2026/04/18 更新

写真a

ノザキ マサコ
野崎 雅子
所属
社会科学総合学術院 社会科学部
職名
助手
 

特定課題制度(学内資金)

  • 戦後の言語教育における戦中の教育思想の連続性と断絶

    2025年  

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     戦中、大東亜共栄圏構想下において、植民地や占領地における進出の手段とされてきた日本語教育や中国語教育であるが、戦後においてはその目的を「国際交流」に大きく転換してきた。そうした中で、日本語教育と中国語教育は、戦中の教育思想をどのように連続させてきたのか、もしくは断絶させてきたのかを本研究では明らかにしてきた。 本研究では、日本語教育と中国語教育それぞれの教育者によって各分野の研究誌や学習誌に掲載された言説を主な対象として分析を行った。 戦後の日本語教育においては、戦中の日本語教育の蓄積を現在の日本語教育の礎として肯定的に評価する姿勢が一貫してみられた。こうした傾向は、「日本語教育史」研究において人物・教材・教授法に注目が集まる中で、より一層強まっていったと考えられる。また、アジアに対する蔑視は、戦後初期には多々みられたものの、特に70年代以降は外国人日本語教師の増加や彼らによる戦中の日本語教育に対する批判に呼応して減少した。一方で、70年代以降は高度経済成長に伴い、日本語学習者が激増した。戦前の日本語教育においては、外国人学習者も優れた日本語を学ぶことで日本人化が可能であることが強調されたが、70年代以降の日本語国際化の議論の中では、日本語の特殊性・優越性が外国人学習者には到底得られないものとして、戦中と異なる形の外国人蔑視に繋がっていった。 戦後の中国語教育においては、戦後まもない時期から戦中の中国語教育における戦争協力に対する振り返りと深い反省が表されてきた。初期には戦争協力の圧力に屈せざるを得なかったという責任回避の姿勢も見られたが、中国語教育者の間にも誤った中国観が存在したとして戦争責任の追求を続けていく。そして、変動する日中関係の中で戦中の中国語利用を想起させるような状況に直面するたびに、中国語教育者は語学の戦争利用に対して強い反対の姿勢を見せ続けたことがわかった。