2024/04/20 更新

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ワダ オサム
和田 修
所属
文学学術院 文化構想学部
職名
准教授
学位
文学修士 ( 早稲田大学 )

所属学協会

  •  
     
     

    日本歌謡学会

  •  
     
     

    民俗芸能学会

  •  
     
     

    芸能史研究会

研究分野

  • 文化人類学、民俗学 / 日本文学

研究キーワード

  • 美学(含芸術諸学)、国文学、日本演劇史、芸能・芸術研究

 

論文

  • 『芝居絵に見る/江戸・明治の歌舞伎』

    和田 修

    小学館     4 - 43  2003年07月

  • 「『安永四年金沢芝居再興』をめぐる考察」

    和田 修

    『石川県史資料』近世編(4)     14 - 18  2003年03月

  • 『小松市史 資料編5/曳山』

    和田 修

    新修小松市史編集委員会     90 - 129  2003年03月

  • 『鹿児島県東郷町文弥節人形浄瑠璃調査報告書』

    和田 修

       2002年03月

  • 対馬北部の盆踊

    演劇研究   23  2000年03月

  • 『大鹿歌舞伎 研究編』

    和田 修

    大鹿村教育委員会    2000年03月

  • 歌舞伎舞踊—「踊り」の表現するもの—

    国文学   45;2  2000年01月

  • 見世物と歌舞伎・浄瑠璃

    新宿書房    1999年10月

  • 橋本裕之著『王の舞の民俗学的研究』

    演劇学/早稲田大学演劇学会   40,pp.115-121  1999年03月

  • 「対馬 厳原の盆踊」調査報告書

    厳原町教育委員会    1999年03月

  • 『大鹿歌舞伎 資料編』

    和田 修

    大鹿村教育委員会    1999年03月

  • 江戸古浄瑠璃の衰退と歌舞伎

    岩波講座『歌舞伎・文楽』第7巻/岩波書店   pp.231-260  1998年08月

  • 山本角太夫

    岩波講座『歌舞伎・文楽』第7巻/岩波書店   pp.179-200  1998年08月

  • 『西国卅三番順礼記』と花山院伝承

    演劇学   38  1996年12月

  • 元禄期の宇治座と竹本座

    演劇研究会会報/演劇研究会   21  1995年06月

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書籍等出版物

  • 対馬における芸能と村落

    和田 修

    海のクロスロード対馬  2007年03月

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • 佐渡古浄瑠璃の研究基盤構築とデジタル化保存に関する総合的研究

    研究期間:

    2020年04月
    -
    2025年03月
     

     概要を見る

    新潟県佐渡島には、「古浄瑠璃」による人形芝居が伝承されている。近世期の古態を残し、義太夫節では廃絶した近松門左衛門の作品を、今も上演する佐渡の古浄瑠璃人形芝居は、日本の伝統芸能史上、注目すべき特異な芸能である。本研究では、現在までの個別的研究を総括し、今後の佐渡古浄瑠璃研究の推進に向けた研究基盤を構築する。さらに、早稲田大学演劇博物館などの所蔵機関の協力を得、現地伝承者や研究者の利用が可能となるよう、佐渡古浄瑠璃の音声・映像資料のデジタル化保存、および公開を目指す。こうした総合的研究の成果により、貴重な伝統芸能である佐渡古浄瑠璃人形芝居の、国内外への普及と保存、未来への伝承を期すものである

  • 近世芸能の地方伝播研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2004年
    -
    2006年
     

    和田 修

     概要を見る

    本研究は、各地方に残る民俗芸能のうち、近世初期の都市芸能が伝播したとみられるものを選び、その関連と変容について考察することを目的に掲げた。2004度以来3年にわたり、風流踊と古浄瑠璃人形を素材としてとりあげ、いくつかの地点を選んで調査、比較を行った。まず、長崎県対馬市に伝承される盆踊について、その民俗的な基盤、流入の経路、歴史的推移、現在の伝承状況とその変化などを調査した。対馬の盆踊は、近世中後期以降の盆踊とは異なるところが多いが、盆の風流踊であるという基盤は共通している。江戸時代初期から幕末・明治まで、本土で行われた各種の風流踊を受け入れ、重層的に今日まで伝承してきたところに歴史的な価値を指摘することができる。2004年度には対馬周辺地域および九州全域の風流踊を概観し、2005年度はそれにもとづき九州北西部の風流踊を重点的に調査した。さらに2006年度は九州南部の離島の風流踊を調査し、比較を試みた。とくに鹿児島県十島村には、対馬と類似の歌謡をもった風流踊が伝承されており、これを採録して、中央の歌謡書との比較検討を行った。また、その周辺の島々の風流踊についても調査し、歌謡を中心に比較を試みた。一方、古浄瑠璃人形については、新潟県佐渡市と鹿児島県薩摩川内市(旧東郷町)を中心に調査を進めた。佐渡では、文弥浄瑠璃の古い録音の整理と分析を行ったほか、現在では上演が稀になっている作品をノーカット収録し、基礎的研究資料の充実をはかった。東郷では歴史史料の調査を行い、伝来の時期と経路について考察した。また現在の伝承者からの聞き取りを重ね、近代以降の変遷についても、あらたな知見を加えた。これらの作業により、近世初期の歌舞伎・人形浄瑠璃などの舞台芸能が、予想されているより、かなり早い時期から、広い地域に伝播され、各地で享受されるとともに、独自の変容が行われた経緯の一端を明らかにすることができたと考えている

  • 未翻刻浄瑠璃正本の網羅的調査・翻刻による浄瑠璃の基礎研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2001年
    -
    2004年
     

    鳥越 文蔵, 内山 美樹子, 和田 修, 兼築 清恵, 池山 晃, 黒石 陽子, 神津 武男

     概要を見る

    1 浄瑠璃正本資料収集と諸本調査東京、関西及び地方の浄瑠璃正本諸本調査を行った。『義太夫年表 近世篇』所載の浄瑠璃正本の諸本調査に加え、未記載の浄瑠璃正本の調査をすることができた。これらの調査結果を踏まえ、翻刻するに際し底本とすべきもの、副本として参考にすべきものについて検討し、必要なものを選択して紙焼き写真資料を作成した。2 翻刻のための電子入力凡例の作成本研究では、浄瑠璃本文のテキストデータを作成するにあたり、浄瑠璃正本の特色を踏まえた電子入力の方法を研究した。具体的には電子入力をするに際しての問題点の検討と対策、とりわけ文字譜の扱いとその入力すべき位置、漢字の用字である。これらについてテスト翻刻を繰り返しながら、ほぼ毎月研究会を行い、検討を重ねた。3 本翻刻の進行と完成本翻刻は正確な本文作りのために、弟1次から弟5次までの階梯を踏むこととした。研究を重ねた翻刻凡例(電子入力用)に基づき、翻刻作業を進めた。第1次翻刻から第5次翻刻までの階梯を経て完成した作品は7作品となった。加えて第4次翻刻1点、第3次翻刻が3点、第2次翻刻が4点、第1次翻刻が6点作業進行した。4 刊行化に向けての動き本研究の最終目標は、未翻刻作品の翻刻を行い、刊行して多様な浄瑠璃作品を多くの読者が手に取って読むことのできる環境を作り出すことにあるが、それの具体化に向けて、刊行化への活動をおこなった。その結果2005年以降に刊行化する目途をたてることができた。5 研究報告書の作成平成13年度より16年度までの研究成果を報告書としてまとめた。この4年間に行った諸本調査による調査結果、電子入力のための凡例の構築、漢字処理、浄瑠璃特有の文字譜の扱いについて成果を報告した

  • 東アジアにおける水田形成および水稲文化の研究(日本を中心として)

    科学研究費助成事業(早稲田大学)  科学研究費助成事業(基盤研究(B))

    研究期間:

    2002年
    -
    2003年
     

    海老澤 衷, 岡内 三眞, 堀口 健治, 中島 峰広, 和田 修, 西村 正雄

     概要を見る

    東アジアに広がる水田を基盤とする社会の特質を明らかにするのがこの研究の目的である。その調査フィールドとして、対馬とバリ島を選び、水田と村落の伝統的形態を明らかにし、水稲文化の比較研究を行うことを目指した。現在進化の著しい調査資料のデジタル化を積極的に活用して、学際的に水田・集落・儀礼の復原研究を進めた。
    対馬では、その南端に位置する豆酘(つつ)に焦点を定め、現代でも赤米神事が行われている水田の環境およびその儀礼の歴史的経緯と特質を究明した。その際、歴史資料の掘り起こしに重点を置き、対馬歴史民俗資料館、長崎県立図書館、地元の真言宗寺院である金剛院などで重点的に調査を行って、コマ数にして約6000点の史料をデジタル化した。これらをパソコンに入力してただちに目録化し、復原調査に役立てた。また、この地域の空中写真からデジタル作業により2000分の1地形図を作成し、史料を活用して景観復原を進めた。このように対馬村落のピンポイント的調査を進めるとともに、水稲文化を東アジア全体の文化と考え、対馬のこの海域における歴史的役割をも明らかにするよう務めた。幸いにも21世紀COEプログラム「アジア地域文化エンハンシング研究センター」の支援を得て視野の広いプロジェクトにすることができた。
    一方、棚田地帯として知られるバリ島においては、従来もヒンドゥー教の儀礼に支えられた自治的村落の存在が知られ、演劇・音楽・彫刻・絵画などの芸術の展開が注目されてきた。今回灌概組織スバックの調査を中心に行い、東部バサンアラス村と対馬豆酘との水田灌概形態の比較研究を行った。その結果、バリ島村落の伝統的灌漑形態は、日本よりも進化している点が少なくないことが明らかとなった。これらの成果を報告書『東アジアにおける水田形成および水稲文化の研究(日本を中心として)』にまとめることができた。

  • 考古出土物と祭祀儀礼・芸能よりみる中国基層文化の研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2001年
    -
    2003年
     

    稲畑 耕一郎, 和田 修, 森 由利亜, 稲葉 明子

     概要を見る

    本研究は、近年注目されることの多くなった中国全土に残る<仮面劇>が、中国演劇史はもとより中国大陸全体における「基層文化」の生成・発展・変化およびその特質を考える上で重要な意味を持つと考えて行った前課題「中国西南の仮面劇と基層文化の研究」の成果をうけ、従来の中国貴州省共同研究者・現地協力者の協力体制を維持して更なる現地民俗芸能調査を進めるとともに、中国考古学界の協力を得て、各地の遺跡から出土する遺物の考古学的視点をも取り入れようというものである。研究期間中の中国歴史博物館兪偉超前館長、湖北省文物研究所陳振裕所長、湖南省考古文物研究所斐安平研究員、四川省考古文物研究所陳徳安副研究員などとのの意見交流を経て、2003年度には稲畑が著書『神と人との交響楽_中国仮面の世界』(農文協)にこれまでの所見をまとめた。これらにより、<仮面劇>としての儀式儀礼芸能の各側面のほか、<仮面>そのものの表象を中国文化、また世界文化の中に位置づける必要と実現性がでてきた。本報告書では、期間中に行った貴州省各県の地域と宗教的職能者についての調査を冊子にまとめる。また、2003年貴州省徳江県を中心に開かれた国際儺戯学会では、貴州省黔北地区のほか黔東北地区徳江・銅仁の儀礼も垣間見ることができた。これまでの調査地貴州省黔北地区から黔東北地区にかけては多くの儀式儀礼が残り、黔東北地区銅仁に至っては既に湖南省の<楚>文化圏に近い。今後は更に調査地を広げ、また<仮面>の表象にも意欲的に追究していきたい

  • アジア地域文化に関する共同研究:演劇

    文部科学省 

    研究期間:

    1998年
    -
    2002年
     

  • 近世演劇における役者絵の資料的効用をめぐる基礎的研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1999年
    -
    2001年
     

    内山 美樹子, 赤間 亮, 小池 章太郎, 和田 修, 寺田 詩麻, 児玉 竜一, 松沢 正樹

     概要を見る

    (1)研究会の開催と基礎データの蓄積本研究では、「役者絵研究会」を組織し、研究分担者以外の研究協力者を募りながら、研究会をかさねてきた。この研究会では、毎回初代豊国作品の年代考証と内容分析を行なってきた。この考証作業の特徴は、演劇博物館所蔵の歌舞伎番付・音曲正本などの演劇資料と突合せたうえに、他機関の豊国作品を博捜して参考図を獲得し、また、歌舞伎史の研究の最高水準のメンバーにより、様々な知識を集めて、決定版となる正確な考証結果を残していっていることである。(2)WEB版画像データベースでの成果公開これらの作業は、現在、演劇博物館の浮世絵検索システムにより、完全に公開されている。これにより、オンデマンドで様々な研究結果を閲覧できる。(3)正確は落款一覧その一つは、初代豊国作品の落款の変遷である。落款一覧は、浮世絵の真贋判定、制作時期の特定にとって、重要な情報であり、坪内逍遙以来、何人かが落款一覧を発表しているが、(1)のような正確な情報による落款一覧は、始めてのものである。サンプルとして、落款一覧を掲出したが、これはWEB上でも同様に確認できる。(4)行事副印一覧初代豊国時代は、改印によって年月が確実に判定できるわけではない。しかし、この時期、行事副印の時代に重なるため、副印による、年代の絞込みが可能となる時期がある。副印一覧を正確に作成した業績はこれまでになく、初めての成果である

  • 中国西南の仮面劇と基層文化の研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1999年
    -
    2000年
     

    稲畑 耕一郎, 和田 修, 橋本 裕之, 細井 尚子, 稲葉 明子

     概要を見る

    私たちは、近年注目されることの多くなった中国全土に残る<仮面劇>が、中国演劇史はもとより中国大陸全体における「基層文化」の生成・発展・変化およびその特質を考える上で重要な意味をもつと考える。その具体的な調査は、1980年代以降、いわゆる「儺戯」研究として中国国内の研究者によるフィールドワークが開始された。次いで、台湾『民俗曲芸』誌における儀式・儀礼研究や日本の後藤叔・廣田律子等の個別的な調査などを経て、田仲一成『中国演劇史』が発表されるに及び、農村の儀式・儀礼とそれに伴う<仮面劇>は、ようやく一定の研究ジャンルとして認知された感がある。こうした研究の成果をふまえ、次の段階としては、儀礼や舞踏・唱詞の構造研究といった、テーマ毎により深化した分析を進める一方で、これまでにはない新しい視点、たとえば地下から発掘される古代の遺物などとの対照を通して、通時的な「基層文化」の跡付けといった方向への展開が考えられよう。本研究はそうしたことを視野に入れた第一歩である。貴州民族学院の瞠修明は当初より海外協力者として現地調査のコーディネートを担当するが、ここでは過去十余年の貴州省内の調査の実績をふまえて「西南儺戯概述」として西南地区を俯瞰する。また同学院の陳玉平らは地域社会にとっての民間儀式儀礼という角度から黔北地区灘戯について独自の論を展開している。日本側稲葉は数回にわたる安順地区調査と現地研究者との研究交流から、安順地戯の歌詞・歌唱の構造について「唱書調」と「演出調」の別のあることを新たに指摘する。また、現地協力者である籔潭県儺戯研究会・道真県民族宗教事務局からは、現地における貴重な資料の提供を受けた。「基層文化」という着想は漠然としがちであるが、広大な中国大陸における各地域ごとの実態の解明が、この地の長い歴史をもつ諸文化の成立・発展やその特質の解明につながるものと考えている。本研究では2年という限定した期間を設定し、具体的な資料の収集とともに、各々のメンバーがそれぞれの問題意識の中で、<仮面劇>にかかわる重大なテーマを着実に解決することを心がけた。今後とも一つ一つの成果を積み重ねていくことにより、その全体像を明らかにしていきたいと考えている

  • 中国西南儺戯における儀礼と芸術研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    1999年
    -
    2000年
     

    伊藤 洋, 稲葉 明子, 橋本 裕之, 細井 尚子, 稲畑 耕一郎, 稲葉 明子, 和田 修, 伊藤 洋

     概要を見る

    中国全土に残る農村儀礼中の「儺戯」は、中国演劇史のみならず中国文化を考える上で大変重要な意味をもつが、従来の中国学においては都市部に展開した楽曲系演劇とそのレーゼドラマが扱われ、王国維による近代的研究を経ても明確な研究対象とはならなかった。それは、農村において、民間儀礼・儀式、民間宗教と不可分の形で展開していたため、歴代文人や研究者が看過しがちであったことによるだろう。1980年代より台湾『民俗曲芸』をはじめとする多くのフイールドワークによって豊富な報告が成されるとともに、毎年国際学会が開かれる研究領域に発展した。「追儺行事の生きた化石」として民俗学的に有効な資料であるのみならず、演劇の発生を考察する上でも大きな問題を含むことは、『中国演劇史』他の田仲一成氏による問題提起に明らかである。本研究では、中国西南という歴代政権にとって辺境にあたる地区に注目し、明代に中央より派遣された軍隊の駐屯部落に残った演劇的側面の強い「安順地戯」と、周辺に分布する儀礼的側面の強い「儺戯」について、担当者が繰り返し足をはこび素材をより深く分析することで、新たな着想への基礎を作ることが出来たと考える。研究期間を通じて四川省においては主に細井が地元端公に三回にわたる聞き取り調査を行い、演劇博物館企画展示においてその面具・木偶の全貌を公開しつつ多くの研究者と意見を求めた。黔北地区については伊藤・橋本・稲葉がメイ潭・遵義などを調査し、メイ潭儺戯研究会といった地元研究者と活発な議論を交わした。海外共同研究者の貴州民族学院は新たな調査地として黔北地区の道真を中心に儀式儀礼に用いる文書・道具を調査した。安順地区については稲葉が独自の視点から各地を調査した。本報告書では、細井が四川省端公について、稲葉が安順地区の説唱芸能の層状の重なりについて詳細に報告する

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現在担当している科目

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他学部・他研究科等兼任情報

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

特定課題制度(学内資金)

  • 近世芸能の地方伝播比較とデジタルアーカイブ構築研究

    2004年  

     概要を見る

     2003年度は主として九州の風流芸能の分布状況の把握と、伝承地の調査に重点を置いて研究を進めた。8月の旧盆時期にトカラ列島十島村悪石島の盆踊、鹿児島県坊津町久志の太鼓踊、同県加治木町の太鼓踊、9月に同県与論町の十五夜踊を調査した。 悪石島の盆踊は、元禄17年刊行の『落葉集』所収の踊歌と一致するものがあり、古い時期に都から伝来した歌謡であることがわかる。さらにその歌謡が、わずかながら長崎県対馬の盆踊歌とも一致するものがあり、両者に直接的な関係があるとは思われないので、中央の歌謡が長崎や鹿児島の離島にまで伝播し、他では失われてしまった後も、今日まで伝承されてきたと考えることができる。近世の都市の盆踊について、こうした伝播の関係は従来ほとんど知られておらず、きわめて珍しい例であるといえよう。 加治木町の太鼓踊については、近世中期の文献が残っており、現在までの変遷を知ることができる。近世中期には文弥節を踊歌として取り入れるなど、当時の流行歌の摂取につとめており、新奇な趣向を競っていたことが明らかである。薩摩藩では近世中期まで藩外からの文化の流入を拒む傾向にあったといわれることが多いが、先端的な文化を求める欲求が庶民の中に根強かったことが知られる。 与論町の十五夜踊は、琉球にも共通する豊年祭の形式の中に、狂言「末広かり」、元禄歌舞伎に関連のある「大隈川」、野郎歌舞伎風の「頼朝公」などが伝承されており、従来からヤマトの芸能との関連を示すものとして注目されている。これが中央と直接の関係を示すのか、薩摩藩からの伝来なのかは、あまりにも伝承が退化していて判然としない。 このように、調査対象の芸能は、いずれも都市芸能の地方伝播を検討する上で、極めて興味深い事例を提供してくれている。今後はさらに文献資料の調査と合わせて、伝播の時期や経路の把握に努めたい。 なお、2004年度は科学研究費採択のため特定課題としては廃止した。