鹿島 徹 (カシマ トオル)

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所属

文学学術院 文学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 文学学術院   大学院文学研究科

学位 【 表示 / 非表示

  • テュービンゲン大学   Dr.Phil.

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    日本哲学会

 

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 哲学

論文 【 表示 / 非表示

  • 土左日記の「本領発揮」のために

    鹿島徹

    井上次夫・高木史人・東原伸明・山下太郎編『次世代に伝えたい新しい古典』武蔵野書院     45 - 54  2020年03月

  • 物語るということ ― 藤原道綱母とイサク・ディーネセン

    アナホリッシュ國文學   ( 8 ) 184 - 193  2019年11月

  • 楊杏庭の「歴史週期法則論」

    鹿島徹

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   ( 64 ) 13 - 28  2019年03月

  • I.ジャブロンカ『歴史は現代文学である』

    鹿島徹

    図書新聞   ( 3381 ) 8 - 8  2019年01月

  • 三木清の再検挙と獄死をめぐって(二) 速水融氏へのインタビューから

    フィロソフィア   ( 105 ) 1-27  2018年03月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • リクール読本

    鹿島徹, 越門勝彦, 川口茂雄( 担当: 共編者(共編著者))

    法政大学出版局  2016年07月

  • 歴史を射つ 言語論的転回・文化史・パグリックヒストリー・ナショナルヒストリー

    岡本充弘, 鹿島徹, 長谷川貴彦, 渡辺賢一郎( 担当: 共編者(共編著者))

    御茶の水書房  2015年09月

  • [新訳・評注] 歴史の概念について

    ヴァルター・ベンヤミン

    未来社  2015年07月

  • 可能性としての歴史 — 越境する物語り理論

    岩波書店  2006年06月

  • ハイデガー『哲学への寄与』解読

    鹿島徹, 相楽勉, 佐藤優子, 関口浩, 山本英輔, H.P.リーダーバッハ

    平凡社  2006年04月

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 哲学的歴史理論としての「グローバリゼーション」論の可能性の解明

    基盤研究(C)

    研究期間:

    2007年
    -
    2009年
     

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    本研究計画は、当該年度において、(1)特定国のグローバリゼーション状況を現地で確認すること、(2)グローバリゼーション論を哲学的歴史理論の文脈において的確に位置づけることに焦点を当てた。
    (1)としては、昨年度の南京・カイロに続き、クロアチアのザグレブを訪問し、有識者や一般の人々との対話(ドイツ語か通訳を通じて)を試みた。ザグレブ大学哲学研究所にて口頭で簡単な発表を行い、同研究所スタッフを中心とした参会者の反応をうかがうことができた。その口頭発表のドイツ語原稿は、勤務先の学内誌に発表が予定されている。クロアチアは地政学的・歴史的な事情からセルビアと緊張関係にあるが、ユーゴ内戦の痕跡は今回の視察では見られず、伝統的な生活様式を守りながら、穏やかにグローバリゼーション状況に適合しようという一般的な態度が観察された。
    (2)としては、1960年代以降主流となっている物語り論的歴史/自己理解が、総体として1980年前後を一つの転機とするグローバリゼーション状況の進展を背景に流布してきたことを明らかにした。それゆえに、哲学的歴史理論としてのグローバリゼーション論は、物語り論が自己の成立前提にまで遡及し自己徹底することによって形成されるものであるとの結論に到達した。その立論は『岩波講座哲学』第11巻「歴史/物語の哲学」に収録予定(すでにゲラ刷が出ている)の「9・11以降、歴史を語ること」に集約して発表されることになる。

  • 現代における歴史哲学(哲学的歴史理論)の可能性の解明

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    研究課題に掲げた「現代における歴史哲学(哲学的歴史理論)の可能性」について、最終的に次の結論を得ることができた。哲学的歴史理論は今日では、その基礎論として「歴史の物語り理論」、その基礎論をも可能とする歴史動向を考察する「メタ物語り理論」としては「哲学的グローバリゼーション論」として展開されること、これである。この二重構想のうち、前者については『可能性としての歴史一越境する物語り理論』(岩波書店)として議論を具体化し、単行本として世に問うた。個々の具体的な研究実績としては、第一に「歴史の物語り理論」の出発点となる分析的歴史哲学、物語り論的解釈学、歴史の修辞学の基本文献について詳細な検討を行った。とともにF.R.アンカースミット教授(フローニンゲン大学)を訪問して意見交換を行い、議論の最先端についての情報を得た。第二に、20世紀前半までの哲学的歴史理論について、種々文献を検討した結果、ベンヤミンとハイデガーの思想が現代の問題を考えるうえで特に意味をもつことを確認した。この点についてはA.チェザーナ教授(マインツ大学)、マーティン・ジェイ教授(UCバークレー)との討議に負うところが大きい。第三に、哲学的議論の精緻:化にあたって、具体的な歴史学研究を参照する試みを行った。単に文献に当たるのみならず、故阿部謹也教授(一橋大学)や寺沢薫氏(奈良県立橿原考古学研究所)との意見交換をおこなった。第四に、現在の歴史状況を「グローバリゼーション」と捉え、それに関する文献を読み進めるとともに、長野県天龍村・中国・ドイツ・オランダ・スイス・米国を訪問して、地域・国ごとのグローバリゼーション経験を汲みとる試みを行った

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • カント・ヘーゲル・ハイデガーを中心としたドイツ近現代哲学における形而上学構想の研究

    1996年  

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     新任教員の特定課題研究費が申請後に一律20万円と決められて、申請額の半分とされたため、当初の計画を大幅に縮小・変更することを余儀なくされた。そこでカントの形而上学概念に研究対象を限定し、とくにその日本における影響を研究するために埴谷雄高との関係を取り上げることにした。 埴谷雄高は『死霊』を主要作品とする小説家である。しかし彼は小説をあくまで「形而上学の手段」として選び取ったのである。そのさいに決定的な影響を与えたのが、戦前非合法活動に従事して投獄された独房で読んだカント『純粋理性批判』なのであった。この有名な「カントとの出会い」から具体的にどのように小説『死霊』が「小説という手段による形而上学」として構想されたのかについては、しかしこれまで明確にされてこなかった。そこで、埴谷のカントへの言及箇所を逐一分析し、その『純粋理性批判』の対応箇所と対照させる作業を行った。それを通じて「形而上学」概念をめぐるカントから埴谷への影響関係を明らかにすることができた。この研究成果はすでに論文のかたちにまとめて印刷に回しており、97年度中に公刊されることになっている。 また副次的な研究成果としては、同じ埴谷雄高の「自同律の不快」を取り上げ、これを形而上学が成立する場に働く「根本気分」と解釈する作業を進めた。それを更に展開して、ハイデガーが「前存在論的気分」と呼ぶ「不安」とこれを対比することによって、形而上学の根本にあるものを明らかにする研究を行うことができるという見通しがついた。今後はさらにカントやヘーゲルにおける同様の次元を掘り起こし対比することによって、各哲学者間の「形而上学」概念の相違を、その底にひそむものに着目しながら検討する研究を行う予定でいる。

  • 『ニヒリズムの歴史』の理解をめぐるF.ニーチェとM.ハイデガーの思想的対立についての研究

    1999年  

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     本研究は1998年度特定課題研究助成費により行った同題の研究の継続として構想されたものである。1998年9月に同研究費により旅費を得て、シルス・マリア(スイス)で開催されたInternational Symposium on Nieztsche and East Asiaにおける口頭報告において研究成果を発表したのに続き、本年度はチェコ国立アカデミー(プラハ)にて研究報告を行う予定であったが、申請額の400,000円が大きく減額されて289,000円のみが交付されたため、交付額の50%以内という条件ではそのために必要な旅費に達せず、遺憾ながら断念せざるをえなかった。 そのため、研究作業も方向を転じて、上記シルス・マリアでのドイツ語発表原稿を日本語に直し、ハイデッガー研究会編『対話に立つハイデッガー』(理想社、近刊)への寄稿原稿(「西谷啓治とハイデッガー ― ニーチェ解釈をめぐって」)として完成させる作業を行った。その中で、西谷啓治との対比で「ニヒリズム」問題をめぐるハイデッガーのニーチェ解釈について、特に戦後の論考"Zur Seinsfrage"("Wegmarken"所収)を中心に検討を進め、上記報告の基本主張を裏付けるとともに、種々の資料に当たって細部でのデータの補足を行った。

  • 「ニヒリズムの歴史」の理解をめぐるニーチェとハイデガーの思想的対立についての研究

    2000年  

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     標記の問題に関して具体的な作業を進めるに当たっては、ハイデガーのニーチェ評価に絞って検討を行うこととした。ハイデガーはヨーロッパの歴史動向を「ニヒリズム」と捉えるニーチェの議論に強い思想的インパクトを受けながら、最終的にはニーチェの哲学を「形而上学の完成」であり「ニヒリズムの極致」であると捉えるに至る。その過程を、1930年代のハイデガーによるニーチェへの言及を時代順に検討することを通じて再構成することができた。彼のニーチェ評価の転換点は1939年フライブルク大学夏学期講義に見てとることができ、その転換を促したのは「近代」という問題であることが確認できる。すなわちハイデガーは、当時ドイツに施行された「総動員体制」にデカルトに始まる「近代」の完成形態を見出し、それと思想的に対決する中で、ニーチェの「力への意志」の哲学を、この近代の完成の時代を形而上学的に基礎づけるものと位置づけることになったのである。この講義の直前に執筆された『哲学への寄与』においては、ニーチェに対する位置づけはなお流動的で、ハイデガー自身の立場への「過渡」として肯定的に評価する面も見られるが、この講義を経て1940年代前半に執筆された草稿「ニヒリズムの本質」においては、「最上諸価値の無価値化」をニヒリズムと捉えるニーチェの立場を最終的に「本来的ニヒリズム」と規定するに至っている。「ニヒリズムの歴史」をめぐるハイデガーによるニーチェ評価のこのような経年変化の総体的な把握が、本研究の直接の成果である。 その成果は具体的には、以下に挙げる諸論考にも部分的に取り入れたが、それだけでなく、上記草稿を含む Martin Heidegger Gesamtausgabe 第67巻 "Metaphysik und Nihilismus" の翻訳作業に活かしてゆくことにしたい。その翻訳は日本語版「ハイデッガー全集」(創文社)第67巻として刊行されることになっている。

  • 「ニヒリズムの歴史」の理解をめぐるF.ニーチェとM.ハイデガーの思想的対立についての研究

    1998年  

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     1961年に刊行されたハイデガーの“Nietzsche”(2 Bde)には、新しく“Martin Heidegger Gesamtausgabe”の版が刊行され、またその元原稿に当たる講義録も既に多く刊行されている。それらを比較・検討しながら、ニーチェの「ニヒリズムの歴史」に対するハイデガーの解釈・論評を分析する作業を行い、その1936/37年から1940年前半に至るまでの時代的変遷を一覧表としてまとめる作業を行った。それを通じて明らかになったのは、1930年代の後半にハイデガーはナチズムと現代システム社会の勃興を思想的対決の対象とし、それを近代およびその形而上学の帰結と捉える歴史的見通しからニーチェを新たに解釈しはじめたということであり、この歴史的視点がしばしば「強引」とされるニーチェ解釈を大枠として規定しているということである。 以上の作業と並行して、ハイデガーのニーチェ解釈の対照例として西谷啓治のニーチェ理解を取り上げ、特にその『ニヒリズム』(1949年)を手がかりに整理・検討した。「ニヒリズム」を同じく歴史的動向と捉えつつも、西谷が「東洋文化の伝統」の再発見の道としてそれを積極的に利用する議論を構成したのに対し、ハイデガーは「存在の歴史」の立場からニーチェのニヒリズム論をもニヒリズムと捉えた上で、ニヒリズムのさなかに人間が存在の呼び求めに応えることのできる可能性を追求した。にもかかわらず両者いずれにおいても「家郷性への欲望(郷愁)」が根本モチーフとして働いている。このような主旨の研究成果を、1998年9月25日にシルス=マリア(スイス)で開催されたチューリッヒ大学東アジア研究所主催の国際シンポジウム“Nietzsche and East Asia”において、“Keiji Nishitani und Heidegger als Nietzche-Interpreten”と題して口頭で発表した。 さらにハイデガーと東アジアの思想家を比較するという観点から、西谷と共に埴谷雄高を取り上げ、新たに刊行された『埴谷雄高全集』に基づいてその「存在論」および「倫理」についての検討を行った。

  • 哲学的歴史理論としての「グローバリゼーション」論の可能性の解明

    2007年  

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     本研究は、その計画書の本来の提出先である日本学術振興会により、2007年10月に科学研究費補助金基盤研究(C)として採択された。それゆえこの特定課題研究費による研究は、その採択をもって中断され、2009年度まで3年間にわたる同補助金による研究へと移行したことを、はじめに断っておきたい。 2004年度から2006年度までの3年間にわたる科学研究費補助金基盤研究(C)「現代における歴史哲学(哲学的歴史理論)の可能性の解明」の成果を受けて、本研究では哲学的歴史理論を、その基礎的分析論としての「歴史の物語り理論」と、その発展=転回部門としての「哲学的グローバリゼーション論」という2部門に区分して展開する、という構想のもとに、後者の「哲学的グローバリゼーション論」の可能性を解明しようとしたものである。さまざまな分野において研究が進むグローバリゼーションという事象に哲学の立場からアプローチするに当たっては、(1)「歴史の物語り理論」による基礎論的分析を土台に論を進めること、(2) グローバリゼーションを具体的に規定して「新自由主義的グローバリゼーション」ととらえること、(3) 経済的・政治的・文化的・イデオロギー的次元にわたるグローバリゼーション現象にたいして特にそのイデオロギー的次元に焦点を当て、既成のグローバリゼーション論およびその思想的影響にたいし批判的な分析を行うことが主要任務になること、そのことをまず明らかにした。 直接に批判的検討の主題としたのは「歴史意識」である。「期待の地平」(通常「将来」と呼ばれるもの)において、さまざまな機構・社会組織がスクラップ・アンド・ビルドによる無限のイノベーションのもとにあり、個人の人生の内実は投資と回収のサイクルをモデルにした転職・資格取得などによるキャリアアップであると考える。「経験の地平」(通常「過去」と呼ばれるもの)においては、めまぐるしく変動する職業生活のなか、過去の人生のストーリーの蓄積は現在の生の方向付けとして機能しなくなるとともに、ナショナルな社会統合の必要のなかで強化されるナショナルヒストリーの流布により、「自国の歴史」として正史化されたものへのアイデンティファイが進む。「イニシアティヴ」(通常「現在」と呼ばれるもの)においては、商品として提供されるものを消費することによる欲求充足が自己目的化される。これが新自由主義的グローバリゼーションのもとにおける「歴史意識」の典型的なありかたであることを解明した。

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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