大和田 英子 (オオワダ エイコ)

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所属

国際学術院 国際教養学部

職名

教授

学位 【 表示 / 非表示

  • State University of New York at Albany   Ph. D.

  • ニューヨーク州立大学オルバニー校   博士

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    黒人研究の会

  •  
     
     

    日本アメリカ学会

  •  
     
     

    新英米文学会

  •  
     
     

    日本ウィリアム・フォークナー協会

  •  
     
     

    日本アメリカ文学会

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研究分野 【 表示 / 非表示

  • 教育学

  • 地域研究

  • ヨーロッパ文学

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 新旧奴隷制の比較研究

  • 山岳文化研究

  • 英語圏文学、比較文学

論文 【 表示 / 非表示

  • 「キャセイ」をめぐる物語ーーフォークナーの初期詩とクレインの詩にみるモダニストのコロンブス表象とグローバルインペリアリズム

    大和田 英子

    新英米文学研究   45 ( 1 ) 30 - 41  2014年07月  [査読有り]

  • 『蚊』とエスニシティ

    大和田英子

    『フォークナー』   10  2008年

  • Cultural Front について

    大和田英子

    「アメリカ文学における労働と所有」研究会    2006年03月

  • 『アメリカによるハイチ侵攻(1915-1934)のFaulknerおよびハリウッド映画界への影響』

    大和田英子

    『立教アメリカン・スタディーズ』   ( 27 ) 131 - 142  2005年03月

  • 「空白の領域」

    鷹書房弓プレス    2004年10月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 環境破壊と現代奴隷制ーー血ぬられた大地に隠された真実

    ケビン・ベイルズ, 大和田英子( 担当: 単訳)

    凱風社  2017年07月

  • Faulkner and Hurston

    C. Rieger( 担当: 共著)

    UP of Southeast Missouri  2017年06月

  • 現代奴隷制に終止符を!

    ケヴィン・ベイルズ著, 大和田英子訳

    凱風社  2011年05月

  • グローバリゼーションと帝国

    油井大三郎, 紀平英作編集, 共著

    ミネルヴァ書房  2006年11月

  • History and Memory in the Novels of William Faulkner

    Noel Polk et, al eds

    Shohakusha  2005年10月

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受賞 【 表示 / 非表示

  • 日本ウィリアム・フォークナー協会バイオキョーワ賞

    2008年10月  

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • William Faulkner and Global Imperialism

    研究員

    研究期間:

    2014年10月
    -
    2015年03月
     

  • アメリカ文学における「所有」と「労働」

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    広くアメリカ文学作品における「労働(labor)」の概念と「所有(property)」の概念から派生するさまざまな文化・社会・政治状況及びその文学的表象を分析し、文学史を横断する考察を試みる。このとき、「労働(labor)は狭義の「労働者による労働」のみならず、女性によるlaborである出産をも含み、家庭内労働、奴隷労働、肉体労働、知的労働など、ありとあらゆる労働の形態を包括するものとして捉える。また、「所有」についても、私有及び公的財産に関わる所有の諸形態、ならびに、知的所有権に代表される法的概念により明確化される「所有」を考察の対象に含有する。こうした前提条件のもとに、人種・ジェンダー・階級を異にするアメリカの作家たちが、いかに「労働」と「所有」の問題を形象化しているかを探り、労働と所有をめぐるアメリカ的哲学の立脚点を明らかにする。主要設備として、研究関連研究図書を購入し、研究協力者を招き、関心を持つ研究者との研究会を年に5回程度開催し、知識の交流をはかってきた。ここでは理論書の読解とともに、成果発表のための知識交換、研究会を通じて得た知見を研究書にまとめるための意見交換をおこなった。このような研究活動を通じ、アメリカ文学を見渡してきたが、「労働」と「所有」というふたつの概念をキーワードに、法と文学の学際的研究の観点から今まで部分的になされてきた考察とをつなぐ研究の可能性が見いだされることとなり、これが今回の研究の最終目的となった。本研究では、「労働」を知的精神労働に限定せず、広義に解釈し、「所有」の概念を共に考察することにより、アメリカ合衆国におけるマイノリティのみならず、支配者層・資本家・国家権力等の精神性、政治性を解き明かし、文学に形象化される際の影響力を読み解くことにより、これまでの研究をさらに発展させる

  • 伝承・口承文化と物語の生成との関連-フォークナ-と南部文化

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    本研究は、当初の予定どおり、アメリカ南部を中心に分布したと考えられる口承文化を収集し、内容を検討した結果、黒人・プアホワイトなどの伝承文化に行き着いた。口頭でやりとりされる物語、歌詞などの類型は、その内容に関しては、フォークナ-により、独自の物語効果を高める手法で、短編・長編を問わず巧妙に語りの中に取り込まれている事実が検証された。しかし、フォークナ-研究において近年特に指摘されている「女性の声」の異常な程の少なさ、即ち物語の生成の過程において、何故作家が口承文化の主役であったはずの「女性の声」を閉め出したのか、という問題には十分な検討が加えられてこなかった。これまでのフェミニスト理論の主流から考えると、「白人男性作家による差別と偏見」故に、女性登場人物はその「声」を奪われ、不当に虐げられている、フォークナ-においては、それが顕著であるとみなされている。しかし、フォークナ-を取り巻いていた豊かな口承文化の主要な担い手が女性であったことを鑑みれば、「差別」「蔑視」の感情のみで、作家が女性の声を彼の主要な小説から排除したとは考えにくい。これを裏付けるかのように、ヴァージニア大学オールダマン図書館に所蔵されているフォークナ-の戯曲のタイプスクリプトの断片は女性登場人物の台詞によって成立している。この未発表の原稿は版権の制限により日本では入手できず、本研究において、この原稿に言及する最終的な結論に至ることは出来ないが、物語の生成過程においてフォークナ-が女性の声を排除せざるを得なかった事実が、皮肉なことに、豊饒な口承伝承が主として女性によって栄えた点にあるというパラドキシカルな仮説を本研究の到達点として論文化する

  • ウィリアム・フォークナーのハリウッドでの著作と同時代作家との関連

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    ウィリアム・フォークナーは1920年代後半から1940年代前半まで映画脚本の執筆に携わっていたが、その動機は財政問題にあったため、この時期のシナリオ諸作品には、文化的・歴史的視点からのアプローチが欠けていた。しかし、フォークナーと同時期にハリウッドでシナリオ製作、あるいは、映画プロデュースに携わっていた、作家・映画監督などの動向を詳細に検討すると、当時のアメリカ政府による文化政策の影響が色濃く、フォークナーもその影響の範囲内での仕事を余儀なくされていた事実が浮かびあがる。本研究では、フォークナーがハリウッド時代、共に仕事をしたハワード・ホークス文書をユタ州ブリガム・ヤング大学図書館にて調査し、フォークナーとホークスのみならず、ガイ・エンドア、エイゼンシュテインらとの共通認識であったアメリカ海兵隊によるハイチ侵攻及びハイチからの撤退という歴史的事実が与えた映画界への影響の痕跡を探った。映画に携わった当時の映画人・作家は、表現のうえでも、思想のうえでも、アメリカの軍事行動に反発を示し、アメリカ政府がそれに対して検閲制度を強化していったが、そのような制限の中で、いかなる文学作品あるいは映画が生まれ、あるいは闇に葬られていったのかを検証した。ガイ・エンドアの『バブーク』はその好例でもあるが、エンドアとフォークナーが同時期にハリウッドで脚本制作に携わりつつ、全く異なるハイチ表象を選択した背景は、各々の思想的相違というよりは、ハイチに対するイメージの相違と考える

講演・口頭発表等 【 表示 / 非表示

  • アメリカ文学の変容と現在 (司会およびコメンテーター)

    新英米文学会  

    発表年月: 2007年11月

  • シンポジウム・フォークナーとエスニシティーー『蚊』におけるエスニシティ

    日本ウィリアム・フォークナー協会  

    発表年月: 2007年10月

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 奴隷制と記憶―アメリカ南部文学における奴隷の記憶表象

    2017年  

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     私たちは通常「記憶がある」という前提で元奴隷の記録を読む。しかし、世界(社会)認識のための知識が与えられていない人間の場合、時間・空間認識ができず、「記憶」には認識の軸となるべきものが存在しないことになる。Kevin Balesの『環境破壊と現代奴隷制』ではそのような認識の軸を持たない元奴隷の世界認識の一端が披露されている。ここで振り返ってみると、通常の「奴隷」「元奴隷」による物語や記録は明白な認識の軸を示しており、その知的活動のレベルの高さが疑念の的にもなってきた経緯がある。ハリエット・ジェィコブズがその自伝的物語が他人の手になるものではないかという疑いをかけられたのはその具体的な例でもある。逆に考えるなら彼(女)たちの物語では、白人主人階層の持つ体系的な「記憶」のまとめ方が展開されているといえる。その意味では、こうした「元奴隷」の記憶による表象は、そのほか多くの奴隷たちの世界認識とは異なっていた可能性があるのではないか。本研究では奴隷たちの、余白に溢れた記憶のすくい取られ方に対して仮説を構築した。

  • アメリカ南部文学におけるユダヤ人表象ーウィリアム・フォークナーの初期作品から『寓話』まで

    2016年  

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    ウィリアム・フォークナーの初期作品には多彩な人種表象が認められる。その特徴は、ほぼ無意識に描写がなされていることであり、近年隆盛となった人種や民族をめぐる諸問題への意識の萌芽が認められる点である。フォークナーの場合は分析の視点として、アフリカ系アメリカ人、旧南部の元奴隷、その子孫への眼差しがクローズアップされ、アメリカ史の影となってきたネイティヴ・アメリカンへの視線が時折交錯するケースが多い。そのほかの人種表象に関しては、ややもすると等閑視され、フォークナー家のルーツをめぐる掘り下げに止まるケースが多い。本研究では、初期作品「ニューオーリンズ・スケッチ」におけるユダヤ人と『寓話』におけるユダヤ人の表象の変化を比較すると同時に、米国深南部に存在していたユダヤ人コミュニティーの特異性を参照し、アメリカ社会におけるユダヤ人表象の特徴を比較検討した。

  • American Modernism in the Context of Global Imperialism

    2015年  

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         In this research, I focused on Faulkner’s early poem titled “Cathay” since the poem represents one of the exotic romanticism suggesting the Far East known by the journeys of Marco Polo as well as the infusion with Faulkner’s awareness on Columbus's journeys to the New World which led to the identification of Cathay with the Caribbean region; by calling the Caribbean region “Cathay,” it arouses a symbolic implication of Columbus’ mistakes and the colonial invasions after him.        In order to reinforce above points, I explored Walt Whitman and Willa Cather’s works in praise of Columbus to examine how the meaning of Columbus's "discovery" has been accepted and interpreted and how modernist texts are laden with multiple meanings of Columbus's "discovery."  By so doing, I compared the meaning of "Cathay" used in Hart Crane’s The Bridge; American authors, especially the modernists, began trying to interpolate certain criticism concerning American experiences between the lines.  By referring to the Caribbean area as “Cathay,” the works of Faulkner and Crane suggest that the “discovery” of the New World became the basis of the modern world, leading to genocide and the introduction of slavery to the Americas, which also became the beginning of today’s globalization.

  • アメリカン・モダニズムへのグローバル・インペリアリズムの影響

    2013年  

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     本研究は、アメリカ文学におけるコロンブス表象とコロンブス解釈の近年の遷移を今一度概観し、そうした解釈の萌芽となる表象を、アメリカのモダニストの作品のなかに見いだそうと試みるものである。アメリカの建国神話を大きなパズルに喩えるなら、コロンブスの「新大陸発見」という伝説は重要なピースとなろう。だが、その伝説が賞賛だけではすまされない大きな罪と背中あわせであるという背反する事実は、文学的想像力によってどのように昇華されたのか。また、コロンブスを、グローバル化するインペリアリズムの魁とする意識は、どのような文学的営為により記述されたのか。本研究では、ウィリアム・フォークナーとハート・クレインの詩にこれらの痕跡を読み取りたい。 本研究は、まず近年のパラダイム・シフトの参照を行い、19世紀半ばに起こった日本の開国を含むアジアでの変動を受けた19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカ知識人が直面したパラダイム・シフトへと焦点をもどしていく。これには、西部開拓が終わりを告げ、第一次世界大戦をかろうじて乗り越えた時代の流れのなかで、文学の世界でもそれまでの既成概念や価値観に一石を投じる新しい潮流がモダニズムとして興ってきた、その変革を含められるであろう。そうした文学形式が花開いた場所で、コロンブス表象はどのように扱われていたかを概観する。 ここで手がかりにしたいのは1910年代から1930年にかけてのモダニスト詩人の作品である。これらの作品には、角度の異なる「コロンブス」の読み方が提示されているからであるが、本研究では端緒として『ミシシッピアン』1919年11月12日号に掲載された、ウィリアム・フォークナーの「中国(キャセイ)」(以下「キャセイ」と表記)をみておきたい。この詩はフォークナー研究においても取り上げられることが非常に少なく、フォークナーの初期詩作の経緯を叙述するときのみ言及されるといっても過言ではない。 フォークナーの「キャセイ」と対比するためにクレインの「橋」を参照し、クレインのコロンブスは誤謬を飲み込み、その後のアメリカ大陸の発展へと『橋』のテーマは展開していくが、クレインの語り手も、無垢な人々の犠牲の上に成り立つ新世界の発展を無邪気に祝うわけにはいかず、終章では「血に染まる槍」(Complete 74, 楜沢140)を掲げつつ、幻の大陸アトランティスと幻の黄金の国キャセイを同義とすることで詩的昇華を計ろうとする。こうして、文学の想像力はキャセイをめぐる矛盾を露呈させるさまを検証した。 

  • フォークナーの初期詩・短編と文化的制度としての文芸紙誌

    2011年  

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    1960年代以降編纂されるアメリカ文学史においてはモダニズム作家と位置づけられるフォークナーであるが、その初期の作品にはロマン主義の影響が色濃く認められる。フォークナーが詩人として出発した若きロマン主義者からの脱皮を図り、モダニストとしての小説技法にたどり着くまでの、スプリングボードとして初期詩作品の見直しが進められる傾向は常にあった。だが、作品そのものにのみ焦点を当てるだけではモダニズムへの飛躍の過程が必ずしも説得力を持たない。今回の研究では1920年代の南部とその社会に限定されることなく自由に作品を発表できる場として文芸誌のみならず総合雑誌にも投稿の場を求めたフォークナーの無名時代の社会背景を考慮にいれつつ、若き文学者の想像力を支えた社会状況を再構築した。 従来から文学研究においては「芸術性を取るのか社会との関与を取るのか」といった二項対立の図式が踏み絵のように敷かれている。ややもすれば、芸術性を取れば社会変革の意志が成立しない、あるいは、社会改革の意思のある芸術は二流、三流であるといったスローガンにまでなってしまった感がある。そうした観点からみると、ロマン主義の洗礼を受けたフォークナーの初期詩は、社会や政治との関与を是非排除したいと考える批評家にとっては格好の材料であったといえるであろう。確かにその詩の世界は牧歌的であり神話世界に通じるものであり、ひたすら美を賛美し志向していると表面上は受け取ることができる。だが、ポストコロニアリズム理論の到来を待つまでもなく、こうした表面上の表現の下には、パリンプセストさながら、当時の社会情勢が配置されていた。実際、こうした詩作品や初期の習作が投稿され掲載された雑誌媒体は、当時の社会状況に批判的に対峙していた。個々の記事が次から次へと世界情勢を論じる隙間に、フォークナーは投稿の場を見出していた。こうした雑誌媒体は、記録文書として扱われるにふさわしく、そうした背景に囲まれたテクストとして、フォークナーの初期詩も読み直しを意図する時期に来ている。

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海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • フォークナー作品のヨーロッパからの影響と創作過程との関連およびフランスでのフォークナー解釈の特異性について

    2010年04月
    -
    2011年03月

    フランス   トゥルーズ大学

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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