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Updated on 2024/10/10
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国文学
桜花変幻-『刺青』の系譜
千葉俊二
藝樹至上主義文芸 ( 30 ) 38 - 46 2004.11
エリスのえくぼ 森鴎外への試み
小沢書店 1997.03
谷崎潤一郎 狐とマゾヒズム
小沢書店 1994.06
「吉野葛」共同研究--谷崎文学における空間の研究
2004
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昭和6年の「吉野葛」は谷崎文学における大きな屈折点に位置する作品である。歴史的および文学的にさまざまなイメージが重層する吉野という奥深い山間の地を舞台にこの作品は書かれているが、そうした歴史的事象にかかわる時間と地理的事象としての空間がどのように関連し、それが昭和初年代の谷崎文学にどのように反映したかを、文学、文化社会学、建築学などを専門とするメンバーと共同研究するかたちで展開した。 作品に描かれた奧吉野の地を訪ねることによって、谷崎が作品に描いた事象の虚実について、そのいくつかをを明らかにし得たことは今回の研究テーマのなかで一番大きな成果であったが、私はそのテーマを「吉野葛」の地唄に典型が見られる日本語レトリックとの関係ということで考えていった。「吉野葛」執筆時から谷崎は歌を詠み出すが、我が国古来の和歌には掛詞というレトリックがある。近代において写実的な文体が尊ばれるようになると、掛詞は嫌われ、排除されていく傾向にあるが、「吉野葛」はタイトルから掛詞になっており、吉野という地を舞台に南北朝にかかわるその歴史と「妹背山」「義経千本桜」などの古典にかかわる妻問と母恋のテーマを並行的に描くところが掛詞的発想となっている。また冒頭で直接的に本題と関わることのない後南朝について延々と記述した箇所は、和歌でいう序詞的な機能をはたしており、さらに内容的に「葛の葉」という古典を踏まえて書かれているところは、さながら和歌における本歌取りである。このように「吉野葛」は和歌におけるレトリックと技巧を連想させるような方法が多用されているが、これが近代小説の形式に適用されたとき、リアリズムの手法を超えたとてつもない幅と奥行きをもたらすことになった。 「吉野葛」は基本的に源流行として、吉野川に沿って源流に向かって歩みつづける主人公を描くが、その空間的な移動がそのまま過去に向かっての時間的な移行と重なっている。また中央での政争に破れたものが逃れるゆく京の奧処としての吉野という地理的位置がそのまま読者の内面の奥処と錯覚されるようにも巧まれている。関西に移住してその文化的風土のなかに生活し、そこから学んだ和歌などの伝統的な時空の処理の方法が、小説という近代的な文学形式のうちに活かされ、「春琴抄後語」にいう「純客観の描写と会話とを以て押して行く所謂本格小説」の限界を超えて、昭和初年代の谷崎文学に、時間的・空間的にも幅と奥行きをもった作品を生み出すこと可能にしたのである。