NITADORI, Yuichi

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Affiliation

Faculty of Letters, Arts and Sciences, School of Humanities and Social Sciences

Job title

Assistant Professor(without tenure)

Education 【 display / non-display

  • 2010.04
    -
    2015.02

    Waseda University   Graduate School of Letters, Arts and Sciences  

  • 2008.04
    -
    2010.03

    Waseda University   Graduate School of Letters, Arts and Sciences  

Degree 【 display / non-display

  • 早稲田大学   博士(文学)

Research Experience 【 display / non-display

  • 2019.04
    -
    Now

    Waseda University   Faculty of Letters, Arts and Sciences

  • 2016.04
    -
    Now

    Tokyo Keizai University

  • 2018.04
    -
    2019.03

    Waseda University   Faculty of Education and Integrated Arts and Sciences

  • 2016.04
    -
    2019.03

    Waseda University   Faculty of Letters, Arts and Sciences

  • 2016.04
    -
    2019.03

    日本学術振興会 特別研究員PD

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Research Areas 【 display / non-display

  • Japanese history

Research Interests 【 display / non-display

  • 村落

  • 荘園

  • 日本中世史

Papers 【 display / non-display

  • 「惣」の用法と意味 ―補集合の「惣」―

    似鳥 雄一

    『鎌倉遺文研究』   ( 48 ) 54 - 67  2021.10

  • 中世荘園制の終焉と村落の自治

    似鳥 雄一

    『歴史学研究』増刊号   ( 1015 ) 53 - 63  2021.10

  • 中世稲作の生産性 ―統計データを活用した試算―

    似鳥 雄一

    『日本歴史』   ( 877 ) 69 - 77  2021.06  [Refereed]

  • あらためて村落とは何か ―大山喬平・三枝暁子編『古代・中世の地域社会』を中心に―

    似鳥 雄一

    『歴史評論』   ( 845 ) 56 - 66  2020.09  [Invited]

  • 日本中世村落の「排除」と「共生」

    似鳥 雄一

    『歴史学研究』増刊号   ( 989 ) 21 - 31  2019.10  [Invited]

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Books and Other Publications 【 display / non-display

  • 『中世の荘園経営と惣村』

    似鳥 雄一( Part: Sole author)

    吉川弘文館  2018.04 ISBN: 9784642029452

Misc 【 display / non-display

  • 書評 薗部寿樹著『日本中世村落文書の研究 ―村落定書と署判―』

    似鳥 雄一

    『日本史研究』   ( 695 ) 60 - 67  2020.07  [Invited]

  • 書評 志賀節子著『中世荘園制社会の地域構造』

    似鳥 雄一

    『史学雑誌』   127 ( 10 ) 54 - 63  2018.11  [Invited]

  • 書評 荘園・村落史研究会編『中世村落と地域社会 ―荘園制と在地の論理―』

    似鳥 雄一

    『日本史研究』   ( 657 ) 42 - 49  2017.05  [Invited]

  • 中世検注の現場 ―帳簿と現実の間―

    似鳥 雄一

    『歴史学研究月報』   ( 688 ) 6 - 8  2017.04

  • 書評と紹介 悪党研究会編『中世荘園の基層』

    似鳥 雄一

    『日本歴史』   ( 800 ) 149 - 151  2015.01  [Invited]

    CiNii

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Presentations 【 display / non-display

  • 中世荘園制の終焉と村落の自治

    似鳥 雄一  [Invited]

    歴史学研究会大会 中世史部会 

    Presentation date: 2021.05

  • 中世の帳簿から何がみえるか

    似鳥 雄一  [Invited]

    早稲田大学史学会大会 全体会 

    Presentation date: 2019.10

  • 日本中世村落の「排除」と「共生」

    似鳥 雄一  [Invited]

    歴史学研究会大会 全体会 

    Presentation date: 2019.05

  • コメント

    似鳥 雄一  [Invited]

    史学会大会 中世史部会シンポジウム「中世村落研究と菅浦文書」 

    Presentation date: 2018.11

  • 中世山間荘園の水田開発 ―備中国新見荘を事例に―

    似鳥 雄一

    国史学会大会 

    Presentation date: 2015.06

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Specific Research 【 display / non-display

  • 室町期荘園の構造に関する研究―「公平」の思想と「代官」の経営をめぐって

    2014  

     View Summary

    本研究で明らかにしたのは請負代官の潜在的なリスクであり、当時は「代官競望」の風潮が存在し、代官としての資質や契約遂行への成算ではなく、目先の利益の追求や「面目」の保持を動機とした代官職の争奪戦という側面があった。彼らの荘園経営は「投機性」ともいえる不安定性を帯びたものであった。また一方の直務については、経営に長けた特定の人材を代官に起用することで、遠隔荘園でも一定の成果が得られた。しかし代官の経営を監査するには豊凶・和市といった情報の把握が必要で、それが遠隔荘園では極めて困難だという構造的な限界があった。そのため直務は基本的には放棄され、あくまで請負を軌道に乗せるために有効なカードとして応急的に用いられるに至るのである。

  • 南北朝~室町期における荘園経営と在地動向―備中国新見荘を中心に―

    2013  

     View Summary

     近年、室町期を荘園制にとっての解体期とみなすのではなく、独自のシステムが構築された一時代として積極的な意義を認める「室町期荘園制」をめぐる議論が展開されている。その素材として、数多くの史料が残されている東寺領荘園は極めて重要な位置を占めるが、これまで検討の俎上に載せられてきた荘園には大きな共通する問題点がある。それは鎌倉~南北朝期の下地中分によって領家方と地頭方に分割されたが、史料的には大部分を領家方である東寺側に依存しており、地頭方の史料には恵まれないという点である。例えば備中国新見荘でも、下地中分以降に関わる先行研究は領家方に大きくかたより、地頭方については史料上の制約があるとはいえ十分な検討がなされたとは言い難い状況にある。 そこで本研究では、従来注目されなかった『蔭凉軒日録』の記事などを用いて、室町期における新見荘地頭職の伝領過程を通覧し、あわせて鎌倉期以来の地頭の系譜を引く国人の新見氏についてその動向を追究した。並行して領家方の状況についても適宜論及し、地頭方との関係性を明らかにすることで、一つの室町期荘園として総体的な評価を試みた。その結果、以下のような成果を得た。 南北朝期には新見氏・多治部氏といった地頭方の支配者が領家方も抑えるという状況が続いたが、それは室町初期にも引き継がれ、地頭方から領家方の代官を出すという、いわば下地中分と地頭請の二重構造が現れた。それを支えたのは新見氏の持つ国人同士のネットワークであり、後ろ盾となったのが足利義満とその側室である西御所高橋殿であった。 やがて義満は死去し、地頭方・領家方のいずれにも大きな情勢の変化がもたらされた。足利義持は生母慶子の供養のため、西御所から地頭職をとりあげ、相国寺の季瓊真蘂がのちに住持を務める禅仏寺に地頭職を寄進した。これはかつて権勢をふるった義満側近層に対する揺り戻しの一環と理解できる。また一方の領家方では地頭請が終わり、細川京兆家被官の安富氏へと代官が改替された。 その後、地頭方では細川典厩家被官となった新見氏と相国寺との間で地頭職の争奪が繰り返され、政変の勃発=季瓊の失脚がその契機となった。応仁の乱後には新見氏が地頭方代官となり、相国寺との間に友好関係が築かれた。領家方では安富氏の代官請から東寺の直務に移行すると、細川氏の口入により新見氏が領家方代官への補任を求めた。応仁の乱が起こると東寺は不知行に陥るが、その状況を終わらせたのは京兆家による代官請の成立であった。 本研究の内容は以上であるが、このうち以下の二点を強調しておく。一点目は、地頭方の動向は室町殿の交替や政変の勃発など幕府の中央政局と密接に連動していたことであり、国人新見氏の在京活動によって地頭職が室町殿の周辺に持ち込まれたものと考えられる。二点目は、細川氏の中でも強い連携を持つ京兆家・典厩家の二家が、それぞれ領家方・地頭方に対して影響力を行使するという分掌体制ができたことであり、このベースとなったのも常に領家方・地頭方をまたいで活動し、典厩家のみならず京兆家にも通じている新見氏の存在であったといえる。 すなわち細川氏や国人たち武家勢力は、地頭方だけでなく領家方も狙うという姿勢を一貫してとり続けた。下地中分がなされたといっても、決して彼らは領家方と地頭方を別個の荘園とはみなさなかった。彼らを媒介にして領家方は地頭方から影響を受け続けたのである。そして新見荘は、同族内の結束の強さを活かした細川氏が支配に関与することで、守護在京を基盤とする室町期荘園制の枠組みが最も長く命脈を保った特徴的な事例として位置付けることができるのである。

 

Syllabus 【 display / non-display

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Teaching Experience 【 display / non-display

  • 選択基礎演習

    早稲田大学文学部  

  • 中世日本の「文化史」

    早稲田大学文学部  

  • 必修基礎演習

    早稲田大学文学部  

  • 日本史演習6(中世)

    早稲田大学文学部  

  • 歴史学基礎演習ⅡA

    早稲田大学教育学部  

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Committee Memberships 【 display / non-display

  • 2015.04
    -
    Now

    鎌倉遺文研究会  研究委員

  • 2011.04
    -
    Now

    民衆史研究会  委員

  • 2017.06
    -
    2019.05

    歴史学研究会  委員

  • 2015.07
    -
    2016.06

    歴史学研究会 日本中世史部会  大会担当

  • 2014.07
    -
    2015.06

    歴史学研究会 日本中世史部会  運営委員長