武田 潔 (タケダ キヨシ)

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所属

文学学術院 文学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 文学学術院   大学院文学研究科

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
    -
    1989年

    早稲田大学   文学研究科   芸術学(演劇)  

  •  
    -
    1986年

    フランス国立社会科学高等研究院   社会学・人類学・記号学学際研究センター   映画理論  

  •  
    -
    1980年

    東京外国語大学   外国語学部   フランス語学科  

学位 【 表示 / 非表示

  • Waseda University   M. A.

  • 早稲田大学   文学修士

  • Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales   Doctorat

  • フランス国立社会科学高等研究院   博士

経歴 【 表示 / 非表示

  • 1998年
     
     

    早稲田大学文学部教授

  • 1993年
    -
    1998年

    早稲田大学文学部助教授

  • 1990年
    -
    1993年

    早稲田大学文学部専任講師

  • 1987年
    -
    1990年

    早稲田大学文学部助手

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    日本記号学会

  •  
     
     

    日本映像学会

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • 美学、芸術論

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 映画研究、芸術諸学

論文 【 表示 / 非表示

  • 映画のテクストにおけるアスペクト性について―絵画と写真の形象を中心に

    武田潔

    演劇映像   ( 62 )  2021年03月

  • 「映画の「自動性」と「世界への信」-三浦哲哉『映画とは何か-フランス映画思想史』」書評

    武田潔

    表象   ( 10 )  2016年03月

  • 書評 D. N. Rodowick, Elegy for Theory

    映像学   通巻 ( 93 ) 87 - 91  2014年11月

  • 光の間歇—プルーストと映画の交わりを問い直す

    早稲田大学大学院文学研究科紀要   第59輯・第3分冊   5 - 22  2014年02月

  • 映画の中の絵画—光、持続、音、そして画家の身体

    演劇映像学2010   報告集1   147 - 162  2012年03月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 還ってきた文楽フィルム『日本の人形劇—人形浄瑠璃』研究報告/"Marionnettes japonaises: Ningyô-jôruri": itinéraire d'un film (日仏2ヵ国語版)

    内山美樹子監修, 武田潔編

    早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム  2011年03月 ISBN: 9784904221211

  • 明るい鏡—ルネ・クレールの逆説

    早稲田大学出版部  2006年03月 ISBN: 4657062042

  • 『新・映画理論集成』、第2巻(知覚/表象/読解)

    岩本憲児, 武田潔, 斉藤綾子編

    フィルムアート社  1999年04月 ISBN: 4845999935

  • 新しい映画史を考える

    宇波彰監修, 武田潔, 細川周平, 小松弘, 四方田犬彦著

    大学セミナー・ハウス  1998年12月

  • 『新・映画理論集成』、第1巻(歴史/人種/ジェンダー)

    岩本憲児, 武田潔, 斉藤綾子編

    フィルムアート社  1998年02月 ISBN: 4845998742

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 黒澤明研究

    研究期間:

    2002年
    -
    2004年
     

  • ルネ・クレールをめぐる批評的言説の変遷

    基盤研究(C)

    研究期間:

    2001年
    -
    2002年
     

     概要を見る

    かつてフランスを代表する映画監督として世界的な名声を博していたルネ・クレールをめぐって,フランスの映画批評におけるその評価の変遷を検証し直し,なかんずく彼の"自己反省的"な映画観に対する関心の推移を辿ることで,映画的言説における"同時代性"の意義と問題点を明らかにすることが本研究の目的とするところであった。かねてから取り組んできたこのテーマをめぐって,平成13〜14年度の研究期間においては,2度にわたってパリに出張し,フランス国立図書館,同図書館の芸能部門分館であるアルスナル図書館(遺族より寄贈された「ルネ・クレール資料」を収蔵),映画図書館(BIFI)などで資料調査を行ったほか,シネマテーク・フランセーズや,平成15年3月の出張で訪れたロンドンのブリティッシュ・フィルム・インスティテュート(BFI)などのフィルム・アーカイブで,関連作品の研究試写も行った。その成果をまとめた報告書では,クレールの映画監督デビューから晩年の活動に至るまで,ほぼ彼の全キャリアを通じて,その作品と,彼自身の論評と,公開時の批評を検証することができ,その結果,処女作以来,すぐれて自己反省的な映画観を探究してきたクレールが,映画批評の"同時代性"に応じて,必ずしもそうした特色を正しく評価されてこなかったという事実が明らかとなり,そうした批評の恣意性を明確に把握することこそが,映画的言説の真の"同時代性"を認識することにつながるという知見を得ることができた。なお,平成14年度末に研究経過報告書を提出した段階では,研究成果は単行書の形でまとめる意向であったが,最終的な成果物とするにはさらに若干の調査が必要となったため,科研費補助金による研究成果としては,様式11の体裁に従った報告書として提出することとした。なるべく早い時期に追加の作業を完了して,単行書として出版したいと考えている

  • ルネ・クレールをめぐる批評的言説の変遷

    基盤研究(C)

    研究期間:

    2001年
    -
    2002年
     

     概要を見る

    かつてフランスを代表する映画監督として世界的な名声を博していたルネ・クレールをめぐって,フランスの映画批評におけるその評価の変遷を検証し直し,なかんずく彼の"自己反省的"な映画観に対する関心の推移を辿ることで,映画的言説における"同時代性"の意義と問題点を明らかにすることが本研究の目的とするところであった。かねてから取り組んできたこのテーマをめぐって,平成13〜14年度の研究期間においては,2度にわたってパリに出張し,フランス国立図書館,同図書館の芸能部門分館であるアルスナル図書館(遺族より寄贈された「ルネ・クレール資料」を収蔵),映画図書館(BIFI)などで資料調査を行ったほか,シネマテーク・フランセーズや,平成15年3月の出張で訪れたロンドンのブリティッシュ・フィルム・インスティテュート(BFI)などのフィルム・アーカイブで,関連作品の研究試写も行った。その成果をまとめた報告書では,クレールの映画監督デビューから晩年の活動に至るまで,ほぼ彼の全キャリアを通じて,その作品と,彼自身の論評と,公開時の批評を検証することができ,その結果,処女作以来,すぐれて自己反省的な映画観を探究してきたクレールが,映画批評の"同時代性"に応じて,必ずしもそうした特色を正しく評価されてこなかったという事実が明らかとなり,そうした批評の恣意性を明確に把握することこそが,映画的言説の真の"同時代性"を認識することにつながるという知見を得ることができた。なお,平成14年度末に研究経過報告書を提出した段階では,研究成果は単行書の形でまとめる意向であったが,最終的な成果物とするにはさらに若干の調査が必要となったため,科研費補助金による研究成果としては,様式11の体裁に従った報告書として提出することとした。なるべく早い時期に追加の作業を完了して,単行書として出版したいと考えている

講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • クリスチャン・メッツと社会科学高等研究院―1970年代と80年代の経験から

    武田潔

    日本映像学会/映像教育研究会  

    発表年月: 2017年08月

  • 映画の中の絵画—光、持続、音、そして画家の身体

    映画と演劇におけるピクチャレスク  

    発表年月: 2011年01月

  • 文楽フィルムとアルベール・カーン博物館

    早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム研究報告会:文楽フィルム「日本の人形劇」  

    発表年月: 2009年12月

  • 装置間の争い—映像メディアの混淆とその体験

    ヨコハマ国際映像祭2009 CREAMフォーラム  

    発表年月: 2009年10月

  • シンポジウム「演劇から映画へ—その理論的考察」

    早稲田大学演劇博物館グローバルCOEプログラム国際研究集会:Stage to Screen—演劇から映画へ—  

    発表年月: 2008年03月

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • ルネ・クレール再考―1930年代におけるトーキー映画へのアプローチ

    2000年  

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     本研究は私が数年来進めている「ルネ・クレール論の変遷」に関する研究の一環をなすものである。クレールはかつてフランスを代表する映画監督として世界的な名声を博していたが、第二次大戦後、特にヌーヴェル・ヴァーグと称される新しい世代の映画人たちが登場してからは、むしろ古い権威の象徴として攻撃されることも多かった。しかし、その作品と評論から窺われる映画観は、映画の“自己反省作用”(映画を通じて映画自体についての省察を促す作用)に対する先鋭な意識に貫かれており、その意味で彼の業績は1960年代以降のいわゆる「現代映画」の展開と深い繋がりを有している。 そうした観点のもとに、私はこれまでフランスの映画批評におけるクレールの位置づけの変遷を辿り、そこに見られる言説の位相の変化を明らかにしてきたが、今回は過去の調査研究で十分に検討することのできなかった、1930年代の彼の活動と、それに関する同時代の批評を取り上げた。今回もまた、これまでと同様、夏季休暇を利用してパリに短期間滞在し、アルスナル図書館(フランス国立図書館芸能部門)に収蔵されている「ルネ・クレール資料」を中心に調査・収集を行った。その結果、クレールが当初トーキーの導入には懐疑的でありつつも、この新たな技法に大きな関心を寄せていたこと、また当時の批評の論調が、サイレント期の多彩で先鋭な模索から、『巴里の屋根の下』や『巴里祭』に代表されるような、いわゆるパリの下町情緒を活写するトーキー期の作風へと、その評価の軸を移していったことなどを裏付ける多数の資料を収集することができた。 この研究の成果については、従来のように論文の形で発表するか、あるいは過去の研究成果(論文4編)と、2001年度に申請している特定課題研究(主にヌーヴェル・ヴァーグ期以降の、最晩年におけるクレールの評価を検討する予定)の成果と合わせ、全体を増補して単行本の形にまとめるか、現在検討中である。

  • ヌ-ヴェル・ヴァーグによるルネ・クレール論

    1999年  

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     本研究は私がかねてから取り組んでいる、フランスの映画監督ルネ・クレールに関する評価の変遷を辿る試みの一環をなすものである。今回は、戦前からフランスを代表する映画作家として世界的な名声を博していたクレールが、1950年代以降、特に「ヌーヴェル・ヴァーグ」と称される新しい世代の映画批評家=映画作家たちによって、古い権威の象徴として攻撃されるに至った局面を取り上げた。両者は、その映画観の内に先鋭な"自己反省的"意識が認められる点で、本来ならば連帯しえたと思われるにもかかわらず、映画史の転換期における特殊な状況のもとで、そうした共感に基づく出会いは遂に果たされなかった。 そのような"不幸"の実相を明らかにすべく、国内で入手できる当時の批評資料を可能な限り収集した上で、99年夏にはごく短期間ながらパリの「アルスナル図書館(フランス国立図書館芸能部門)」に赴き、そこに収蔵されている「ルネ・クレール資料」の中の関係資料を調査した。また、同時にパリ郊外の「ボワ・ダルシー・フィルム・アーカイヴ」で、日本では未公開のクレールの最晩年の作品(いずれも公開時には若い世代の批評家たちから酷評された)を研究試写により鑑賞した。 これらの資料の検討を通じて、戦後のフランス映画のみならず、世界の映画に多大な影響を与えたヌーヴェル・ヴァーグが、その革新的な映画観と映画作法によって映画文化の新たな地平を切り開く一方で、「作家主義」に伴う過度の戦略性や、集団的感化によるある種の抑圧などから、遂に"同時代"の言説の枠組みを越ええなかったさまが明らかとなった。そうした事実が現代の我々に突き付ける問題も含め、今回の研究の成果は、既に別記の論文にまとめて発表している。

  • ルネ・クレール論の変遷と映画的言説の位相

    1997年  

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    フランスの映画作家ルネ・クレールは1920年代に先鋭な映画理念を掲げてデビューし、その後、絶大な名声を確立したが、50年代以降、ヌーヴェル・ヴァーグという新しい世代の映画批評家=映画作家たちによって徹底して否定されるに至った。そうした変遷は、映画的言説の支配的位相という観点から、歴史的にきわめて重要な、かつアクチュアルな意義を有している。このような問題設定のもとに、私はこれまでの論考において(「『眠れるパリ』を読む-映画言説史に向けて」および「成熟と逆説-クレール論の変遷に関する一考察」、『映像学』、No.55と56)、クレールがサイレント時代に、その作品や評論を通じて“映画の自己反省作用”(=映画を通じて映画そのもののあり方を問い直す作用)を追求し、彼をめぐる批評的言説も、少なくとも第二次大戦前まではそうした特色を多かれ少なかれ認知していたことを明らかにした。 そこで今回は、戦後から50年代に焦点を当て、ヌーヴェル・ヴァーグの精神的指導者であった2人の人物を取り上げて、彼らのクレール観が体現していた映画的言説の位相を検証することにした。その人物とは、世界的に有名なフィルム・ライブラリーであるシネマテーク・フランセーズを創立したアンリ・ラングロワと、戦後フランスの最も重要な映画批評家であったアンドレ・バザンである。前者とクレールの協力関係を示す資料や、クレールに関する後者の評論を検討した結果明らかになったのは、クレールが抱いていた自己反省的な映画理念が、この時期には、片や映画史に対する啓蒙という点で高く評価されるとともに、片や彼の作家としての“円熟”ともあいまって、一種の閉塞への危惧を生み出していたということであった。こうした状況が、ヌーヴェル・ヴァーグによるクレール批判へとつながって行ったことは言うまでもない。 具体的な作業としては、1997年の夏季休暇中に、パリのアルスナル図書館に所蔵されている「ルネ・クレール資料」の調査を行い、帰国後ただちに資料の整理・分析を行って、既にその成果を下記論文において発表している。研究成果の発表:回帰と更新-戦後のクレールをめぐる二つの視座(『映像学』第59号、日本映像学会、1997年11月、p.73-90)

海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • フランス映画言説史の研究

    2004年04月
    -
    2005年03月

    フランス   パリ第3大学 映画・視聴覚研究所

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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