2022/12/08 更新

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クドウ リュウタ
工藤 龍太
所属
スポーツ科学学術院 スポーツ科学部
職名
講師(任期付)

他学部・他研究科等兼任情報

  • 附属機関・学校   グローバルエデュケーションセンター

学歴

  • 2008年04月
    -
    2011年03月

    早稲田大学   大学院スポーツ科学研究科   博士後期課程  

  • 2006年04月
    -
    2008年03月

    早稲田大学   大学院スポーツ科学研究科 修士課程  

  • 2001年04月
    -
    2005年03月

    早稲田大学   第一文学部   総合人文学科 東洋哲学専修  

経歴

  • 2020年04月
    -
    継続中

    早稲田大学   スポーツ科学学術院   講師(任期付)

  • 2018年10月
    -
    継続中

    早稲田大学   グローバルエデュケーションセンター   非常勤講師

  • 2018年04月
    -
    継続中

    埼玉大学   非常勤講師

  • 2018年04月
    -
    2020年03月

    早稲田大学   スポーツ科学学術院   助教

  • 2017年04月
    -
    2018年03月

    早稲田大学   スポーツ科学学術院   助手

  • 2016年09月
    -
    2017年03月

    早稲田大学   グローバルエデュケーションセンター   非常勤講師

  • 2011年04月
    -
    2017年03月

    早稲田大学   スポーツ科学研究センター   招聘研究員

  • 2016年04月
    -
    2016年08月

    大東文化大学   スポーツ・健康科学部   非常勤講師

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研究分野

  • 体育、身体教育学

  • スポーツ科学

  • 日本史

研究キーワード

  • 武道論

  • 武道の近現代史

論文

  • 昭和戦前期における「武術としての柔道」論の展開 : 当身技の研究に着目して

    工藤龍太

    武道学研究   52 ( 2 ) 39 - 55  2020年03月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

  • A Historical Study of the Formative Process of Aikidō as a Modern Budō: Focusing on the Continuity and the Discontinuity of Jūjutsu

    Ryuta Kudo

    Sportgeschichte in Deutschland - Sport History in Germany     173 - 188  2020年

    担当区分:筆頭著者

    DOI

  • 1940年に講道館に設置された「形研究会」の歴史的意味:嘉納治五郎の形の構想と「武術としての柔道」論の継承に着目して

    工藤龍太

    講道館柔道科学研究会紀要   17   19 - 37  2019年  [招待有り]

  • 近代武道・合気道の形成過程 : 植芝盛平の大東流合気柔術の修行過程に着目して

    工藤龍太

    体育史研究   35   27 - 42  2018年03月  [査読有り]

  • 富木謙治の武道技術論の出発点と戦前における展開:嘉納治五郎の「武術としての柔道」論の継承を中心として

    工藤龍太

    体育学研究   61 ( 2 ) 681 - 700  2016年  [査読有り]

     概要を見る

    The present study aimed to clarify the inception and development of Kenji Tomiki's technical theory of budo during the pre-war Showa era, focusing particularly on the succession of Jigoro Kano's concept of judo as a martial art. The main points are summarized as follows:<br>  A letter written by Tomiki in 1928 reveals that he was interested in the comprehensive combat techniques of Ueshiba's aikijujutsu including the use of bare hands and weapons. Tomiki considered that devotees of budo should practice a comprehensive range of techniques from bare-handed combat to the use of weapons. While he mainly succeeded to shobu (martial arts) under the systematic judo theory of Kano, he also thought it possible to overcome the problems inherent to taiiku (physical education), shushin (development of the spirit), and ishinho (methods to ease the spirit) by studying aikijujutsu. The starting point of Tomiki's theory was to emphasize the kata training that simulated various situations in actual combat.<br>  During the prewar period, Tomiki tried to ascertain the fundamental principles of ken-no-ki (ki of the Japanese sword) and ju-no-ri (the principle of flexibility). These principles made it possible to complement the principle of judo as seiryoku-zenyo (most efficient use of energy) that Kano had proposed technically.<br>  In 1942, Tomiki published a research article entitled &ldquo;The systematic study of techniques while maintaining distance in judo: The principles of judo and the techniques of Aiki-Budo&rdquo;. In the article, he tried to present consistency between randori and these techniques while maintaining distance in judo, then established 6 fundamental laws of martial arts, including kendo, a system for education in these techniques, and the 12 basic kata.<br>  The consistent points of Tomiki's theory of budo in the pre-war era were to understand the strong and weak points of each competitive budo and kata, and the importance of kata. Although the emphasis on atemi-waza in Tomiki's theory had points in common with the combative techniques of school budo during the interwar period, Tomiki was really interested in overcoming the disadvantages of judo for sport based on Kano's concept of judo as a martial art. Tomiki mainly inherited the latter, and criticized competitive judo.<br>

    DOI CiNii

  • 合気道史における海軍大将竹下勇の覚書『乾』、『坤』(1930-1931年)の研究

    工藤龍太

    スポーツ科学研究   12   145 - 169  2015年  [査読有り]

    CiNii

  • 合気道における合気の意味の歴史的研究

    工藤龍太

       2011年01月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

  • 合気道における合気の意味:植芝盛平とその弟子たちの言説を中心に

    工藤龍太, 志々田文明

    体育学研究   55 ( 2 ) 453 - 469  2010年  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

    CiNii

  • 合気道創始者植芝盛平の武術修行過程と武術技法の体系的特性

    工藤龍太

       2008年02月  [査読有り]

    担当区分:筆頭著者

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書籍等出版物

  • 日本武道の武術性とは何か : サピエンスと生き抜く力

    志々田, 文明, 大保木, 輝雄( 担当: 共著,  担当範囲: 第5章 嘉納治五郎は合気武術家・植芝盛平の何を評価したのか?)

    青弓社  2020年06月 ISBN: 9784787234728

  • 早稲田大学合気道部創部六十周年記念誌

    工藤龍太( 担当: 共編者(共編著者))

    有限会社青青編集  2018年05月

  • 近代武道・合気道の形成 : 「合気」の技術と思想(早稲田大学学術叢書, 44)

    工藤, 龍太( 担当: 単著)

    早稲田大学出版部  2015年11月 ISBN: 9784657157089

  • 合気道における合気の意味の歴史的研究(早稲田大学モノグラフ = Waseda University monograph, 96)

    工藤, 龍太( 担当: 単著)

    早稲田大学出版部  2013年12月 ISBN: 9784657135193

受賞

  • 2018年度 体育史学会学会賞(若手研究奨励賞)

    2018年05月   体育史学会   近代武道・合気道の形成過程:植芝盛平の大東流合気柔術の修行過程に着目して  

  • 第12回 東北アジア体育・スポーツ史学会 優秀論文賞

    2017年07月   東北アジア体育・スポーツ史学会  

  • 濱野吉生学術賞

    2011年03月   早稲田大学スポーツ科学学術院  

学内研究費(特定課題)

  • 戦前・戦後の柔道界における武術性探求動向の解明:史資料の収集と分析を中心に

    2021年  

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    本特定課題では、敗戦後の日本で、競技スポーツとしての柔道の価値が強調される中、1956年に完成した講道館護身術という柔道の形の制定の経緯を、戦前と戦後の連続性を踏まえ、武術性の観点から解明することを目的とした。①史料収集について。1940年に講道館に設置された形研究会の研究成果が記された史料を所有者より拝借することができた。②①で収集した史料を解読し、その内容を基に記述された形を復元し、動画に撮影することができた。③柔道創始者・嘉納治五郎没後の戦時中と戦後の柔道界では、柔道の源流である柔術諸流派が再注目され、武術性を重視する新たな形が創始されたことが明らかになった。

  • 近代柔術史資料の基礎的研究

    2017年  

     概要を見る

    本特定課題では、近代日本における柔術の展開過程を歴史的に解明することを目的とした。①史料収集について、後に合気道を創始する植芝盛平が1928年に門人に授与した伝書である「相生合氣柔術秘傳目録」を所有者より拝借することができた。②大東流の普及過程について、大東流の技術的な影響が強い合気道の形成期(1930年代まで)に着目し、合気道が大東流から独立する過程を分析した。その結果、合気道は武道における家元制度が抱える問題と長い時間をかけて向き合いながら形成されたことが明らかになった。③近代柔術の技術体系を考察するために、東京都にある複数の道場、千葉県勝浦市で開催された大東流の国際セミナーで参与観察を行った。

 

現在担当している科目

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