微小管は、分子モーターによる細胞内物質の輸送における道路の役割を担う蛋白質である。微小管を構成するチューブリンのC末端のテール領域(CTT)は特定の構造を持たない天然変性領域であり、微小管の機能はCTTへの翻訳後修飾を介して制御されていると考えられている。しかし、特定の構造を持たないCTTの動態および分子モーターとの相互作用は、クライオ電子顕微鏡構造解析などの構造解析では捉えられない。本研究では、CTTを含む微小管構造の全原子分子動力学(MD)計算により、CTTの動態および分子モーターとの相互作用を原子レベルで明らかにした。まず、負に帯電したCTTは微小管表面の負電荷との斥力によって微小管の外側に向かって伸長した状態と、微小管表面に局所的に存在する正に帯電した残基との結合した状態の2状態を取ることが分かった。さらに微小管の対イオンが微小管表面に凝集する様子を定量的に示し、CTTと微小管表面の間の静電相互作用が対イオンによる静電遮蔽効果により弱化することで、塩濃度依存的にCTTの振る舞いが変化することも明らかにした。次に、神経伝達物質を輸送する分子モーター・キネシンが微小管上に結合する過程をMD計算により捉えた。キネシンの進行方向前方にあるCTTがキネシンに向かって伸長しているとき、負に帯電したCTTと正に帯電したキネシン間の静電的な引力によって、キネシンが進行方向前方に向かって一方向的なブラウン運動をしながら微小管に結合する様子を観測した。全原子MD計算による本結果は、蛋白質粗視化MD計算の先行研究の結果(Mizuhara & Takano, Int. J. Mol. Sci. (2021))と一致しており、先行研究を補強する結果となった。また、キネシンが微小管に結合している状態の全原子MD計算を実行し、キネシンの結合安定性におけるCTTの有無の影響およびキネシンの結合ヌクレオチドの影響についても解析した。