布袋 敏博 (ホテイ トシヒロ)

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所属

国際学術院 国際教養学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 商学学術院   商学部

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学位 【 表示 / 非表示

  • Seoul University in South Korea   D.A.

  • ソウル大学(大韓民国)   文学博士

  • Seoul University in South Korea   D.A.

  • その他(海外の大学等)   文学博士

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    朝鮮史研究会

  •  
     
     

    朝鮮学会

 

研究分野 【 表示 / 非表示

  • 文学一般

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 朝鮮近現代文学

論文 【 表示 / 非表示

  • The State of Korean Literary Studies and Its Problems

    Toshihiro HOTEI

    JAPANESES STUDIES AROUND THE WORLD 2002 KOREA UNDER JAPANESE RULE     149 - 189  2009年07月

  • 解説

    布袋敏博

    近代朝鮮文学日本語作品集:1908〜1945.セレクション   6   349 - 400  2008年06月

  • 解説

    布袋敏博

    近代朝鮮文学日本語作品集:1908〜1945.セレクション   6   349 - 400  2008年06月

  • 初期北韓文壇成立過程に対する研究−金史良を中心に

    布袋敏博

    ソウル大学校人文大学大学院博士論文 (朝鮮語)     1 - 99  2007年02月

  • 解説

    布袋敏博

    近代朝鮮文学日本語作品集:1901〜1938. 評論・随筆篇   3   391 - 455  2004年10月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 太平天下

    蔡萬植, 布袋敏博, 熊木勉共訳

    平凡社  2009年03月

  • 近代朝鮮文学日本語作品集 第3期 1908〜1945 セレクション 全6巻

    大村益夫, 布袋敏博

    緑蔭書房  2008年06月

  • 学ぼう 韓国・朝鮮語 入門・初級編

    布袋敏博, 沈元燮, 李美江

    アルク  2008年04月

  • 中国朝鮮族民族文学大系 第9巻 玄卿俊編 (朝鮮語)

    布袋敏博

    宝庫社(韓国・ソウル)  2006年02月

  • 近代朝鮮文学日本語作品集 1901〜1938 評論・随筆篇 全3巻

    大村益夫, 布袋敏博

    緑蔭書房  2004年10月

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共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 朝鮮近代文学の形成過程に関する研究-日本(語)との影響関係を中心に-

    研究期間:

    2012年04月
    -
    2015年03月
     

     概要を見る

    日本、韓国、米国各地に所蔵されている新聞・雑誌等の調査、資料の読み合わせ・分析を行なったが、新聞は分量が多く、すべてを終えることはできなかったので、課題として引き続き調査・分析作業を行なう。それにより、近代文学語として、朝鮮語が成立してゆく過程を明らかにできるであろうと思われる。また、李光洙の研究が進み、文体創出や時代意識で傑出していたことが確認されたが、彼一人に帰することはできない。同時代の留学生南宮璧や金東仁など、留学生全体をより深く詳しく考察する必要性を指摘した。また、2度の国際シンポジウムを開催したが、これにより朝鮮人留学生が、朝鮮において近代文学形成に果たした役割が明らかになった

  • 平成18年度〜20年度科学研究費補助金 基盤研究C 植民地期旧「満洲」地域における朝鮮人文学者たちの活動研究

    研究期間:

    2006年
    -
    2008年
     

  • 平成11年〜13年度科学研究費補助金 基盤研究B(1) 朝鮮近代文学者と日本

    研究期間:

    1999年
    -
    2001年
     

  • 平成7年度〜平成9年度科学研究費補助金 基礎研究B(1) 近代朝鮮文学における日本との関連様相

    研究期間:

    1995年
    -
    1997年
     

  • 植民地期旧「満洲」地域における朝鮮人文学者たちの活動研究

     概要を見る

    2006年8月に、中国東北地方(延吉、長春、大連)に赴き、文学者たちの居住地および資料の調査を行ない、長春(旧・新京)では、安壽吉、廉想渉、玄卿駿らの居住地域を、大略推定することができた。また、解放後、旧満州地域から北朝鮮に移り住み、文学活動を行なうことになった文学者たちの、解放直後の北部朝鮮での足跡は長らく不明であったが、それらを大略確認することができた。そうした活動の一つである、1946年8月15日に、解放一週年を記念して一挙に出版された一群の紀念作品集のうち、詩集アンソロジー『巨流(八・一五解放一週年紀念)』(八・一五解放一週年紀念 中央準備委員会編・発行、1946年8月15日、ピョンヤン)を入手できたのも、今回の研究調査での大きな収穫の一つであったといえる。さらに、植民地期、旧満州で、日本名で日本語作品を多く発表したとされながら、その作品を確認することの困難な、日本人名「今村栄治」の作品を、まとめて新発掘することができた。これらはいずれ、資料集として公刊する予定である。しかし、下記4の「研究成果」にも記したごとく、中国、ことに資料所蔵の一大中心地である大連において、日本人に資料を公開しないという状況が続いている。2009年度の科研費申請を見送った所以である。今後、これが解禁された後に、図書館の所蔵資料を調査する必要がある。以後の課題としたい

特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 初期北朝鮮文壇の形成過程に関する研究

    2014年  

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    今回の特定課題による研究は、その助成費用を主として二つのことに用いた。一つは夏季休暇を利用しての米国での資料調査であり、もう一つは2014年10月6日~13日と、「日朝交流学術訪朝団」の一員として、初めて朝鮮民主主義人民共和国を訪問したことである。前者ではある目的を持ってヴァージニアにあるマッカーサー記念館を訪れ、同館所蔵の資料調査を行なったが、見当をつけていたものは出てこなかった。一方後者では、目的であった参戦烈士墓に金史良の墓を詣でることができた。また戦争記念館を訪れた際、金史良も戦争で亡くなった犠牲者として新たに加えられているのを見て、金史良の評価がどこにあるかを確認できた。この訪朝記は紀要に発表する予定である。

  • 朝鮮近代文学の形成過程と日本(語)および諸外国(語)との関連研究

    2011年  

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    資料について、この間休むことなく韓国、日本、中国、米国、ロシアなどの図書館等を回って収集してきた結果、この時期の研究に欠かすことのできないいくつかの資料を収集することができた。まず、1910年代、東京で発行されていた朝鮮人留学生雑誌『学之光』や『女子界』(いずれも朝鮮語)を、新発見を含み集められる限り最大限に集めることができた。また、韓国併合前の資料として、ソウルで発行されていた『帝国新聞』を、活字本として販売されていないものも含めすべて収集できた。ついで、19世紀末に日本人たちが朝鮮の地で発行した朝鮮語紙『漢城新報』についても、現在見られる限りのすべてを収集・調査した。これらは、朝鮮近代文学が20世紀初頭にその形を成してくるにあたって、朝鮮語がどのように変化し、近代文学を表わすに足る「近代語」としての朝鮮語を形成していくのかを探るうえで、欠かすことのできない第一次資料のひとつである。本研究テーマである、朝鮮語が、近代文学、近代思想を盛るに足る近代文学言語として発達していった過程を明らかにするのに不可欠の資料である。本研究は、その際に西洋(語)や日本(語)からの影響をどのように受けたのか、もしくは多くが朝鮮語自体の自律的な発展によるものなのか、あるいは自律的な発展様相が見られるとすれば、それはどのようなものであったのか、などを、文学を通して明らかにすること、形式・形態や盛り込まれた主題ばかりでなく、言語事態として「近代」を表現しうる言語として発達し、「近代文学」を形成していく過程を具体的に明らかにすることを最終目標としているが、その出発点に立てたとはいえる。ただ、当初意図していた、開化期当時の留学生の日記については、目星をつけていたその遺家族に接触はしたが、日記の閲覧・入手はもかなわなかった。こうした資料に関しては後日を期すしかない。本研究はまだその航海に出たばかりである。今後何らかの成果を上げるにはまだしばらくの時間がかかりそうである。

  • 植民地期旧「満洲」地域における朝鮮人文学者たちの活動研究Ⅱ

    2010年  

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    本研究では、当初、韓国、中国東北地方、また米国、ロシアなどにも出かけていって資料調査・収集を行なう予定であったが、両親の介護等、家庭の事情で自由な行動を取ることが不可能になったため、知人・友人を介して資料収集することに方針を転換し、可能な限りの資料収集に努めた。その結果、下記のごとき一次資料を収集することができた。1、『北郷』誌、第2巻1号(通巻第2号)、昭和11(1936)年1月10日発行、博文館書店刊、龍村)   同    第2巻2号(同3号)、昭和11年3月27日発行   同    第2巻3号(8月号、通巻4号)、昭和11年8月1日発行2、『詩集 満州詩人集』(康徳9(1942)年9月29日発行、第一協和倶楽部文化部刊、吉林)3、今村栄治の作品7篇、関連評論3篇いずれも旧「満洲」地域で発行されたもので、1、2は朝鮮語文、3は日本語文である。1には、安壽吉など、当地で活躍していた朝鮮人文学者たちの作品が掲載されており、韓国に渡って暮らすことになる安壽吉以外は、のちに中国朝鮮族文学の中心として、また北朝鮮文壇の中心として活躍することになる文学者たちである。2も同様で、解放後は、中国東北部に残るもの、北朝鮮、韓国へと活躍の場を移す者たちが一堂に会している詩アンソロジーである。3は、本名不詳で日本人名だけが分かっている朝鮮人文学者「今村栄治」の作品群7篇と関連評論3篇で、すべて日本語作品である。これらはすべて入手が非常に困難なものばかりで、今後の研究に大いに役立つ第一級の一次資料である。

  • 治安維持法と朝鮮人文学者に関する研究

    2004年  

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     研究課題の資料ため、下記の通り調査を行なった。〇2004年8月10日~9月10日:韓国・国立中央図書館と、高麗大学、ソウル大学、延世大学の各中央図書館 上記滞在は、交換教員制度により31日間、高麗大学に滞在したものであり、この期間中に購入した資料・書籍類等の費用の一部を研究課題によった。 この滞在中に、本来は、大田市の国立資料保存所に所蔵されている治安維持法に関係した朝鮮人文学者たちの判決文を調査、収集する予定であった。しかし、毎年8月下旬に行なわれているテーマカレッジ「コリア研究」の韓国研修旅行の引率・同行(私費による)や、現地滞在中であった交換留学生、短期語学研修生たちの世話等のために、充分な調査時間を取れなかった。この判決文の本格的な調査および収集は2005年度への継続課題である。 この期間の大きな収穫のひとつは、かつてタブーであった人物たちの全集類などを入手できたことである。韓国は、金大中前政権、盧武鉉現政権下で、長くタブーであった左翼関係、北朝鮮関係の資料が順次公開されていっており、今回の滞在中にも、たとえば『朴憲永全集』など多くの書籍・公刊資料を入手することができた。これらの購入費用の一部に研究課題を充てた。 さらに、年度の終わり近くにまた重要な情報を得た。すなわち、植民地期に治安維持法関連で検閲削除された文学作品の該当箇所が、日本語に訳された形でではあるが、官憲資料として残されているということである。これについてはさっそく、入手すべく、その入手方法など、行動を起こしているところである。これも2005年度に引き続く課題である。 なお、当初の予定ではもう一点、05年2~3月にもロシアか中国へ資料調査・収集に出かける予定であると計画書に記したが、入試等の業務に引き続き、所属箇所である国際教養学術院の業務で、学生募集の説明会および交換留学制度の打ち合わせ等のため韓国の高校、大学を訪問(3月12~17日)するなどしたため、時間がとれず、今回は見送らざるを得なかったことを付記する。

  • 朝鮮戦争時期の共和国文学と文学者

    2003年  

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    研究課題の資料のため、以下の2回にわたり調査を行なった。○2003年9月2日~7日:ロシア・モスクワのヒムキ図書館○2004年3月1日~10日:米国・ケンブリッジのハーバード大学燕京図書館(うち、1~4日はシカゴ大での講演、講義) 前者は費用の一部を研究課題によっている。後者は私費によるものである。 モスクワでは、時間の制約から、ヒムキ図書館の新聞資料しか調査できなかったが、初期北部朝鮮(以下、解放直後の北部朝鮮地域と建国後の朝鮮民主主義人民共和国の両者を含めて「北部朝鮮」と呼ぶことにする)で発行されていた『朝鮮新聞』が、創刊号(1946年2月20日)から所蔵されていることを新たに確認することができた。ヒムキには第843号(1948年12月30日)までが所蔵されていた。そこには現在知られる限り最初に解放後の北部朝鮮で発表された小説が掲載されているなど、他の媒体では知ることのできない当時の北部朝鮮の文化界の状況が報じられている。これらは、北部朝鮮での文壇形成を知る上で欠かすことのできない貴重な資料であり、朝鮮戦争期の文学状況につながる重要な発見である。 同図書館では他にも数多くの、同図書館にしか所蔵されていない北部朝鮮の資料を閲覧できたが、その中でもう一点、週刊『文化戦線』も貴重な新資料であった。これは1948年頃から刊行され始めたと推測されるが、ヒムキ所蔵は93号(1950年3月6日)~113号(1950年8月26日)[うち96、100、105、106、108号は欠]の16号分のみである。この週刊『文化戦線』の発掘により、朝鮮戦争前夜および戦争直後の北朝鮮での文壇状況、文化状況をより具体的に生々しく知ることができることとなった。 燕京図書館では、北朝鮮の資料は一部を除き1950年代後半のものであった。しかし同図書館には植民地末期の演劇関係資料に貴重なものが所蔵されていた。これらは、のちに越北し初期北部朝鮮で活躍することになる演劇関係者の作品を多く含んでおり、やはり特定課題研究との関係で欠かすことのできない新資料である。これらについては、再度ハーバード大学を訪問し詳細に調査するつもりでいる。

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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