Updated on 2024/12/22

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HIRABAYASHI, Misato
 
Affiliation
Faculty of Letters, Arts and Sciences, School of Humanities and Social Sciences
Job title
Research Associate
Degree
修士(文学) ( 2015.03 早稲田大学大学院 )

Research Experience

  • 2022.04
    -
    Now

    Waseda University   Faculty of Letters, Arts and Sciences

  • 2020.09
    -
    2022.03

    Waseda University   School of Humanities and Social Sciences

Education Background

  • 2015.04
    -
    2020.09

    Waseda University  

  • 2012.04
    -
    2015.03

    Waseda University  

Committee Memberships

  • 2015.04
    -
    2019.03

    早稲田大学東洋史懇話会  運営委員

Professional Memberships

  • 2022.07
    -
    Now

    中国出土資料学会

  • 2018.04
    -
    Now

    史学会

  • 2012.04
    -
    Now

    早稲田大学東洋史懇話会

Research Areas

  • History of Asia and Africa   中国史、先秦史

Research Interests

  • 婚姻習慣

  • 春秋時代

  • 中国古代史

 

Papers

Presentations

  • 献公・文公期の晉における国内世族との婚姻記事から見た君臣関係

    平林美理

    第116回史学会大会 東洋史部会  (東京大学)  史学会

    Presentation date: 2018.11

    Event date:
    2018.11
     
     
  • 春秋時代における「烝」婚の性質

    2014年度早稲田大学史学会大会 東洋史部会  (早稲田大学)  早稲田大学史学会

    Presentation date: 2014.10

    Event date:
    2014.10
    -
     
  • 春秋時代における晉公室と世族の通婚事例から見た君臣関係―晉の献公・文公期を中心に―

    平林美理

    2021年成均館大学校・早稲田大学校国際学術大会 グローバル・ヒストリの試み:ジェンダー、異邦人、地域対立、政治秩序  (zoom) 

    Presentation date: 2021.11

    Event date:
    2011.11
    -
     

Misc

  • 北京大学蔵西漢竹書『趙正書』訳注

    早稲田大学簡帛研究会, 伊藤光成, 小祝大輝, 平林美理, 劉胤汝, 劉騏瑞

    史滴   40   71 - 106  2018.12

    Book review, literature introduction, etc.  

 

Teaching Experience

  • 基礎漢文2

    早稲田大学文学部  

    2020.09
    -
    2022.03
     

 

Internal Special Research Projects

  • 先秦期の婚姻習慣・規範の変遷に関する出土資料を活用した研究

    2022  

     View Summary

     本研究では、先秦期の婚姻習慣・規範の変遷について解明する一環として、清華大学蔵戦国竹簡『鄭武夫人規孺子』の検討を行った。本簡は、鄭の国君・武公の死後、後継者となる荘公に対して武公夫人や臣下が統治について訓戒を行うという形式の史料である。本研究では、清華簡『繋年』に見える春秋初期の鄭に関する記述なども参照しつつ、伝世文献や出土史料に見える国君夫人による夫や子への助言・訓戒記事との比較を行った。その結果、本簡の武公夫人の言動の背景に春秋時代の新君即位時に夫人が大夫に新君を「属」す行為の存在が窺えること、一方で、本簡の「先君夫人による新君への訓戒」や夫人の言動は、春秋初期の国君夫人の有していた役割とは相反する部分が多く、記述自体は後代の規範に基づくものと考えられることを明らかにした。