川瀬 武夫 (カワセ タケオ)

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所属

文学学術院 文学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 文学学術院   大学院文学研究科

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
    -
    1985年

    東京大学   人文科学研究科   仏語・仏文学  

  •  
    -
    1975年

    早稲田大学   第一文学部   フランス文学  

学位 【 表示 / 非表示

  • 東京大学   文学修士

  • (BLANK)

経歴 【 表示 / 非表示

  • 1996年
    -
     

    早稲田大学教授

  • 1991年
    -
    1996年

    早稲田大学助教授

  • 1988年
    -
    1991年

    早稲田大学専任講師

  • 1988年
    -
    1991年

    早稲田大学専任講師

  • 1985年
    -
    1988年

    早稲田大学助手

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    日本フランス語フランス文学会

 

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 仏語・仏文学

論文 【 表示 / 非表示

  • 大正期のネクロフィリア−萩原朔太郎とエドガー・ポー

    川瀬武夫

    比較文学年誌/早稲田大学比較文学研究室   ( 44 ) 18 - 38  2008年03月

  • エマニュエル・デ・ゼサールの役割−マラルメ初期詩篇註解(3)

    川瀬武夫

    文学研究科紀要/早稲田大学大学院文学研究科   52 ( 2 ) 71 - 85  2007年02月

  • ルイス/ヴァレリー/ジッド 三声の往復書簡

    川瀬武夫

    現代詩手帖   48 ( 10 ) 66 - 81  2005年10月  [査読有り]

  • 西條八十とアルチュール・ランボー

    川瀬武夫

    西條八十全集 第十五巻月報     3 - 6  2004年12月

  • マラルメという謎

    川瀬武夫

    ちくま/筑摩書房   ( 402 )  2004年10月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • マラルメ年譜

    川瀬武夫

    マラルメ全集Ⅰ—詩・イジチュール/筑摩書房  2010年05月 ISBN: 9784480790019

  • 書簡分担訳

    川瀬武夫

    マラルメ全集Ⅴ—書簡Ⅱ/筑摩書房  2001年04月

  • 隠蔽されたペニュルティエーム—マラルメとブルトン

    川瀬武夫

    シュルレアリスムの射程 言語・無意識・複数性(鈴木雅雄編)/せりか書房  1998年10月

  • 分担訳・解題

    川瀬武夫

    マラルメ全集Ⅲ—言語・書物・最新流行/筑摩書房  1998年03月

  • 黒い瞳のエロス−ベル・エポックの三姉妹(ドミニク・ボナ著、共訳)

    川瀬武夫

    筑摩書房  1993年10月

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • テクスト解析に基づくマラルメ散文作品の形態生成と意味構造に関する総合的研究

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    平成元年度の研究成果に基づき本年度に予定した研究計画を,ほぼ達成し得たと考えられる。すなわち,前年度に完成したマラルメ研究文献の書誌デ-タベ-スを活用して当該分野における今日までの世界の研究の到達水準との有機的関連を保ちつつ,研究者は各自の役割分担に従ってそれぞれの研究対象たる散文作品のテクストをその中心的語彙・文体の特徴・主題の変遷など,あらゆる角度から解析し,幾つかの新しい知見を得,これを以下に述べる内容の「論文集」としてまとめることとした。1)散文詩から「批評詩」への変容とその具体例若干(松室),2)散文詩テクスト表層における時間的変移の具体相(井原),3)「イジチュ-ル」「最新流行」におけるテクストの構造とその思想(竹内),4)マラルメ後期散文における表層構造の差異が示す意味の分析(兼子),5)各種アンケ-トに対するマラルメの回答に見られる文体的特徴とマラルメの社会思想との連関の具体的分析(川瀬)。この記述をおこなうための基礎的資料として,前年度の作業を承けてマラルメ書誌デ-タベ-スの検索システムが本年度完成し,また,マラルメ全書簡の検索システムも完成を見た。これらの基礎資料は単にわれわれの研究の有効な道具であるにとどまらず,1991年4月からひろく研究者に公開提供する所存である(詳しくは裏面に記載した竹内・兼子論文を参照されたい)。なお,マラルメのテクストの意味を更に深く了解するためには,次年度以降に実施さるべき「マラルメのコスモポリティスム」追究が不可欠であろうと考える

  • テクストデータベースに基づく『マラルメ書簡集』の総合的研究

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    本研究は、マラルメ(St.Mallarme1842-1898)の「書簡集」テクストデータベースを基本コーパスとして、その中に含まれる情報をテーマ系に従って分析し、整理することを目標とした。その際、研究分担者がそれぞれ、フランス文壇、火曜会、人文科学、家族、同時代芸術、ジャーナリズムというテーマ系を分担する形で作業を進めた。各テーマ系に関する研究成果は、今後、研究論文やデータベースの公開、等によって行われる。また、筑摩書房から刊行中の「マラルメ全集」の翻訳、解題執筆の基礎資料として用いられた。発表された研究成果は「11.研究発表」、に記すが、それ以外の成果として次のようなものがある。ほとんどすべてが、マラルメ・テクストデータベース(MalTDB)、マラルメ情報データベース(MalRDB)に関係する成果である。1)平成5年度中にガリマ-ル書店との「書簡集」TDBの公開に関する契約が整い、使用条件が確定したので、それを既に公開しているMalTDBに統合した。その結果、フロッピ-ディスクなどへのコピーが可能になった。現在マラルメ研究会を通じて研究者に提供されている。2)「書簡集」脚注の入力が、MalTDBを拡充するものとして計画され、平成7年3月の段階で、予定の約1/2の入力が完了している。3)「書簡集」解読の参照軸となるべき年譜がデータベース化された。4)「書簡集」に含まれるマラルメの交友関係をまとめた「火曜会データベース」の一部が完成。5)ジャーナリズムに関するデータがまとめられた。6)「古代の神々」の英語オリジナルとマラルメのフランス語テクストとの比較対照が終了。現在そのデータベース化作業が進行中。7)マラルメ書誌データベース(MalBlB)の更新が行われ、1987年以後のデータが追加された

  • マラルメ・テクストデータベースのネットワーク化とその利用のための研究

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    本研究の目的は、マラルメの主要作品の電子化テクスト(MallarmeText Database, Mal TDB)をW W Wサーヴァに搭載し研究者の利用に供することであった。共用されるのは、電子されたマラルメの著作のうちもっとも重要なDivagations(1年刊)の全テクスト、およびそのプレオリジナルである。同一テクストがMalTDBの原本であるOCP形式のテクストファイル形式とW W Wプラウザーで閲読できるHTML形式の二様式で提供される。サーヴァの設計・設置は、専門業者(高岳製作所)に依頼した。ハードウェアとしてはUNIX-PC(MPU:PentiumPRO 200 MHz)を用い、サーヴァ管理ソフトとしては日本語Solares2.5を用いた。サーヴァの設置は平成10年5月に行われ、直ちにDivagationsのテクストの試験共用を開始し、一ヶ月後には東大アーカイヴとリンクさせた。その結果、国外からのアクセスも含めてアクセス件数は大幅に増大した。アクセスはログ・ファイルとして記録され、管理用のデータとなっている。試験供用と並行して他のテクストファイルの校正作業を行った。当初計画のDivagations関連のプレオリジナルテクストの校正を終え、校正シートに基づき校正の結果をファイルに反映させた

  • ステファヌ・マラルメと同時代のジャーナリズムとの関係についての研究

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    1.マラルメと同時代のジャーナリズムとの関係におけるアンケート回答の位置づけ:マラルメのテクストのうちで従来周縁的なものとされてきたアンケート回答の意義を確認したうえで、この種の短いテクストの独特の性格を、一方ではインタヴューとの対比で、他方では詩作品や本格的な論説文との対比で明確に規定した。2.マラルメのアンケート回答のテクスト研究:マラルメのアンケート回答のテクストについては、そのプレオリジナルの蒐集に鋭意つとめてきたが、ゴードン・ミランやベルトラン・マルシャルによる最新の刊本によって、その底本の確定にかんしては、残念ながら、もはや新たな寄与の余地がないことが明らかになった。ただ、アンケート回答というテクストの固有な性格である「間テクスト性」をよりいっそう浮き彫りにするという重要な作業はまだ残されているので、現在、その存在が判明している30余篇のテクストのひとつひとつについて、追加すべき情報や二次的データを補足していった。3.<偶然性>の問題:マラルメのアンケート回答は1880年代後半以降、つまり詩人の<後期>に集中している。この時期の彼の文筆活動の全体をあらためて概観してみると、他に時評の連載、講演、インタヴュー、さらにいわゆる「折りふしの詩句」の制作といった、これまでに見られなかったジャンルにおいて活発な営為があったことが分かる。マラルメは<絶対>をめざして生涯<偶然性>と戦いつづけた詩人とされてきたが、ここには<偶然性>との新たな対処の仕方、すなわち<偶然性>との和解とでも呼ぶべき事態が起きているように推測される

  • ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註解研究

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    フランス象徴派の詩人ステファヌ・マラルメ(1842-1898)が1862年から1865年にかけて制作したいわゆる「初期詩篇」にかんして、各詩篇のプレオリジナル(初出形態)、ヴァリアント(異文)、マニュスクリ(手稿)などの文献学的情報を整理・記述し、さらにフランス本国での資料調査に基づき、各種学術雑誌等に発表された最新研究のビブリオグラフィを作成し、それらをデータベース化した。以上の基礎作業を終えたあとで、各詩篇についての予備的な読解作業に着手したところだが、現時点で明らかになったのは、シャルル・ボードレールやテオドール・ド・バンヴィルといった先行する詩人たちの影響下に、「理想」と「現実」という二元論的な枠組みから出発したマラルメの詩作が、すでに1864年春の段階において「書くことの不可能性」というある種の「危機」に逢着していたという点である。一般にマラルメの形而上学的危機は1866年あるいは翌67年あたりから「虚無」との出会いを契機に始まったとされているが、この1864年の「危機」は来るべき本格的な危機を準備した重要な前段階と解釈することができるだろう。マラルメの初期詩篇をそうした詩人の内的ドラマの進展の過程を刻々と表現した相互関連性の高いテクスト群として把握することのメリットは大きいはずだ。このことによってこれらの作品をたんに詩人の若書きとしてでなく、独自の存在価値を有する一連のテクスト総体として読解する可能性が開かれるからである。詩を書くという行為がそのまま人間存在のドラマとして成立しうるという発見が、さらにマラルメをして「エロディアード」および「半獣神」の演劇の試みへと導いていったとする仮説を今後は検証していく予定である

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註解研究

    2005年  

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    2005年度の特定課題研究は、特別研究期間制度適用に伴うフランス(パリ)での在外研究と重ねて実施されることとなったので、地の利を生かす形で、ステファヌ・マラルメの初期詩篇とフランスの首都とのかかわりに焦点をあてることにした。 マラルメはパリ生まれであったが、14歳のとき中級官吏であった父親の任地の関係でサンスのリセに転校したから、そのときから1862-1863年の1年間のロンドン滞在を経て、1871年にパリ・コミューン崩壊後の首都へリセ・コンドルセの英語教師となって舞い戻るにいたるまで、詩人とパリとの関係はしばらく途絶えていたかに見えなくもない。 しかしこのかんマラルメとパリとの紐帯を保ちつづけるものがあったとすれば、それは彼が自分のまわりに張り巡らせた人間関係のネットワークであった。まず、サンスのリセに国語教員として赴任してきた新進の詩人エマニュエル・デ・ゼサールが若きマラルメを地方都市の孤独から救い出す。そして、このデ・ゼサールの紹介によって、アンリ・カザリス、カチュル・マンデス、ヴィリエ・ド・リラダンといったパリに住む気鋭の文学者たちと実り多い交友関係を結んでいくのである。 さらにデ・ゼサールは、マラルメをこれに劣らぬ重要な交遊サークルのなかに導き入れることになる。のちにニナ・ド・ヴィヤールの名で知られるようになる個性的な女性とその取り巻き連中が作り上げていた独特な世界である(デ・ゼサールはニナに求愛して拒絶されている)。マラルメの最初に印刷された詩篇群は、じつはこの交遊圏から直接生まれたものであり、さらに1870年代に入ってからも、マラルメは成長したニナの主宰する文学サロンに出入りすることによって、シャルル・クロやエドゥアール・マネらと知り合いになる(マネはこの時期有名なニナの肖像画を描く)。パリに戻ったマラルメが、独自のジャーナリズム活動を通じてフランスの首都の祝祭的な「現在」に目を開かされたこととニナの現代的なサロンの存在は決して無関係ではなかったはずである。 従来ほとんど注目されてこなかったマラルメとニナ・ド・ヴィヤールのとの関係は、モード雑誌「最新流行」刊行の経緯も含めて、きわめて重要なものであることが判明している。パリでの資料調査の成果も踏まえて、今後もこのテーマを追求していく予定である。 

  • ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註解研究

    2003年  

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     本年度の特定課題研究は同研究課題の科研費申請のための予備的研究として位置づけられた。 最新のテクスト研究の成果に基づき(とくにベルトラン・マルシャル編纂のプレイアッド版全集新版に依拠するところが多かった)、マラルメの初期詩篇にかんする文献学的データの整備につとめるとともに、欧米の学術雑誌を中心としてこの分野での新しい研究論文を蒐集し、その書誌的情報をデータベース化した。 一方で、初期マラルメの詩人的形成に大きな影響を与えたと推測される先行詩人たち、すなわちヴィクトル・ユゴー、シャルル・ボードレール、テオドール・ド・バンヴィルらのテクストにも幅広く目を配り、1860年代前半の時点におけるマラルメの詩的地平の確定に力を注いだ。60年代後半のいわゆる「危機」の時期をはさんで、マラルメが変わった部分と変わらなかった部分を丁寧に腑分けしていく作業は、今後のマラルメ研究にとって重大な意味を持つと考えられる。 科研費が獲得されたあかつきには、本年度の予備的調査・研究を土台にして、本課題についての総合的展開が可能となるはずである。

  • ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究

    2000年  

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     「ステファヌ・マラルメの言語思想に関する研究」と銘打った2000年度の特定課題研究は、主として詩人の1860年代後半の言語学的探求に焦点をあて、いわゆるマラルメの「形而上学的危機」のなかで、彼の言語にまつわる問題意識が、どのような深まりと射程を持つに至ったか、そしてその後の彼の詩的営為にいかなる影響を与えたかを検証してみた。 1860年代にマラルメが逢着した〈危機〉の内実とは、キリスト教の〈神〉の不在の発見と、そこから帰結する人間存在の虚無性の認識であったといっていい。そのような絶望感から脱出するためにマラルメがとりあえず手にしたアリアドネーの糸は、たんなる物質的存在にすぎない人間がそなえている固有の言語能力への着目であった。人間が現実世界を超越しうる唯一の契機としての「虚構fiction」を生み出すちからはまさにこの言語に由来する能力であり、〈神〉概念がそうした人間による最大の「虚構」である以上、言語こそは人間の「神性divinit&#233;」を保証する根拠に他ならないと彼は考えたのである。 この時期マラルメは哲学的自殺をテーマにした難解なコント「イジチュール」を書くかたわら、言語学の学位論文を提出するための本格的な準備作業に入っている。結局、この学位論文はついに完成しなかったものの、現在残されている断片的なメモを読むかぎり、彼の言語思想がヘーゲル哲学の思弁的な枠組みにとどまることなく、当時勃興期にあった印欧比較言語学の実証的な成果に多くを依拠していたことは明らかである。彼が同時代の言語学研究に何を見てとっていたのかを正確に確定するにはさらに粘り強い調査を必要とするが、少なくとも1877年に刊行されたマラルメ唯一の英語学関係の著作『英単語』が1870年代初頭までには着想され、執筆の準備が始められていたことだけはまちがいない。従来、リセの英語教師であったマラルメの小遣い稼ぎの仕事としか見なされてこなかった『英単語』を、以上のような彼の言語学的探求の必然的な帰結と位置づけ、その意義を深く理解することは今後のマラルメ研究の重要な課題となるであろう。 なお、今年度は筆者がその訳出書簡の選定作業から参与していた『マラルメ全集Ⅴ・書簡Ⅱ』(筑摩書房)の最終校正にも忙殺された。本巻は筆者による「凡例」および各年の「扉年譜」を付して、2001年4月にようやく刊行の運びとなった。

  • マラルメ『ディヴァガシオン』の研究

    1999年  

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     「マラルメ『ディヴァガシオン』の研究」と銘打った1999年度の特定課題研究は、詩人の死の1年前に彼の散文作品の集大成として刊行された『ディヴァガシオン』の構成原理をいかにして把握するかという問題に焦点をあてた。「地上世界のオルフェウス的解明」と定義されるマラルメの唯一絶対の〈書物〉の夢想は彼の生涯の文学的営為を根底から規定するものだが、詩人が晩年になって刊行した(あるいは、刊行しようとした)3冊の著作、すなわち散文集『ディヴァガシオン』、没後刊行の韻文集『ポエジー』、および従来のジャンル概念から大幅に逸脱した破天荒な形式の『賽の一振り』(これは結局マラルメの意図通りには刊行されなかった)が、彼の〈書物〉の夢想のなかでどのような位置を占めているのかを問うことは、マラルメ研究におけるきわめて重要な課題であることは論をまたない。 とりわけ、60年代、70年代の散文詩から、80年代の演劇論を経て、90年代の群衆論、絵画論、詩論、書物論までを収めた『ディヴァガシオン』は、何の脈絡もないテクスト群がたまたま1冊の書物として取りまとめられただけにすぎないように見えるが、初出のプレオリジナルのテクストと詳細に照合してみると、マラルメがこれらを収録するにあたって、徹底した書き直しと、ほとんどコラージュと呼んでいいような大幅な削除・組み替えを施していることが判明する。この詩人における明白な構成意識は、『ディヴァガシオン』が反=書物ないしは偽=書物として成立したのではなく、やはりマラルメの〈書物〉の問題圏のなかで生み出された著作であることをあかし立てているとともに、その〈書物〉概念の複雑にして逆説的な様態を十分に窺わせるに足るものだろう。 このように極端にレヴェルも種類も異なるテクストの混在を許している『ディヴァガシオン』という特異な〈容器〉の構成原理がどこにあるのかを突きとめるには、さらに踏み込んだ考察を必要とするだろうが、少なくともこの著作がマラルメの〈書物〉をめぐる深遠な形而上学の具体的なエクリチュール実践のひとつであったことはもはや疑いようもない。

  • フランス象徴主義についての研究

    1998年  

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    「フランス象徴主義についての研究」と銘打った本年度の特定課題研究は、一般に象徴派と呼ばれる、1880年代後半にフランスの詩壇に台頭した詩的世代とステファヌ・マラルメの関係に焦点を絞ってみた。マラルメが自宅のアパルトマンで開いていた「火曜会」という文学サロンには、象徴派世代の多くの詩人たちが常連として押し掛けたし、文壇ジャーナリズムとの対応の場面でも、彼は新しい世代の庇護者としてのポーズを終始くずしていない。また一方で、若い詩人たちもことあるごとにマラルメを象徴派の「総師」として担ぎ出す戦略を意識的にとっていたふしがある。しかし、詩というものの本質をめぐる考察において、マラルメと象徴派グループとのあいだに大きな裂け目があったことも否定できない。象徴派の最も意義深い改革とされる自由詩句の運動に対して、マラルメはあくまでも距離をとりつづけ、その存在をきわめて限定的にしか容認していないのだ。 マラルメは同時代の社会的・文化的な虚無を「空位時代」という表現によって名指したが、自由詩句という詩法上の変革も彼にとってはそうした「空位時代」の不安な徴候にすぎない。というかむしろ、象徴派というエコールの出現がマラルメの文明論的な危機意識をはっきり目覚めさせたと言うべきであるかもしれない。詩が「自由」の名の下にあくまでも個人的な次元での表現にとどまり、文明社会の集団的な価値の形成に参与することを放棄している状態をマラルメはあえて「危機」と呼んだのである。マラルメの晩年の「書物」の構想は、その意味において、すぐれて反象徴主義的な企てであったと考えてよいだろう。「個人」であることを脱却した非人称的なエクリチュールによって、宇宙の総体を一冊の書物のうちに純粋に定着することをめざしたマラルメの途方もない野心は、ついに実を結ぶことなく終わったが、そこへと至るマラルメの思考の営為は、同時期のフランス象徴主義運動の流れとの対比によって、いっそう鮮明に浮き彫りにされるはずである。 なお本研究によって得られた知見の一端は、「現代詩手帖」1999年5月号(特集:マラルメと近代)に掲載された論文「広場と花火-マラルメと都市の祝祭をめぐる七つの変奏」にとりあえず盛り込むことができた。

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海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • ステファヌ・マラルメの初期詩篇についての註釈的研究

    2015年04月
    -
    2016年03月

    フランス   フランス国立図書館

  • フランス近代詩研究

    2005年03月
    -
    2006年03月

    フランス   パリ第4大学

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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