冬木 ひろみ (フユキ ヒロミ)

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所属

文学学術院 文学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
    -
    1990年

    早稲田大学大学院   文学研究科   英文学  

  •  
    -
    1980年

    早稲田大学   文学部   英文学  

学位 【 表示 / 非表示

  • Master of Arts

  • 早稲田大学   文学修士

経歴 【 表示 / 非表示

  • 2018年11月
    -
     

    早稲田大学研究推進部   副部長

  • 2018年11月
    -
     

    早稲田大学研究推進部   副部長

  • 2016年09月
    -
    2018年09月

    文学学術院教務   教務   研究推進担当主任

  • 2011年
     
     

    早稲田大学文学部 教授

  • 2011年
    -
     

    早稲田大学文学部 教授

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所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    日本英文学会

  •  
     
     

    日本シェイクスピア協会

  •  
     
     

    早稲田大学英文学会

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • 英文学、英語圏文学

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 英語・英米文学、文学一般(含文学論・比較文学)・西洋古典

論文 【 表示 / 非表示

  • シェイクスピアの視覚表象―『お気に召すまま』をめぐる一考察

    冬木ひろみ

    英文学   106   1 - 13  2020年03月

    担当区分:筆頭著者

  • 『冬物語』におけるアポロと彫像の象徴性をめぐって

    冬木ひろみ

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   ( 第59号 ) 4 - 15  2014年02月

    担当区分:筆頭著者

  • 書評『シェイクスピアはどのようにしてシェイクスピアになったか』

    冬木ひろみ

    英文学   ( 97号 ) 51 - 54  2013年03月

  • 魔女という運命

    冬木ひろみ

    アピエ   17号   24 - 26  2010年09月

    担当区分:筆頭著者

  • 『テンペスト』の構造 — チェスの場面をめぐって—

    冬木ひろみ

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   ( 第55号 ) 19 - 30  2010年03月

    担当区分:筆頭著者

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 「規範としての英文学 -- シェイクスピアの翻訳をめぐって」『近代人文学はいかに形成されたか』

    冬木ひろみ:甚野尚久, 河野貴美子, 陣野英則編( 担当: 共著)

    勉誠出版  2019年02月 ISBN: 9784585200680

  • 記憶と五感から見る『ハムレット』(『甦るシェイクスピア―没後400年記念論文集』)

    冬木ひろみ, 日本シェイクスピア協( 担当: 共著)

    研究社  2016年10月

  • 『冬物語』の神話世界―祈りから再生へ(『祈りと再生のコスモロジー』)

    冬木ひろみ, 瀧澤雅彦, 紺本英雄( 担当: 共著)

    成文堂  2016年09月

  • 「『リア王』--人間の絶望と苦悩を見つめる」pp.41-52、『震災後に読む文学』

    冬木ひろみ, 堀内正規編( 担当: 共著)

    早稲田大学出版部  2013年03月 ISBN: 9784657133021

  • 坪内逍遥書簡集 第二巻(冬木ひろみ「坪内逍遥と伝統の継承」pp.521-525)

    早稲田大学演劇博物館逍遙協会

    早稲田大学出版部  2013年03月 ISBN: 9784657138026

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その他 【 表示 / 非表示

  • 第52回シェイクスピア学会:第8回ワークショップにて、コメンテイターを務める。(2013年10月6日:鹿児島大学)

  • 第52回シェイクスピ...

     概要を見る

    第52回シェイクスピア学会:第8回ワークショップにて、コメンテイターを務める。(2013年10月6日:鹿児島大学)

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • シェイクスピアの視覚的表象の研究

    基盤研究(C)

    研究期間:

    2018年07月
    -
    2021年03月
     

     概要を見る

    シェイクスピア劇における視覚的要素を詳細に調べ、その表象の特異性を明確にする

  • シェイクスピアの視覚的表象の研究

    研究期間:

    2018年04月
    -
    2021年03月
     

     概要を見る

    昨年度からのシェイクスピアの視覚表象に関するリサーチをさらに進めるため、8月から9月にかけて渡英し、大英図書館やCambridge図書館などで資料検索・調査を行った。本年度の研究の焦点は1600年以降の劇におけるシェイクスピアの絵画的な手法の変化を追うことであるが、多岐にわたる素材からシェイクスピアの絵画的源泉を明らかにするStuart SillersやJohn Doeblerなどによる有益な先行研究を多く入手し、それを基にさらにシェイクスピアの筆致の変容を辿るべく調査・分析した。ただし、1600年寸前の1599年に上演されたAs You Like Itに関しては、視覚面からの論文は少ないのだが、エクフラシスと考えられる表現から、後期の劇に特徴的なイリュージョン(一種の錯覚を起こさせる描き方)を示唆するものまでが存在することがわかった。この劇に関する分析は本年度論文として発表した。さらに、劇作家ベン・ジョンソンの仮面劇における絵画的装置と劇構造がどの程度シェイクスピアへ影響を与えたかについて資料の収集と分析も行った。合わせてジョンソンの仮面劇で舞台装置を作ったイニゴ・ジョーンズの遠近法による装飾的な舞台装置のデザインについての詳細をBritish Heritage誌などを閲覧し、ベン・ジョンソンの仮面劇での使い方についても可能な範囲で調査をした。現在の分析からは、シェイクスピアが仮面劇を念頭に置きつつ、それとは本質的に異なるパラドックス的、あるいはマニエリスム的と言える歪みやひねりを極めて多く後期の劇に用いていることがわかってきた。また、エンブレムの専門家である成城大学・松田美作子教授を招聘し、講演会を開催した。その結果、エンブレムと宗教との関係も明示して頂くことができ、大きな収穫を得た。エクフラシス的な表現とエンブレムに関する文献の多くはすでに入手し分析を行った。また、マニエリスムと文学との関連についての文献の大部分も入手・分析したため、シェイクスピアと絵画との関係を探る上で必要な基礎的文献はほぼ把握できたと言える。また、仮面劇に関しては、ベン・ジョンソンに対する通常のアプローチだけでなく、イニゴ・ジョーンズのデザインとその装飾性が当時のイングランドでどのように受け止められたのかについてもかなり資料を収集することができた。また、これはもう少し調査が必要だと考えているが、宗教面から偶像破壊の舞台への影響についても、シェイクスピアと結びつけることが可能な資料・論文も発見することができた。プロテスタントが大きな力を持ってきた時代を生きたシェイクスピアの宗教的信条がどのようであったかは明瞭でないが、少なくとも視覚面からは、シェイクスピアは通常はそれとわからないような巧妙な筆致で、聖画、カトリック的祈りや儀式などを描写する場面を挿入していることが、これまでの指摘以上に多いことがわかってきた。最終年度は、エクフラシスからマニエリスムへとシェイクスピアの筆致が変化していったことをテクストと文化面および宗教面から実証的に示し、論文として発表する予定である。また、その中で本研究が強調したい点は、言語でしか表さなかった視覚的場面を、言語をすべて与えない、すなわち舞台の演技と若干の小道具などで表すという試みを後期の劇で行うようになっていったのではないかという点である。これについては、演劇界のみならず、社会・文化の変化をシェイクスピア自身の筆致がいかに吸収し、即応していったのかを明確にすることが必要である。劇作家の筆致の変化に関し、視覚表象自体についての研究ではないが、劇作のプロセスに関するGordon McMullanのShakespeare and the Idea of Late Writingという優れた著書を一つの指標として、視覚面の筆致の変容を探り、これまでの研究の最終的な成果へと結びつけたい。なお、最終年度に講演会かシンポジウムも開催する予定ではあったが、コロナ禍により海外からの招聘は難しくなりそうであるため、国内の研究者の講演を企画・開催したいと考えている

講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • シェイクスピアを翻訳する--日英翻訳の実際

    本山哲人, 今野史昭, ロザリンド・フィールディング, 冬木ひろみ

    早稲田大学私立大学戦略的研究基盤形成支援事業主催シンポジウム   早稲田大学私立大学戦略的研究基盤形成支援事業  

    発表年月: 2019年01月

  • 時代と文化のはざまのシェイクスピア

    篠崎実, 近藤弘幸, 小泉勇人, 冬木ひろみ

    日本英文学会関東支部秋季大会   日本英文学会関東支部  

    発表年月: 2018年10月

  • 戯曲を新たに翻訳する意義とは?— シェイクスピアの場合、現代演劇の場合 —

    冬木ひろみ, 河合祥一郎, 小田島恒志

    早稲田大学 私立大学戦略的基盤形成支援事業   (早稲田大学)  早稲田大学 私立大学戦略的基盤形成支援事業  

    発表年月: 2018年01月

  • アジアのシェイクスピア

    冬木ひろみ, イーリン・チャン, 浜名恵美, 近藤弘幸, 内丸公平

    早稲田大学私立大学戦略的基盤形成支援事業   (新宿区 早稲田大学)  早稲田大学文学学術院  

    発表年月: 2017年01月

  • シェイクスピアの翻訳を考える

    冬木ひろみ, 松岡和子, ダニエル・ガリモア

    スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点   (早稲田大学)  早稲田大学国際日本学拠点  

    発表年月: 2016年12月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • シェイクスピアの『二人の貴公子』から見る同時代の悲喜劇のパースペクティブ

    2006年  

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     一年の過程の中で、17世紀初頭のイギリスにおける悲喜劇そのものの流れを広範な作品群のなかで追うことに関しては、若干の時間的不足があったが、少なくとも、フランシス・ボーモントとジョン・フレッチャーの共作による当時人気の悲喜劇というジャンルからの射程のなかで、シェイクスピアがこの『二人の貴公子』に何を書き込もうとしたのかに関する考察はかなり深められたように思う。 今回の特定課題の成果として、本年度最後(2007年3月)に上梓することになった論文「『二人の貴公子』の二重のまなざし」(『ことばと文化のシェイクスピア』冬木ひろみ編、早稲田大学出版部)では、悲喜劇の視座に立って、主に言語と結婚観の面からの分析をした。最も中心としたのは、『二人の貴公子』における結婚に対する悲喜劇的な二重の視点であり、シェイクスピアのこれまでの劇にはない暗さとアイロニーである。この劇には、最初から結婚に関して、皮肉で冷ややかな視点があり、それがヒロインとサブ・プロットの狂ってしまう牢番の娘との対比的な描き方に通じている。また、そうした乖離した視点が最後の悲劇とも見まごうような結末において最も明瞭になり、登場人物の実際の死を経なければ結婚など成立しない、という一種のペシミスティックな、時代をも予感させる終り方を現出している。 悲喜劇は、当時の定型的な概念しては、悲劇寸前まで行くが少なくとも人物は死なず、すべてがうまく解決されるというものであるが、そうした概念から大きく逸脱しながらも『二人の貴公子』は、やはりタイトル通り「悲喜劇」であるに違いない。というのも、プロットからも言語からも、最後の場面は最初の場面へと円環を描いてゆくような意匠をもっており、それは死と結婚が常に並列されるもの、という二重性を響かせているからだ。しかしながら、結婚に至る過程も含め、その欺瞞と疑念を女性の側からも描きえているこの劇は、悲喜劇のパースペクティブから見ても、通俗に堕さない思考の深さを兼ね備えた、この時代としては極めて特異な存在だったといえよう。

  • シェイクスピアの後期の劇における虚構と政治性―『シンベリン』を中心に―

    2013年  

     概要を見る

     『シンベリン』は、シェイクスピアのロマンス劇というジャンルに入れることが多いが、初出である1623年のThe First Folioでは全集の一番後に置かれ、しかもその分類は「悲劇」であった。『シンベリン』は、ジャンルも文体も含め、実際複雑で技巧的であることは否めないし、多様な視点を許容しうる劇でもある。ただ、現在の批評の方向としては政治的・歴史的なアプローチが多いのだが、それに則ってテクストを読んでゆくと、かなりの違和感とテクスト自体との齟齬が出てくる。この劇の政治性・同時代性・歴史の表象が大きいのは確かであるが、もう一つの内包する大きな要素であるロマンス、あるいは神話的な下部構造が複雑に絡み、しかも調和することなく複雑さや不均衡がそのまま止揚されている。つまり、ロマンスという中世的な概念も含む枠の中に、政治的歴史劇を入れこんだところに、この劇の一番の矛盾律(paradox)があると言える。以下、この劇特有のparadoxの表象を検証してみたい。 広く見れば、シェイクスピアの劇全体にはparadoxの発想があると言えるし、Macbethの’fair is foul, and foul is fair’はその典型ではあるが、Elizabeth Iの時代とは明らかに異なる時代精神が、後期の劇を書いた頃のシェイクスピアの筆により大きな影響を与えていることは重視してよいと思われる。無論、同時代のtopicalityと劇との関連の研究はこれまでも行われてきたことであるが、本研究がさらに注目したいのは、王権への賛美や追従以上に、この劇が見えない形での王権に対する矛盾の提起をしているのではないかということである。 当時の国王James I自身には多くの出版物、あるいは記録された言説があり、書かれた言葉に対するJames自身の強い思いが読み取れる。その点をひとつの手がかりとして『シンベリン』のテクストを詳細に読み込んでみると、幾つかの場面で言葉への疑念、およびparadoxと考えられる言説が見えてくる。まず、冒頭で紳士たちが交わす会話に含まれるKings/King’/Kingというテクスト編纂上の異字にも国王Jamesを指す可能性を含むtopicalな問題が含まれる。また、ブリテンをめぐっての人物たちの言説からは、通常の歴史劇にあるようなプロパガンダも見えてくるが、その一方、悪事をなす王妃(特に女性という存在)に親ブリテン(イングランド)言説をさせることで、その真意と言葉の価値を曖昧にしてしまう。さらに、ブリテンの国土をローマと併置することにより、当時の時事的な問題を含むと同時に、ブリテンにとってローマの存在は見本とすべき中心でもあり、一方主人公の一人であるPosthumusがローマ軍に入ってブリテンを攻撃するという点で、外でもあるというparadoxが現れてくる。さらにこのPosthumusのエピソードは、シェイクスピア後期の劇に現れる中世のロマンスを相対化し、その価値を両義的(paradox)にしているとも言える。 最後の場面ですべてが明るみに出るプロセスはシェイクスピアの劇の中でも最も混沌として、解釈を困難にしている箇所であるが、paradoxという視点とtopicalな政治的状況と重ねて分析することにより、ここに現れているシェイクスピアのひとつの方向性が見えてくると考えられる。まず、ジュピターの神託の言葉が明確には解釈できないというこれまでの劇ではあり得ない状況は、前記したJames Iの言葉への執着、および王への信頼の矛盾を提起することにもなる。同時にそれを解釈する占い師の言葉自体が途中で変わり、曖昧になってしまうことにもparadoxがある。また、ヒロインInnogenの言葉が夫には信じてもらえず、最後の最後になって和解できることも異例である。悪事を重ねた王妃は寓話の枠の中の悪人として死ぬが、かつては親ブリテンを語っていた人物であることを考えると、妻を信頼していた国王であるシンベリンの立脚点は最後に揺らぎを見せ、彼の最後の言葉への信頼も相対化されることになる。 こうして、ブリテンという国土、国王への敬意、言葉への信頼すべてが、最後の場面で表面上は回復し、国を担うべき新たな若い世代が発見される一方、その背後に書き込まれたシェイクスピアの筆は、国家の価値の相対化、および言葉自体の価値の矛盾を突くものであったと言えるのではないか。彼の属する劇団であるKing’s Menとして国王への賛辞を入れ込みながらも、表面上には見えにくい形で書き込まれたシェイクスピア独自のparadoxを含んだ言葉が、『シンベリン』をジャンル的にも曖昧で特異な劇にしていると考えられる。

海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • 17世紀初頭のイギリス演劇の変容-ロマンス劇と悲喜劇を中心に

    2008年04月
    -
    2009年03月

    イギリス   ケンブリッジ大学

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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委員歴 【 表示 / 非表示

  • 2017年04月
    -
     

    日本シェイクスピア協会  イベント、ホームページ担当委員

  • 2017年04月
    -
     

    Japan Shakespeare Society  In charge of Events and Homepage