柳澤 明 (ヤナギサワ アキラ)

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所属

文学学術院 文化構想学部

職名

教授

ホームページ

http://www.littera.waseda.ac.jp/asiadb/

兼担 【 表示 / 非表示

  • 文学学術院   大学院文学研究科

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学内研究所等 【 表示 / 非表示

  • 2016年
    -
    2021年

    中央ユーラシア歴史文化研究所   プロジェクト研究所所長

学位 【 表示 / 非表示

  • 修士

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    早稲田大学東洋史懇話会

  •  
     
     

    日本モンゴル学会

  •  
     
     

    内陸アジア史学会

  •  
     
     

    東方学会

  •  
     
     

    史学会

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • アジア史、アフリカ史

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • アジア史

論文 【 表示 / 非表示

  • 17~19世紀の露清外交と媒介言語

    柳澤 明

    北東アジア研究別冊   ( 3 ) 147 - 162  2017年09月

  • 杉山清彦著『大清帝国の形成と八旗制』

    柳澤 明

    満族史研究   ( 14 ) 37 - 52  2015年12月

  • キャフタにおける清朝の「官営隊商」について─“bederge回子”の活動─

    柳澤 明

    史滴   ( 36 ) 232 - 253  2014年12月

  • 王鍾翰教授とその清史研究

    柳澤 明

    東方学   ( 128 ) 160 - 168  2014年07月  [査読有り]

  • Relocation of Oyirad Groups to Manchuria and Hulun Buir

    Akira YANAGISAWA

    Senri Ethnological Studies (Oirad Pepole: Cultural Uniformity and Diversification. Edited by I. Lkhagvasuren, Yuki Konagaya)   ( 86 ) 89 - 101  2014年02月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 中央ユーラシア史研究入門

    小松久男, 荒川正晴, 岡洋樹( 担当: 分担執筆)

    山川出版社  2018年04月 ISBN: 9784634640870

  • 清前歴史与盛京文化

    白文煜( 担当: 分担執筆)

    遼寧民族出版社  2015年07月 ISBN: 9787549710751

  • 内モンゴルを知るための60章

    ボルジギン・ブレンサイン( 担当: 分担執筆)

    明石書店  2015年07月 ISBN: 9784750342238

  • 紀念王鍾翰先生百年誕辰学術文集

    ( 担当: 分担執筆)

    中央民族大学出版社  2013年08月 ISBN: 9787566004765

  • 内国史院档 天聡五年Ⅱ

    東洋文庫東北アジア研究班( 担当: 共訳)

    東洋文庫  2013年03月 ISBN: 9784809702754

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 19世紀を中心とした軍事的学知をめぐる人と書物の交錯

    研究期間:

    2019年04月
    -
    2024年03月
     

     概要を見る

    本研究は、国民国家が形成される19世紀を中心とし、軍人のグローバルな移動による人的ネットワークと、軍事関連書の翻訳・流通・受容という分析視角から、軍事的学知の交錯を研究するものである。日本・フランス・ドイツを主とし、オランダ・オスマン帝国・清朝を参照系と位置づけ、軍人と軍事関連書(人とモノ)の移動から、軍事的学知(学知)に光を当てることにより、軍事史的観点からみた新たな世界史像を提起したい

  • 清朝とロシアの外交における多言語翻訳とコミュニケーション・ギャップの研究

    研究期間:

    2019年04月
    -
    2022年03月
     

     概要を見る

    本研究では、まず基礎作業として、17世紀から1860年の北京条約に至る清朝-ロシア間の外交関係について、根本史料である両国間の条約・協定と外交書簡の網羅的データベースを作成する。次に、多言語テキストの存在する文書について、各言語間の内容の差異を検出し、特に清側に関して、差異が生じた原因を、言語能力・翻訳技術と意図的操作の両面を視野に入れて解明する。さらに、こうした翻訳上の問題が実質的な外交交渉に及ぼした影響についても検討を加える。本研究の第一段階の主要な目標である、1860年以前に清-ロシア間で取り交わされた条約・外交書簡のデータベース化については、フォーマットを作成し、データ入力を開始した。2019年度中に順治~雍正年間(1644~1735)部分の入力をおおむね完了し、引き続き乾隆年間以降について作業を進めている。条約・外交書簡の複数言語テキストの相互比較と、テキスト間の差異の原因に対する検討については、まず上記データベースへのデータ入力済の時期に関して、対象とする文書をいくつか選定し、予備的な対照を行ったが、精密な比較検討とそれに基づく考察は、データベースの完成を待ってあらためて行う予定である。清側における翻訳者の変遷についても、上記期間についてはある程度具体的な情報が得られたので、データベースに反映させ、それに基づく予備的な検討に取りかかっている。内モンゴル大学モンゴル学研究センターとの研究協力については、2019年12月に内モンゴル大学を訪問した際に、今後の具体的な進め方について打ち合わせを行った。本研究の成果の一端は、2019年9月に吉林師範大学長春校区で開催された「吉林師範大学第二次国際満学学術研討会」での口頭発表「十八世紀黒龍江地区中俄貿易之変遷」、および2019年12月に内モンゴル師範大学科学技術史研究院において行った公開講演「有関清前期北辺與図的幾個問題」の中で公開した。これらは、いずれも本研究課題の成果発表を主題とするものではないが、内容の一部に、本研究を進める過程で得られた情報を盛り込んでいる。特に遅れが生じているのは、海外での資料調査にかかわる部分である。本研究課題の遂行に当たっては、条約・外交書簡に関して、既刊の資料集や、研究代表者がこれまでに収集した資料ではカバーできない情報を補うために、海外の文書館等での調査が必要である。2019年度には、ロシアと中国での調査を計画していたが、ロシアでの調査は、他の科研費による調査や国際学会への参加等、諸般の事情により日程の調整がつかず、実施できなかった。また、年度末には、北京の第一歴史档案館等での調査を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響で同館は休館となり、渡航自体も断念せざるを得なかった。代替として、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に所蔵される「黒龍江将軍衙門档案」の調査を集中的に行うとともに、関連する国内外の先行研究(書籍・論文など)をより網羅的に収集することをめざした。しかし、一定の成果が得られたとはいえ、収集しえた情報にはおのずから限界があり、今後の海外での調査についても現時点では見通しが立たないため、データベースの完成とその後の研究のとりまとめが、当初予定よりも遅延するおそれが生じている。また、内モンゴル大学モンゴル学研究センターとの研究協力に関しても、先方の状況を確認しながら、計画の見直しをはかる必要がある。上述のように、本研究を完成させるためには、海外の文書館等での資料収集が重要であり、2020年度以降は、情勢の推移を見ながら可能な限り行っていく予定である。しかし、実際のところ、どこまで実現できるかは不透明であるため、既刊の資料集や先行研究をより網羅的に収集するとともに、国内研究機関等での調査を通じて収集可能な情報をいま少し厳密に洗い出して、それらの成果をデータベースに取り込んでいくなど、次善の策を講ずる必要があるかもしれない。また、2020年度中には、外交における翻訳の問題をテーマとするワークショップを開催する計画であった。このワークショップは実施する所存であるが、当初想定していた海外からの研究者招聘に制約がかかるおそれがあるため、国内からの参加者を中心にするなど、研究協力者とも相談しながら、企画を練り直すことを検討中である。内モンゴル大学モンゴル学研究センターとの研究協力に関しては、できるだけ早期に先方との電子メール等を通じた打合せを再開し、今後の進め方について協議する。なお、上のワークショップとは別に、本年11月には、NIHU(人間文化研究機構)の「北東アジア地域研究」プロジェクトの島根県立大学拠点が主催するシンポジウムにおいて、本研究の進展状況について中間的な報告を行う予定である

  • ロシア統治下チベット仏教徒のチベット・モンゴルとの交流の研究

    研究期間:

    2017年04月
    -
    2020年03月
     

     概要を見る

    (1) ダライラマ13世がモンゴルに滞在していた折、越境してきたロシアの仏教徒たちが、ダライラマ13世の身辺を警護し、仕え、それがダライラマの政治力を増していたこと、越境してきたブリヤート人はロシアではディリコフ、チベット資料ではナムダクノヤンという名前の王公であることがわかった。ダライラマ伝に基づくとナムダクノヤンは山西省五台山にまで確実に南下しており、ロシアの仏教徒の国境を越えた活動を呈示することができた。三月には本年度までの成果を、英文書籍The Resurgence of "Buddhist Government": Tibetan-Mongolian Relations in the Modern World. をUnion Press から出版した。<BR>(2) 七月にはパリのInalcoで開催された国際チベット学会(International Association for Tibetan Studies)において本書と同名のパネルをくみ、基調講演としてThe Impact of the 13th Dalai Lama’s Sojourn in Mongolia: Evoking the National Consciousness of Tibetan Buddhists from 1904 to 1908を発表した。バネルにはロシアからはブリヤートのツェレンビロフ、クチャーノフ、クズミンを迎え、日本から近代のモンゴル史の代表的な研究者である橘誠、井上岳彦、和田大知を迎え、この二年間の研究の成果を国際的に呈示する機会を得た。<BR>(3) 「大隈重信の東西文明調和論の背景にある19世紀末の普遍主義」『史観』41:242-226.を発表。本論文は、大隈重信の思想を世界を席巻していた仏教復興運動の世界史の中で捉え直したものである。(1) 過去二年間の研究業績を2019年3月、英文書籍The Resurgence of "Buddhist Government": Tibetan-Mongolian Relations in the Modern World. として出版した。本書はアメリカの雑誌Religious Studies Review, No. 45(December, 2019において好意的に評価され、論文掲載サイトにおいても多くのメンションをえた。<BR>(2) 国際チベット学会(International Association for Tibetan Studies)において筆者はこの二年の研究業績を発表するため出版済み書籍と同名のパネルを主宰し、書籍化した時点より進んだ研究内容を発表し好評を博した。このため、Brill の編集をつとめていたAlex McKayの仲介により、パネルの参加者を筆者に迎えてAmsteldam University Pressから書籍を出版する計画が進んでいる。<BR>(3) 2019年 2月にはブリヤート共和国のウランウデより歴史学研究所の副所長Vancicova氏を招聘し、氏の帰国とともブリヤート史の研究者、荒井幸康氏とともにウランウデの研究所を訪れ、20世紀初頭のブリヤート最高位の僧Iroutuevの資料を閲覧する予定であったが、コロナ禍のために、航空便がすべて欠航となり断念した。ここが唯一計画通りにいかなかった点である。コロナ禍がいつ静まるか不明なため、ウラン・ウデにおけるIroutuev の資料調査は遂行が難しいと思われる。<BR>そこで代替策として、ブリヤート最高位の僧Iroutuevやダライラマ13世の側近Dorzhievなどのロシアの仏教徒をロシア宮廷につないだ貴族、ウフトンスキー公が主宰していた新聞、Sankt Petersburgie ViedmostiのIroltuev、ならびに、インドの仏跡復興運動の機関誌 Journal of Maha Boshi Societyを、可能であれば大英図書館に閲覧にいき、それがかなわないのであれば、ブリヤート人が英領インドやスリランカの仏教徒たちと交流していた1900-1901年の期間にかぎって、そのデジタル情報を図書館交流でとりよせ、精査する。<BR>また、昨年の国際チベット学会の発表内容を英文で書籍化する作業を継続する

  • 軍事史的観点からみた18~19世紀における名誉・忠誠・愛国心の比較研究

    研究期間:

    2014年04月
    -
    2017年03月
     

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    本科研では、18~19世紀のいわゆる「近代移行期」を対象とし、日本、中国、オスマン帝国、ドイツ、フランスにおいて、軍事の担い手が帯びていたエトスの特徴を、政治・経済・軍事・近代思想などさまざまな分野で、直接的・間接的に影響を及ぼし合っていた地域相互の連関性を考慮しつつ、軍事史的観点から比較史的に考察した。名誉・忠誠・愛国心のエトスは、社会における身分・階層・階級と伝統的思考方法を基礎とし、新たな軍事技術と軍事編制の導入、軍事思想の理念や軍事教育の方法、軍人の徴募方法、宗教・民族によるアイデンティティ、「国家」意識やナショナリズムなどと、複雑に絡み合いながら形成されたことが明らかになった

  • 日本における遊牧研究史とその新展開

    研究期間:

    2014年04月
    -
    2015年03月
     

     概要を見る

    ボヤンバートル(宝音巴特爾)は、外国人特別研究員としての任期中、研究代表者である柳澤明と定期的に意見交換をしながら、早稲田大学図書館、東洋文庫等に所蔵される、19世紀後半から近年にいたるまでの日本における遊牧研究の成果を渉猟し、それらを次のように総括した。①19世紀末の日本人による中央アジア探検記録は、探検の多くが政治的・軍事的背景のもとに行われたものであることから、遊牧に関する研究史の中ではあまり注目されてこなかったが、実は当時の遊牧社会に関する貴重な情報を含んでおり、正当に評価すべきである。②20世紀前半~中葉、すなわち戦前期から戦後初期の日本人による研究に関しては、梅棹忠夫を中心とする京都大学関係の研究者の業績が出色である。それらは、動物学・植物学等の該博な知識と民族学(人類学)の方法論を駆使したもので、今日重要な課題となっている遊牧と環境の関係についても先見的な指摘を行っているが、モンゴルの遊牧に関しては、遊牧の地域差の原因に対する考察が不十分である等の限界も認められる。③20世紀後半以降においては、梅棹らを継承する一連の研究成果があるが、それとは別に、モンゴルの遊牧に関する吉田順一の業績が特筆に値する。それは、広範な実地調査を基礎として、遊牧社会における農耕の位置づけ、近代以降の遊牧社会の変容過程などを視野に入れたもので、遊牧の将来を考える上で多くの示唆に富む知見を含んでいる。日本の遊牧研究をこのような視点から俯瞰的に総括した研究は、日本においてもほとんど類例がなく、関連分野の研究者にとって高い参照価値をもつと思われる。なお、上記①の部分はすでに論文として発表済である。②・③についても論文原稿はほぼ完成しており、近い将来に発表予定である。③の吉田の業績については、それらを集成してモンゴル語に翻訳した単行本の出版を計画中であり、吉田氏本人の許諾も得ている。26年度が最終年度であるため、記入しない。26年度が最終年度であるため、記入しない

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講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • 1792(乾隆57)年の「キャフタ市約」と領事裁判権

    柳澤 明  [招待有り]

    キャフタの歴史と遺産、未来   (キャフタ)  A. V. オブルチェフ・キャフタ郷土誌博物館  

    発表年月: 2018年09月

  • 清露外交中におけるモンゴル語

    柳澤 明  [招待有り]

    中央民族大学第二届蒙古文文献国際学術研討会   (北京)  中央民族大学蒙古語言文学系  

    発表年月: 2017年11月

  • 十八世紀土爾扈特部派往西蔵的三個使団

    柳澤 明  [招待有り]

    “清朝政治発展変遷研究”国際学術研討会   (上海)  復旦大学歴史地理研究中心  

    発表年月: 2017年06月

  • 清代中俄外交中満文所占的地位

    柳澤 明  [招待有り]

    北京市社会科学院満学研究所学術講座   (北京)  北京市社会科学院満学研究所  

    発表年月: 2017年03月

  • The three Kalmyk embassies to Tibet in 18th century and Qing's reaction to them

    Akira Yanagisawa

    The Nature of Inner- and East Asian Polities and Inter-polity Relations in the 18th and 19th centuries, focusing on Qing-Tibetan-Mongol relations; Perspectives from Contemporary Sources   (東京)  早稲田大学中央ユーラシア歴史文化研究所、Kreddha  

    発表年月: 2017年03月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 清-ロシア関係史に関するロシアにおける研究史の総括と再検討

    2000年  

     概要を見る

     本研究の目的とするところは、特に18世紀の清-ロシア関係をめぐるロシア(ソ連)における研究史・研究動向を総括・再検討するための第一段階として、国内において可能な限りの情報を収集・分析することにあった。この目的を達成するため、具体的には次の3つの方面から作業を進めた。①Скачков、 П.Е. Очерки истории русского китаеведения (Москва、 1977) 、等の基本文献によって、ロシア(ソ連)の中国研究史を整理する;②既存の各種の文献目録等を基に、ロシアの中国研究に関するできるだけ総合的・網羅的な文献・資料の基礎リストを作成する;③関連文献を比較的多数所蔵する国内各機関について、②の基礎リストに基づく所蔵チェックを行うとともに、基礎リスト自体の補完も行う。以上のうち、②については、Скачков, П.Е. Библиография Китая (Москва-Ленинград、 1932);Tung-li Yuan、 Russian works on China 1918-1960 in American libraries(New Haven、 1961)等の目録のほか、研究代表者が1996年にモスクワのСинологическая библиотека(中国学図書館)における調査の際に作成した文献・資料リスト等を基に、逐次基礎リストを整備しつつあるが、現在のところ完成には至っていない。③については、早稲田大学中央図書館をはじめ、日本ロシア語情報図書館(東京都世田谷区)、北海道大学スラブ研究センター図書室等で調査を行ったほか、NACSIS-Webcat等のオンライン検索システムを通じての検索も実施し、データの充実に努めている。今後は、関連する概説書・研究書における引用・参照文献をもチェックして基礎リストをさらに充実させるとともに、より広範囲にわたる実地調査を進めた上、ある段階に達した時点で、上記①の作業に基づく適当な解題を付した上で公開する予定であるが、その方法としては、ホームページ等を活用することも考慮している。

  • 中国東北およびモンゴルにおける清朝の統治と民族集団の再形成の関係についての研究

    1998年  

     概要を見る

    本研究は,申請者が従来から継続的に取り組んできた清朝統治下の中国東北における諸民族集団の再形成のプロセスの解明を,隣接するモンゴルの状況との比較をも視野に入れつつ,より全面的に進めることを目的とするものであった。そのため,計画通り1998年7月から8月にかけて中国に出張し,主として北京の中国第一歴史档案館において清朝中央政府の文書史料(档案)の調査を行った。 実際に閲覧・調査したのは,1)1680~90年代の「礼科史書」と「兵科史書」と,2)1720~30年代の「朱批奏摺」で,特に1)に重点をおいた。 これは,1680~90年代が,ロシア帝国およびジュンガル部の東進によって東北とモンゴルの諸民族の分布・帰属に大きな変動が見られた時期に当たり,現在に至る民族構成の基礎が形成される画期の1つであったの認識に基づく。「史書」とは中央・地方官が皇帝に提出した上奏文(題本)の副本であり,これまで十分な調査・研究が行われておらず,また当該時期の題本の原本が多く散逸している関係上,東北・モンゴルに関しても未知の情報を相当量含んでいると期待された。しかし,実際に閲覧してみると,予想以上に残欠がはなはだしく,系統的な情報を得ることはきわめて困難であった。 それでも,1)当該時期に清朝が東北とモンゴルにおいて実施した一連の軍事行動への在地諸民族の動員状況;2)戦乱を避けて各地に分散した諸民族の各グループの動向;等について,若干の新たな知見を得ることができた。なお,中国第一歴史档案館における調査以外に,北京では相当数の関連書籍を購入した。以上の調査によって得られた知見については,これをロシア語史料から得られる情報と対比させつつ,目下分析を進めているが,具体的な発表先は現時点では確定していない。

  • 清代東北における諸民族集団の再編に関する研究

    1997年  

     概要を見る

    本研究は、中国東北地方の現在の諸民族集団の分布やエスニシティは、清朝による統治体制の展開の中で再形成された結果であるとの見通しを、具体的な資料に基づいて検証しようとするものである。こうした研究を進めるための一次資料としては、清代の中央・地方行政機関の文書(档案)のほか、日本支配期(「満州国」期)の調査報告・統計等も重要であるが、本研究では、これらのうち日本国内に所蔵されているものの収集・分析を行なった。実際に資料調査を行なった機関は、1)東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2)一橋大学附属図書館、3)一橋大学経済研究所である。うち1)においては、マイクロフィルムの形で所蔵されている『黒竜江将軍衙門档案』のうち、康煕29(1690)年~59(1720)年の部分の一部を閲覧し、多数の文書を複写した(ただし、研究者が同研究所共同研究員である関係で複写が無料となったため、支出実績には反映されていない)。また、2)、3)においては、主として満州国期の資料を収集した。資料が膨大であるため、分析はなお完了していないが、関係するいくつかの民族集団のうち、特に現在内蒙古自治区呼倫貝爾盟陳巴爾虎旗(清代においては同地域は黒竜江の所管)の主要人口を構成するホーチン=バルガ(陳巴爾虎)と呼ばれる人々の前身が、1690~94年に戦乱を避けてハルハ(現在のモンゴル国)から黒竜江地区に流入した後、清朝によって八旗制に組み込まれながら移住を繰り返す中で、次第に民族集団としての再形成を果たしていく過程が、具体的に明らかになりつつある。本研究の成果は、「ホーチン=バルガ(陳巴爾虎)の起源と変遷」(仮題)として『社会科学討究』第44巻2号に発表する予定であるが、今後中国に所蔵される関連資料を調査・収集する機会が得られれば、研究成果をさらに充実したものとしていくことができるであろう。

海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • 近代モンゴルおよび中国東北(満州)における社会・文化変容

    2016年04月
    -
    2016年09月

    イギリス   ケンブリッジ大学

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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