2024/05/26 更新

写真a

カワセ ヨシテル
川瀬 由照
所属
文学学術院 文学部
職名
教授

委員歴

  • 2014年12月
    -
    継続中

    文化庁  文化財買取評価員

所属学協会

  •  
    -
    継続中

    早稲田大学美術史学会

  •  
     
     

    美術史学会

研究分野

  • 美術史   日本彫刻史、仏教美術史、文化財学、文化財修理論
 

論文

  • 甦った鎌倉殿

    川瀬由照

    芸術新潮   73 ( 7 ) 22 - 23  2022年07月  [招待有り]

    担当区分:筆頭著者

書籍等出版物

  • 東大寺・正倉院と興福寺

    浅井, 和春, 朴, 亨國, 川瀬, 由照, 杉本, 一樹, 谷口, 耕生, 箱崎, 和久, 田中, 陽子

    小学館  2013年09月 ISBN: 9784096011034

講演・口頭発表等

  • 開山堂良弁僧正像再考

     [招待有り]

    第20回ザ・グレイトブッダ・シンポジウム 良弁僧正-伝承と実像の間-   (東大寺総合文化センター内金鐘ホール)  東大寺・大仏奉賛会  

    発表年月: 2022年12月

    開催年月:
    2022年12月
     
     
  • 日本彫刻史上における能面の魅力

    川瀬由照  [招待有り]

    能をめぐる美の世界  

    発表年月: 2020年11月

共同研究・競争的資金等の研究課題

  • ディープラーニングによる仏像の制作年代・地域推定システムの構築とその実装

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2023年04月
    -
    2028年03月
     

    藤岡 穣, 肥田 路美, 川瀬 由照, 山口 隆介, 大澤 信, 大河内 智之, 濱田 瑞美, 豊山 亜希, 稲本 泰生, 中島 悠太, 長原 一, 皿井 舞, 内記 理

  • ディープラーニングによる仏像の系譜に関する研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2023年04月
    -
    2028年03月
     

    藤岡 穣, 肥田 路美, 川瀬 由照, 山口 隆介, 大澤 信, 大河内 智之, 濱田 瑞美, 豊山 亜希, 稲本 泰生, 中島 悠太, 長原 一, 皿井 舞, 内記 理

  • 日本所在の中国木彫仏像の調査研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業

    研究期間:

    2023年04月
    -
    2028年03月
     

    濱田 瑞美, 肥田 路美, 川瀬 由照, 神野 祐太, 児島 大輔, 大島 幸代, 谷口 耕生, 西谷 功

  • 背後世界との関係を媒介する仏像の研究―納入品と立地に着目して

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(B)

    研究期間:

    2022年04月
    -
    2026年03月
     

    川瀬 由照, 長岡 龍作, 神田 雅章, 瀬谷 貴之, 近藤 暁子, 皿井 舞, 久慈 麻亜沙

  • 能狂言面の制作年代および作者に関する総合的研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(B)

    研究期間:

    2019年04月
    -
    2024年03月
     

    浅見 龍介, 川瀬 由照, 三田 覚之, 岩佐 光晴, 小山 弓弦葉, 荒木 臣紀, 海老澤 るりは, 矢野 賀一, 川岸 瀬里, 宮田 将寛, 西木 政統

     概要を見る

    岐阜県関市春日神社の能狂言面(重要文化財)61面は、9月下旬東京国立博物館に輸送して(輸送費は関市が負担)撮影、X線CT撮影、樹種調査、蛍光X線調査などを行なった。61面中最も有名な笑尉は、木心を込めた材を用いており、ホオノキ材と判明した。江戸時代以降はヒノキ材が一般化すると見られ、室町時代は広葉樹が比較的多いと想定される。木心を込めた材を用いた例は、南北朝~室町時代の作に例がある。三番叟は正中で矧いでいる。年輪の様子から幅は狭く縦長の材を切って上下を互い違いに矧いだと見られる。同様の仕様は他にも例があるが、そうした理由は現状不明である。調査は来年度も継続して行なう。
    九州国立博物館に寄託された個人蔵能面19面の調査では、近世の面打大野出目家二代の友閑の焼印のある面が3面あった。しかし、面裏の鑿跡、焼印の字など友閑と決め難いものであった。永青文庫所蔵の能面の調査を継続的に実施しており、友閑の焼印がある面が多いので比較すると、焼印の字の形、配置が微妙に異なる。焼印の比較も作家特定に結び付くものであることが確認できた。このほか梅若家の能面調査も行なった。

  • 仏像の表象機能に関わる総合的調査研究―空間・荘厳・胎内に着目して

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(A)

    研究期間:

    2016年04月
    -
    2020年03月
     

    有賀 祥隆, 山本 勉, 津田 徹英, 川瀬 由照, 岩佐 光晴, 武笠 朗, 泉 武夫, 瀬谷 貴之, 三浦 敬任, 長岡 龍作, 杉本 欣久, 畠山 浩一, 浅井 和春

     概要を見る

    年度当初の計画通り、1.調査、2.調査対象像の所在調査、3、資料整理・蓄積、の項目ごとに調査研究をおこなった。
    1.では、7件、23点の作品調査をおこなった。調査対象は、埼玉・保寧寺阿弥陀三尊像、奈良・如意輪寺蔵王権現像立像・厨子絵、滋賀・長命寺地蔵菩薩立像、宮城・天王寺如意輪観音坐像・持国天像・増長天像・広目天像・多聞天像、宮城松島・日吉山王神社獅子狛犬・神馬・三猿・釈迦如来坐像・地蔵菩薩立像、広島・浄土寺聖徳太子像(孝養・真俗二諦・南無仏)・厨子(文殊菩薩像)・釈迦如来像(方丈持仏の間本尊)、東京八丈島・宗福寺大日如来坐像(胎蔵界)・釈迦如来坐像である。
    以上の調査で、デジタル撮影1758カット、4×5判フィルム26枚を撮影した。これらの物件のうち、天王寺如意輪観音像・四天王像は、四天王寺式観音と四天王の作例として注目される諸像であり今回詳細な調査と撮影をおこなった。また、長命寺地蔵菩薩立像、浄土寺釈迦如来像、宗福寺大日如来坐像・釈迦如来坐像は、これまで十分な調査と詳細な写真撮影がなされておらず、収集した情報と画像を報告書として公刊することで、学界に大きく寄与するものとなることが予想される。
    2.では、本研究の柱である、(1)空間(霊山信仰、観音札所)に関わる作例、(2) 荘厳に特色ある作例、(3)胎内に特色を持つ作例について、県指定、市町村指定の文化財を対象に所在調査をおこない、次年度の調査に備えた。
    3.では、(1)調査データをテキスト化してコンピュータへと入力した。(2)撮影済みの4×5判フィルム26枚を、高精細スキャナーを用いる業者に発注して、デジタルデータ化した。(3)テキストデータ、画像データを統合したデータベースの作成準備にかかった。

  • 生身と霊験―宗教的意味を踏まえた仏像の基礎的調査研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(A)

    研究期間:

    2011年04月
    -
    2014年03月
     

    有賀 祥隆, 浅井 和春, 山本 勉, 岩佐 光晴, 武笠 朗, 泉 武夫, 長岡 龍作, 津田 徹英, 瀬谷 貴之, 川瀬 由照, 海野 啓之

     概要を見る

    三か年の期間中に、調査範囲を、東北(宮城)、関東・甲信越(千葉・神奈川)に加え、関西(京都・奈良)、中国地方(山口)、四国(高知)に広げ、寺院・神社22ヶ所27件66躯;1幅、公共機関13ヶ所24件躯;1幅2面6巻、個人宅1ヶ所1件11躯;の物件を調査し、詳細な写真と基礎データを収集した。この調査データをまとめた研究成果報告書(報告編・129頁、図版編・268頁各一冊)を、2014年3月に刊行した。また、報告書を、関係研究者、関係機関に配布することにより、研究成果を広く社会に公開し、多くの分野への学術的寄与を果たした。

  • 日本古代中世金銅仏の荘厳に関する調査研究

    日本学術振興会  科学研究費助成事業 基盤研究(B)

    研究期間:

    2006年
    -
    2008年
     

    津田 徹英, 皿井 舞, 早川 泰弘, 浅井 和春, 加島 勝, 川瀬 由照, 萩原 哉, 朴 亨國, 松島 朝秀, 明珍 素也

     概要を見る

    この研究では日本の古代から中世にかけて鋳造された金銅仏を中心とする鋳造作例がそれぞれどのような表面仕上げを行っているかを、尊種の相違にも配慮しつつ、光学的・科学的手法によって解明することを目的とした。具体的には、現地に出向いて、ポータブル蛍光X線装置を用いて作例の非破壊分析を行い、データを蓄積することにつとめた。

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Misc

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現在担当している科目

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特定課題制度(学内資金)

  • 神仏習合と修験に関する調査研究

    2023年  

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    本研究ではこれまでの受けた特待課題の研究を受け、修験美術における神仏習合について研究を行った。その中心として日光山輪王寺が所蔵する銅造神像について研究を行った。同寺には壮年相の男神像と女神像が一対で祀られている。体部に嘉元3年(1305)十二月、願主当上人覚音の刻銘を有する。近年これと同銘文の若年相の男神像が見いだされ、法量や材質、作風の近似から三軀の一対像であることが判明した。輪王寺の二像ではわからなかった位置づけが若年相男神像を加えることで日光三山の垂迹神を表したものであることが明確になった。つまり古来より男体山、女峰山、太郎山は日光山の垂迹神が宿り、絵画では輪王寺所蔵の正和二年(1313)、正和五年(1316)銘の板絵があり、中央に女神、左右に男神を配する。彫像で三神を表したものはほとんどなく、本彫像は重要作例とみられる。女神は女峰山を表し、若年相の男神は太郎山になるかと考えられ、壮年相は男体山になろう。本一具では女神と壮年相男神像が片足を下げてもう一方を組んで坐す。若年相男神像が両足裏を合わせて坐す姿になり、三尊形式としては若年相が中央で、左右に女神と壮年相が配する形式になろう。ただ絵画作品に比べると足の組み方が異なり、先述の板絵は中央に女神を配する。さらに同寺所蔵の絹本著色の掛軸装では壮年男像と女神を対にしてその向かいに若年相男神像を描く。対の男女神は片足を下げ、若年相は両足を合わせて坐る形式となっている。一様でない表現形式については今後再検討したいが、半跏踏み下げの像は仏像では東大寺大仏脇侍や興福院三尊脇侍など奈良時代より脇侍像に見られる表現である。神像では大将軍神像に見られるが少ない。つまり仏像の脇侍を意識して三尊形式をあらわすために行われた表現であろう。おそらく日光山と奈良との関係からつくられた形式を想定され、その端緒についての考察は次の課題としたい。

  • 修験道儀礼と仮面制作・奉納に関する研究

    2022年  

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    わが国には多くの古面が伝来するが、室町時代以前の作品で伝来しているのはほとんど古社寺である。しかしなぜそこに伝来しているのかについて考察したものは少なく、その理由について、本研究では儀礼の観点から調査研究を行った。室町以前の古面の銘文を見るとその記述内容は制作年代、制作者が多いが奉納やその奉納先の名を記すものがある。その多くはいずれも山岳信仰に関係する古社寺であることが多い。前回調査を行った日光山をはじめ、その他では白山や吉野山、金峯山に関わる寺社に伝わる古面に「奉納」を記すものがあり、神体となる山の神に関わる神の面を制作し、奉納儀礼を行うことによって感得を期待しての作面との可能性がみられた。

  • 中近世の古面の成立に関する調査研究

    2021年  

     概要を見る

    我が国の中世古面の制作状況についてはさほど明確になっていないため、これを明らかにするために中世の古面の制作目的等について考察を行った。栃木県日光山には室町期の優れた古面が数多く遺存し、中でも女面が多い。こうした理由について今回滝尾山に関連することと、同山における儀礼によるものではないかとの結論に至った。滝尾山は女峰山とも称され、田心姫命が祀られる。滝尾山に入峯する滝尾上人はみな法華経を奉納し、それ以外に法具などを奉納することもあった。代々の上人の中には女面を奉納する上人がおり、女峰山である滝尾権現として女面を制作、奉納儀礼を行うことによって田心姫命の感得を期待してのことではないかと考えられる。

  • 中国南宋以降彫像におけるわが国中近世の仏像への影響に関する調査研究

    2020年  

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    南宋以降の彫像がわが国の仏像に及ぼした影響と、鎌倉期以降の彫像製作における中国彫像の受容について考察した。北宋・南宋時代の彫刻は猫背の姿勢が特徴で背面の肉取りは単純な面構成で造形される。面貌では所謂のっぺりとした表現で、長瀧寺韋駄天像にみる長い眉や切れ長の目や太い鼻梁の鼻もその特徴である。鎌倉大仏に代表される宋風の影響が強いとされる仏像にはこうした表現がみられるが、忠実な再現ではなく、のっぺりとした面貌にはしない。慶派の仏像にみる理知的な彫像の影響もあり、取捨選択された中国風彫像が院派仏師によって完成され、近世に至るまで院派風の作風がわが国の仏像様式の一典型として存在した可能性も考えられる。

  • 南都近世彫刻の調査研究

    2018年  

     概要を見る

    近世の奈良では南北朝期慶派の流れを汲む高天仏師以降彫刻制作の工房が分派していった。本研究では奈良県の唐招提寺覚盛上人像や金峯山寺蔵王権現像等の実査を行うことによって当時の工房の成立と活動実態についての研究を行った。その結果、高天仏師から派生したとみられる椿井仏師は奈良椿井町に住していたかもしれないが当初は唐招提寺や法隆寺などの現地工房での制作から始まったことが判明し、桃山時代の下御門仏師は兄弟・親戚等同族組織に加え、中世慶派と同じく大型彫像には大工衆とともに制作を行い、当時の豊臣・徳川政権での大規模造営に対応していたことがわかった。研究成果は『國華』と『唐招提寺の伝統と戒律』に投稿した。