松永 美穂 (マツナガ ミホ)

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所属

文学学術院 文化構想学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

  • 文学学術院   大学院文学研究科

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
    -
    1987年

    東京大学   人文科学研究科   ドイツ文学  

  •  
    -
    1982年

    東京大学   文学部   ドイツ文学  

学位 【 表示 / 非表示

  • 東京大学   修士(文学)

  • Master of Literature

  • 東京大学   文学修士

経歴 【 表示 / 非表示

  • 1988年
    -
    1998年

    フェリス女学院大学 専任講師(1993年に助教授昇進)

  • 1998年
    -
     

    早稲田大学 助教授(1999年に教授昇進)

  • 1987年
    -
    1988年

    東京大学工学部国際交流室 助手   The Faculty of Engineering

  • 1987年
    -
    1988年

    東京大学工学部国際交流室 助手

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    IVG(国際ゲルマニスト学会)

  •  
     
     

    日本独文学会

 

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 独語・独文学、翻訳論、ジェンダー論、比較文学

論文 【 表示 / 非表示

  • 「鄙の宿」から見える風景

    松永美穂

    W・G・ゼーバルト(鈴木仁子訳)『鄙の宿』(単行本解説)、白水社    2014年04月

  • Ein Eisbär, der Zeitung liest. Yoko Tawadas neuester Roman "Schneepraktikanten" (Yuki no renshusei)

    Miho Matsunaga

    Die Lücke im Sinn (Hrsg. B. Agnese, C. Ivanovic und S. Vlasta)     55 - 62  2014年04月

  • 解説

    松永美穂

    多和田葉子『尼僧とキューピッドの弓』(文庫解説)    2013年07月

  • 解説

    松永美穂

    多和田葉子『尼僧とキューピッドの弓』(文庫解説)    2013年07月

  • 解説

    松永美穂

    赤染晶子『乙女の密告』(文庫解説)    2013年01月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • マグノリアの眠り

    エヴァ・バロンスキー

    岩波書店  2013年07月 ISBN: 9784000248174

  • 母さんがこわれた夏

    マリャレーナ・レムケ

    徳間書店  2013年04月 ISBN: 9784198636012

  • 夏の嘘

    ベルンハルト・シュリンク

    新潮社  2013年02月 ISBN: 9784105901004

  • 黙禱の時間

    ジークフリート・レンツ

    新潮社  2010年08月

  • 木犀!/日本紀行

    セース・ノーテボーム

    論創社  2010年08月

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受賞 【 表示 / 非表示

  • 毎日出版文化賞特別賞

    2000年  

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 20世紀ドイツ文学をめぐるジェンダー論的考察

    基盤研究(C)

    研究期間:

    1998年
    -
    1999年
     

     概要を見る

    1998〜1999年はドイツ文学におけるジェンダー研究に関してさまざまな進展の見られた年であった。ドイツで発行されているPeter Lang社の"Zeitschrift fur Germanistik"が1999年1月号でジェンダー特集を組んだほか、1999年8月に福岡で開かれたアジア・ゲルマニスト会議でもジェンダー・セクションが設けられ、フンボルト大学ジェンダー・コースの設立者の一人でもあるインゲ・シュテファン教授が招かれて、活発な議論がたたかわされた。本科研研究メンバーのうち3人がアジア・ゲルマニスト会議に参加したほか、1999年2月と2000年2月に学習院大学大貫敦子教授の立案のもと関西ケーテ・インスティテュート、日本ドイツ学会のタイアップにより開催されたジェンダーに関する国際シンポジウムにも参加。特に韓国のゲルマニストたちとの交流を深めつつ、ドイツ研究という枠組みにおける学際的ジェンダー研究の可能性を探った。その他、科研プロジェクトの活動として、1998年7月に打ち合わせ会、1999年3月と12月に研究発表会、1999年2月と11月に外部から講師(ジャクリーヌ・ベルント氏とマルレーネ・シュトレールヴィツ氏)を招いての講演会を行った

  • 20世紀ドイツ文学をめぐるジェンダー論的考察

    基盤研究(C)

    研究期間:

    1998年
    -
    1999年
     

     概要を見る

    1998〜1999年はドイツ文学におけるジェンダー研究に関してさまざまな進展の見られた年であった。ドイツで発行されているPeter Lang社の"Zeitschrift fur Germanistik"が1999年1月号でジェンダー特集を組んだほか、1999年8月に福岡で開かれたアジア・ゲルマニスト会議でもジェンダー・セクションが設けられ、フンボルト大学ジェンダー・コースの設立者の一人でもあるインゲ・シュテファン教授が招かれて、活発な議論がたたかわされた。本科研研究メンバーのうち3人がアジア・ゲルマニスト会議に参加したほか、1999年2月と2000年2月に学習院大学大貫敦子教授の立案のもと関西ケーテ・インスティテュート、日本ドイツ学会のタイアップにより開催されたジェンダーに関する国際シンポジウムにも参加。特に韓国のゲルマニストたちとの交流を深めつつ、ドイツ研究という枠組みにおける学際的ジェンダー研究の可能性を探った。その他、科研プロジェクトの活動として、1998年7月に打ち合わせ会、1999年3月と12月に研究発表会、1999年2月と11月に外部から講師(ジャクリーヌ・ベルント氏とマルレーネ・シュトレールヴィツ氏)を招いての講演会を行った。

  • 西欧文化移入による東アジアの近代化プロセスにおける文化的差異形成の特性

     概要を見る

    今プロジェクトは、文化的差異は実体的でもまた静的でもなく、想像の次元でのみ感知されるものであるという前提から出発し、文化的差異意識の発生を以下の3つの次元で明確にすることができた。1)自発的動機に基づく異文化接触(啓蒙期の世界航海、および19世紀末における脱ヨーロッパ願望に基づくアジア旅行に見られる異文化経験)2)移民・占領などによる強制的な異文化接触(ナチス期における亡命者、日本植民地下の東アジア)3)一文化内における異文化体験(階層、出身地、ジェンダー差異による文化的差異意識)。しかも、それぞれ3つの次元において、ジェンダー・イメージの共通性が次の点で見られることが分析から明らかになった(1)自発的動機に基づく異文化体験の場合、他者性は女性性のジェンダー・イメージに置き換えらえることが多い。(2)強制的な異文化体験の場合、支配者側は被支配者文化に女性性のジェンダー付与を行う。しかし被支配者側には支配者文化に同化されない別様の対抗的文化的差異意識が形成される。(3)特定の文化内における異文化体験においては、その都度の政治的ヘゲモニーによって、ジェンダー・イメージは可変的である。異文化接触は、旧来の性的役割分担を流動化する場合と、逆に伝統の再活性化による固定化という二つの逆方向の反応を引き起こす。以上の分析結果から、文化的差異意識は多層的・多元的な文化的ヘゲモニーと関連しかつジェンダーイメージによって定着をみること、またそれゆえに文化的差異というものが地域や国家領域といった恒常的係数によって規定しえないことが明らかにされた

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 二言語作家としての多和田葉子の創作における言語・身体感覚の分析

    2006年  

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    本研究については、2007年3月14日から18日まで、海外の研究者とともにドイツ語による国際ワークショップを行った。プログラムの参加者と概要は以下の通りである。Der 2. internationale Yoko Tawada WorkshopDatum: 14. 3. - 18. 3. 2007Ort: Universitaet Waseda, Tokyo, JapanProgrammVortraege und Diskussion (im Raum Nr. 7, Gebaeude Nr. 39)14 . 3. 200714 Uhr Masahiko Tsuchiya (Nagoya, Japan)“Sprachkritik von Yoko Tawada”15. 3. 200710 UhrBettina Brandt (Montclair, USA)“Entpuppung und Verpackung. Bild und Wort in Yoko Tawadas ‘Das nackte Auge’”11 UhrLinda Koiran (Paris, Frankreich)“Der dezentrierte Blick. Groteske Aspekte in Yoko Tawadas Erzaehlwerk”14 UhrMaria Eugenia de la Torre Mansilla (Barcelona, Spanien)“Auseinanersetzung mit der anvertrauten Fremde: Deutschland und die Deutschen im Werk von Yoko Tawada”15 Uhr Miho Matsunaga (Waseda, Japan)Der Zwischenraum als Ort der Protagonistinnen bei Yoko Tawada16. 3. 200710 UhrSuzuko Mousel-Knott (Washington, USA)Das Phantasma im Keller: Versuch ueber die Verkoerperung der Sehnsucht(Schlussdiskussion)17. 3. 200717 UhrLasenkan fuehrt ein Theaterstueck von Yoko Tawada auf.“Pulverschrift”Ort: Ono-Memorial-Auditorium an der Uni Waseda(Nach der Auffuehrung Diskussion mit dem Publikum)このワークショップには多和田葉子氏自身も参加してくださり、自作の朗読や参加者との討論を行った。多和田氏の活動における言語・文化の越境の試み、作品に見られるアイデンティティの揺らぎやずらしの問題について、興味深い議論を行うことができた。ベルリンの演劇集団らせん館による「粉文字 ベルリン」も、ドイツ語による上演であったが言語と身体の関係を考察する貴重な機会であり、上演後の観客との討論も意義深いものであった。

  • 亡命の諸前提---女性作家の亡命と、亡命先での活動について

    2004年  

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     ドイツにおけるナチ時代の大量亡命について考察する際、女性のおかれた立場についてはこれまであまり研究がなされてこなかった。今回の特定課題研究ではその点に着目し、ユダヤ人の共産主義者としてヒトラーの政権奪取後まもなく家族とともに亡命を余儀なくされた作家アンナ・ゼーガースの亡命中の行動と、亡命中に執筆したテクストについて検討を加えた。 ゼーガースは1933年にフランスに亡命後、ドイツ軍のフランス侵攻に伴い、1941年にはメキシコに亡命している。そして、メキシコ国籍のまま1947年にドイツに帰国し、当初はベルリンのアメリカ占領地区に住むが、後に東ドイツ国籍を取得、作家同盟などで重要な役割を果たすようになる。 亡命中の生活について、生前の彼女は公の場では多くを語らなかったが、1983年の彼女の死後になって、同じ亡命者だったヘルツフェルデとの書簡集が出版されたり、FBIが共産主義の亡命者として彼女を監視下においていたことを示すドキュメントがアレクサンダー・シュテファンによって研究・出版されるなど、さまざまな新事実が明らかになりつつある。また、2005年になって彼女の息子であるピエール・ラドヴァニが亡命中の生活について回想録を発表し、亡命中の家族の日常生活の維持や子どもの教育のためにゼーガースが心を砕いていた様子を、さらに具体的に知ることが可能になった。 亡命中の彼女のジェンダー観については、亡命中に書かれたジャンヌ・ダルクについての戯曲、「亡命中の女性と子どもたち」というエッセイ、またアレクサンダー・シュテファンによって発見されたテクスト「レンデルと呼ばれた男」などをもとに推察することができる。「レンデルと呼ばれた男」では、働き手の夫を突然失った妻が、生活を維持するために死んだ夫に成りすまして働き続ける様子が描かれている。この「成りすまし」は結局破綻のときを迎えることになるのだが、ゼーガースが伝統的な性別役割を肯定しているとこの結末から安易に判断することは妥当ではないだろう。むしろ社会的に固定された役割を打破することの難しさ、女性にとっての生き難さがこの短編からは伝わってくるのではないだろうか。戦争や亡命といった非常事態において、女性(母親)はしばしば男性(父親)の役割も肩代わりせねばならず、それは社会進出のチャンスをもたらす一方で、個人的な負担を大いに増大させる結果ともなる。ゼーガースの小説における「男性的視点」はしばしばフェミニズム文学研究者の批判の対象となったが、亡命中のテクストには「女性たちの勇気と覚醒」とともに「現実の厳しさ」が描きこまれていると考えることができる。

  • 20世紀末のドイツ文学にみるシステムとしての文学とジェンダー

    1998年  

     概要を見る

     戦後ドイツ文学史の検討と、ドイツ文学史を通してみた場合の、女性と文学の関わり方の変容について、数年前から研究を続けているが、昨年度は特に1970年代に西ドイツでブームを迎えたいわゆる「女性文学」における母親像について、カリン・シュトルックとスヴェンデ・メリアンの作品を中心に検討を進めた。ピルが普及し始め、妊娠・出産に関して女性が自分の意志で選択することが可能になってきた時代でもあったが、カリン・シュトルックは長編小説『母親』(1975)のなかで、自分自身の出生のときの様子を母親から聞いたり、子供時代の記憶を振り返ることで一種の「自分探し」を試みると同時に、「母親になる」ことと社会における「自己実現」の関係をも探ろうとしている。自然な行為であるはずの出産が、大きな病院では工場における製品生産のようにコントロールされて医師の管理下に置かれていることに強く反発しながら、シュトルックは一種のユートピアであり、自然と等置可能な存在としての「グレート・マザー」(必ずしも女性とは限らない)を構想する。一方、スヴェンデ・メリアンはひたすら自己を正当化しようとする「母性」に対して反発し、『母の十字架』(1983)のなかで不妊手術を受ける若い女性を描いている。この両作品は、内容的には全く違っていながら、母性神話の影響に対してそれぞれ過敏な反応を示すという共通した側面もある。 ここ数年のもう一つのテーマはハンブルク在住の作家多和田葉子の作品における言葉とジェンダーの問題であり、このテーマについては2000年秋の世界ゲルマニスト会議での研究発表を予定している。同じく2000年秋に、ミネルヴァ書房から『初めて学ぶドイツ文学史』を編集・出版する予定だが、そのなかでも通章コラムとして企画されている「書き手としての女性」は、特定課題研究の内容と大きく関わっている。

海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • ドイツ語圏の現代文学と翻訳の問題

    2015年04月
    -
    2016年03月

    ドイツ   フンボルト大学

  • ジェンダー論の視点から見た現代ドイツ文学

    2004年03月
    -
    2005年03月

    ドイツ   フンボルト大学

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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