的な具体的データが、ついには理念的あるいは文化的無意識のレベルに吸引されていくダイナミズムをさり、単に数値データにとどまらず、身体および生命問題をイメージ化し図像化する表象プロセスまで視野にいれたテーマの単著書・論文を発表した。

  • 1930年代ベルリンの公衆衛生ディスクールと都市型メディア環境の誕生

    2003年  

     概要を見る

     本研究の目的は、都市技術・社会衛生学という視点からバイオ権力の発動の場としての都市空間ベルリンの諸相を研究すること。それとの関連で、ベルリンと他の都市との間に形成された都市技術をめぐる情報ネットワークをディスクール分析することであった。墓地・埋葬形式・公衆衛生というテーマと隣接した都市現象のフィールドに視点を拡大し、言説・表象の近代化プロセスをより体系的に検討することをめざすため、具体的には、第一に、ベルリンにおける公衆衛生問題の典型として、<死体公示所><食肉加工所><電気冷蔵庫><テレビ放送>といった都市現象を選び、1840年から1945年までの期間において、それぞれ(a) 数値的、空間的変容、(b) 法的、行政的規制、(c) 文化的慣習、(d) 宗教的、経済的付加価値、(e) メディアによる伝達のされ方、(f)そうした情報が、同時代の生命観・衛生観をめぐるディスクールへのフィードバックのされ方を体系的に追った。そうすることで、数値的な具体的データが、ついには理念的あるいは文化的無意識のレベルに吸引されていくダイナミズムをさぐるのを目的とした。 とりわけ初年度の本年は<テレビ放送>を中心的に扱った。その結果、わけても近代的な公衆衛生概念が成立してくる契機として、衛生問題をもっぱら個人レベルで取り扱う、いわば近代初期の個人的衛生概念との比較検討が重要であることが判明してきた。その具体的課題は<ナチス時代の速度をめぐる身体表象>である。健康、病気、死の到来の確定といった従来の死をめぐる個人的な問題群が、公衆衛生のタームを経由して国家主義に吸収されてゆく過程を浮かび上がらせることができた。 さらに、こうした衛生概念の変容が、狭義の専門的言説として存在していたばかりでなく、同時代のさまざまな言説と連動しあって、価値のネットワークとして機能している様子を、教養市民層をターゲットにした「百科事典」あるいは「小説」といった各種出版物を広範に検索してディスクール分析を行った。以上の結果の一端を、論文・エッセイを通じて広く一般読者にも発表還元した。

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現在担当している科目

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