松島 毅 (マツシマ タケシ)

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所属

附属機関・学校 高等学院

職名

教諭

学位 【 表示 / 非表示

  • 早稲田大学   修士(文学)

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • 日本文学   中古文学

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 『和泉式部日記』における二つの「殺す」記事の検討─漢籍引用の可能性を中心に─

    2017年  

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    『和泉式部日記』における「殺す」表現を持つ二つの記事について、既に指摘もあるが、漢籍を中心に引用の可能性を探った。典拠の確認・確定を当座の目標としたが、確定には至らなかった。確定にあたっては、単に文言の類似性だけを考えるのではなく、典拠となる作品が平安朝の日本においてどの程度流布し評価されていたかも検討する必要があろう。それは漢詩文を愛好したとされる敦道親王周辺の文学的環境を明らかにすることにもつながり、『和泉式部日記』の総合的な理解に結びつく課題となるのではないか。

  • 『和泉式部日記』における二つの「殺す」贈答記事の位置づけに関する研究

    2016年  

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     両記事の「殺す」表現は、平安期の文学作品にはきわめて用例も少なく、用語としても場面性としてもやや奇異なものであり、プレテクストの存在が想定される。五月(あるいは六月)の記事に関しては漢籍からの引用を指摘する説もあり、検討を続けているが、当時の漢籍受容の実態も踏まえた考察が必要と考えている。

  • 和泉式部日記における同時代引用の検討及び花山院による成立への関与についての研究

    2010年  

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     8月からの研究開始ということで、研究計画の実施に様々な点で制約が生じたことは否めない。そこで引用表現を新規に追求するにあたって当然求められる本文の再解読を今年度の研究出発点に置いた。今後の研究進展に資するであろうヒント・着想も様々に得られたところであるが、今年度の成果としては、提出した課題に直接即したものではなく、副産物的な面で得られたものが多々あった。一例を記せば、作品中ほどに「手習文」「五首贈答」として知られる記事があるが、従来は「宮」の初句揃えの返歌は工夫に乏しいものとされ、場合によっては「贈答の挫折」との評も呼び起こしていた。本研究を進める過程では副次的なものであるが、「宮」の五首は、実は各々が対応する「女」の歌に対する返歌であると同時に、相互が文脈的に絡み合って表現されたものであることがほぼ証明できると思う。近々、本研究の成果の一端として、何らかの形で発表したいと考えている。

  • 和泉式部日記における引用の諸相-本文論及び読解のための-

    2008年  

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     『和泉式部日記』(以下『日記』)における引用の諸相を課題としてこの1年間研究を行った。特に注意したのは、引用を典拠指摘にとどまるのではなく、文脈の中でどのような効果を期待して引用がなされているかということである。本研究によって得られた成果は多いが、そのいくつかを具体的に述べておくと、例えば、5月の記事に、「宮」の訪問時に「女」宅の門が開けられず、「宮」が仕方なく帰宅する羽目となる事件がある。その折に「真木の戸口」をキーワードとした贈答が展開するが、この場面は状況として不自然な面が見られ、多分に構成的な性格がうかがい得る。注目されるのは、先行する日記文学作品である『蜻蛉日記』にも類似の場面が存在していることであり、近年の研究によってこちらでもその場面の構成的な性格が指摘されているが、そうだとすれば、「男の来訪に対して門を開けない」という状況に対して、『蜻蛉日記』・『日記』がそれぞれの主題性に即した場面構成を行っている可能性が高いといえる。これは、直接的ではないが、『蜻蛉日記』から『日記』への文学史的関係を考える上で示唆的である。 また、5月と10月記事に「山の端の月」をめぐる贈答場面があるが、場面を精査すると、両場面には仏教的文脈が存在することが示唆されており、そう考えるとき、従来は不自然であるとして見逃されがちであったが、これらの記事・贈答は和泉式部の「暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山の端の月」を何らかの形で踏まえていることが想定される。 文献調査としては、2回の予定で申請したが諸般の事情により1回しか行うことができないため、当初目的としていた京大本ではなく、その系列に連なる大阪府立大蔵本に対象を変更して実施した。現在知られている京大本との関係など今後も検討を継続し、京大本についてはしかるべき時を得て、別に実施したい。

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現在担当している科目 【 表示 / 非表示