平林 宣和 (ヒラバヤシ ノリカズ)

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所属

政治経済学術院 政治経済学部

職名

教授

兼担 【 表示 / 非表示

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

  • 教育・総合科学学術院   教育学部

学歴 【 表示 / 非表示

  •  
    -
    1997年

    早稲田大学   文学研究科   芸術学  

  •  
    -
    1997年

    早稲田大学   文学研究科   芸術学  

  •  
    -
    1989年

    早稲田大学   第一文学部   文芸学科  

学位 【 表示 / 非表示

  • (BLANK)

  • 早稲田大学   文学修士

経歴 【 表示 / 非表示

  • 1998年
    -
    2003年

    :広島経済大学専任講師

  • 2003年
    -
     

    現在:早稲田政治経済学術院准教授

  • 1997年
    -
    1998年

    :中央大学非常勤講師

  • 1995年
    -
    1998年

    :神奈川工科大学非常勤講師

  • 1994年
    -
    1997年

    :早稲田大学演劇博物館助手

所属学協会 【 表示 / 非表示

  •  
     
     

    早稲田大学中国文学会

  •  
     
     

    早稲田大学演劇映像学会

  •  
     
     

    日本道教学会

  •  
     
     

    舞踊学会

  •  
     
     

    日本中国語学会

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研究分野 【 表示 / 非表示

  • アジア史、アフリカ史

  • 文学一般

  • 美学、芸術論

研究キーワード 【 表示 / 非表示

  • 芸術諸学、中国文学、中国史、演劇学、身体論、中国語教育

論文 【 表示 / 非表示

  • 大正時期日人対於京劇的認識状況-以1919年梅蘭芳在帝国劇場演出劇目為例

    平林宣和

    梅蘭芳表演体系研究-梅蘭芳誕辰120周年国際学術研討会文集     309 - 310  2016年07月  [招待有り]

  • 那宅花園における梅蘭芳と大蔵喜八郎の邂逅−1919年梅蘭芳帝国劇場公演の起点と『天女散花』

    平林宣和

    慶應義塾大学芸文学会『芸文研究』   No.106   295 - 305  2014年06月

  • 梅蘭芳と日本−京劇の二十世紀

    平林宣和

    中国国家京劇院「梅蘭芳」芸術特選公演プログラム     20 - 21  2014年05月

  • 中国伝統演劇と現代日本−改革開放後三〇年の軌跡

    平林宣和

    岩波書店『文学』     116 - 123  2014年03月

  • 古装新戯の誕生−『嫦娥奔月』初演の文脈と古装の由来

    平林宣和

    中国都市芸能研究会叢書03『近現代中国の芸能と社会 皮影戯・京劇・説唱』     179 - 198  2013年11月

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書籍等出版物 【 表示 / 非表示

  • 中国都市芸能研究会叢書03『近現代中国の芸能と社会 皮影戯・京劇・説唱』

    氷上正, 千田大介, 山下一夫, 佐藤仁史, 二階堂善弘, 平林宣和, 太田出, 戸部健

    好文出版  2013年11月

  • 京劇俳優の二十世紀

    章詒和著, 平林宣和, 森平崇文, 波多野眞矢, 赤木夏子訳

    青弓社  2010年03月 ISBN: 9784787272799

  • 文明戯研究の現在

    飯塚容, 瀬戸宏, 平林宣和, 松浦恒雄編

    東方書店  2009年02月 ISBN: 9784497209023

  • 文明戯研究文献目録

    顧文勲, 飯塚容著, 瀬戸宏, 平林宣和編

    好文出版  2007年02月

共同研究・競争的資金等の研究課題 【 表示 / 非表示

  • 近現代中華圏における芸能文化の伝播・流通・変容

    研究期間:

    2020年04月
    -
    2025年03月
     

     概要を見る

    本研究では、中国および中華圏の芸能文化を分野横断的に検討を行う。具体的な研究対象として、広東省潮州・台湾の皮影戯・鉄枝木偶戯、北京・河北・東北地域の皮影戯、江南地域の宣巻、および中国・台湾の京劇を取り上げる。以上を通じて、中華圏の地域社会に根ざした芸能文化の実像を立体的把握することが、本研究の最終的な目標である

  • 濱文庫所蔵戯単・レコードのデータベース化と保存法の改善

    研究期間:

    2016年04月
    -
    2021年03月
     

     概要を見る

    1.濱文庫所蔵の戯単全186枚およびレコード全131枚について、基礎データを採録し、校正を行った。並行して、戯単の1枚1枚について解説の執筆を行った。また資料ごとに演劇上演史的観点から研究を進めた。2019年8月26日にこれまでの成果を持ち寄り、海外の専門家も加えたメンバーによる検討会を行った。それをふまえて、図録作成につなげていくこととした。2.レコード目録の作成を進め、文献資料との照合を行った。3.2019年8月27~28日に九州大学において「戲單、劇場與二十世紀上半葉的中國演劇」學術研討會を開催した。日本、中国、台湾の研究者17名の研究発表が行われ、「戯単」(芝居番付)および劇場をテーマとした世界で初めてのシンポジウムとなった。参加者は約80名と盛会であった。その際に作成・配付したシンポジウム論文集(予稿集)をもとに、出版につなげる予定である。4.上記シンポジウムにあわせて、2019年8月26~30日に九州大学附属図書館において「中国の芝居番付〈戯単〉――戦前の日本人学者が見た中国の名優と名舞台」と題して、戯単展示会を開催した。九州大学附属図書館濱文庫、名古屋大学附属図書館青木文庫、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、慶應義塾大学三田メディアセンター・同文学部中国文学研究室のご協力により、日本国内に所蔵される中国戯単を一堂に会して展示することができ、また研究成果を一般市民向けにわかりやすく紹介する機会となった。戯単に関する検討会、シンポジウム、展示会を行うことができたことは順調な進展であった。レコードについてはやや遅れているが、引き続き着実に進めていきたい。本研究課題の最終年度であるため、戯単図録およびシンポジウム論文集の刊行に力を尽くす。レコード目録の作成も継続する。データベース化については、九州大学附属図書館と連携し中長期的な課題として、本研究課題の期間内にできる範囲でデータの蓄積に努め、将来の完成・公開につなげることとする

  • 近現代中華圏の伝統芸能と地域社会~台湾の皮影戯・京劇・説唱を中心に

    研究期間:

    2015年04月
    -
    2019年03月
     

     概要を見る

    本研究においては、皮影戯・相声・京劇・宣巻を対象に、台湾および中国本土における伝統芸能について、(1)伝統芸能とそれを取り巻く地域社会の特質および政治・経済的背景、(2)地域内の都市と農村、さらに地域間を結ぶ伝統芸能のネットワーク構造、(3)台湾と中国本土における伝統芸能のあり方、といった点に留意しながら、その現状と形成・変遷について、様々な側面から解明を行った。これによって、様々な学術領域の知見も総合した、新たな中華圏の伝統芸能を立体的に描き出すことができた。学術的意義については、従来の中国伝統芸能研究では文学や演劇学の立場からの美学的研究が一般的であったのに対し、本研究では歴史学や宗教学など様々な研究分野の視点・方法を総合することで、地域社会に根ざした伝統芸能の実像の立体的把握を行った点が挙げられる。また社会的意義として、上記のような特徴によって得られた本研究の知見は、中華圏の伝統文化について一般の人々が理解を深めることのできる視点や材料を獲得しており、それを一般を対象とした講演会の開催や啓蒙書の出版、ネットを通じた情報発信等によって積極的に広める活動を行ったことが挙げられる

  • 二〇世紀中国演劇上演実態の「記録」に関する研究-メディアとの影響関係を中心に

    研究期間:

    2015年04月
    -
    2018年03月
     

     概要を見る

    本研究では、「記録」という概念に基づき、新聞や雑誌に掲載された劇評などの文字資料と図像・音声資料を用い、メディアと二〇世紀中国伝統劇の多様な影響関係を明らかにした。研究を進めるにあたっては、日本、中国、台湾の図書館、資料館において各種資料の調査を行った。また国内外のシンポジウムで研究成果の発表を行った。見落とされてきた重要な「記録」を見いだすことにより、中華民国伝統演劇史の不備を補ったことが本研究の成果である

  • 大正期における梅蘭芳訪日公演の研究

    研究期間:

    2014年04月
    -
    2018年03月
     

     概要を見る

    本研究は、1919年に行われた中国の女形俳優梅蘭芳の初訪日公演に関して、当時の新聞雑誌などに掲載された関連資料を悉皆調査すると同時に、梅蘭芳が当時の日本社会に受容されていくプロセスを検証することを課題とした。関連資料については、日本の新聞雑誌のほか、中国語新聞についても調査し、掲載された資料をデータベース化した。また梅蘭芳の受容については、当時の文化人、知識人とのかかわりを焦点に、初訪日公演以前の両者の接点を調査分析した。また2019年が初訪日公演百周年に当たるため、当初の計画通り、北京の梅蘭芳記念館との連携によって、2019年1月に北京で、7月に早稲田大学で国際シンポジウムを開催した。今回の研究を通して、現在からおよそ百年前の日本において、梅蘭芳によって代表される中国の演劇がどのように受容されたか、その具体像が明らかになった。同時に、大正期の日本において、中国演劇がどのように表象され、受け入れられていたか、といった問題にも一定の回答を得ることができた。さらに2019年の梅蘭芳訪日百周年にあたり、北京梅蘭芳記念館と共同で北京及び東京で国際シンポジウムを開催、また上海戯曲芸術センターと共同で、同じく百周年を記念する公演を開催できた。これらを通して、研究成果を日中双方で共有し、また広く一般の人々にも知らしめることができたと考える

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特定課題研究 【 表示 / 非表示

  • 大正期における梅蘭芳訪日公演の研究-研究成果の公開に向けて

    2019年  

     概要を見る

    筆者は2014年度から2019年度までの五年間、科研費基盤研究(C)「大正期における梅蘭芳訪日公演の研究」の助成を受けて、1919年に行われた梅蘭芳の初訪日公演についての研究を行ってきた。2019年はちょうどこの公演から百周年にあたり、1月には北京で、7月には早稲田大学で筆者が主催者の一人となって国際シンポジウムを実施した。また10月には国立劇場で、上海京劇院、上海昆劇団によるシンポジウムと記念公演が行われている。今回の特定課題助成金は、これらのシンポジウムおよび公演の実施のための経費に一部充てられている。これら梅蘭芳訪日百年という節目の年に東京で開催されたシンポジウムと公演によって、「大正期における梅蘭芳訪日公演の研究」という一連の研究に、無事に一区切りをつけることができた。

  • 大正期における梅蘭芳訪日公演の研究‐調査資料の公開と研究成果刊行に向けて

    2018年  

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     報告者はこれまで、中国の京劇俳優梅蘭芳が1919年に行った初の日本公演の研究を進めてきた。それから百年となる2019年に、関連の研究成果を公にすることが、今回特定課題の助成を得た主な目的である。 2019年1月、北京で訪日百周年記念シンポジウムが開催され、報告者は当時の日本における梅蘭芳の受容について発表した。この報告は、年内に論文集にまとめられる予定である。このほか2018年10月23日に大隈講堂で行われた上海崑劇団の公演において、梅蘭芳初訪日時に演じられた崑劇に関する報告を行い、同時に上海崑劇団には当時梅蘭芳が披露した芝居を演じてもらった。 上記活動を通して、特定課題の助成を得た当初の目的は達成できたといえるであろう。

  • 焦菊隠と演劇教育―俳優教育における近代化のプロセス

    2003年  

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     本研究は、中国の演出家焦菊隠の民国期から建国初期に至る演劇教育論および実践の跡をたどり、そこに現れた中国の俳優教育近代化のプロセスを析出することを目的とした。以下、今年度の調査活動によって明らかになったいくつかの事柄に関して、ここに報告したい。 まず論及の対象とする時期について、当初の民国期から建国初期という枠を、1938年から1953年までに限定することにした。これは焦菊隠がフランス留学の成果として1938年に執筆した博士論文『今日之中国戯劇』を起点、建国後の1953年8月に北京で行われたスタニスラフスキー逝去15周年記念会における焦菊隠の講演『スタニスラフスキーに学ぶ』を終点とするのが適切と判断したためである。 この期間における焦菊隠の演劇教育論の変遷をたどると、旧劇(伝統演劇)俳優養成論から、スタニスラフスキーシステムの本格的受容へと大きく様変わりしている。留学前に校長を務めた中華戯曲専科学校での経験は『今日之中国戯劇』に反映されており、また1940年には『旧時的科班』および『桂劇演員之幼年教育』という二つの文章を発表している。この数篇の文章が、焦菊隠の当時の俳優教育論を代表しているといってよいだろう。 しかしながらこれ以降、旧劇教育に関する文章は急速に影を潜め、ほぼ10年後の建国前後になると、スタニスラフスキーに関する言及が圧倒的となる。とりわけ先述の講演『スタニスラフスキーに学ぶ』は、当時焦菊隠がすでに新中国におけるスタニスラフスキーシステムの代表的専門家と目されていたことの証左と言えるだろう。 旧劇教育論からスタニスラフスキーシステムへの傾倒という焦菊隠の関心の変遷は、抗日戦争から新中国建国へと至る時代の流れの反映である一方、後に観察されるスタニスラフスキーシステムと伝統演劇界との接近を予告するものでもあろう。今回は概観レベルにとどまったが、以後も両者の関連について詳細に調査を続けたいと考えている。

  • 中国近代における演劇と知識人―清末民初の北京、上海を中心に

    1996年  

     概要を見る

     本研究は、1:筆者がこれまで研究してきた中国清朝末期の演劇近代化の潮流である「戯曲改良運動」について、その起因の一つである中国近代知識人の勃興と、上海おける彼らの演劇への関与の実状を、その歴史的環境に照らしながら解明すること、2:改良運動収束後の民国初期の現象として、特に北京の知識人によっておこなわれた、演劇に対する中国古典文化としての価値付与のプロセスを文化史的流れの中で解明すること、以上二点を目的として設定した。 前者については、今回の検討を通して、同時代を生きながらも、辛亥革命をピークとする改革の流れとは離れたところで、演劇に関与し始めた一部の知識人の姿が明らかになった。彼らは辛亥革命の前後からマスメディアに登場しはじめた劇評という仕事に関わり、それまで社会改革に腐心していた知識人とは異なる立場から演劇との接触をはじめている。この流れは民国以降、より一般的な傾向として普及してゆくものと考えられる。 後者に関しては、辛亥革命後、社会改革の動きが減速するに従い、必ずしも改革に組みしない知識人達が、新しい国家の枠組みである「中国」独自の文化を模索してゆくプロセスの中で、演劇にどのような変化を与えていったかを、北京の劇壇を中心に探求した。一連の検討により、1910年代中葉以降、女形俳優梅蘭芳を軸に知識人が参集し、様々な中国の古典的イメージによってその新作演目を彩っていった過程を、従来の単純な演劇史的記述から、より広範な近代の文化史的な流れの中へと定位しなおした。 以上二つの相互に関連する課題の検討により、中国が伝統社会から近代社会へと変貌してゆくさなか、知識人と演劇との間にいかなる関係の変容が見られたかを、文化史的に明らかにするための端緒を開くことができたと考える。この点に関し、以後も研究を続行する予定である。

  • 清末上海の劇界と伝統演劇の近代化-社会史的な視点から

    1995年  

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    本研究の目的は,筆者が従前より行ってきた上海新舞台に関する研究をさらに深化させ,これまで新舞台にのみ限っていた記述の対象を,清朝末期の上海の劇界全体に拡大しつつ,その近代化の様相をより体系的に把握することにあった。 それまでの演劇の近代化の進展が,民間をベースとした商業的上演の文脈において,特に上演の形態面でのみ生起していたのに対し,清末上海の劇界の様相として最も特徴的なのは,当時の新聞,雑誌などマスメディアに言論活動の場を求めていた近代知識人が,革命思想と民族主義の勃興にともない,プロパガンダの武器として頻繁に演劇との接触を行い始めた点である。 本研究の具体的作業においては,資料からの情報量が限られる劇界内部の事情より,むしろ演劇近代化を推進する言説を巷間に流通させた知識人,および彼らが利用した伝達媒体である新聞,雑誌を中心とするマスメディアなど,当時の演劇をとりまく環境自体の検討へ,重点をシフトさせる方針とした。これまで上海の主力紙である『申報』を資料の基軸としてきたが,加えてその他の副刊や天津など他地域の資料を視野に入れ,また個々の知識人の思想,行動にも目を配ることにより,当時の演劇を巡る社会の見取り図が徐々に輪郭をあらわにし,そこからの逆照射で演劇もまたその姿を鮮明にする結果となった。 しかし,当時の演劇が知識人の管制下に入っていたわけでは決してなく,実際上,演劇の上演に携わる人間が身を置く社会の下層部,国外からの思想を伝達,流布させて演劇を変容へと導く近代知識人ら社会の上層部,および劇場に集まる種々雑多な人々という中間層の,少なくとも三つのレベルの相互作用の実態を析出する必要性を痛感した。当初から社会史的視点の導入を研究の基軸に据えていたこともあり,民衆史と思想史の接点に現れた文化史,社会史的な事象として,今後も研究を続行する予定である。

海外研究活動 【 表示 / 非表示

  • 梅蘭芳と大正期東アジアの芸術と文化

    2011年04月
    -
    2013年03月

    中国   中国芸術研究院

    台湾   中央研究院

 

現在担当している科目 【 表示 / 非表示

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